表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/141

契約結婚系主人公 イリアスの憂鬱 後編

嬉しい感想を頂き、やる気が爆発したので更新に漕ぎつけました。

未熟者ゆえ、ひとえに読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。

 よく遊びに来る、という宣言に偽りなく、リュカオン王子殿下は週明けさっそくバーレイウォール邸へやってきた。

 顔見知りともなったのだから、挨拶くらいするべきかとも思ったが、俺のような者が呼ばれもしないのに押しかける方が返って失礼かと思い直し、部屋へ引っ込んでいる。

 挨拶しない方が失礼だとしても、殿下はローゼリカに会いに来ている。俺は邪魔以外の何者でもないし、責められはしないだろう。

 こういった貴族間のルールについて知識を得ることが当面の課題だな。

 それから、奨学生と自費生のどちらを選ぶか、資料を集めて検討しなければ。

 取り急ぎ、この家の生活スケジュールについても確認する必要がある。


 机の筆記具や書架の内容をあらためながら、思いついたことをメモに取った。

 俺の体に不釣り合いなほど大きな書斎机は、文献を沢山並べられるほどだが、まだ我が物顔に部屋を使う勇気が出ず、広い机の真ん中で、こじんまりと書き物をした。実家の勉強机はとても狭かったので、小さなスペースで作業する習慣がついてしまっている。


 部屋には書斎机の他に、応接用や休憩用など、用途の違うテーブルが4つもあり、椅子に至っては、なぜこんなに必要なのかよくわからないぐらい沢山置いてある。

 ノーブルの考えることは理解できない。

天蓋付きのベッド、暖炉前のソファ、軽食を用意するワゴンや作業台、飾り棚、その他大型・中型の家具がたくさん置かれていても、部屋にはまだ十分な余裕があり、さらに専用のバスルームと衣裳部屋がそれぞれ併設されている。

調度は素晴らしい光沢を放つマホガニー製。ファブリックは白とダークブラウンを基調として、ターコイズの差し色でまとめられ、さわやかかつ落ち着いた雰囲気で構成されているはずなのだが、広すぎて全く落ち着かない。

 俺はそわそわした気持ちを勉強で紛らわそうと、改めて机に向かった。


 殿下とローゼリカ、二人きりの時間を面白いとは思わないが、二人は四年前からの幼馴染だ。今更焦ったところで意味はない。俺が二人の間に付け入る隙はそこではないはずだ。

 

 気もそぞろな俺のところへ、ローゼリカの近侍クロードがやってきた。

 リュカオン殿下とのお茶会に参加するよう、ローゼリカが呼んでいるということだ。

 連れだって廊下を歩きながら、聞けるときに聞いておこうとクロードに話しかけた。


「あなたに尋ねる筋ではないかもしれませんが、いくつか質問してもよいでしょうか」

「はい。僕でわかることならなんなりと」

 クロードはすらりと背が高いが、可愛らしく優しい顔立ちをしていて、二つ年上の少年と言うよりは、五つほど年上の少女のように見える。

 単に有能なだけでなく、俺のような者にも感じが良く、ほっとするような笑顔で応対してくれる。

「まず用意されている衣装の事ですが、毎晩夕食の間に枕元へ用意されているのが寝間着、傍のオープンワードローブへ掛けてあるのが翌日着るもので間違いないですか?」

「はい。仰る通りです」

「良かった。それで、上流階級の暮らしに疎くて申し訳ないが、翌日着る服は、何故毎日5着ずつ掛けてあるのですか?もし、着る順番が決まっているなら教えてください」

「ああ、なるほど。紛らわしかったですね。服はどれを選んでいただいても構いません。イリアス様のお好みをまだ把握しておりませんので、色みやタイプの違うものを数着お見立てしているのです」

 そうだったのか。一日に五回も着替えなくてはならない可能性を考えていたが、実践してみなくてよかった。

「イリアス様は、ご自分のことは一人で何でもお出来になると聞き及んでおります。側仕えがずっと貼りついていては、慣れない場所で余計に気疲れなさるだろうと、必要なものは余裕を持って支度しておき、お一人の時間を守るよう心がけております。もし御不便なようでしたら、誰か側にお付けいたしますが…」

落ち着かなさに拍車がかかる。絶対に遠慮したい。

「いえ、境遇を鑑みたお心遣いに感謝致します」

「かしこまりました。いずれ専任の者がお側へ上がりますが、それまではお手を煩わせます事をご容赦ください。部屋の物は、タオルや文具、その他の消耗品も含め、ご自由にお使いいただければご不在の間に補充いたします。勿論、足りない時や困った時は遠慮なくお申し付けくださいね。食事の際、給仕に仰っても結構ですし、あるいはローゼリカ様のお部屋の隣にある使用人控室には、僕とシャロンが詰めておりますので」

「ありがとうございます。確かにちょっとした質問などで、彼女の部屋を訪ねることはできませんからね。現在、備品は十分すぎるほどで、足りないものはありません」

「ようございました」


「それから、体を動かしたいのですが、ランニングを理由に、家の外に出る事はできますか?これだけのお屋敷ですから、通行証などが必要でしょうか?」

「申し訳ありません。防犯上、お一人や予定外の外出は許可出来ません」

 それもそうか。人の出入りが自由になれば、その分警備の隙が出来る。体を動かすついでに周辺の地理を頭に入れておこうと思っただけだ。これは諦めるとしよう。

「敷地の内周でも、周回すればそれなりの距離となりますので、代わりにそちらを走っていただく他ないですね。計画的な外出であれば、問題はありませんが、市街地は走るのに適しておりません。郊外へお出かけになるほうが良いでしょう。それよりも、講武所をお使いになってはいかがですか。当家には、アカデミーの士官コースを優秀な成績で卒業した、現職の護衛が数多く在籍しております」

「それはいいですね。ご教示いただけるのでしょうか」

「みな、イリアス様のお力になりたがります。場所は東門付近で、門を挟んで厩舎の反対側です。たしか、深夜以外はたいてい誰かがいると聞いています」

「一度覗いてみます。最後は不躾なお願いなのですが、何かお手伝いさせて頂けることはありませんか?」

 

 正直、こんな豪邸で食客扱いを受けることは居心地が悪いのだ。

「これまで家の用事に充てていた時間を全て勉強時間に仕えるのは、嬉しい反面落ち着かなさもあります。特別な教育もなく、皆さんのように務まるとは考えていませんが、何か雑用でもあればと」

 プロフェッショナルとして働く彼の矜持を傷つけないよう、どんな雑用でも構わないと強調した。

 すると半歩ほど前を先導してあるいていたクロードがピタリと止まって向き直った。


「差し出がましきことながら、お気持ち拝察いたします。慣れない環境、生活の変化には不安を抱くのが、繊細な心の機微と存じます。増して、バーレイウォール家は名門です。長年お仕えしている我々でも、時折身の引き締まるような思いをいたします」

 お、おお…。話の分かる人だ、クロードさん。

「ですが、安易に雑用を買って出るようなことは、今後ゆめゆめしてはなりません」

 クロードは深く頭を下げ、言葉をつづけた。

「イリアス様は、我らが主、ローゼリカ様の伴侶に相応しいと、上様がお連れになったほどのおかたです。気後れするお気持ちを、労働で紛らわせるのではなく、待遇に見合った風格と教養で補われますことを、切にお願い申し上げます」

 うう、完全に見透かされている。

 俺からすれば、トリリオン家は貴族でなくとも充分由緒正しい家柄だ。

 そういった人間にかしずかれるのは、想像以上の重圧だ。それに耐えうる覚悟と自信を、努力で埋めなくてはならない。

 うすうす感じていたことを、ハッキリと言われてしまい、俺は静かに頷くしかなかった。

「はい…」

「とはいえ、イリアス様には現状が生温いご様子。不安を感じる余裕など、なくして差し上げましょう」

 クロードは人懐こい笑顔で破顔したが、俺はゾッと鳥肌が立った。

 怖い。

 もしかしなくても、余計なスイッチを入れてしまったみたいだ…。




 クロードの先導でサロンを抜けると、初夏の花が見ごろの庭にテーブルセットが用意され、ローゼリカとリュカオン殿下が席に着いていた。

 自然物の美しさと調和しつつも、花に負けない色鮮やかなクロスや食器。

 きらきら輝く日差しと新緑で夏の訪れを感じながら、立てられたパラソルで出来た木陰にはさわやかな風が吹き、暑くも寒くもない。

「ノーブル……」

 計算と手入れされつくした空間。そこに掛けられた手間暇に思いを馳せ、思わず感嘆が漏れた。

 この空間に見合った人物に成長することを求められている。

 幸運とともに降りかかった大きな重圧は、午後の陽気とは裏腹に気を滅入らせるには充分だった。

 やってきた俺に気付いたローゼリカが、眩しい笑顔で手を振った。


「先日の誕生会でもうご存じでしょうが、改めてご紹介いたしますね。こちら、アルフォンス王太子殿下の第二王子・リュカオン殿下。こちらは義弟として我が家の一員となったイリアスです」

「ほう?……弟」

 リュカオン殿下は意味ありげな視線で俺とローゼリカを交互に見た。

「イリアスは奨学生を目指していたぐらい優秀なんですよ」

「それは素晴らしい。期待している」

 

クロードとリュカオン殿下の口ぶりから言って、侯爵様は確実にこの二人に、俺が結婚相手の候補として連れてこられた事情を話している。

肝心のローゼリカ本人は、なぜか弟だと勘違いしているが。

しかし自分から嘘をついたわけではないのだから、偶然出来上がったこの状況をなんとか活用するのが上策だろう。

まずいとなったらいつでも話せばよい。

ひとまず現状維持だ。


 ローゼリカは、茶会に人が増えたのが嬉しいのか、しきりに話題を振って、俺を話の輪に入れようと気を使っている。

 箱入りのお嬢様でも、こういう気の使い方が出来るのは立派だ。

 それとも逆かな。

 社交の大切な貴族の令嬢こそ、コミュニケーションは厳しく訓練されるものなのかも。

 リュカオン殿下も、それに逆らう風でもなく、三人の会話が上手くいくように計らってくれている。

 余裕があるのか、寛大なイメージを守ろうとしているのか。

 どちらにせよ、横暴なやり方で友人関係を強要してはいないわけだ。

 聡明で、良識がある。


 中身も釣り合っていて、人形のような美貌の二人は、誰がどう見てもお似合いだ。整い過ぎていて、視界に揃って収まっているだけで、絵画を見ているような気分になる。

 改めて目の当たりにすると、何故俺がこの間に割って入る命知らずの所業を期待されているのか、甚だ疑問である。

 家の事情で結婚できないなら、リュカオン殿下が俺に宣戦布告するのはおかしいから、あと考えられるのは……。

 ローゼリカは殿下のようなタイプは好みでないとか?

 こんな完璧な存在を捕まえて、好みも何もないと思う。誰が見たって素晴らしい。

 まあ、俺がローゼリカだったら、完璧すぎる相手の傍にずっといるのは、気が休まらなくて嫌かな……。

 いや、案外そういうことなのか?

 希望が持てるからそう考える事にしよう。


 二人を観察しているうちに、王宮訪問の話がまとまり、ローゼリカはドレスを注文するため席を外した。

 彼女と、付き従っていったクロードの姿が屋敷に入って見えなくなると、おもむろにリュカオン殿下が立ち上がり、体を伸ばし始めた。

 後ろに控えていたシャロンが、どこからともなく三本の枝を持ち出して来て、一本をリュカオン殿下に投げて渡す。

 な、何事?

 目を白黒させている俺に目もくれず、リュカオン殿下とシャロンは一礼してから打ち込み稽古を始めた。


 初めはゆっくりと型を確認するように、模擬剣に見立てた木の枝を互いに打ち合わせていき、上段、中段、下段と同じ動作を繰り返すうちに徐々にスピードが上がっていく。

 二人の動きは熟練の域だ。寸分たがわぬ場所へ打ち込むので、スピードが上がっても危なげない。一番早いテンポまで行くと、今度は打込む場所が不規則になって、最終的には地稽古(試合形式の練習)になった。

 手数は二刀流のシャロンの方が多く、リュカオン殿下は防御主体だが、上手くさばいて殿下の間合いを保っている。

 膠着状態が続く中、シャロンがしびれを切らしたように間合いを詰めて、回避で態勢を崩しつつも内側へ飛び込んだ。

 機を狙っていたようにリュカオンの模擬剣が翻ってシャロンの背中に振り下ろされる。シャロンは足元を転がって一撃を回避。一転してリュカオン攻勢だ。リュカオンは追い打ちで下段を薙ぎ払う。シャロンはバク転で飛び上がり、逃げるのではなく、上段へ蹴りかかった。

 リュカオンは後ろへ下がって再び間合いを取るかに見えたが、体をひねって半回転し、シャロンの腹部へ回し蹴りを叩き込んだ。

「なッ……!!」

 ボキ、と乾いた音がはっきり聞こえた。

 呆然と攻防の行方を見守っていた俺は、そこでようやく我に返り、椅子を蹴って立ち上がった。

「いくら殿下と言えど、婦女子の腹を蹴るなんて!!」

 シャロンは後ろへ吹き飛びながらも、バランスを取り直し、俺が駆け寄る前にすっくと立ちあがった。

「わざわざガードの上を蹴ってやって、責められるいわれはないな。痛いのは私の足の方だ」

「えっ?」

 もう一度シャロンの方を見ると、ちょうど蹴りの当たった部位には、模擬剣代わりの枝が二本重ねられており、それが綺麗に真ん中で折れていた。

 あの一瞬で、防御が間に合っていたのか。しかしシャロンに怪我がない事にホッとするより、ゾッと血の気が引いた。

 あの木の枝、どう見ても人間の肋骨より太いと思うのだが、それが二本とも折れている……。

 リュカオン殿下に歯向かったら簡単に骨を折られる……!!


 シャロンは無残にも二本から四本になった模擬刀を、脇へ投げ捨て、大股でリュカオンに接近した。殿下も自分の模擬刀を捨て、今度は一進一退のつかみ合いだ。

 防御を潜り抜け、奥襟を取ろうとする手をお互いに叩き落す音が痛々しい。

 最後、シャロンの手が、掠っただけで勢いを殺せず、リュカオンが奥襟をつかんだ。そのまま、足払いから、シャロンが投げ飛ばされて勝負がついた。


 息をつめて見ていた俺は、そこでようやく長い溜息を吐いた。

 リュカオン殿下が手を差し伸べて、シャロンを助け起こす。二人は息が上がって肩が上下していたが、2、3度深呼吸すると、ピタリと息が整った。

 そうして身なりを確認して、リュカオンは席へ、シャロンは後ろへ、何食わぬ顔で定位置に戻った。

「いつまでそうしているつもりだ、座れ」

「あ、はい」

 俺が座るのとほぼ同時にローゼリカが戻って来た。

「あら?どうしたのイリアス、顔色が悪いわ」

「ちょっと…ちょっと驚いたと言うか…」

「私が席を外している間に何かあったの?」

 俺が返事する前に、すかさずリュカオン殿下が答える。

「何も?」

 はっ?えッッッ…。

 何も!?!?!!???

 澄ました顔でティーカップを口元に運ぶリュカオン殿下は、少しも動いていないというテイでゆったりと椅子に座っている。

 さっきの大立ち回りは幻だったのか……。

 そんなわけはないが、しらばっくれるからには黙っていろというのだろう。

 何か悪事を働いていたわけでもなし、空気を読まずに告げ口するというのもおかしな話だ。何より、侍女のシャロンがだんまりを決め込むならば、今起こったことを自分一人で説明しなければならない。

 む、無理……。

 変なことを言っている人間にしか見えない……。


 俺が目を合わせずにいると、ローゼリカの視線がシャロンに移った。

「リュカオン様がちょっとした悪戯を」

「あ、ズルいぞシャロン。君も共犯だろう」

 悪戯ってなあに?という顔で再びローゼリカが俺を見る。リュカオン殿下とシャロンの視線もじっと俺に注がれた。

「大したことではありません」

 苦しいな。この言い訳。大したことないなら言えよって思う。

 うまく言い逃れる方法……!

「あ…、あの。驚いてしまった自分が未熟で恥ずかしいので、この話はもう終わりにしてください」

 大したことはないが恥ずかしい、そう言えば追及はやめてくれるだろう。内容にも嘘はない。

「ええ~……、う…ん、と。二人が身分を越えて仲がいいから、みたいな?」

「そうです。要約するとそういう事です」

 ローゼリカは今一つ納得がいっていないようだったが、心当たりでも思い出したのか、気を取り直してにっこり笑った。

 よかった。追及を免れたようだ。

「わかったわ。これ以上は聞かないけれど、もしも意地悪されたら絶対私に言うのよ?」

「馬鹿を言うな。君の弟なら私の弟も同然だ」




 あれから二週間が経った。

俺は今、訓練と称した折檻を受けている。

 おっと。つい本音で恨みごとが出てしまった。

 『基礎体力向上のための特訓』を受けている。

 クロードが誰に何を報告したか定かではないが、翌日から早速山のような習いごとが勉強時時間を圧迫した。

 マナーとダンスのレッスン。話し方、姿勢の矯正。討論の練習。皮肉や冗句の引用元となる作品の鑑賞とその使い方。テーブルゲームの常套戦略。スポーツ一通りの集中講座。護身術、武道全般。

 適正と傾向を測るとかで、とにかく浅く広く、あらゆる分野が俺の上を通過していった。

さすがバーレイウォール家の近侍だ。全くありがたくないが仕事が速い。

中でも最悪なのが、侍女のシャロンが監督する『基礎体力向上のための特訓』である。


 スポーツや武道だけでなく、室内遊びの頭脳戦でも仕事の交渉でも、最後にものを言うのは体力なのだそうだ。

 体力がなくなれば気力が萎え、コンディションが悪ければ実力を発揮できず、勝てるはずの戦いでも取りこぼす。

 理屈はわかる。

 理屈はわかるが、その実践内容は酷いものだ。

「まだ二週目ですよ!もっと速く!その程度なら姫様が自力で走った方が速いです!!」

 かわいらしい声で、辛辣な内容の怒号が響いた。

返事をする余裕もないが、俺はぐっと奥歯を噛みしめ、精一杯地面を蹴った。

「いざと言う時戦う力がないのなら、せめて姫様を抱えて逃げでもしなければ、あなたは何の役に立つというのです!役立たずは姫様のお側に要りません!!」

 俺は……。

 俺は、ローゼリカと同じ重さの土嚢袋を抱えて、庭を周回させられている。

 まずい。一刻も早く彼女より大きくならなければ、訓練は過酷さを増すばかりだ。

 並走するシャロンから、時折罵倒が飛んでくる。奮起させるためなのか、それとも俺が彼女の基準に到底満たないせいなのか。前者であればまだ良いのだが。

「まだ半分以下ですよ!これ以上ペースが落ちるなら犬を放ちますからね!」

 極限状態で罵倒を浴びせられ、おかしな趣味に目覚めたらどうしてくれる。

 今のところ、シャロンの顔を見るだけで食欲がなくなるので、その兆候は全く無いが。

「この程度はケンドリックでも出来ますよ!同じことが出来ても意味ないです!!」

 引き合いに出されているケンドリックって誰なんだ。運動音痴の代名詞なのか。この調子では当人も、走りながらめちゃくちゃ詰られているに違いない。同情するよ、ケンドリック。


 最後の走り込みを終えて、俺は言葉もなく庭に倒れ込んだ。

「お疲れ様でした。まだこれから成長期ですから、筋肉トレーニングは増やしません。なに、辛いのは今だけです」

 負荷がないとはいえ、同じ量を走って、シャロンは息も上がっていない。

「別に構いませんが、走った後すぐそうやっていると痔になりますよ」

「……」

 他に言う事はないものか。

 しかし何を言われようと、起き上がる気力は残っていない。

 明日からは俺の専属トレーナーを兼任する近侍が赴任してくるという。

 ああ、憂鬱だ。

 それでもやっぱり、ここに来てよかった。

 努力が、俺の中に積み上がっている感じがする。

 いくら勉強をしても疲れないとは言わないまでも、勉強の息抜きに勉強するほど、俺は勉強が好きだ。だからいくら座学をやったところで何の苦もない。

 自分では想像もつかない分野こそ、成功のためのいばらの道になる。

 ここで、ローゼリカに相応しい人間になるための努力が、俺の人生にとって無駄なはずがない。

 彼女がいなければ投げ出したかもしれない道だが……。

 俺は憂鬱な毎日に覚悟を決めた。


出番を削った分を補ったイリアス編は書ききりました。

この後幕間はリュカオン編に続きますが、それは息抜きに書いていくとして、次は16歳になった2章を書き溜めてから更新していきます。

ゆっくり更新ですが、頑張ります。よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白すぎて作品全体を通して何度も読み直しています。 もともとpixi○の方で拝読していましたが、 こちらの方に先に更新されているようですので、こちらに参りました。  主人公ローゼリカの語り…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ