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勘違い系主人公 リュカオンの己惚れ 4

 アカデミーに入学して、ローズは何やら情報操作による策を弄しているらしい。それを利用させてもらうことにした。

 労少なくして実り多い事こそ上策だ。


 ローズが流している噂を私の噂が上書きする。それが取返しのつかない所までアカデミーに浸透する間、身近な者から企みが漏れないようしばらく距離を置いた。

 学校など不特定多数の人間が集まる場所では、私は王族の義務として一人になることが出来ない。

 取り巻き、特に愛嬌たっぷりのウィリアムが余計なことを言うに違いないのだ。

 とはいえ、進学してから疎遠になったと思われても困るので、バーレイウォール邸には、前にも増して足繁く通った。

 

 ローズは近頃課外活動に勤しんでおり、彼女より先にバーレイウォール邸へ帰ると、大抵イリアスが近侍の武術訓練でへばっていた。

 ピンチの時ほど人の真価は試される。

 肉体が限界の時こそ、頭を使ってうまく切り抜けなければならない。

 私はヘトヘトのイリアスと、話やテーブルゲームをしたり、時には関節技を教示して、彼の成長に一役買っているつもりでいる。

 私の行動が嫌がらせではないことを、イリアスも理解しているようで、素直に熱心に指導を受け入れていた。

「殿下、質問を宜しいでしょうか」

「許す」

「こういった、手札が見えるルールのカードゲームは、確率計算で負けないように調整できるのではありませんか?」

「ああ、君はそういう芸当が可能な性質か。…そうだな。結論からいうと出来る。しかし訓練すれば誰でも、ということではないらしい」

「それでは不公平ですね」

「うん、だから計算などはせずに、単純な運の良し悪しを楽しむ遊びのようだ」

「ではしっかり数えたり覚えたりせずに、なんとなく勘で分が悪そうだと思えば下りるのですね」

「君の場合、将来バーレイウォールの外交を手伝うのであれば、カードゲームで接待することもあるだろう。確率計算の訓練をしてみるのもいいかもしれない。何か得意な種目があるのは強味だ」

「なるほど……」

 いつも冷静で礼儀正しいだけのイリアスがしきりに頷いている。

「ゲームを極めるには情熱が必要だが、極めてしまうとつまらなくなる。まあ、よく考えて決めなさい」

「いえ、賭け事には興味がありませんでしたが、武器の一つと思えば磨くのも楽しいでしょう。ご教示ありがとうございます」

「では多少カードを操れる方がいいかもしれないな。併せて練習するといい」

「それはイカサマというのでは……」

「バレるまでは、イカサマと言えまい。力が強く素早いものが戦場で生き残る。指先の器用な者が賭場で生き残るのは、むしろ公平なことだろう」

 イリアスはようやくクスリと笑った。

「殿下ほど公平な方はいらっしゃらないという訳ですね」


「公平ついでに言うと、クロードも私たちと同じ結婚相手候補の一人だぞ」

 驚かせようとして言ったのに、イリアスは少しも動じなかった。

「……可能性は、考えていました。他所から俺が呼ばれてくるくらいですから、側近のトリリオン家はいかにも相応しい」

「そういうものか?」

 主従関係から対等な夫婦関係に移行することが、不可能にも思える私としては、クロードは完全な伏兵であった。

 だが彼は優しく賢くローズの良き理解者で、彼女を幸せにするという点において信頼がおける人物だ。

「ですが、ここに来て直ぐの頃、相応しい教養と風格を身に着けるようにと助言をくれたので、彼が伴侶の候補になることはないのだろうと勝手に思っていました。あの後何があって心境が変化したものか……」

「難しく考える必要はないだろう。私だってローズを譲るつもりがなくとも、君がより素晴らしい人間に成長することを願っている」

「親切には気付いておりましたが、それは殿下の懐がお広いからでしょう」

 イリアスは目を細めて言う。

 褒めているのか嫌味なのか判別出来ない。

「いいや、くだらない男にローズを取られたら、絶対の絶対に嫌だからだ」

「ああ、そういう…考えもあるのですね」

「王子といえど、とんでもない愚物がすでに婚約者だったら、君とてもっとなりふり構わず躍起になったと思うが?その点君は競うに値する人物だ。ホッとしている」

「殿下の熱い期待が重圧ですよ」

 イリアスはとても重圧など感じているようには見えない爽やかな笑顔で微笑む。

 こいつもクロードも手ごわそうだな……。

 そっと息を吐いて、少し前の出来事に想いを馳せた。


 夏にローズが王宮へ遊びに来て帰る間際、夕日の中の彼女の瞳は出会った時と同じく、静かに燃えるようにキラキラ輝いていた。

 期待や閃きがたくさん詰まった瞳は命のともし火そのもので、初めて会ったあの時に、私が彼女に灯したものだ。

 無論、彼女はあの瞬間より以前も生きていて、あの時命が宿ったわけではないと分かっている。

 それでも、私の存在が彼女に息吹を吹き込んだかのような錯覚が忘れられないのだ。

 命が芽吹く瞬間の彼女は美しかった。

 いや、実際に美しいかどうか分からないが、私はそう思う。


 まるで野生動物のよう……と例えると怒られるかもしれないが……。

 そう。花にたとえるなら良いだろう。

 じっと佇んでいる植物でも、花開く瞬間は確かな生命力を感じさせるように、劇的でありながら大げさではなく、ともすれば見過ごしてしまいそうな一瞬を見守りたい。

 そういう一瞬をこれからももっと見つけていきたい。


 もしかしたら、これは恋心とは別の感情なのかもしれない。

 自然への賛歌とか、研究対象への心酔だとか……。

 これ以上言うとまた怒られる内容に突入しそうだが、とにかく。

 花と人でも、私は同じく彼女に心を奪われただろう。

 彼女を愛していることには変わりない。

 私たちは偶然人間の男女に生まれついたのだから、その関係性の行きつく先は夫婦で問題ないだろうと思っている。

 

 出自も申し分なく、政治的バランスも問題なく、人物も妃として相応しい。性格の相性も良く、次世代の継承が可能。その上私が心から愛している。

 こんな好条件はそうそう揃うものではない。 これは奇跡であり運命だ。

 テーブルゲームで言うところの、役満。非常に確率の低いロイヤルストレートフラッシュ。

 

 それなのに。

 彼女はそう思っていないらしい。

 あの時静かに見つめ合って、確かに心が通じたと思った私のプロポーズを、ローズはまたしても一刀両断した。


「だが、のんびりしていたら、今後も参加者が増える事は否めない。私も学校では牽制出来るよう根回ししているが、油断はできないな」

 ふむ、と腕を組んで、イリアスは斜め上に視線をやる。

「伴侶候補が次々と増えるという心配はいらないでしょう。一番警戒すべきは、ローゼリカ自身が勝手に恋人を作ること。交友関係を直接けん制するのは非常に有効と考えます」

 自分ほどの逸材は中々いないという意味なのか、他に私が知らない事情を知っているのか、イリアスは侯爵の推薦を受ける候補はほとんどいないと考えているようだ。

 それとも、イリアスはまだ学校へ行けない間、私に露払いさせようという魂胆か。


「君のお墨付きなら安心だな」

「近頃は距離をおいていらっしゃるようですが、それも思惑あってのことでしよう。俺は安心していられないですね」


 この三人ならば、私の強みは国家権力だな。

 よし、威圧にならないよう根回しを利かせた権力を水面下で振りかざそう。

 彼女の心がどこにあるかわからないなら、せめて精一杯勝負を楽しもう。

「いやいや、気にすることはない。これまで押してばかりいたが、駆け引きするなら引くことも覚えねばな」

 私は新しい恋敵に、出来る限り優美に微笑んで見せた。


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