長いものが巻かれ始めたら逃げろ
まず最初は、二時間サスペンスドラマの犯人が分かるようになった。
あれはすごく簡単だ。予定調和の世界には、秘密結社の掟より厳格な法則が、細かく定められている。誰もが知っている有名な物語を見ているのと変わらない。出てきた瞬間に判る。
それから、推理小説や探偵モノ漫画でも犯人と被害者を見分けられるようになった。
犯行動機も大体予想がつく。読者は皆、因縁や因果応報が好きだから、納得の結末には伏線が必要なのだ。
天文学的な確率の偶然も、物語世界では無効である。どんな偶然も、起こった後ではただの事実。常にはないような話だから、鑑賞に足る娯楽となりえる。
ミスリードを誘うような本格系は無理だ。ああいうのは法則性を逆手に取ってくる。純粋にトリックを見破るような洞察力は、私にはない。
私はあくまで、プロファイリングのように物語を分類しているに過ぎない。
そうして私の世界は、無意識に物語を分類し続け、次第に他のジャンルでも話の先が分かるようになった。
何故わかるのか、と聞かれたことがある。
『犯人役』だから、一見何の役割もないように見える者が犯人だ。
『物語』だから『役割』の無いものは『登場』しない。
『見る人』がいるから、本来は煩雑な世界は単純な形に切り抜かれる。
役者に役割をふっていけば、シナリオの進む先はおのずと限られてくる。
そんな風に話を読んでいて面白いのか、聞かれたこともある。
話の結末を知っていることは、古典芸能を鑑賞しない理由にはならない。
私は何度も繰り返される数奇な運命を愛している。
私が求めるのは、物語の終着ではなく、その過程。登場人物たちが何を考え、選択し、行動するのか。
ハッピーな結末ではなく、祈りや葛藤こそがドラマだと思うからだ。
「絶っっっッ対にイヤです」
私はアカデミーの学長室に呼び出されていた。
問題を起こしてお説教されているわけではないので、強気の対応だ。
初代のエンディングから三年が過ぎ、アカデミー4年目の初夏。私はもうじき16歳になる。
アンジェラの卒業した7月から2ケ月後の9月、シャロンとイリアスが入学した。その後は特にトラブルもなく、私達は楽しく学校生活を送っている。
シャロンは成長期を終えて、すっかり乙女ゲームのヒロインに相応しい美少女となり、私はシナリオの始まりを今か今かと待ち構えていた。
「君は品行方正で模範的な学生だ。資質を持つ者は、皆を良く導く責務を負う。社会に出てもこの仕組みは変わらないよ」
「そうは言っても、嫌々やるものではございませんでしょう」
私は今、監督生の打診を受けている。
監督生とは、学内自治を司る役職の一種だ。教師や寮長では目の届きにくい場所や、些細な事案に対して、『監督と罰則』の『義務と権利』を持つ。
風紀委員と学級委員を足したイメージに近いかな。
選ばれるのは優等生の証であり、積極性や管理能力の保障でもあるので、今後の進路にも有利だ。
しかし私は家業を手伝うか、関連事業にコネで就職するに決まっているのだから、内申点は必要ない。
トラブルは嫌でも監督生の元に集まってくる。穏やかな学院生活には有難くない伏兵だ。
それを来年度、学校生活五年目の一年間、引き受けてほしいと依頼されたのだが。
答えは否。これ以上ないほどきっぱりと断った。
「まあ掛けたまえ、ゆっくり話そう」
「長居するつもりはございませんので結構です」
取り付く島もない様子に、学長は物憂げにため息をついた。
助けてあげたくなる弱った年上男の前フリ、罪よね〜。
学長先生は、国王陛下の妹君の配偶者で、優雅かつ知的な物腰のイケオジだが、王室の一員としても学者としても、政治の中枢で活躍してきた傑物である。王宮の大狸や化け狐を相手に渡り合ってきた実績からすれば、15歳の小娘を手玉に取るなんて容易いことだろう。
「せめて理由を教えてくれないかな、バーレイウォール」
見た目は15、頭脳はアラフォー。その油断を利用してこのピンチを切り抜けるわ。付け入る隙を与えないように、きびきび答えて素早く退出しなければ。
「まず、監督生は卒業年度の生徒が選ばれるのが通例ですが、私にはもう一年残っておりますし、成績優秀で監督生になりたい方は他にもいらっしゃるのに、やる気に欠ける私が拝命するのは不公平と考えます」
「本学の監督生はアカデミー在籍が二年以上の者から選ばれる。でなければ、大抵三年間で卒業してしまう一般生の女子から監督生を選出することができないからね。君は在籍四年目で、充分に規定資格を有している。それから監督生は内申点を稼ぐための肩書ではないよ。結果として、監督生に相応しい人柄が評価されるというだけだ。君は貴族の子女として、あるべき理想の一つだと自信を持ってもらいたい」
「家とアカデミーの名に恥じぬ行動を心がけることは出来ても、侯爵家の娘として甘やかされた私には、生徒間の問題を仲裁したり裁定したりする役目は、とても務まりません」
「実を言うと、リュカオン殿下ご在学中の影響か、昨年度入学した一般の女生徒が極端に少なくてね。資質と規定を満たすものが大勢いれば、やる気のあるものが選ばれるべきだが、そうは言っていられない状況だ」
国の予算で教育を受ける奨学生とは別に、高い学費を支払ってアカデミーに通っているのが一般生である。そのほとんどが王侯貴族で、ケンドリックのような大富豪の子弟も一部通っている。私は領主免許を取得しようと思っているので6年通うつもりだが、通例は男子が6年間、女子が3年間だ。
今年度入学して3年通うなら、リュカオンと最大限学校生活を共にして、同じ年に卒業できる。それを狙って今年度の入学者は約三倍だったそうだ。
誰だって王子殿下と顔見知りになっておきたいし、あわよくば気の合う友人になったり、妃として見初められたりしたいものね。ましてや、周囲が距離を詰めようとしているのに、自分だけ置いてけぼりを食らうわけにはいかないでしょう。
三年教育の女子は、どうせなら今年入学するのが断然お得ってわけ。
「つまり、再来年度の人手は足りているから、前倒しで来年の監督生をやれと……」
「そう!そういうことなんだよ!」
学長は大袈裟に破顔して見せた。
かっ、顔が良い~~~……!!
「さすがバーレイウォール、察しがよくて助かるよ。君に頼んで正解だったな」
はッ…!顔面良いビームを浴びている間に、一気に形勢逆転して、私がやる方向に持っていかれてない?
こ、これだから自分の顔の良さを自覚しているイケオジは油断も隙も無い。
「でも……、晴れがましい特別な制服を着て、常に皆様の注目を浴びて過ごすなんて、耐えられそうにありません」
「君がそんなに目立つのを嫌う生徒とは知らなかったな」
確かに、私がお淑やかで引っ込み思案な性格という設定は苦しい。
ち、違うわ。只の言い訳じゃなくて、白い制服が監督生になりたくない理由の一つであることは本当なんだから!
「紺の中で一握りの白は、非常に目を引きますから、たとえ慎ましやかな女生徒でなくとも気後れするのは当然と言えます。そのうえ汚れやすく、泥はねや食事にも気を使わなくてはなりません。白い服でトマトソースパスタを食べるというのは、オシャレな水玉模様にリメイクするのも同義です!所作や行動は制限されて、手入れは面倒。私は!あの非効率にして不条理な衣類を憎んでさえいるのです!!」
そうよ!監督生は純白制服なんて、恥ずかしい設定考えた開発スタッフ誰なのよ!絶対に許さない!
ゲームで見るだけなら映えるかもしれないけど、実際に着て生活するのは大変なんだから!
「判った。君は白い制服を着なくて宜しい」
あっさり手のひらを返されて、純白制服へのほとばしる憎悪は霧散した。
「へっ……?そんな、私だけ規則を曲げていただくわけには……」
「知らなかったかな?あれは本来礼装で、生徒の代表として式典に出席するときだけ着ればいいんだ。やはり君の言う通り、汚れやすくて非合理的だからね」
そうだったかしら?ヴィクトリア様もアシュレイ殿下も、だいたい白を着ていたような気がするけど、確かに紺の時もあったわ。
「それから、新入生が相談すべき先輩を簡単に見分けるために、新年度始まってしばらくは着てもらうこともあるけど、君は普通の制服でも十分目立つから無理に着なくてもいいよ」
学長はニコニコとご機嫌で頷いた。
あ、これは負ける。もう寄り切られそう。
制服に反論材料の重きを置いたゆえに、そこを覆されたら断る理由がなくなる。
私っていつもそうよ。どうして要らないことまで言って墓穴を掘ってしまうの。
「あのー、でも、私と一緒に入学した女生徒は、他にも二人居りますが…」
「無論、君がどうしても出来ないと言うのであれば、あとの二人に頼んでみるつもりだよ。しかしバーレイウォール、君は確か、趣味で生徒たちの相談を受けているだろう?だから気負うことはない。今まで通りの君でいい。ただ監督生という肩書がついてくるだけさ」
趣味だから、誰からどんな相談を受けるかは自分で決められるわけで、監督生となったら、持ち込まれる面倒ごとを選ぶことは出来ない。仕事を選べると選べないでは、大変さが全然違うと思うのだが。
だいたい、来るべき乙女ゲームの決戦のために情報収集をしているのであって、トラブルに首を突っ込むのが好きと思われているなら誤解があるというか…。
「それとも、相談という名目で、教師に言えないようなことでもしているのかい?」
「滅相もございません」
焦って食い気味に答えちゃった。私は無実だけど、怪しさは満点だ。
「よかった。なら問題ないね」
引き受けるなんて一言も言ってないのに……。
「……」
私が最後の抵抗で押し黙っていると、学長は哀しそうに目を伏せた。
「本来、課外活動は学校に届け出て承認が必要だ。君の活動は個人的とは言え継続的だし、その上、演奏室の一つを連日占拠していると聞く。皆に求められている活動が無くなってしまうなんて私は辛いよ」
そんなことになって欲しくないと言いたげな様子だけど、本気でそう思っている人は脅しかけたりなんて、しないからね!?
「監督生となれば、専用の談話室が使える上、学校公認で今までと同じように活動できる。これはお互いにいい話だ。素晴らしいね!」
物腰柔らかでありながら、有無を言わせぬ強引さ。
もうハイと言うしかない状況だ。
やはり私が太刀打ちできるような相手ではなかったか…。
「謹んで、来年度の監督生を拝命致します……」
それさえ聞ければ用はないとばかりに、学長室から放り出された。
ヒドイ。
これからは小賢しいマネはせず、権力におもねって生きていくことにしよう。
廊下に美しい姿勢で待っていたクロードが、すっと傍へ寄った。
「何のお話でしたか?」
「来年の監督生をやるようにと」
「お受けになったので?」
「断りきれなかったの」
「ローゼリカ様が本当にお嫌なら抗議致しますが」
「シャロンみたいなこと言わないで。やるなら自分でするわ。それより、面談の予約が入っていたわよね、急ぎましょう」




