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シンデレラ系主人公 クロードの抜駆け 1

幕間の三部作クロード編です。

深く静かに狂っているクロードを喋りたいだけ喋らせたらとても長くなってしまった。

三部作なのでこれだけ分量が多いのは嫌だったけど、エピソード削ろうとしたら詰んだので諦めて全部書きました。

待っていてくださったお嬢様旦那様がた、本当にありがとうございます。


 紳士淑女の皆様ご機嫌よう。

 バーレイウォール家の近侍見習い、クロード・トリリオンと申します。

 我が一族の歴史はユグドラ建国をさらに遡り、古くは旅芸人や霊媒師として身を立てていた祖先が、国境の大豪族・ノクシーズ家に取り立てられる所から始まります。

 

 トリリオンの一族は天啓や霊感を授かるとされ、能力の強弱はあれど、代々予知や過去視で生計を立ててきました。平たく言うと、占いです。

 失せ物探しや天気予報、他にも医者の真似事で薬を売ったり、死者と交信して相談者の悩み事を解決したりしていたようです。

 尊敬と畏怖を集めて権勢を誇った時代もありましたが、民間信仰が薄れるにつれ、詐欺師と蔑まれたり悪魔付きとして迫害されるようになりました。

 というのも、一族の活動は、能力の性質もあって、個々人のポテンシャルに頼ったスタンドプレーで成り立っており、組織で連携するという考えがありませんでした。つまり、極端に政治が下手で、築いた権勢を維持することが出来なかったのです。

 没落して流浪を余儀なくされていた我らの祖先に救いの手を差し伸べ、安定した職と居場所を与えたのがノクシーズ家でした。

 問題解決能力に秀でつつも、志を持たないトリリオンの一族は、人心掌握と人材管理に長けたノクシーズという主を得ることで、水を得た魚のように活躍するようになりました。

 以来、トリリオンは忠誠を尽くし、ノクシーズは恩寵を与えるという蜜月の関係は、ユグドラ建国に際し、ノクシーズがバーレイウォールと家名を改めた後も、現在に至るまで続いているのです。

 めでたし、めでたし。




 トリリオン家の能力が、天啓や霊感だと考えられていたのも今は昔の話。

 人の心の機微を読み取り、過去や未来を言い当てる能力の正体は、人並外れた動体視力と、それが可能とする洞察力であることが分かっている。

 コールドリーディングと呼ばれる話法とちょっとした暗示の技を併用して、託宣とすら言わしめた占いの肝は、望まれている言葉を与えるための読心術であった。

 そのために些細な癖や生理的動作から、感情と思考を読み取る術を磨いて来た一族は、主の言葉を聞かずして日々の憂いを払い、また害悪なものを退ける最後の砦となった。

 我が一門は側近として最高の性能を誇り、この百年、他家に執事の役職を譲ったことはない。


 かくいう僕も、直系の三男として家業を継ぐべく育てられた。

 小さい頃からの訓練と連綿と続く資質で、基礎教養の修了より早く才能を開花させた僕は、さらに色の共感覚も持ち合わせていた。

 共感覚というのは、本来関係のない知覚が連動して起きる現象のことである。色がないはずのものから色を感じるという、神経の誤作動の一種なのだが、特に不利益はないので病気とは認定されていない。一番多いのは文字や音に色を感じるというもので、僕の場合は読心術で読み取った感情に色が伴って見える。

 行動から読み取った感情に色がつけばどうなるかと言うと、人がオーラをまとっているように見えるのだ。

 怒りであれば赤。驚きは黄色。悲しみは青。

 祖先の残した文献にも、オーラが見える霊能力者の記述がある。一族に時々現れる、読心術と共感覚を持ち合わせた人物ということらしい。

 動作の意味を分析するより早く、視覚で感知できる、一歩抜きん出た能力者だ。


 我らトリリオンが、建国の遥か以前よりお仕えするバーレイウォール家は、群雄割拠の時代から現在に至るまで変わらず、ユグドラ地方北端の雄である。

 広大で豊かな領土と多くの領民を抱え、その規模は血筋の尊い公爵家よりも大きい。

 中央の都市国家アルビオンの求めに応じて麾下に下ったものの、バーレイウォール侯爵家の前身であるノクシーズ家は交易と先進的な法律を誇る精強な国であった。

 ノクシーズとアルビオン、どちらがユグドラ王朝を取っても不思議はなかったし、迎合せずに単独国家として存続する道もあった。

 しかし結果として、武勇で勝るアルビオンに王位を譲り、自身は北の大国ルーシャンとの国交、国境防衛を一手に引き受けることで、比類なき権力を容認されている。

 中央と北辺の大豪族が手を結んだことで、周辺都市も次々と恭順した。

 ユグドラ建国に際して、無血同盟が成ったのは貴族諸侯の協力が不可欠であったと歴史の教科書にも記されているが、その貴族諸侯の功績とやらのほどんどはバーレイウォール家のものなのだ。

 当時の当主は……、いや、バーレイウォールの当主は、誰もが難しい立場と矜持を捨て、民のために安定した道を選んだ。

 それらの判断のどれか一つでも違っていれば……、あるいは何かの歯車が違う回り方をしていれば……、バーレイウォール家は今でも一国の君主だった。


 バーレイウォールの後継者には、5歳から10歳ほど年嵩の近侍が付き、友人のように、兄姉のように寄り添って、万単位の民の命を預かるに相応しい賢君へと導き育てるのが通例である。

 その通例に倣って、惣領姫たるローゼリカ様の近侍には長兄のハワードが選ばれる予定であった。

 しかしハワードは選出の直前に病を発症してしまう。

 命に係わるものではなかったが、兄は早々に近侍の内定を辞退し、ご領地での療養を決めた。

 ローゼリカ様の近侍となるべく、勉学に励んでいた兄は、さぞかし無念であったろうに、毅然とした態度を崩さなかった。自分の望みよりも、主家への忠誠を選んだハワードには、一生勝てないだろうと思った。

 次兄のレナードは、これも大切なお役目である家臣たちの統括へ進路を決めており、残る三男の僕に、時期主君の近侍という大役が巡ってきたのである。


 大役を任されたのは望外の喜びとはいえ、兄の災難の上に成り立っている幸運を素直には喜べず、僕の忠誠は複雑な感情とともに始まった。




 ローゼリカ様は愛らしく、二つ年下とは思えぬほど利発で、思いやりに溢れて慈悲深く、交渉事にも秀でた君主の風格を備えていらした。

 描いていた理想的な君主像を体現する姫様に、僕の喜びと罪悪感はますます膨れ上がった。

 ただし、子供らしい素直なご気性でありながら、時折大人顔負けの複雑なオーラの光らせ方をするミステリアスな一面があり、さすが一族の総帥たる上様のご息女は、底知れぬ感じがした。

 

 徐々に心を傾けながらも、本来近侍になるはずだった兄の影に怯えながら仕えていた僕に変化が訪れたのは、ローゼリカ様9歳、僕が11歳の時のことだった。




 トリリオン家が王都郊外に所有する荘園へ、三人で出かけていた時のことだ。

 荘園は領地と違い、ただ広大なだけの私有地である。住み込みの小作人を雇っている場合も、小作人には給料が支払われ、彼らは領民として領主に納税する。このトリリオン荘園は王領直轄地にあるため、大勢居る小作人たちは国に税金を納めているわけだ。

 ここでは王都に住まうバーレイウォール家の皆様のお口に入る食料が作られている。予算度外視で、手間暇かけられた作物だけが、我らが主君の血肉となるに相応しい。何より我々が用意した食材の方が、市場で買い付けるより安全である。

 ご領地にはもっと大規模な御用達の農園があり、主君の食卓を鮮やかに彩るべく、肉、野菜、果実、香辛料、実に沢山の品種の生産体制が整っているが、よく使う野菜や畜産物などは、鮮度重視で郊外荘園にて生産されている。ご家族が行楽としてピクニックを楽しまれる他、ちょっとした川遊びや馬術の練習の為にも利用される。

 今日は自然科学の学習で収穫間際の麦畑を見学したり、梨や葡萄といった初秋の果物を自分の手で刈り取ったり、課外学習を目的としてやってきた。勉強半分ピクニック半分の行事を姫様もシャロンも楽しんでいた。


 昼食は農園が見渡せる小高い場所で、バスケットに詰めた弁当を食べた。

 本邸からついてきた料理人が、弁当だけでは飽き足らず、特製のデセールを姫様にお出ししたいというので、デザートは管理屋敷へ取りに行かねばならない。

 ローゼリカ様は一人での飲食を厭い、状況が許す限り僕らは同席を命じられている。

 頃合いを見計らって、席を立った僕の後に荘園の管理人が付き従った。職業柄、ゲームキーパーのようなラフな恰好だが、品も良く、ご家族への謁見資格を持つ上級使用人である。

「クロード坊ちゃん、そのようなことは私が」

 荘園の管理人はトリリオン家の陪臣で、ここでは僕も主家の子息、坊ちゃんと呼ばれる身分だ。

「大丈夫、シェフに頼まれたのは僕ですから。それより、姫様の前で坊ちゃんと呼ぶのはやめて下さい」

 後半部分、恥ずかしそうにする僕を見て、管理人は一瞬ぽかんとあっけにとられたが、すぐに全然わかっていない様子でニコニコした。

「何を仰います。私にとってクロード坊ちゃんは、たとえ大きくなられても、いつまでも坊ちゃんです。そんなことでお叱りになるローゼリカ姫様ではないでしょう」

「それはそうですけど……」

 姫様が、リュカオン殿下の前では名前で呼んでと仰る気持ちが良くわかる。

 アルビオン一族の前だろうとなんだろうと、僕らにとってローゼリカ様こそ本物の王女。バーレイウォールは我らの王だ。管理人の言うことに何も間違いはないが、僕だって姫様の前では臣下の顔をしているのだ。別の一面を見られるとなんとなく気恥ずかしいし、主がどう思うのか、気になって落ち着かない。

 今後は僕も肝に銘じよう。

「管理屋敷までの道のりは分かりますか?」

「一本道じゃありませんか。小さい子供じゃないのだから」

「デセールは重いかもしれません。ここには護衛の方も従僕も控えております。周囲にも十分な人員が、姫様とミレニアムのお嬢様をお守りしています。私くらい坊ちゃんとご一緒しても」

「とにかく、あなたは姫様のお側に居てください」

 僕は荘園の管理屋敷へ一人で戻った。

 

 ローゼリカ様は出されたものを選り好みなく召し上がり、食事のリクエストをお伺いしても、逆に僕やシャロンが食べたいものをお聞きになる始末だ。

 そんな姫様の唯一はっきりしている好物が、色彩の美しい甘味である。

 昨年ローゼリカ様が主催された茶会のテーブルは、春の庭園を思わせるようなあでやかさで、参加者の目と舌を喜ばせていた。

 以来、シェフたちは数少ない姫様の好物を、毎日創意工夫と丹精を込めて作っている。


 一口サイズで色とりどりのケーキと氷菓。果物の形を模したミニチュアのようなコンポート。マジパンとシーリングクッキーで作った姫様と僕たち三人の人形が、チョコレートの荘園に遊びに来た様子を表現している三段重ねのデセールだ。

 きっと今日の思い出に残るだろう。

 よく使う保養地でもあるここには、見知った家臣が沢山居り、僕は油断していた。

 姫様の喜ぶ顔を想像しながら、デセールを抱えて管理屋敷を出た僕は、突然物陰に引っ張りこまれた。




 その時のことは、よく覚えていない。

 恐怖から心を守るための防衛本能だ。

 ただ、オーラとして見えるほど、人の感情に敏感な僕が、真っ向から悪意を向けられて、どれだけ恐ろしかったか、おぞましかったか、想像するに難くない。

 当時、姫様のご厚意で習っていた護身術が実を結び、対処法は熟知していたはずなのに、僕は逃げることも抵抗することもできなかった。


 おそらく、たった数分程度のことだったと思う。

 腰を抜かし、端に追い詰められていた僕に、凛と涼やかな声がかかった。

 僕を気に掛けていた管理人は、姿が見えなくなったことにすぐ気が付いてくれ、姫様を含めた全員が探しに来てくれたのだ。

 僕の鮮明な記憶はそこからだ。

「クロード!目の前の方はどなた!お知合いかしら!」

 そこがどこだったのか、別に思い出そうとも思わない。

 実際暗い場所に光が差し込んでいたのか、あるいは心象的な希望の光だったのか、今となってはどうでもいい。

 現れたローゼリカ様は、スポットライトを浴びたように輝いていた。


 声もなく首を振った僕を見て取ると、ローゼリカ様は仁王立ちで腕を組み、居丈高に命じた。

「シャロン!やっておしまい!」

 シャロンが視界の横から文字通り飛んで現れた。

 返事より先に、完璧な型で目の前の男に飛び蹴りを食らわせる。

「お任せください」

 ひしゃげる変質者。翻るスカート。怒りに燃える主の瞳。芝居のワンシーンのような情景が、キラキラした思い出として、僕の恐怖を塗り替えた。

 その日から、ローゼリカ様とシャロンは僕のヒーローだ。


明日も投稿します。

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[一言] なんせ初恋泥棒だしなぁ…変質者ホイホイだったんだろうナァー ローゼリカとシャロンのノリノリ感よ
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