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チュートリアルが終わらない

 『あんまり悪役顔じゃないから私がヒロインかもしれない』

 そう思っていた時期が私にもありました。

 しかしその幻想は圧倒的ヒロイン顔の侍女、シャロンの前に脆くも崩れ去った。

 やはりヒロインにはまごうことなきオーラがあるのだ。そりゃそうだ。

 いえね、勿論私だって、いつでも私だけのヒロインよ。

 でも他人の娯楽のためのヒロインは御免被りたい。シャロンに押し付けるようで悪いけれど、私一人が孤立無援でイベントの荒波に放り出されるよりも、事情を知っている人が傍でヒロインを助けた方が全員幸せになれるはずよ。私も精一杯助けるから、二人で一緒に乗り切りましょう!


 意気込みと共に熱い視線を送る先のシャロンは、今私の部屋でせっせと働いている。

 昨日八歳の誕生日を無事にやり過ごし、文字通り山のように届いたプレゼントを二人で開封して仕分けている真っ最中だ。

 花にお菓子、ドレス、靴、人形。ブローチに髪飾り。宝石の類もある。

 大半は私自身へのプレゼントと言うより、侯爵であるお父様の娘への貢ぎ物だ。あまり心のこもっていない贈り物にも全てお礼状を書かなければならないとなると、貴族のお姫様という職業も案外楽ではない。


「姫様。先日お見合いされた王子殿下からもお品が届いていますよ」

「へえ~」

 シャロンが楽しそうに笑い掛けながら、小さな箱の中身を私に見えるように差し出した。でも私には贈り物よりシャロンの笑顔の方が眩しい。

 何度見ても凄い美少女だ。会ってから数日たっても全く見慣れない。

 シャロンは私と同じ、まだ八歳の少女だが、清廉な瑞々しさの中にも、匂い立つような色香がある。まるで青く硬いのに香り高い果実のようだ。

 傾国ってきっとこういう事を言うのよ。

 『長恨歌』で有名な楊貴妃もかくやという抗いがたい魔性の魅力がある。


 シャロンがヒロインならやっぱり私の役どころは悪役令嬢ね。

 彼女の美貌に嫉妬して苛め抜いてしまうというのは自然な筋書きだわ。

 でも記憶がなくても私は私なので、人を苛めている暇があったら本を読んでいそうな気もする。楽観的に考えるなら姉妹のように仲良く育つという可能性もアリよ。

 ともかく婚約者である私の伝手でシャロンとメイン攻略対象リュカオン王子は出会う寸法ってわけ。

 たとえ仲が良くても他の女に婚約者が夢中だなんて腹立つわよね。それで次第に私とシャロンの仲は険悪に…。

 いやちょっと待って。

 そんな家の中に不和をもたらす見境のない男、どう転んでもクズじゃない?

 身分から考えても、メイドのシャロンが王子のリュカオンを邪険に出来るはずはなし、これは一歩間違えればセクハラ&パワハラですよ。

 うーん、ヒロインがクズ男を矯正するのも王道の展開とは言えるけど……。

 クズに大事なヒロインを預けるのは気が進まないなあ~。

 ま、まあ、実際には婚約してないから途中で乗り換えた事にもならないし、クズじゃない可能性もまだ微レ存だから。

 ヒロインが恋に落ちたら、立ちふさがる障害となって、北風のように辛辣に応援するのが悪役令嬢の役割だからね。私の場合は太陽のように応援させてもらいますけれども。


「只今戻りました~」

 うず高く積みあがったプレゼントの箱を抱えたクロードが部屋へ帰ってきた。

「これで昨日届いた分は全てです」

「お疲れ様クロード、皆で休憩しましょ。シャロンはお茶を淹れて頂戴」

 私は贈り物のお菓子ばかりを集めた箱の山からお茶請けを物色する。

「先に食べた方が良いものはあるのかしら?」

「大丈夫ですよ。期限のあるものは厨房の方へ運んでありますから、ここにあるのは焼き菓子やショコラなど日持ちのするものばかりです」

「そう。お礼状を送るためのあて先は控えてある?」

「はい。きちんとリストになってから旦那様と姫様の元へ届けられます」

「わかったわ」

 幅広くて薄い箱の一つをパカリと開くと、中にはナッツやドライフルーツでデコレーションされた美しいチョコレートが規則正しく並んでいる。

「美味しそう」

「ああ、これはメゾン・デュ・ルイの新作ですね。ザクセンから来たショコラティエによる老舗ですよ」

「もう一つくらい開けてみようかしら」

「こちらはいかがでしょう。『スカーレット』という新進気鋭のパティスリーのお品で最近の話題性なら一番です」

 私が頷くと、クロードは恭しく蓋を取って私の前に差し出した。

 中のチョコレートはツヤのあるダークカラーの七色でコーティングされ、グラデーションを作るように並べられている。

「わあ、キレイね!これにしましょう。さ、クロードもシャロンも座って」


 隣に立って、すまし顔でお菓子選びを手伝っていたクロードが、途端に年相応に戻って慌てふためいた。

「僕、いえ、私達は使用人ですから、姫様とお席をご一緒することはできません」

「まだ子供なのに、主人も使用人もないわ。皆で一緒に食べましょうよ」

「ですが、こういった線引きはきちんとしておかないと…」

「お願い。その方が楽しいもの。他の人がいる時は、こんな我儘絶対言わないから」

 我儘をきいてもらう、というていを取ると、クロードも渋々折れた。

 大人びていても所詮は子供。前世と合計したらアラフォーになってしまった私の敵ではないのよ。子供を立たせて自分だけおやつを食べるなんて絶対に無理なの。わかってちょうだい。

 

 私が椅子に座ると、クロードとシャロンも顔を見合わせながら落ち着かなそうに席に着いた。自分で三つほど取って、シャロン、クロード、と順番に箱を差し出すと、クロードは手袋を外し、長い指で赤色の粒をつまんだ。

 くっきり二重瞼の猫目で、長い眉。派手な顔立ちだけれど、物腰は洗練されて落ち着いている。二つ年上の十歳で、すらりと背が高いが顔は女の子のように可愛らしい。

 これはお使い先やら何やらで、軒並み男子の初恋をかっさらい、五年後くらいに低い声で淡い思いを粉々に打ち砕くであろうレベル。

 このクロードも攻略対象だろう。360°どの角度からみても顔がモブではない。

 恋愛モノなら、大体の事例から考えてオープニングは早くても七年後、シャロン15歳、二つ年上のクロードは17歳。このまま女性と見紛う美少年系になるのかな?それとも派手な容貌を活かした妖艶系?男の子だから、数年でガラッと印象が変わることもあり得る。

 私がじっくり観察しているのを、食べるのを待っていると勘違いしたのか、クロードは恐る恐るつまんだチョコレートを口に入れた。

「おいしい?」

「はい。あの、姫様。僕…私の顔に何かついていますでしょうか」

「いいえ、何もついていないけど、美しいあなたがどんな風に成長するのか想像していたの」

「そんな、ご冗談を…」

 クロードは真っ赤になってもじもじと俯いてしまった。

 カワイイ。初々しい。


 むしろ可愛すぎるんだよなあ。こういう執事系キャラクターは怜悧な美貌の慇懃無礼な鬼畜系と相場が決まっているものだが、クロードにはその片鱗も見えない。

 頑張っても世話焼きゆえに口うるさい小姑系が精々というところか。

 何はともあれ設定が大事よ。考察は設定を洗ってからにしましょう。

「あなたたちのこと教えてくれる?」

「あ、はい。勿論です」

 自己紹介は入念に仕込まれているのだろう。クロードは自分のペースを取り戻し、居住まいを正した。


「私は先祖代々バーレイウォール侯爵家にお仕えしているトリリオン家の者です。一族は侯爵家発祥の頃よりそば近くにお仕えし、数多くの執事や家政婦を輩出して参りました。時には騎士爵を賜って家令や代官を拝命したり、ご息女を賜ったこともある家柄でございます。

 私は三男で、父が上様の主席執事を、二人の叔父が家令と近侍頭、それから兄も旦那様の近侍見習いを務めております。母もメイド頭としてお屋敷に詰めておりましたが、現在は敷地外の寮にて使用人の子供達の教育係をしております」

 都市で雇い入れた家事使用人ではなく、伝来の家臣という事か。忠誠心が高いというのはいい情報ね。よほどのことがない限り離反しないだろうから信用できる。

「私の事を姫と呼ぶのもそのせいなの?」

「仰る通りです。バーレイウォール侯爵領は広大で、南の隣国ザクセンの都市国家と比べても遜色はありません。世が世ならば侯爵様ご一家は一国一城の主であられた。使用人の大半はご領地から付いて参りました家臣ですから、階下では上様、姫様とお呼びするのが習わしでございます」


「シャロンは?」

「はい。母は奥様の実家から付いて参りました侍女の一人ですが、私も父は侯爵家先祖伝来の家臣、ミレニアム家の者です」

 身元はめちゃくちゃはっきりしている。設定に伏線もなさそうだし、出生の秘密はなしか。となると、ヒロインが成り上がるためのエピソードは必須ね。

「私はまだ半人前で、午前中は基礎教育の授業と訓練を受けなくてはなりませんから、姫様のお側に上がるのは今日のように昼からになります。早く一人前になれる様に頑張ります」

 この国にも一応義務教育の制度があるようで安心した。

「あなたはよい友達、遊び相手になるように侍女として選ばれたのだと思うわ。だからそんなに頑張らなくてもいいのよ。せっかくだから一緒に勉強するのはどう?」

 ちょうどいいわ。王室の妃になるならシャロンには貴婦人の教養が必要よ。この際勉強も習い事も私と同じことをさせよう。後々手間が省ける。

「それにあなた達、容姿端麗すぎて妙な事に巻き込まれやしないか心配なのよね。私と一緒に護身術の授業も受けてもらうわ」

「私はともかく、シャロンには必要ないかと」

「えっ?どういうこと?」

「シャロンはこう見えて、腕に覚えのある護衛なんです。ミレニアム家は護衛兵としてお仕えしている家柄ですから。

 彼女は幼いころからお父上の訓練を受け、類まれなる才能で姫様の侍女に抜擢されたんです」

「そうなの!?えっ、凄い…カッコイイ…」

 こんなに可愛いのに武闘派とは、なんて格好いい女の子なの。痺れる。

「クロードさんも凄いです。普通は12歳で修了する基礎教育を二年も早く終わらせたんですから。流行にも礼儀作法にも詳しくて、私は教えてもらう事ばかりです」

 背が高くて男子のクロードが頭脳派で小柄で女子のシャロンが武闘派なんだ。意外な取り合わせはいいわね。ギャップはキャラ萌え的にもストーリー展開的にも強みよ。

 そして安心と信頼と納得のハイスペックか~。

「クロードの話から考えて、私達はお互いによく知り合うために、早くから近侍と侍女になってくれたってことよね」

「仰せの通りです」

「なら私たちはチームよ。足りない所は補い合うの。シャロンとは一緒に勉強して、クロードとは一緒に体を鍛えることにしましょう」

「お互い張り合いが出るのでしたら、旦那様も喜びになると思います」

「よかった!お父様にお願いするとき、あなたも味方になってね」

 私が頼りにすると、クロードは嬉しそうに頷いた。

 よしよし。二人とは上手く信頼関係を築いていかなくちゃ。一人でできる事には限りがあるし、信用できる仲間は貴重だわ。

 

 三時のおやつの後は、散らかった荷物の片付けだけして二人を下がらせた。明日も引き続き、残りの贈り物を仕分ける。

 私はやはり児童労働には抵抗がある。国の制度をすぐに変えることは出来ないが、せめて私の目の届く範囲では、家のお手伝いの域を出ることは許さない。子供は良く学び、良く遊び、良く眠るのが一番だ。その点、勤務時間と称して一緒に習い事をするのはセーフ、一石三鳥ぐらいのいい考えだ。

 私冴えてる。今日もおはようからおやすみまで自画自賛が止まらないわ。


 夕食を終え、入浴と着替えを済ませて部屋に一人きりになった。

 机の奥深くから取り出したノートを広げ、今日分かったことを書き込んでいく。

 今日も疲れた。子供の体はすぐに眠たくなっていけない。

 記憶が戻って一週間。急ぎ足で対策を立てたり、調べ物をしたりしたけど、手探り状態の上、推測ばかりでちっとも前に進んだ気がしない。

 あー、何て言うか…。チュートリアルが終わらない。前日譚長すぎ、みたいな。

 実際にゲームのOPすら七年後以降のはずで、何も始まっていないのだから仕方がないのだけれど。

 徒労も多かったが、収穫もあった。備えた事も無駄にはなるまい。直近の危険はなしと判断できたので充分としよう。しばらくはじっくり腰を据えて取り組むとするかな。


 ふと、机の端に目をやると、中身が見えるように蓋が開かれた箱がある。

 ああ、これ。シャロンが王子からの誕生日プレゼントだとか言ってたな…。

 空色の宝石がはまった、小ぶりでスッキリしたデザインの…これは髪留め、かな。輪になっているが指輪にしてはゴツゴツしているし、てゆーか指輪贈られてもドン引きだし。髪飾りとしては小さなものだが、宝石自体はごっつい。

 ランプの明かりでキラキラ輝くそれを手に取り、光にかざしてみた。

 私の目の色に合わせてくれたのかしら。ちょっと色が濃いけれど、逢って間もないのにこれだけの物を用意してくるんだから、さすが王子ですよ。

 小さくて高価で、いざと言う時の金策にぴったりだ。枕元に縫い込んだ人形を置いておけば、寝ぼけていようと寝込みを襲われようと咄嗟に持ち出すことが出来る。

 私はプレゼントされたいくつかのぬいぐるみの中から、ベージュのウサギを選び、その脇の糸を切って、王子からの髪留めを中に埋め込もうとした。

 が、止めた。

 代わりに首のチェーンに下げていたブローチと髪留めを取り替えた。こっちの方が軽くて、ペンダントトップとしても可愛い。

 別の宝石の贈り物を三点ほどウサギの中に押し込み、きちんと糸で閉じる。

鏡で確認して髪留めのペンダントトップに満足し、ぬいぐるみを抱いて眠った。



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