メイドのお仕置き(物理)
いつも根気よく読んでくださってありがとうございます。
中々話が進まず、焦らしプレイで実に申し訳ねえ。
論旨を逆転させるのってすごく難しいんですね。
勉強になりました。
一気にががっと伏線回収していきたいです。
「姫様!」
そこへ遅れて、発見の報を受けたシャロンとクロードが到着した。
制服を犠牲にして、見苦しい顔を隠してくれたリュカオンへの恩も忘れ、私は素早く鞍替えしてシャロンに抱き着いた。
「シャロン、心配かけてごめんね。ほ、本当にごめん…、ふ、ふぐッ、う、うえぇ」
「気丈な姫様がこんなに泣かれるなんて…。おいたわしい。怖い思いをなさったのですね…!」
「ち、ちがう…。安心して涙腺が緩んじゃっただけ…」
「本当にご無事でよかった!申し訳ありません。僕がお側を離れたばかりに」
クロードはヒシとくっついている私とシャロンごと、まとめて抱きしめてしくしく泣いた。
「クロードは誰かに叱られたりしなかった?私の不注意でごめんね。後で一緒に謝りに行こう」
「それもこれも、全部私が悪いんです…!勉強が出来なくて、学院の試験に通らなかったから!クロードさんに全てまかせっきりで!今年は合格して、必ずお側でお守りします…!!」
シャロンも貰い泣きしはじめ、私達三人はひと塊になってわんわん泣いた。
「まあまあ君たち。悪者探しには役者が足りないのではないか?あとは私に任せて、家でゆっくりしていなさい」
リュカオンがニコニコしながら話に割って入り、私とシャロンをバリっと引きはがした。合図をすると、男が二人連れられてくる。
先ほど研究棟で出会ったオスカーとジェフリーだ。
確かに、誰が悪いのか選手権に参加する資格はありそうね。
しかし、うちの者はともかく、何故リュカオンまでいるのだろう。
ちらとクロードに視線をやると、クロードは心得た様に頷いて小さな声で説明する。
「格技場へ向かいましたら、ローゼリカ様のお言葉通り、帰り間際のリュカオン殿下と行き会いました。公務記録の閲覧をお願いいたしますと、ご興味を持たれて、当家の車で家へいらっしゃることになったのです」
リュカオンはワイワイやるのが好きだから、呼んだら来るって、ケンドリックの言ってた通りね。ケンドリックってすごいわ。
「資料が王宮から届くよう言伝して、ご一緒にカフェまで戻って参りましたが、ローゼリカ様の姿がなく、狼狽する僕の代わりに、出入口の封鎖と検問や捜索の指揮をとってくださいました。狭い捜索範囲内で迅速な発見に至ったのは、殿下の機転の賜物です」
はー、さすがね~、リュカオン。やる奴だとは思ってたけど、作品を梯子する常連攻略対象は有能なんだわ。
クロードが、私を後ろに庇うようにして、リュカオンとの間に進み出てきた。いつも後ろに控えている彼にしては珍しい。美少女顔の眉を精一杯キリリと吊り上げて、リュカオンの前で片膝をつき、首を垂れる。
「リュカオン殿下のご尽力、ご厚情に感謝いたします。我らの主を取り戻して下さった、このご恩は忘れません」
リュカオンが立ち上がるように手で合図する。
「なに、私とお前たちの仲だ。気にすることはない」
「僭越ではありますが、家の一大事です。そこの二人はバーレイウォール家へ引き渡していただけますね?当家に仇なす者は、我らの手で始末をつけねばなりません」
「良かろう。ローズには借りがある。ここいらで返しておくのが得策というものだ」
強気の交渉でいつになく精悍な顔つきのクロードだったが、リュカオンの一言で表情をひきつらせた。
「クロードはしっかり者だが、腹芸は落第点だな。そんなにはっきりマズイという顔をするようでは、微笑ましい限りだ」
「ぶ、不調法でした。お許しください」
なんの話?
「これは友人としての忠告だが、多少姑息でも、主の意向に沿うのが臣下の務めではないか?私自身が兄上にお仕えするにあたってはそう心掛けている」
「誰もが、殿下ほどの才覚には恵まれておりません。せめて愚直にお仕えすることこそ、我が主の意向と思い定めております。お気遣いなくとも、我ら一丸となって、再び殿下のご恩に報いる所存です」
内容のよく判らない会話って、二人だけで通じ合ってるみたいで、萌えるわね~。
「では私以外には出し抜かれぬよう、お前とケンドリックで、よくよく守り導くように」
出し抜かれ?なんか不穏な単語出てきたわね。私出し抜かれちゃったの?リュカオンは私より一枚も二枚も上手なので、してやられるのは割といつものことだから、まあいいか。
「ご冗談を。我ら主従はリュカオン殿下のお心と共にあります」
「殊勝なことだ」
リュカオンがサインした書類を受け取り、クロードは一礼して、リュカオンの前から下がる。ついでにさりげなく私の肩を押し、シャロンも引き連れて距離を取らせた。
「なんの話だったの?」
声を潜めて聞いてみる。
「ローゼリカ様の捜索と賊の確保で、リュカオン殿下には後れをとりました。この一件で、情報操作による殿下のお見合い状況の改善は、貸し借りなしになったとお考え下さい」
「えっ、今の話そういう内容だったの!?」
私に借りがあるってそのことか!
そういえば、リュカオンのイメージアップと見合い話の削減を狙った噂作戦は、決行から一年ぐらい経つわね。リュカオンが借りに思うぐらい効果があったなんて、初めての企みにしては大成功よ。やったわね!
「申し訳ありません。しかしそれでも、ローゼリカ様の安全が最優先ですので」
「おのれ、リュカオン殿下…。身の安全を盾に姫様の純潔に迫るとは…」
シャロンがぐぎぎと歯噛みする。
純潔て。結婚したらまあ、結果的にそうなるだろうけど、婚約を画策することを普通はそんな言い方しないけどね?まるで悪徳代官への恨み言じゃない。
シャロンにとって、リュカオンは悪代官のような存在なのだろうか。仲がいいんだか悪いんだか、本当によく判らないな、この二人は。
「いいのよ、二人とも。作戦は一回成功したんだから、次もあるわよ。諦めずにチャンスを狙っていきましょ!」
「ひとまず御前を失礼して家へ帰りましょう」
クロードの目配せで、おそらく我が家の護衛兵と思しき男たちが数名、オスカーとジェフリーを取り囲んだ。
「ユグドラ王国第三位王位継承者、リュカオン・ベネディクト・アルビオン王子殿下の特別令旨において、超法規的措置を執行する。オスカー・レッドオナー、ならびにジェフリー・ブルーウィン。両名の身柄は、一時的にバーレイウォール家預かりとなる。ご同行願います、お立ち下さい」
立ち上がり、連れていかれるオスカーとジェフリーを見て、ギョッとした。よく見ると、二人は罪人のように拘束されている。
後ろ手に縛られて、連行されて行く攻略対象ってアリなの?その恋心、まだ息してる?へし折れてんじゃないかしら。
「事情聴取はバーレイウォール本邸にて執り行われます。これ以降、あなた方の発言は、法廷で不利になる場合があります。あなた方の発言は、記録として残る場合があります。あなた方には、黙秘する権利があります」
本格的な容疑者扱いじゃないの!
わああああ~ッ!罪のない攻略対象が、冤罪で処される!!
淡々と憲章を読み上げるクロードの服の裾を、ちょいちょいと引っ張って、ひそひそ声で耳打ちする。
「ちょっ…ちょっと、クロード…!あの…いくら何でもマズイんじゃない?縛り上げたりするのはやりすぎというか、逸りすぎというか…。ここまでやって、もしも違ってたら、責任問題とかで物凄く怒られるやつだと思うの…」
確かに彼らの事を調べていた矢先にこんなことになって、怪しいのは判るんだけど、実際、私に催眠術をかけて連れ去ったのは、この二人じゃないわ。共犯関係だとしても、追いかけまわしただけでこの扱いは不当というか。
だいたい、攻略対象っていうのは、根は悪い奴じゃないんだから、幼い下級生を拉致誘拐なんて卑劣な犯罪には絶対に誤解や事情があるはずよ。
「名目上は、騎士団の作戦行動中に紛れ込んでしまった一般人を保護するということになっていますが、関与の疑いは濃厚です。逃亡の可能性を考えれば、致し方ないかと」
「たまたま居合わせただけで、疑い濃厚は無理があるでしょう」
「いいえ、アカデミーは理由を伏せて人払いを敢行しました。結果として捜索隊以外で学内にいたのはこの二人だけです。無関係と言い張る方が苦しい。伯爵、子爵の擁護があっても守り切れるものではありません」
「二人だけ?」
そんなはずないわ。私、もっとたくさんの人に追いかけられたわよ。
職業軍人みたいな足音が、沢山聞こえて怖かったんだもの。
それに、攻略対象のマーカスだって…。
そこで私はハッと気づいてリュカオンの方を振り返った。
王子の周囲を守り固める様に、騎士たちが後ろに控えている。その中にマーカスの姿もあった。攻略対象だけでなく、アシュレイ殿下の護衛でもあるマーカスは騎士団所属だったのか。
反対側には、クロードの後ろには当家の護衛兵たち。
彼らのほとんどが軽甲冑を身に着けて、歩くたびに金属音がする。
私はようやく気が付いた。むしろどうして今まで気が付かなかったのだ。
追いかけてきたのは、この人達だわ。
勝手に巡回エネミーだと思って逃げ回っていたのは、他でもない私を探している捜索隊だったのか!
どうりで、組織的に狙われる心当たりなんてないと思った!
勘違いに気付いた途端、顔から火が出るような思いがした。
すごく恥ずかしい……!!こんな勘違いをしていたこと、絶対誰にも知られたくない。
私の視線に気が付いたリュカオンがにっこりと微笑み返してきた。
味方から逃げ惑っていた私を、リュカオンは見ていただろう。なかなか捕まらない私に業を煮やして、合言葉を叫んだわけだ。
あの笑顔も、本当は天使の微笑かもしれないけど、今の私には悪魔の嘲笑に見える。視線一つとっても、からかいが含まれている様に感じる。全部見透かされている気がする。
ああ~……!!今すぐ走って逃げだしたいくらい恥ずかしい!!
恥ずかしさに対抗するように、私は思わず大声を張り上げた。
「とにかく!二人を今すぐ開放して!!私を連れ去ったのはこの人達じゃないわ」
「ローゼリカ様は犯人をご覧になったと?」
「そうよ!!強引なやり方は、不当逮捕で後々面倒な事になる」
「し、しかし。無関係かどうかは調べてみない事にはわかりません。一番大事なのは、あなたの安全を守り、お家の敵を排除する事ですから…」
「そうですとも。我がミレニアム家の仕事は敵をボコボコにすることです。罪状なんて、姫様を泣かせた罪で充分ですから、早く仕事にかかりましょう!」
参戦してクロードを加勢したつもりのシャロンだったが、内容があまりにも突き抜けていたので、かえってクロードの決意が揺らぐ結果となった。
いいわよ、シャロン。グッジョブ!
「こんなこと言ってるわよ、シャロンに仕事をさせるつもり?」
「うう……、しかし、家に帰れば上様にご判断を仰げますから、ひとまず帰りましょう。これは殿下の令旨でもあり、撤回は僕の権限を越えています」
決断を迫られて、クロードは思わず視線を逸らした。
「じゃあ殿下を説得すればいいのね!」
「いやちょっと待ってください。結論を出してから殿下に申し上げましょう」
「なんでよ、皆で相談した方が早いわ。議論を二回繰り返すことになるでしょ。リュカオン様―!」
少し離れたところに立っているリュカオンに手を振る。
「わたくし、ローゼリカ・ディタ・バーレイウォールは、この騒動の渦中の人物として、令旨の白紙撤回を希望します」
「何だって!?馬鹿な事を言うな!」
今度は微笑んでいたリュカオンが血相を変える番だ。焦って駆け寄ってきた。
「まさかあんな冗談を真に受けたのか?貸し借りの件の方を撤回する。そんな些末なことはどうでもいいから、ちゃんと背後関係を調べてもらいなさい」
「おっしゃいましたね!?二言はないですね?」
「ない!!」
「ありがとうございます!今は私にアドバンテージがある状態に戻りましたからね!それはそれとして、改めてオスカー様、ジェフリー様、両名の解放を進言します」
リュカオンは目を細めて、値踏みするようにじっと私を見た。
「それは事情がある、という顔か。私にもきちんと理由を説明してもらえるのだろうな」
「勿論です」
傍に近づき、項垂れているオスカーとジェフリーに発破をかける。
「あなた達も黙っていないで、否定するなりしたらどうなの。甘く見ていると痛い目に遭うわよ」
「俺たちは十年来の罪を償うつもりでいます」
「こうして捕縛されたのも運命だろう。すべて話そう」
まあ、何よ。口ほどにもなく小心者ね。
話が違うという顔で、リュカオンとクロードがジトっと私を見た。
「と、まあこのように、逃げ出す素振りはなく、拘束の必要性はありません。気が変わらないうちに話を聞いてしまいましょう!ふぇっ、へ……へぷちん!」
汗が冷えて、大事な所でくしゃみが出ちゃった。
はああぁぁ~、とリュカオンが海より深い溜息をついた。




