勘違い系主人公 リュカオンの己惚れ 3
ローズと出会ってから四年が過ぎ、私は12歳になっていた。
兄が婚約したのも13の時だったし、私もそろそろいいのではないか。この4年で十分親交を深め、もうお互いに良く知らないとは言わせない。
4年の月日の内に勝手知ったるなんとやら、私はバーレイウォール邸のあらゆる所に出没するようになった。ローズを愛する屋敷中の人間に私の人となりを知らしめ、良き伴侶と認められて外堀を埋める作戦だ。
しかし講武所で武官たちに稽古をつけてもらってからローズの元へ向かう途中、シャロンの突然の裏切りに度肝を抜かれる。
「あのう、殿下。家の姫様が、名実ともに国の姫様になることが、国民全員の幸せだと思って、これまで殿下と姫様の仲を応援してきた訳ですが…」
「おお…、うん」
国民の幸福とは大きく出たな。
「最近思うところあって、考えを改めました」
「えっ!」
不穏な滑り出し。
「つ、続けて」
「ローゼリカ様を幸せにしてくれる方と結ばれてほしい。それが私の、そして屋敷の人間、バーレイウォールに仕える全員の願いです。その点、殿下はいい線をいっていると思います」
「そうだろう。何を改めることがある」
「でもそれだと、クロードさんだって負けてはいません。実は二年前、姫様と結婚するつもりがあるなら、アカデミーへ行って領主免許を取ってはどうかと上様がおっしゃったそうです。その時は一度断ったけれど、最近になって、チャンスが来た時に後悔しないために、備えておくべきか悩んでいるという話を聞きました」
クロードは手ごわいな…。
「そういう訳で、これからはクロードさんを応援します」
「いや、待て。何が、『そういう訳』なのか説明してもらっていない」
「あ、そっか。ここからが私のよく考えた結果なんですけれども。殿下と結婚すれば、ユグドラの国民は美しくて聡明なローゼリカ様を、プリンセスとして敬愛することができて幸せですよね」
君の中にそんな思想があったことに、正直驚きを隠せないよ。
いつもキリリと表情を引き締めているシャロンが、とろけるように微笑んで言う。私は人の美醜に疎いが、これがシャロンの最も可愛い顔だろう。……たぶん。
「でも気付いてしまったのです。そうなったら姫様はお嫁に行って、このお屋敷を出て行ってしまうと…!」
「ん?うん…」
シャロンはブルブル震えているが、至極当たり前のことしか言っていない気がする。
「それで、最大人数である国民全員の小さな幸せと、このお屋敷みんなの大きな幸せを天秤にかけた時に、私はお屋敷の一員として、仲間の幸せを守るべきなんです」
「なるほど、わからん」
二人して不思議そうに顔を見合わせる。
「えっ、おかしいな。わかんないですか?」
「さっぱりわからん。何故私と結婚しなければ、屋敷の皆の幸せを守る事に繋がるんだ」
「えっと、ですから。お屋敷の他の人達は、ローゼリカ様に会えなくなって可哀想です。その点クロードさんと結婚すると、姫様はどこにも行かなくて済むから皆幸せです。私は絶対にお嫁入りにも付いて行きますけど、王宮ともなれば、侍女が一人では足りないでしょうし、しきたりとか面倒そうだし…」
「し、私利私欲だ!」
「違います。大多数の幸福です」
「君のそれは絶対に違うだろう。それに鞍替えなんて、裏切り行為に等しいぞ」
「裏切りとは心外な!私だって決まったことに口出しはできません。だからこれは、4年たっても全然婚約に漕ぎつけられない殿下のせいでもありますから!」
「返す言葉がなくてつらい……」
しかしここで引き下がったら、シャロンがクロード側に寝返ってしまう。
近侍と侍女が敵に回ったら、勝ち目がないとは言わないまでも、戦いは苦しくなる一方だ。
時間をかけた囲い込み戦術だって、周囲が味方だからこそ出来るのに。
額を抑えて考え込む。
「わか……った。よし、結婚しても王宮では暮らさない。別に屋敷を構えればいい。君は宮仕えの気苦労を心配しなくていいし、ローズに仕えたいものは雇い入れれば丸く収まる」
「えぇ~…、でも…。クロードさんとくっついた方が手っ取り早いです」
きっぱりと言い切るシャロンは身も蓋もない。慈悲も是非ない。
「き、君は!ローズを敬愛する事が民の幸福と言ったじゃないか。私は一国の王子として、その喜びを国民に等しく与えたいんだ!!」
何を言わされているんだ、私は。
「殿下…!殿下がそんなにも国民の幸せを思っていたなんて、知りませんでした」
「分かってくれたか」
「わかりました。私も武家の娘です。クロードさんだけを応援するのは卑怯というもの」
「はあ~~~~……」
帰りの車に揺られながら、思わず長い長いため息がもれた。
あの後、シャロンが言うには。
「男は戦いの勝利によって望みを叶えるもの!これから毎週手合わせをして、私が勝ったらクロードさんを、殿下が勝ったら殿下を、次の勝負が決まるまでの間、応援します!」
「ん?クロードと私じゃなくて、君と私が戦うのか?」
「クロードさんが姫様をかけて争ったりするはずないでしょう!」
シャロンは私がふざけたことを言ったみたいに憤慨する。
私が可笑しいのか?おかしなことを言っているのは君の方じゃないか?
「クロードさんだったら、遠慮して殿下に勝ちを譲ってしまいます。それは公平じゃありません。代わりに戦うことで、私がクロードサイドということの表明にもなります。それに殿下と私は腕前も同じくらいなのでちょうどいいです」
公平とは?どういう意味だったかな?
男は勝利で望みを叶えるって話はどこへいった……。
しかしここでとやかく言って機嫌を損ね、話が振出しに戻ってしまったら困るのは私だ。
私には、提案を受け入れる道しか残されていなかった。
車を降りて、とぼとぼ渡り廊下を歩いていると、兄が庭で同じように項垂れている。
兄は二年ほど前から、婚約者とデートの後は決まってこうだ。
なんでも、婚約者殿のドレスと髪型が気に食わないそうである。
「ああ、リュカオンか、おかえり…。今日もヴィクトリアの癖のない真っ直ぐな髪が跡形もなく、螺旋階段のようにコレでもかと巻かれていた……」
飽きもせずによくやる。二年も前からなんだから、いい加減に諦めればいいものを。
「あんなに目を釣り上げた化粧では、しっかり者に見えるかもしれないが、気が強いと誤解される。そのせいで彼女へのあたりがキツかったら泣いてしまうじゃないか」
本気で言っているのかどうか、判断に迷うな。
「派手なドレスで、下心満載の人間がたくさん近寄ってくるんじゃないかと心配だ」
それはどういう回路を経て産まれた発想なのか理解しかねる。
「いや、それよりこうしている間にも、素敵なまっすぐの髪が、巻き毛のセットに負けて、うねり始めたらどうしよう……!」
「そんなに言うなら一言頼んでみればいいだろう」
「バカを言うな!女性の装いに口出しするなんて無粋だぞ!嫌われてしまったらどうする!!」
知らんがな。
大体、兄は贅沢だ。
意中の人と婚約を取り付けておいて、他に何の不満がある。
私だったら、ローズがどんな髪型になったところで構わない。
いや、嘘。
手入れの行き届いた、あの見事な髪が私と同じぐらいの短髪になってしまったら、がっかりしてしまうだろう。
それでも、薄い水色の瞳で似合っているかと覗き込まれたら、意地でも似合っていると言う。
何かの事故で髪が短くなって落ち込んでいたら、どんな君も素敵だと絶対に言う。
まあ……、髪を完璧に手入れしているあの二人が側にいる限りそんな心配は要らないと思うが。
ローゼリカ杯にクロード参戦という衝撃ニュースの後、対策を練る間もなく、新たな恋敵としてイリアスがやってきた。
これがまた、柔和かつ爽やかな立ち居振る舞い、それでいて自信と機知に富んだ話術を持ち合わせており、非の打ちどころがない。遠縁らしいが、隠し子ではないかというくらいにバーレイウォールの粋を集めたような貴公子だ。
三つ巴の戦いとなった以上、これまでのような時の流れに解決を求める作戦は通用しない。
もっと積極的な策が必要だ。
リュカオンの幕間は4まであります。次回で終わりです。




