表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/149

主人公が鈍足のホラーが一番怖い

 はー!まったく!

 サポートキャラであり、マスコットである幼女をイベントに巻き込むなんて一体どういうつもり!?

 こういう当り判定ってさ、マスコットキャラはノーカンみたいなとこ、あるわよね!

 私に攻撃は当たらないから心配しないで(キャラづくりの変な語尾)!みたいな!

 それなのに、サポートキャラだと安心した途端こんな目に遭うとはね!

 

 私は憤慨しながら、靴下に毎日欠かさず仕込んでいる、組み立て式のランプを取り出した。

 いつかこんな日も来ようかと、四年前父に貰った冒険セットを肌身離さず持ち歩いておいてよかった。

 手早く組み立てて明かりを灯すと、雑然と物が置かれた倉庫のような部屋が浮かび上がった。

 このような物置に拉致監禁されたとは腹立たしいが、私の行動がフラグになってイベントが進行したのは確実だ。

 このローゼリカ、たとえ転んでもただでは起きないわ。

 巻きでイベントを片づけて、目指せ、ハッピーエンドよ!!


 私を誘拐するなどと暴挙に及んだからには、陰謀や疚しい事があるのだろう。

 悪事のしっぽを掴んでまるっと解決といきたいところだが、まずは脱出が最優先。

 体に痛いところはない。喉の渇き具合などからも考えて、さほど長い時間は経っていないはずだ。

 ならば現在位置は王都内。もっと言えば、まだ学校の中ということも考えられる。この部屋から脱出さえすれば、自力帰還も充分可能である。


 わずかな明かりと手探りで周辺を調べると、置いてある物や床と壁の様子から、どうやら備品倉庫か、あるいはあまり使われていない教室の準備室のようだ。しかし、普段使っている教室よりも内装が古めかしい。

 学院アカデミーは増改築を繰り返しているので、部屋の様式が違うのはよくあることだ。ここは私の授業で使わない棟のどこかに違いない。

 

 部屋を見回って、大型の備品の隙間に鎧戸を発見した。

 よし、選択肢一つゲット。

 鎧戸を開けて、窓から脱出する。

 ここから脱出しても良いが、開ける時に大きな音がして人が集まってくるかもしれないし、高い場所だったら出られないということもある。

 部屋中探索してから行動を決めるのはゲームの鉄則である。

 次は戸棚を見てみよう。

 何かしら使えそうな物が入っている場所、それが戸棚だ。

 

 戸棚には鎖を切れそうな大型のニッパーも、バールのようなものも入っていなかった。

 残念。期待していただけに、かなりがっかりした。

 私だったらバールのようなものを、バリケードをこじ開ける以外にも、敵をしばいたり、色んな事に使うのにと、いろいろシミュレートしていたのだが。

 代わりに戸棚の下部は空で、体の小さな私がギリギリ入れそうな空間がある。


 中に入りますか?


 あっ、今選択肢がポップアップしたような気がするわ。

 いざと言う時、入ろうとして入れなかったら困る。とりあえず試してみよう。

 中に這い入って、ひざを抱えて引き戸を閉める。

 ここに隠れて敵をやり過ごし、持久戦に持ち込むのが手堅いかもしれないな。私が急にいなくなって、クロードはきっと探しているだろうから、待っていれば助けはくる。

 うん、中に隠れる、が二つ目の選択肢ね。


 探索を続けよう。物音がしないようにそっと戸棚から這い出る。

 はたから見れば、何やってんだコイツ、という感じだろう。物語のシナリオ的には遊んでないで、はよ逃げろとヤキモキさせるだろう。

 でも私は今、操作されるキャラの気持ちがよくわかる。

 こっちだって同じ気持ちだよ。

 でも正解が判らないのだから仕方ない。

 言っても仕方がないけど、私にゲームの知識があったら、ささっと逃げ出せたのになあ。そもそも攫われなかったのになあ。


 あらかた探索を終えて、最後に正面の扉のドアノブをそっと回してみた。

 おそらく開いていないと思ったのに、意外にもノブはすんなりまわった。

 外に見張りが居るかもしれないので、私はポケットの中のオイルライターをもう一度確認してから、ランプの灯を消して、扉の外を伺った。

 選択肢3 正面の扉から脱出する。

 窓から月明かりが見える。廊下だ。見張りもいない。

 選択肢3が正解だったか。


 とにかくここからとっととズラかろう。

 隠れるにしたって他の部屋へ隠れた方が、ずっと見つかりにくいに決まっている。

 慎重に扉を開けて、隙間に半身を滑り込ませると、タイミングの悪い事に、固い靴音が響いてきた。

 誘拐犯が戻ってきたかもしれない。

 巡回の警備員という可能性もあるが、それに賭けるのはイチかバチかの博打が過ぎる。

 まだ靴音が遠い。今のうちに別の場所へ移動してしまおうか。上手く隠れて相手の様子を伺えればベストだが、上手くいくかな?

 他の部屋が全部閉まっていたり、遮蔽物のない一本道だったら詰むわ。

 足音は少なくとも二つ以上。見つかったら逃げ切れる可能性は低い。

 ゲームではこういう時、右だとか上だとか判るものなのだが、現実の立体音響では反響が複雑すぎて方向などさっぱり分からない。さらには緊張状態で冷静な判断が出来ているとも言い難い。

 ああ、『探索を終えてからの行動選択が鉄則!(キリッ!)』とか言ってないでさっさと部屋から出ていれば良かったわ。

 コンテニューのない一度きりの人生だ。選択は慎重にならざるをえない。

 私はすごすごと部屋へ戻り、再び戸棚の中へ収まった。


 ここに隠れて、一度やり過ごしてから再び脱出を試みましょう。

 扉が開いていて、私が居なければ普通は逃げ出したと考えて外へ探しに行くだろう。

 隠れて回避、暗闇を探索って、このゲームはいつからホラーになったの。

 私はホラーも全然いけるクチですけど、女子は苦手な子も多いよ。大丈夫?


 あら?でも考えてみれば、せっかく私を攫ってきたのに、扉に鍵が掛かっていないなんて変よね。

 別に攫われたわけじゃないのかな?

 私、一人になった後どうなったんだっけ?

 確か、残りの新聞記事を読んでいたら、すぐに誰かがやってきて、私はクロードが戻って来たんだと思ったのよ。だから。




「クロード?早かったわね。やっぱりもういらっしゃらなかった?」

「一体、何を調べているんです?」

 明らかにクロードじゃない返事だったから、思わず顔を上げて相手を見た。

 いつの間にか、私の正面の席に座っていた男……、たぶん男の顔は逆光が眩しくて良く見えない。

 パラ、パラ…と規則正しく本のページをめくる音がやけに大きく響く。

「………」

「……」

 男は私に何か質問をし、私もそれに答えるが、ページをめくる音がうるさくて、内容が良く聞こえない。私は夢の中にいる時のように、思い通りにならない口をもごもごと動かした。

「………?」

「……」

 言いにくい。口がうまく動かない。言いたいのに、言えない。夢を見て、寝言をいっているような感覚。

「……う…り………しょ……」

 聞こえないっつーの。自分の記憶が聞こえないって何なのよ。

 記憶の中の自分の声に耳を澄ます。

「…うり…や…、…い…しょ…」

 パードゥン!?!!!???????

 私はキレて、記憶の中の自分に大音量ボイスで聞き返した。

 すると記憶の中の私もキレ返してきた。

「こ!う!りゃ!く!たい!!しょう!!!」


 何言ってんの!?

 なに聞かれたらそんな単語が飛び出してくるのよ!

 乙女ゲームの単語は、生まれてこのかた、口に出したことがない。

 言いなれなくて、口が上手く言えなかったのも道理だ。

 しかも、意訳をこの国の言葉で言い換えたものではなく、前世の言葉だ。

 ノートに書きつけても、頭の中で何度繰り返しても、この口から言葉として紡いだことのない前世の言葉を、聞かれてホイホイ答えるわけないじゃない!!

 激しいツッコミと共に、記憶の霧がサッと晴れた。


 さっきとは一変して、眩しくて見えなかった男の顔も、会話もハッキリ思い出せる。

「こ、コウリャ?なんて?」

 ほらぁ、なんて?て言われてるわ!外国語だものね!

 私は男に聞き返されて、少し言葉を選び、再び答える。

「手がかり、証拠…。アンジェラ、初恋…」

 めちゃくちゃカタコトじゃないの、どうした私?

「そうか、アンジェラは今も初恋の人を探しているんだな。でも過去を調べてもわかるはずがない。僕たち4人は全員過去にアンジェラと会っている。そのうちの誰が好きだったかなんて、確たる証拠は彼女の中にしかないんだ」

 何を聞いても、記憶の中の私はぼんやりしている。

「君はね、すごく眠いんだ。調べ物を頑張り過ぎて、すごく眠い。まぶたが重くて重くて、開けていられない。目を閉じていいよ。さあ、もう目を閉じてしまおう。こんなところでは眠れないね。僕が案内するから付いてきて」

 私は目を閉じてしまい、視界は真っ暗になった。そのまま席を立ち、素直に手を引かれて自分で歩いて後ろをついて行った。

「さあ、ここだ。ここで、少し眠って、近づいてくる足音が聞こえたら、君は疲れが取れてスッキリ目を覚ます。目が覚めたら、僕の事はきれいさっぱり忘れている。顔は西日が眩しくて見えなかったし、話はとても小さな声で聞き取れなかったよね。それじゃおやすみ、いい夢を。どうか僕らの事をそっとしておいてくれ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ