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シンデレラ系主人公 クロードの抜駆け 7

 リュカオン殿下の読み通り、下校する学生の中に不審人物はおらず、姫様が正門を通り抜けた形跡も見当たらなかった。少ない労力でその他の可能性を排除し、学内の捜索に人員を投入出来るのは、殿下の素早い初動の賜物である。

 帰宅した学生と入れ替わりに、正規の近衛兵と従騎士隊、予備の従騎士隊が到着した。そちらの提案で、いつも遅くまで残っている研究者と教師にも、人づてで密かに帰宅命令が出されることとなった。

 これで、今現在学内に残っているのは、今日だけ特別になんらかの事情がある者だけである。


 本邸からの応援到着後、僕は単独行動を許され、姫様とはぐれたカフェテリアにまで戻ってきた。試しに残り香を追ってみるが、途中でよく通る渡り廊下に行き当たってしまい、その後の行方は分からない。人間の血の方が濃い僕は、おそらく人狼の中では鼻が良い方ではない。

 主家の一大事とあって、犬とハンドラー、他の人狼も捜索に参加する予定だが、彼らをもってしても、一つずつ順番に匂いを追いかけて居所を突き止めるのは、余程幸運でもない限り時間がかかると予想される。

 一方、リュカオン殿下が指揮する従騎士隊の方は、外周から中心に向かって、じりじりと包囲網を狭めるやり方で丁寧な捜索を開始している。


 すでに行方不明から二時間。こうなるまでに見つかることを、僕も殿下も予測……、少なくとも期待していた。しかし時間が経つにつれ、だんだんと嫌な想像が頭をもたげてくる。

 それは、賊の目的が営利目的の誘拐ではない可能性である。

 営利目的の誘拐であれば、人質としての価値を守るため、姫様の身の安全は保証されている。しかし、怨恨や変質者による加害目的だった場合、この時間経過は楽観視出来る状況ではない。

 可能性は視野に入っているだろうに、殿下は決して口に出しては仰らない。

 言っても詮無いことだ。己の内に、己を傷つける刃を持つのは愚か者だ。

 今まさにこの瞬間、姫様が……などと。

 ……。


 目を閉じると、僕の脳裏には学内を行き交う何人もの姫様の姿が浮かぶ。残り香から想起されるローゼリカ様は、僕と一緒に楽し気な時もあり、一人で急いでいる時もある。

 気配を沢山感じ取っても、どれが重要で追うべきものなのか、僕にはわからない。

 本物は、ここではないどこかにいらっしゃる。

 無力感に包まれて、暗い渡り廊下に立ち尽くす僕を、ケンドリックが迎えに来た。

「もし、姫様に万が一のことがあったら……、下手人の喉笛を食いちぎってやる」




 捜索が進むも成果が得られない状況が続く中、事件に進展があった。

 男子学生が二人、忘れ物をしたので中に入れてほしいと正門にやってきたのだ。 

 本来であれば門前払いとするところ、リュカオン殿下の判断で、明らかに怪しい二人を泳がせてみることになった。

 守衛は素知らぬふりで、あまり遅くならないようにと念を押し、二人を学内に入れる。

 後をつけてみて、本当にただ忘れ物を取って帰るならばそれでよし。そうでないなら事件の突破口となるだろう。

 我々バーレイウォール勢も、当然彼らの動向が気になったが、尾行の邪魔にならないよう、離れたところで待機する。


 皆が固唾を飲んで次の展開を待つ中、夜の静寂を切り裂く絶叫が響き渡った。


 全員が立ち上がり、声のした方を目指す。

 さすが姫様。突き刺すような高音も、離れた場所まで揺らすほどの声量も申し分ない。

 あんな声が出るならば、少なくとも叫んだ瞬間はお元気な様子。男子学生二人は身体検査で武装していないと確認済みであることを踏まえると、騎士団がすぐに突入すれば無事にお救いできる。


 駆けつけた時、研究棟の入り口では男子生徒2人が騎士団に拘束されているところだった。

「ローゼリカ様は?!」

「未確保です。現在突入部隊による捜索中」

「僕らも入っても?」

「まだ共犯が立てこもっている可能性があります。報告をお待ちください」

 後ろから、のしのしとやってきたシャロンが騎士たちを押し退け、男子学生の髪を掴んで顔を上げさせる。

「ローゼリカ様はどこだ?今すぐ正直に答えなさい。死んだ方がマシな目に合わせます」

「止せシャロン。逆効果だ」

 騎士が止めに入る前にケンドリックがシャロンを羽交い絞めにしようとして投げ飛ばされていた。

「それは効果が出るまで続けなかった者の負け惜しみです」

 すぐにフィリップがシャロンの後ろ手を捻り上げて拘束した。

「そうだとしてもケンドリックの指示に従って。お前は考えが無さすぎるよ」

 その隙に騎士たちが容疑者2人を引き離し、シャロンから見えないよう立ちはだかって壁になる。

 取り押さえられて口を塞がれ、シャロンが不服そうに唸った。

「もがっ、ふーっ……ぐるるるる……」

 ケモノか。

 芝生の上に投げられたケンドリックがぼやきながら起き上がる。

「お前な……。ケモノかよ」

 柔らかい所へ、衝撃を与えないように投げられたとはいえ、ケンドリックはシャロンに甘すぎると思う。


 僕は起き上がるケンドリックに腕を差し出す。その手を掴んで、勢いをつけて立ち上がる時、ケンドリックは耳元で小さく囁いた。

「あの二人の顔を見たか?オスカー・レッドオナーとジェフリー・ブルーウィンだ」

 それは。今日まさに、気になることがあると言って、姫様が調べていた人物ではないか。

「このタイミングで無関係とは考えにくい」

「では、姫様はなにか不都合な事実を知ってしまったせいで……?しかし、大抵のことより、バーレイウォールの惣領姫に危害を加える方が、リスクが大きいだろう」

「敵がそういう計算の一切できない、品性下劣で無知蒙昧な愚物であることが最も恐ろしいが……。先ほどの悲鳴、間違いなく姫様のものだな?」

「間違いない。健康状態にも問題はなさそうだ」

「敵の狙いは時間稼ぎかもしれない」

 こちらの目が、姫様の捜索に剥いている間に逃亡、あるいは物的証拠の隠ぺいを図るということか。

 ケンドリックの仮説は、現状と矛盾のないものだ。姫様の無事を保証する有力なシナリオは、僕の心を軽くした。

「だとしたら、敵の狙いにむざむざと乗ってやるわけにはいかない。俺は当初の予定通り資料を集めに行く。それが姫様のお役に立つことだと信じる」

 ケンドリックとて、本当は見つかるまで捜索に参加したいだろうに。戦略的に行動できる彼は、とても同い年とは思えないほど冷静だ。

「代わりに僕が行くとは言えない。ごめん」

「適材適所だ。こちらの後は頼むぞ」


 ケンドリックが行ってからも、捜索終了まで随分待たされた。ようやく校舎内の灯りが付いたかと思うと、出てきた伝令の従騎士が首を横に振ったので、再びシャロンが暴れまわりそうになっていた。

 待っていた間の聞き取り調査によると、容疑者二人は確かに金髪の少女を見かけて追いかけたが、掴まらえれずに正面から出たところを騎士団に拘束されたと供述しているという。

 後ろを追いかけたはずなのに、出入口付近を固めていた騎士団は姫様を目撃しておらず、容疑者だけが掴まった。当然校舎内にいるはずのところ、時間をかけた捜索でも発見に至らず。

 ローゼリカ様はまた魔法か手品のように忽然と消えてしまわれた。


 安全確認が取れて入館した校舎は研究棟で、授業のないこの場所に、姫様は何の用事もない筈だ。しかし確かに残り香が入り口から階段上へと続いている。それとは別に、驚きと焦り、より強い感情を伴った残り香が一階廊下の奥へと分かれていた。香りは閉まった窓から外へ。

「……?」

 いや、鍵が開いている。容疑者を巻くためにここから密かに脱出されたのだ!


 なんたる機転。姫様ほど対応力のある深窓の令嬢は、この国に存在し得ないだろう。ここが発見されていないということは、窓を乗り越える事すら、騎士団の想定外だったのだから。

 途中でシャロンとフィリップを呼び寄せ、裏に回る。窓の痕跡を見たフィリップは合点がいったというように頷いた。

「本当だね」

「姫様があのようなボンクラに捕まるはずはないと思っていました!」

 残り香は、窓の下から、茂みの中と物陰を伝うように、入り口とは反対方向の格技場方向へと繋がっている。緊張で息を詰め、周囲を伺う姫様の姿がありありと目に浮かぶようだ。

「行こう」

 少し遠回りをして、僕らはようやく。本当にようやく、見つかったばかりの姫様に、それでもじっと伝令を待っているよりは早く追い付くことが出来た。


 その後の煩雑な経緯はさておき、明けて翌日。

 今日くらい休んではという家中からの心配を振り払い、ローゼリカ様は元気に授業を受けられた。そして放課後は、側で加勢するというリュカオン殿下の申し出を頑なに断って、事件の主犯格、パトリック・イエロゥフェローと直接対決に臨まれている。


 無数の点を繋いで、図画を描き出すような推理を、パトリック・イエロゥフェローは意外にも全面的に肯定した。

 事実如何をさておいて、関与を認めるはずがないというのが、僕とリュカオン殿下の予測だった。イエロゥフェローの計画は、辻褄の合わない部分が多く、完璧とは程遠い代物であったが、物証がない点に関しては抜かりがなかったからだ。

 いくら被害者本人が顔を見たと言っても、自分の足で歩いて行ったとも明言している上に、実際現場にいたのは別の人物だ。姫様には報告していないが、実を言うと、頼みの綱である、オスカー・レッドオナーが持っていた呼び出しメモも、筆跡鑑定の結果、接点のない第三者のものであることが判明している。

 しかし僕は、根本的なことを読み違えていたらしい。

 事件の首謀者の目的は、誰かに危害を加えることでも、過去の罪を隠滅することでもなかった。

 秘密から始まった不幸な事件の真相を、大切な人に知られたくない。ただそれだけが彼の動機だったのだ。


「アンジェラの生い立ちに責任を感じているのなら、もっときちんと彼女と向き合うというのはどうかしら」

「僕には秘密があり過ぎる。彼女を幸せにはできません」

 パトリック・イエロゥフェローは、わざわざ言わせないでほしいと、悲痛な面持ちで言う。

 彼には分かりきったことのようだが、僕にその気持ちはわからない。秘密はあるが、暴かれることを恐れていない。大切なお方が、過去などものともしないというべきか。

 もしも姫様が、風にも堪えぬような、脆弱で臆病なご気性だったら。あるいはあの時荘園で、身も心も傷ついて、誇りを失ったとしたら。僕はもう一人のパトリック・イエロゥフェローだったのだろうか。

「よく聞く意見だけど、私はそうは思わない。だって逆に考えてみて。秘密さえなければ上手くいくの?秘密がなければ完全に理解しあえて問題がおきないと?」

「そう……、いや……そう、ではないでしょうね。たぶん」

「でしょ。だから秘密は関係なく、他人は理解できないのが普通なの。その理解しあえない相手をどれだけ思いやれるかが大切よ」

 やはり、姫様が姫様である限り、大丈夫だという気がする。

 きっと受け止めていただけると、僕は信じるだろう。

「あなたのやりたいことの連なる先が、あなたの道になるのよ」

 居もしない架空の主を無闇に恐れるよりも、この姫様に出会えた幸運に感謝することこそ僕の道だ。 


 そして、姫様自身の目的も、過去の事件への好奇心や、真犯人の断罪かと考えていた僕の思惑を外れていた。

 全ては一度引き受けた依頼、アンジェラ・ホワイトハートにプロムのパートナーを選ぶため。

 謎解きと事件を乗り越え、最も相応しいと判断したパトリック・イエロゥフェロ―の障害を取り除いて、今年度最後の縁組の道筋を切り開かれた。

 出来ない理由を挙げつらい、諦めたりはなさらなかった。常に定めた最良の結果を目指す。

 まさに不屈の精神。為政者の鑑だ。


 男を置き去りにして、足早にその場を去る姫様を、僕は追いかけた。何も話を聞いていないという立場上、イエロゥフェロ―を居ないものとして扱い、一度も彼の方を見なかった。一体どれほど感謝しているだろうかと、少しは興味があったけれども。

 姫様の偉大さは、この世で僕だけが知っていれば十分だ。


 廊下を曲がると、早歩きの速度がどんどん上がり、階段を駆け降りて校舎を飛び出し、ひと目に付かない場所まで一気に移動してから、姫様はピタリと止まって大きなため息をついた。

 ぶつかりそうになって慌てて止まった僕の肩に、姫様は振り返ってもたれかかってきた。

「どうなさいました、お加減が?」 

「緊張したぁ~……」

 姫様の言葉が、僕の質問と同時に、肩の力が抜けるように吐き出される。 

 2、3度深呼吸をした後、パッと顔を上げると、いつのものように微笑んでいらっしゃった。

「もう大丈夫。クロード、付いてきてくれてありがとう」

 今日は暑いくらいの陽気だというのに、体勢を立て直す際、シャツ越しに触れた指先が氷のように冷たく、僕は昨日の姫様の泣き顔を思い出していた。


 姫様の涙を見たのは、昨夜が初めてだった。

 約5年間、毎日、ご家族よりも長い時間お側にお仕えしてきて、まだ子供である自分より、さらに年下の女の子が、一度も泣いたことがないと、これまで気づくことさえなかった。

 近侍の訓練で、泣いた主人を慰め、元気づける練習をたくさんしておきながら、それを役立てる機会がなかったことに。


 おそらく僕は、姫様を天上人か、あるいはずっと年上の女性のように、漠然と感じていたのだと思う。

 だけど本当はそうじゃなかった。

 命の危機に恐怖し、成否のかかった場面では緊張する、普通の人間だ。

 僕らが姫様を特別な人間だと思えるように、仕える喜びを大きくするために、恐れも焦りも覆い隠し、毅然と前を向くと決めているだけ。

 近侍に作法があるように、主君にも主君なりの作法があるのだ。


 主の意向に沿うことが、本来の役目だが、一度にたくさんのことが起こりすぎて、抱えきれずに弱みを見せた姫様の隙に、僕はつけこむことにした。

 冷たくなった姫様の指先を取り、体温が移るように固く握る。

「もっと僕を頼って。バーレイウォールの重責は、1人の人間が抱えきれるものではありません。そのために沢山の側近がお支えしているのです」

「いつも頼りにさせてもらっているわ。でも、我慢が出来なくなったらもっとお願いしちゃおうかな?」

 姫様は茶化すように笑ったが、僕は流されない。

 僕はきっと、全ての悲しみから姫様をお守りすることはできないだろう。

 けれど、常にその涙をぬぐう役目でありたい。たとえリュカオン殿下やイリアス様、僕が認めた一級の貴公子にもそれだけは譲れない。

「我慢は良い選択といえませんね。不調が軽微なうちに解消するほうが、ご自身にも周囲にも影響が少なく済むことは、ご理解いただけるでしょう」

 姫様は合理的な論法を好む。理を示せば、提案を一考無しに断ることはない。

「以前ローゼリカ様は、完璧でない僕でいいと仰いました。同様に、僕の前では完璧でなくて良いのです。大勢の前で体面を保つために、側近には支え甲斐として隙を見せる。それが、無理のない現実的な手法と思いますが、いかがです」

「そっか……。そのためにあなたがいるのよね。細く長くやって行くために、無理なんてしていられないもの」


「ええ……。ですから、末長くお側に置いてくださいね」


これにて幕間完結です。

遅筆ゆえに中々実現できませんでしたが、一度やってみたかった毎日投稿。お付き合いくださりまことにありがとうございます。

明日もう一回本編の方を更新できると思います。その後はまたストックを貯める日々になるかと……。

こちらのアカウント

https://www.pixiv.net/users/76735021

には二次創作も上げております。お前の書くもん好きやで、とおっしゃって下さる方はよろしければ暇つぶしにどうぞ。

https://www.pixiv.net/artworks/97529440

イメージ落書きなんかもございます。

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