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ぜんぜん論破れない

 まだまだ長引きそうだということで、リュカオンの希望により一番手近な守衛室に入って話を聞くことになった。

 守衛室と言っても、賓客を待たせることもあり、格式の整った応接室が備わっている。

 くしゃみを聞いて慌てたクロードにストールで包まれ、リュカオンと二人掛けのソファに座った後も山ほどブランケットが届けられた。

 ソファの両側にはクロードとシャロンが立ち、向かい側には拘束を解かれたオスカーとジェフリーが座る。

 捜索隊として出動した騎士団が守衛室の守りを固め、応接室の前にも見張りが立った。

 私はマーカスを外ではなく、応接室で待機させるよう、リュカオンに頼んだ。

「護衛なら必要ないぞ。見れば判ると思うが、正面に座る二人よりシャロン一人の方が強いからな」

 そんなことが見ただけで判ってしまうというのか。私は判りません。

「護衛が目的ではありませんよ。アシュレイ殿下への報告を任せても良いし、騎士団の面目も立ちましょう」

「一理ある。ではそのように」


 支度は整った。リュカオンは最後にもう一度私の顔色を確認するように覗き込んだ。

「体は辛くないか?」

「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です」

「ならば始めよう。もう夜も遅い。簡潔に話しなさい」

 そう促して、リュカオンはゆったりとソファに沈んだ。

 偉そうにふんぞり返った、とも言えるが、その所作は優美で上品、ショタらしからぬ威厳を持ち合わせている。

 オスカーとジェフリーは顔を見合わせ、ジェフリーが話をすることに決めたようだ。




「俺とオスカーは、母親同士が妊娠中に意気投合したとかで、生まれる前から家族ぐるみの付き合いをしています。そこへオスカーと隣領地のアンジェラが加わって、俺たち三人はよく一緒に遊んでいました」

 やけに素直に話してるけど、ツンデレキャラはどこいった?

 もしかして、好きな相手にだけ天邪鬼なタイプか?

 せっかく生ツンデレが拝めると思ったのに、眼鏡キャラが本気出すときに眼鏡を外してしまった時のようなガッカリ感だ。

 アレは常々、七つの大罪に加えるべき悪の所業だと考えているのだが、しかし糸目キャラが開眼するのは燃える展開であり、その可否の境界は、非常に繊細かつ曖昧な条件が加味されるべきであり……。

「お互いの家を行き来して、数日滞在するようなことも頻繁にあり、誕生会は恒例行事のようなものでした。11年前、アンジェラ7歳の誕生会に招待された時も、場所がホワイトハート領でないことを除けばいつも通りで、今年は保養地か何かでやるのだろうと思っただけでした。現地に着いて初めて、そこの領主の子とアンジェラの婚約式があると聞かされたのです」

 おっと、話を聞かなくては。

 その時の婚約者がパトリックね。

「あの年の夏は…とても暑かった……――」

 甘く苦い思い出に浸るように、ジェフリーの語りスイッチが入った。


 アンジェラに淡い恋心を抱いていた俺は、とてもショックを受けました。胸が騒いで、夜中まで寝付けないでいると、アンジェラが俺たち二人の部屋へ駆け込んできたんです。

 そしてここから逃げ出したいと、並々ならぬ決意で言いました。婚約式が面白くなかった俺たちは、お姫様を助けるナイトのような気持ちで、アンジェラの脱走を手伝う事にしました。

 婚約式は翌々日に迫っていたので、決行できるのは次の日しかありませんでした。

 その日は、朝から良く晴れていて、俺たちはこれから始まる冒険に胸を躍らせていました。

 持てる限りの所持金と、朝食の残りを荷造りして、乗ってきた馬車馬の一頭にまたがり、ロクな計画もなく家を飛び出したのです。あのような事になるとも思わずに―…

「ストップ!」


 リュカオンの鋭い声がジェフリーの話を遮った。話に聞き入っていた私は思わずビクリと震えてしまった。

「抒情的な昔話はもういい」

 えっ…。私は続きが聞きたかったのに…。

 大体予想はついてるけど、おそらく高得点であろうテストの答え合わせってめちゃくちゃ楽しいから…。

「つまり、ホワイトハートが孤児院で育つ原因となった失踪は、お前たちの軽はずみな家出によるものだと言うのだろう。その後はぐれたか、本当に誘拐されてしまったか、ホワイトハートが戻ることはなかったと」

「その通りです。もしや殿下はご存知だったのですか?」

「知るわけないだろう。容易い推測だ」

 さすが王子様ですわ。略してさすおじ~。

 いや、これだとさすがオジサンみたいになっちゃうな。

 さすリュカ~。


 それまで、俯いて話を聞いていたオスカーが顔を上げて私を見た。

「俺たちはアンジェラの人生を台無しにした。償いになるなら、何でもするつもりだ」

「アンジェラさんは誰も恨んでいませんよ。それより初恋の人を探すために、なじめないかもしれない事を承知で学校へ来たんです。どうして覚えていることを話してあげなかったのですか」

「出来ることは何でもしてやりたいと思った。探している想い人が俺であればどんなにいいか、とも。だがアンジェラの記憶は混濁していて、色んな人との思い出話が入り混じっていた。誰の事を探しているのか判らなかったんだ」

「アンジェラさんは、あなた達との思い出も、他の人との思い出も、全部初恋の人とのものだと勘違いしているということですか?」

「そうです。混乱している記憶を正して、詳しく話を聞いていけば、無くした記憶を取り戻せたかもしれません。でも…彼女が…。アンジェラが、記憶をなくしたくなるような…経験をしてしまったのではないかと…思うと…。思い出させる勇気が出ませんでした」


「いや、今全然そんな話はしていないんだが」

 物語に浸っていたのに、冷静なリュカオンが水を差す。

「私が聞きたいのはその先、お前たちの罪悪感とローゼリカがどうつながるのかという事だ」

「どう繋がるか…と言われましても…。アンジェラから話に聞いたことはありますが、こちらのバーレイウォール嬢にきちんとお会いしたのは今が初めてです。事情はそちらの方がご存じなのでは」

「俺たちは手紙で呼び出されたんだ。指定の教室へ行ったら彼女がいて、話を聞こうと追いかけたら、騎士団が出てきた」

 リュカオンがチラと私を見る。

 彼らの言う事に間違いはないかと。

 私は何度も頷いた。

「その手紙は今持っているか」

「ああ、ここに」

 オスカーから受け取った四つ折りの手紙をリュカオンが開く。私も横から覗き込んだ。


『過去の過ちに終止符を打つ時だ』

 その後に時間と場所が書かれているメモ書きだ。


「筆跡を鑑定しろ」

 リュカオンは手紙をマーカスに渡して、再びオスカーとジェフリーに向き直った。

「今日はもう帰っていい。明日以降、騎士団の調査に協力するという条件付きで」

「11年前の事件で、アンジェラを誘拐したのは俺たちだと、もう判っただろう。罪を償う覚悟はできている」

 物憂げな様子で、リュカオンは再びソファにふんぞり返った。

「軽率な行動には違いないが、罪とは言えない」

「それは、子供だったからで…」

「そう。子供だったから、監督不行き届きの責任は大人たちにもあった。今、容易に推測できることを、当時の捜査関係者が見落としたとは思えない。お前たちの後悔や罪悪感はともかく、罪はないと判断されたのだ」


 そうなのよね。新聞を調べて判るような事なら、捜査した人間どころか、十年前に新聞を読んでいた人なら誰でも知っているはずなのよ。だから過去の秘密を暴かれそうになって、私を攫ったという話は筋が通らない。

 そもそも7歳が家出することより、18歳が下級生を攫う方が、どう考えても罪重いってどんなアホでも判るのに、罪の上書きはしないでしょ。

 そこで私がババーンと、

『意義あり!だから彼らには動機がありません!!』

 と、おじい様の名をかけるはずだったのだが…、全く出番がなかった。

 論破するどころか、議論にすらならない。

 騎士団に家まで送り届ける様命じて、二人を下がらせた後、リュカオンは苦言を呈した。

「本人に自覚がないまま政治利用されている場合もある。こんなところで話を聞いていないで、さっさと騎士団に引き渡せばよかったんだ」

 冤罪を心配するまでもなく、リュカオンには全部まるっとお見通しだったようだ。

 

 オスカー、ジェフリーの退出と入れ替わりに、文書が届いた。

「レディ・ローゼリカ宛ての書簡をお預かりしました」

 中身はケンドリックからの、孤児院の資料をまとめたものである。

 ケンドリックも大変ね。お使いに行って戻ったら、私は行方不明だわ、捜索隊の騎士団と大立ち回りするわ、しまいには怪しい人物を擁護するわで焦っただろう。

 それでもこうやって資料を届けて来るんだから、本当によく気が回る。

 私は資料を読み、自説に確信を持って、今度はマーカスに話しかけた。


「マーカス様。先ほど、アンジェラ様は、沢山の人との思い出を、全部1人の人物とのものだと勘違いしているという話になりました。彼女と親しくしていたあなたも思い出話を聞いたと思います。その中に、あなたも一部心当たりがあるのではないですか?」

 マーカスはきょとんと目を丸くした。

「いいえ…。自分がホワイトハートと初めて会ったのはアカデミーに来てからです。心当たりなどありません」

 あらら?私の予想では、ここはギクリというリアクションを見せるはずだったのだが。

「ここに、孤児院にいた時のアンジェラさんの資料があって、身元保護人の欄にはグリンブルグ公爵閣下、つまりあなたのお父様のサインがあります。11年前、一人はぐれて王都に来たアンジェラさんを保護したのは、あなたでしょう」

 普通は、この程度で断定するのは証拠不足というものだが、物語に無駄なキャラクターは出てこない。絶対にマーカスにも過去の因縁があるはずなのだ。


 しかし幼馴染だったオスカー、ジェフリーよりも共有した時間は短く、接点もわずかしかない。

 となると、マーカスは、困っているアンジェラを助けたとか、インパクトの強い劇的な出会いのエピソードを持っているはずなのである。

「確かに自分は、孤児や捨て子を保護したことがあります。というのも、農村や王都の外周部を回って、恵まれない子供を保護するのは父の慈善活動の一環でして。自分もよく同行していました。所縁のある孤児院に大口寄進をしているのもそのためです」

 あらゆる条件を加味して、一番可能性があるのがここだ。家出してはぐれてから、孤児院にたどり着くまでの時間。

「その中の一人がアンジェラさんだったはずです。あの珍しい髪色を思い出してみてください」

 マーカスは記憶を探るように斜め上を見上げたが、首を振った。

「難しいですね。一人や二人ではありませんし、兄が同行している場合もあります。父のサインがあるならば、当家が保護したことは間違いないでしょうが、自分と面識があるとは限りません」


 あ、あるぇ???

 お、覚えてなくても絶対出会ってるはずだけどな!?

「では、アシュレイ殿下の護衛でアンジェラさんのいる孤児院に視察に行かれた事があるはずですが、その時の事は?」

「父の願いで、寄進している孤児院へ、アシュレイ殿下が慰問してくださったことは覚えています。おそらく、4、5年前の事だと思います」

「その時にアンジェラさんと出会ったのでは?その時は名前が違って、えっと…パトリシアさんとなっています」

「殿下の尊い御身の護衛中に他の事に気を取られている余裕はありませんよ。たしかその時はレディ・ヴィクトリアもいらっしゃって、お二人は孤児院の子供たちと交流なさいましたが、自分は後ろに控えていました」

 軽く一笑に伏されてしまった。

 

「じゃああなたがこの一年、アンジェラさんを気にかけていたのはどうしてなんですか?単に可愛いからですか?」

 ちゃんと理由が無きゃ納得できないわ!

 マーカスは言ってもよいのだろうかと、リュカオンに視線をやった。

「ローズには話して構わない」

「はい。自分がホワイトハートを監視していたのは、アシュレイ殿下に近づきすぎるからです。これまではレディ・ヴィクトリアの存在が完璧すぎて、有象無象は遠巻きに見ているだけでしたので、こういった仕事は必要なかったのですが…」

 えっ、そんな…。あなたがアンジェラと交流していたのは監視目的だったと言うの…。酷い。乙女ゲーム脳を完全に弄ばれたわ。あまりの辛辣な現実に泣きそうよ。


「アシュレイ殿下はこの国の未来を背負っているおかた。強引な誘惑による後継の憂いは、最も忌避されるべき問題です」

 オブラートに包んではいるけど、それって無理やり部屋に連れ込まれて既成事実を作られるのが一番怖いってことよね。

 王子様も大変だなあ。だからいつも取り巻きを連れて一人にならないようにしているのか。

「双方に合意があった場合でも、相手の身辺調査は過去にさかのぼって入念に行われます。万が一、間諜や国賊が王妃として潜り込んでしまったら、国家存亡の危機ですから。ホワイトハートは、破天荒な行動と長期間空白の経歴から、両方の意味で危険人物でした」

「危険だなんて。素直で天真爛漫な、あまり企みごとに向かない性格ですよ」

 私の発言を聞いて、リュカオンはふっと鼻で笑い、ひじ掛けにもたれて私を見る。

「君も義姉上と同じように、随分と人が好い事を言う。性格や頭の良し悪しなど演技でどうにでもなるだろう」

 企みごとは馬鹿には出来ないから、裏を返せば普段のアンジェラは馬鹿に見えるって、今さりげなく言ったわね。

 悪い顔してるわね~。悔しいけど、その優美に細められた目の奥が、冷たく光っているのは素敵よ…!

 あなた達兄弟の属性は変態王子と腹黒ショタで決まり!


 マーカスは苦笑して、私の意見とリュカオンの意見を半分ずつ肯定する。

「自分も間近で観察して、ホワイトハートの純真さは認める所ではありますが、王子殿下に強引な方法で近づく女生徒だと、人の噂に登るようでは、誤解も致し方なしと思われます。十年以上行方不明だった経歴だけで、王室の安全を守る側としては、頭の痛い存在ですから尚更でしょう」

 確かに空白の時間って何をしていたかわからないものね。調査が入るのは仕方がないか。

「しかし秋の終わりに、レディ・ローゼリカが誤解を解いて、問題を解決してくれました」

 誤解というと、アシュレイは初恋の君ではない、他にいるはずだと説得した件だな。

「それにより、アンジェラは殿下への執着が薄れたので、疑いの殆どは晴れました。彼女の為にも感謝しています」

 マーカスは嬉しそうに笑った。

 ふむ、これは。中々の好感度ですよ。きっかけは任務だったけど、きちんと心を通わせているみたいね。

 それならギリギリセーフです。乙女ゲーに絶望するところだったわ。


「気が済んだなら、そろそろ私にもわかるように説明してくれ」

 犯人は始めから判っているが、他の三人にも話を聞いて、きちんと可能性を消去しておきたかった。

 シナリオも予測がついた。これで自信をもって言える。

 オスカー、ジェフリー、マーカスが容疑者から外れた今、残った選択肢は一つ!

「犯人はパトリック様です」

 リュカオンはじっと私を見つめる。

「誰だ、それは」

 そ、そこからか!


あと二話ぐらいで一章終われそうです。

頑張ります。

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