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シンデレラ系主人公 クロードの抜駆け 3

 バーレイウォールの至宝、惣領姫たるローゼリカ様の伴侶第一候補は、リュカオン・ベネディクト・アルビオン様。

 王太子殿下の第二子で、ユグドラで最も高貴なお血筋と、それに相応しい鷹揚自若なご気性の持ち主である。加えて、神が自ら手がけた奇跡の美貌は、一度見たら忘れられないほど。聡明で智勇に優れ、武人としても一角の才に恵まれている。

 妃になりたいと並居る令嬢を押しのけて、わが主ローゼリカ様が、殿下に見初められたとあって、僕は鼻が高い。

 此度の縁組がまとまれば、バーレイウォール家からアルビオン朝へのお輿入れは、実に建国以来300年ぶりの歴史的婚姻となる。


 上様のお目がねに適い、次にバーレイウォール邸へ現れたのはイリアス・オーランド様。

 爽やかかつ柔らかな美貌に明晰な頭脳、穏やかでありながらしたたかなご気性と、バーレイウォールの粋を集めたような貴公子だ。年相応の少年らしさを併せ持ち、リュカオン殿下を二回りほど親しみやすくした、ホッとする気安さもある逸材であった。

 彼の完璧なところは、バーレイウォールの類縁というだけでなく、時代を遡れば正真正銘の血を継いでいることだ。イリアス様は才覚が花開けば当主にもなれる資格がある。

 ローゼリカ様をお嫁に出さないという点において、全家臣の期待を一身に背負ってもいる。


「お前もその一人だよ、クロード」

 上様のお言葉に、僕は神妙に頷いては見せたものの、内心首を傾げた。

 なるほど、わからん。

 国中から選りすぐった、一級品の婿がね達の隙間に、なぜ押し込まれなければならないのか。

 正直しんどい。

 上様はゆったりして洗練された仕草を、感情に関係なく徹底して身につけられていて、そもそも心情が読みにくい。加えて、複雑並列的な思考の持ち主で、未熟者の僕に思惑を推し量ることはほとんどできない。逆にこちらが見透かされてしまうくらいだ。

「やはり、進学するつもりはないのかね?」

「はい。僕の歓びは近侍として姫様のお側にいる事です」

 昨日、王城へお供して、今日の朝はゆっくりでいいと言われたため、僕は空いた時間で上様のお部屋まで、昨日の様子をご報告しに上がったのだが、そうしたらまた進学の話になってしまった。

「そうか。お前なら、必要に応じて資格を取ると確信しているが、あまり意地を張ってはいけないよ」

「ご心配をおかけして申し訳ございません」

 思惑を悟られないように、早々に御前を辞した。


 進学は、姫さまとの結婚の備えに他ならない。

 イリアス様の登場を受けて、僕は学院アカデミーへは行かないことにした。

 少し残念な気もするし、早まって恥をかかずに済んでよかったようにも思う。

 彼が居るなら、僕という予備は必要ないだろう。加えて、僕に一目置いてくださって、排除される心配のない良いお相手だ。今のうちに恩を売っておくことも、主導権を握っておくことも可能とあって、これ以上の高望みはバチが当たると言えるほど、全方位に理想的なお方だ。

 上様は僕に目をかけてくださるが、王室へ嫁ぐ道と、家を出ず婿を取る道。これ以上は蛇足である。 

 

 僕は懐から携帯食を取り出し、使用人用廊下の窓から外を見ながら頬張った。

 はあ。姫様の事を考えると腹が減って仕方ない。

 空腹になると注意力散漫になってしまう。立ち食いは行儀が悪いが、空腹防止の対応策として慣れたものだ。この後もまた姫様の部屋へ詰める。こうでもしないと追い付かないのだ。

 姫様の部屋へ出仕すると、一足先に来ていたシャロンがシーツを張り直していた。

「おはよう、シャロン」

「おはようございます、クロードさん」

 シャロンは姫様以外の人間、特にケンドリックに対して非常に辛辣なのだが、どういうわけか僕には対応が丁寧だ。もしかしたら、いまだに女子だと思われているのかもしれない。


 そこへ朝食を終えた姫様が帰っていらした。

 どこか落ち込んだというか、宛が外れたようなオーラが見える。

 僕は気分が上向きになるような香りのフレーバーティーを入れて差し出した。

「ありがとう、クロード」

 姫様のオーラが、感嘆と喜びの色にみるみる変わる。満足だ。

 この世に、姫様の機嫌が麗しいほど素晴らしいことはない。

 ところが、だ。

 僕とシャロンが、アカデミーへは進学しないことを知ると、姫様は見たことがないほどの癇癪を起こしてしまわれた。


 驚愕。からの不満、逡巡、怒り。カラフルな色が花火のように次々と姫様から飛び出す。

 姫様は、読心術の心得がないリュカオン殿下でも、心の機微が読み取れるほど気持ちがまっすぐなお方である。その一方で、感情が爆発するような瞬間はほとんどない。

 怒ったり拗ねたりして見せる時でも、実は大袈裟に振舞っていて、どこか冷静さが残り、思惑通りに事を運ぼうとする一面がある。

 そんな姫様から飛び出す本気の哀切に僕は戸惑った。

「夢も希望もない地獄!絶望は霹靂の如く!理想郷は遠のく!二人のいない学生生活は意味不明至極!まるで悦なき囚われの牢獄!!」

 その割には、まだ余裕ありそうだな。

「そんな韻を踏んで、リリックに嘆く余裕があれば大丈夫そうですね」

「全然大丈夫じゃない!あまりの絶望に私の語彙力が火を噴いているのよ!たった一人で学校へ行って、一体何をしろっていうの!?」

「勉強です」

 シャロンは無慈悲とも言えるほど的確だ。これには返す言葉がなかったようで、論旨の矛先を変えてきた。

「お父様もどうかしているわ!箱入り娘の私を一人で学校へやるなんて、危ないってわからないのかしら!?」

 嘘である。熱しやすく、冷めやすい。口調はまだ荒れているが、姫様は冷静になりつつある。

「先ほど王族も通う学校は安全だとご自分でおっしゃっていましたが」

「二人が行かないなら私も学校なんて行かない!家で勉強する!」


 まずいことになった。

 四年以上お仕えしてきて、初めての駄々がこんな大事に関する事とは。前例がないせいで、どうやって宥めていいのか分からない。

「いくら姫様でも、上様の面目を潰されるような行動は支持しかねます」

「う~~~~……!!」

 怒りともつかない、紅い激情がボカンと弾けた。

「説得を諦めるのは私じゃなくてあなたたちの方よ!仕事の一環として学校で学べるなら断然お得なんだから!」

 姫様にお得という概念があった事には驚いた。

 せめてもう少し早くわかっていれば。

 先程念を押されても進学を断ってきたばかりなのに、ここで主張を変えては僕も立つ背がない。

「こんなところで管巻いてる場合じゃないわ。お父様を捕まえる。二人とも、ついてらっしゃい!」

 上様を説得すると言って部屋を飛び出した姫様を、僕らは追いかけた。


 全力疾走の後、階段の手すりを滑り降り、上様と使用人達の前に躍り出た姫様の髪は少し風を受けた程度に、整ったまま後ろに流れている。エアリーというやつだ。僕らの手入れは完璧である。

 大見得を切るように意見を主張する姫様の声を聴きながら、そんな関係ないことを考える。

 僕にとって、結果はどちらでも構わない。

 主が話し合って、決まったことが僕の進路だ。 

 ただ姫様が、僕の進路に希望がある、ということ自体が喜ばしい。必要とされている実感がわく。

「学びの機会を与えないなんて、我が家の損失だと思います!」

「そこまで言うからには、目標があるのだろうね。クロードは何を勉強するつもりかな」

 ぼんやり姫様を見つめていたのに、突然、話を振られて僕は焦った。こちらを振り返った姫様も、まずいという表情だ。

 ここで姫様をお助けできないようでは不甲斐ない。しかしどうするのが正解なのか、さっぱり浮かんでこない。

 適当な嘘はすぐバレる。考えている振りも良くない。長考などもっての外。


 僕を見る上様の視線から庇うように、姫様がずいと間に割り込んだ。

「クロードは、私と一緒に領主免許を取ります」

 ああ……!それは一番ダメなやつ……!!

 他の資格なら、見えすいていようと、まだ言い訳のしようもあった。

 しかしよりによって領主免許!姫様への求婚権が付いてくるという、破格のコスパ最高ラッキーアイテム!!素晴らしすぎるその資格の取得を望むことは、伴侶候補への立候補と同義である。

「ふむ。そういうことでいいのか、クロード?」

 上様は訝しげだ。そりゃそうだろう。さっき断ったばかりなのだから。

 何故こうも……。ピンポイントで絶妙に追い込むような状況を作り出す……。 

 意図しないにせよ、それこそが姫様のご意思と考えるべきか? 

 ご期待に応えるか、近侍の意地を通すか。比べてみるまでもない。

 ローゼリカ様万歳!その前途に栄光あれ!!

「はい。……あの、上様がお許しくださるのでしたら」

「可能性が広がるのは素晴らしい事だ。お前を公平に応援するよ」

 僕は3番目の選択肢として、2人の貴公子の隙間に緩衝材のごとく押し込まれた。


クロードの認識が狂信的にバグっていて、その狂気がちらちら垣間見える感じで書きたかったのですが、最初から最後までフルスロットルで狂ってしまったかもしれない。

タイトルありきで書き始めたので、書きながらどんな抜け駆けをさせようか考えていたが、エピソードを足すまでもなくクロードは端々で息を吸うように抜け駆けしてた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 文末のお父様の言葉がローゼリカ目線とクロード目線では意味が全然ちがったんですね…!びっくり!! 確かにこうやってみると信者チームと忠臣チームに分かれてますね。 ケンドリック…悪口ネタに使われ…
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