勘違い系主人公 リュカオンの己惚れ 2
三ヶ月で50人もの見合いをこなしたというのに、ローゼリカにはまたしても振られてしまった。
辛抱強く、折れない心の持ち主であることに感謝してもらいたい。
私を綺麗だと言い、あんなにもキラキラした瞳で見つめておいて。
私の贈った、私の瞳の色の誕生日プレゼントをペンダントトップにして身に着けておいて。
あれは、知る人こそ少ないが、瞳の色が瓜二つだからと、祖母から譲られた守り石だ。子供の頃、祖父から祖母へ結婚の約束にと贈ったもので、さほど高価なわけではないが縁起物だし思い入れと歴史がある。
彼女だって私を気に入ってくれたに決まっているのに、何故求婚を断られたのか、納得いかない。
慎重な性格なのだろうか
惚れやすい、気が多い人間だと思われているのか。
沢山の人間に会って、その上で大勢の中から選んだと言っているのに。
しかしもっといろいろ見てから決めるべきだという婚約条件の一つは満たした。
さらにお互いをよく知るために、毎週の約束も取り付けた。
幸い、周囲は私たちの縁談に好意的だ。
後は周囲を牽制しながら、年頃になるのをじっくり待てばいい。
私がまずまずの成果に納得している矢先のことだった。
学習室で次の授業の教科書を読んでいると、学友の一人であるウィリアムが話しかけてきた。
討論やグループワーク、人数が必要なスポーツ競技などの学習のために、8人程度の学友がこの学習室には出入りしている。
ウィリアムは中でも特に気が合う友人だ。
「リュカオン殿下が毎週通っているお屋敷って、バーレイウォール邸ですか?」
「そうだが。それが?」
「すぐ下の妹にお茶会の招待状が届いたのですが、どこかで聞いた名だと思って」
ウィリアムの妹なら、年回りも身分のつり合いも、茶飲み友達にちょうど良い。
しかし、彼の赤毛を見て、何かひっかかった。
「殿下もご出席されますか?」
「いや。分らないが、今のところ招待は受けていない。君は?」
「うちも呼ばれたのは妹だけなので、女子だけかもしれませんね」
「妹は君と同じ赤毛か?」
「え?ええ、そうですね。うちは兄弟全員赤毛ですよ」
赤毛……。
まさか。
まさか、先日話題に上った、赤毛の少女を探すつもりではないだろうな。
いや、さすがにそれはないか。
ローズとて、友人の一人や二人欲しがっても不思議はない。茶会の目的として、その方が自然だ。
「茶会はいつだ?」
「たしか、来月の中頃だったかと」
タイミング的に、話を聞いてから準備したならギリギリだ。
やはり赤毛の少女の話とは無関係に予定されていた行事なのだ。
とは言え、やけに話題に喰らい付いて、根掘り葉掘り聞かれたから、気になるな。
「その日は急に思い立って遊びに行かないよう気をつけないとな」
「そう言うことでしたら、家に帰って招待状を確認しておきましょう」
茶会の日時は首尾よく入手した。
そして次の準備のために、私は今、王宮のクロークにいる。
長髪のウィッグはやはり赤毛が良いか。
印象もガラリと変わるし、何よりローズが見慣れない女子を見つけて、興味津々に話しかけてくるかもしれない。
登城したことがあるかと聞いてきたらもう決定的だ。
赤毛のウィッグはすぐに見つかったものの、女子の装いはサッパリわからん。
まず色が多すぎる。形も小物も沢山ありすぎて、何から選んでいいものか。
私がドレスの海の前で立ち尽くしていると、クロークの女官が恭しく話しかけてきた。
「リュカオン殿下、何をお探しですか?バーレイウォールのお嬢様へ、来年の贈り物をご準備されるのでしたら、お手伝いいたしますが」
「いや、着るのは私だ」
そう言ってスポッとウィッグを装着する。
「これでひとつ頼む」
「畏まりました」
すると、それまで端の方に控えていた4、5人の女官たちが、手に手にドレスを掲げて、私の前に扇状に広がった。
「今の時期ですと、薄手かつ秋のお色味が宜しいでしょう。そちらの赤毛に合わせるのでしたら、モスグリーンやチャコールグレイ、あるいは赤や橙で織模様が入った生地などおすすめいたします」
「じゃあ右から二番目」
「ではそれに併せて靴と小物をご用意いたします」
並べられたものの中から、適当に選んでいくだけで、あっという間に女装が仕上がった。しかし今度は女官の方が白熱してきて、こっちもいい、あっちも似合いそうだと、周辺に衣装が積み上がっていく。協力してもらった手前、しばらく黙って着せ替え人形になっていたが、ようやく気の済んだらしい女官たちが、誇らしげに姿見を正面に立てた。
「こちらでいかがでしょうか」
鏡に映るドレス姿の自分には違和感しかないが、女官たちは自信満々だ。
ローズはもっとほっそりしていたように思うけれど……、こんなものだろうか?女子に見えるのか疑問だが、ぱっと見て私だとわからないなら、まあ良かろう。
「ご苦労」
「どちらまでお出かけに?」
肩にかかる長髪をかき上げて振り返る。
「潜入捜査だ」
決戦の日、来る。
私は供を二名つけて、朝から遠乗りに出かけた。
騎馬に選んだのは、現役を退いて久しい老いた馬。帰り道で休ませ、バーレイウォール邸へ寄る口実を作るためだ。
本当にバテさせるつもりはなかったのに、年寄り馬は久々の遠乗りに喜んではしゃぎすぎ、帰りは走れなくなるほど疲れていた。そのため、バーレイウォール邸へ乗り込む時間が予定より遅れてしまった。
人目を避け、使用人と搬入用の通用門から中に入る。
本来は、通用門の方こそ警備が厳しいのだが、顔見知りの門番に挨拶して難なく通り、厩舎へ向かった。
日頃足繫く通っている甲斐もあるというもの。この私の顔が通行証だ。
「こんにちは。水と飼葉を頼めるか」
「いらっしゃいませ、殿下。本日ローゼリカお嬢様にはお客人があるようですが、殿下のお出でとなれば、抜けていらっしゃるでしょう。お顔を見て行かれては?」
厩番が愛想よく、馬の手綱を受け取って言った。
「急にやってきて邪魔をしたくはない。彼女には伝えないでくれ」
「確かに、殿下がいらっしゃったとお客様方に知れ渡っては大騒ぎになるかもしれませんね。茶会は西のガーデンで開かれていますから、母屋なら大丈夫でしょう。殿下も一休みなさって下さい。後はやっておきますよ」
「ありがとう、そうさせてもらおう」
西の庭か。探す手間が省けた。
私はドレスの入った荷物を担いで、母屋へ走り、あまり使われていない客室で素早く着替えた。
ウィッグはすでに女官たちが手を加えて、髪型と飾りが整えられており、あとは被るだけ。早着替えの練習も抜かりない。
そうして窓から外に出て、着ていた服を植え込みの影に隠した。
そこかしこにいる使用人の目を避けつつ、西の庭へ移動。
すべてが順調だ。なんか楽しいな、コレ。
気分が盛り上がりつつ、少し離れたところから、庭の様子を覗き見た。
予想していた十倍は人がいる。
同じようにお菓子を食べたり、遊び相手をしているが、揃いの給仕服を着ているのは、バーレイウォール家使用人の子供たちだろう。
それ以外は全員女子で、ゆうに100人は超えている。当然、髪色は黒から金まで様々だ。
なんだ。赤毛の女子ばかりを集めた訳ではなかったんだな。
それもそうか。
ちょっと話題にしただけの女子を、王都中から探そうなんて馬鹿げている。
友人探しのための茶会で、招待客を絞り切れなかったのだろう。
嫌な予感なんてあてにならないものだ。
ローズはどこだろう。
楽しそうにしているかな?
たくさん人がいるので、紛れ込めそうだ。
私は、テーブルや催し物周りなど、人の視線が集まるようなルートを避けて、外周をまわり、遠巻きにローズを探した。
程なく見つけた彼女は、グループを抜けて移動するところだった。それから人形劇の前で孤立している少女に話しかけた。
ローズはよく気が利く。こういうところは彼女の美徳の一つだ。
おとなしそうな赤毛の少女は戸惑いつつも、嬉しそうにしている。
そう言えば、さっきも5,6人いた中で、赤毛の隣に座っていたな。
また嫌な予感が頭をもたげる。
これはまだ帰れそうにない展開だ。
観察の結果、その後もローズが話しかけた女子は全員赤毛だった。
呆れて物が言えない。
一体何を考えている。
年頃と髪の色、登城経験だけを頼りに人を探し出すなんて、いったいどれほどの労力がかかるのか。
そこまでして見つけた後、一体どうするつもりだ。
どうせ私と見合いさせる魂胆だろう。わかっているんだからな。
ああ、満面の笑みで、新しい友人を紹介すると言って赤毛を連れてきて、運命の再会だとかなんとか、瞳をキラキラ輝かせている姿が目に浮かぶようだ。
嫌な予感を、そんなはずはないと何度も否定した反動で、抑えようもなく沸々と怒りがわいてくる。
君の要望に応えるために、50回も無駄な見合いをしたんだぞ。
君と婚約したいとはっきりした申し出を断って、他の女を宛がおうとするのは何故だ。
そこまで執拗に試すほど、私は信用がないのか。
私が勝手にやったことだから、見合いの苦行を責めようとは思わないが、そうまでした私の気持ちを疑わなくてもいいだろう。
その情熱の十分の一でも、私のことを気にかけてくれたら…。
予定の人物全員に声をかけ終えたらしいローズは、考え込むように首をかしげている。
条件に合う赤毛が見つからなかったからだろう。確かに、今見た人物の中に、私が王宮で出会った少女はいなかった。
どうしてくれよう。
きちんと話し合うべきか。一度灸をすえてやるべきか。
ギラギラとローズを睨んでいると、後ろから肩をポンと叩かれドキリとした。
振り返ると、シャロンが立っている。
しまった。怒りで視野が狭くなって、気づかなかった。
「早いお出迎えだな」
「ああ、貴方様でしたか。敵意の視線を感じて様子を見にきてみれば」
そんなことが出来るのか。頼もしいが、甘く見ていた。今日のところは引き下がるしかないか。
「念入りにお支度されたのに、そこで見ているだけですか。声をおかけにならないので?」
「君に見つかったら問答無用でつまみ出されると思っていたんだが」
「ローゼリカ様が、純粋にご友人をお探しならそうしたかもしれませんが、こんなことには私も反対なのです」
ではやはり友人ではなく、赤毛の女をさがしているのだな。
「相手が誰であろうと、ローゼリカ様以上に、殿下の妃に相応しいものなどいないのですから」
「、そっ、…」
あまりに嬉しくて言葉に詰まる。
「そうだよな!」
シャロンは何かにつけて対抗してくるのだが、たまには良いことを言う。
「これみよがしに横を通れば、向こうから声をかけてくるでしょう」
「よしわかった」
シャロンの言う通りに、赤い長髪をなびかせて隣を横切ると、ローズは弾かれたように後を追いかけてきた。
「ご機嫌よう!良ければご一緒にお茶をいただきませんか……」
「引っかかったな、ローズ」
なるべく低い声で答えると、彼女は驚いて目を丸くし、叫び声を堪えてグッと唇をひき結んだ。
いつも取り澄ましている彼女が、こうやって感情を剥き出しにしている表情が好きだな。
笑顔もいいが、こういうのも悪くない。癖になりそうだ。
私は楽しくなって幾分機嫌が良くなった。しかし怒っているフリをして釘を刺してやらねばならない。また同じようなことで傷付きたくはないからな。
温室に連行した後も、ローズは言い訳していたが、しどろもどろでバツが悪そうだ。怒られるという自覚はあったわけだ。
「モニカ・カンタベリー。ナタリー・ボールドウィン。ジェシカ・スタンリー?」
シャロンから名簿を受け取り、名前を読み上げるたびに、ローズが肩を震わせた。
当然ウィリアムの妹もいる。あいつの妹、王宮に来たことがあっても不思議はないのに、なかったのか。危ないところだった。勘違いで見合いをセッティングされたら笑えない事態だ。ウィリアムと気まずくなる。
「君が今日、赤毛にばかり声をかけに行っているのを一部始終見ていたがまだ言い逃れするつもりか」
「確かに、探していました…」
「その少女とは気が合わなかったと言っただろう。今日の招待客の中にはいなかったし、もし探し出してきても見合いなんかしないからな」
「そんなつもりじゃありません」
「ならどうして探していたんだ。きちんと理由を言いなさい」
事と次第によっては、強引に外堀を埋めて婚約まで持っていくからな。
「それは…あの…」
「それは?」
「どうしても気になって」
「うん?それだけか」
「はい。リュカオン様が最初に出会った女の子がどんな子か、どうしても知りたかったんです」
それは、赤毛の女子に対抗心を燃やしていたということか?
私のせいで?……私のために!?
妃にふさわしいというシャロンの言葉が脳裏をよぎる。
つまり、この大がかりなお茶会も、それに費やされた労力も情熱もすべて私の為……!
「ふうん」
だめだ。顔が緩む。怒った表情を維持していられない。私は唇を噛んで目を逸らした。
「君の方が可愛いから心配しなくていい」
今日のところはこの辺で勘弁してやろう。




