暗転(場面転換の時に生じるアレ)
気長にお付き合いくださいませ。
アンジェラが立ち去った後、私は物語の攻略と進展について本気出して考えてみた。
勿論これまでだって真剣でしたよ?
ただどうにも辻褄の合わないことが増えてきて、想定を練り直す必要がある。
初恋の人を探すために、一年限りの約束で学院へとやってきたアンジェラ。攻略対象が何人いようと、初恋の人は一人きりである。
そりゃそうだ。
メインシナリオは初恋の相手かもしれないが、絆を育んだ相手が初恋の人である可能性は、攻略対象者分の1であり、そうでない場合でもヒロインと攻略対象は結ばれて、ハッピーエンドを迎えられるはずである。
つまり、それはそれ、これはこれであって、ヒロインは謎解きができずに初恋の人が見つからなくとも、愛する人を見つけると思っていた。
そして障害があれば助ける機会もあろうかと、あわよくば傾向を知り対策を練ろうと、アンジェラが誰にロックオンするのか、誰とイベントが進行するのか、注意深く見守っていた。
しかし、現実では誰とも何も進行していない。
これは一体どういうことなのか。
考えてみればアンジェラは、宇宙の次期女王として試練に挑んでいるわけでもなければ、国を守るミコとして敵と戦っているわけでもない。世界観を守る為にもうちょっと難易度を下げたとしても、コンクールに出場して音楽に打ち込むことすらない。
『初恋の人を探す』こと以外の、大きな動機や目的が何もないことに気が付いた。
このゲームは、人探しの他に物語の主筋がないのだ。
よって、アンジェラは何としても初恋の人を探さねばならない。
人探しが進まなければ、シナリオも進まない。
進行の遅れは、サポートキャラたる私の助けが足りていなかったせいだろう。
誠に遺憾である。
私のサポートの何がいけなかったか、考えてみたところ、思い当たるのは人探しのやり方だ。
私はアンジェラの初恋の条件に合う者を片っ端からふるいにかけて選別した。ピッタリ条件に当てはまるシンデレラボーイがいなかったので、躍起になって結局全校生徒から研究生、教員・保護者に至るまでしらみつぶしにやってしまった。当然金も時間もかかった。
しかしこれは、攻略対象をただ発掘する作業に過ぎなかった。
おそらく攻略対象であろうアイツもコイツも、二周目からの追加キャラかもしれないし、さらにいうとリュカオンのような二作目のキャラかもしれない。知識がなく、キャラクター造形だけで選別している私には判りようがない。
そもそもだ。記憶のあやふやなアンジェラの話を鵜呑みにしたのが間違いの元だったのだ。それに、条件ピッタリの者が外部調査で見つかってしまえば、絆を深める必要も謎解きもへったくれもない。
もっと堅実に、客観的事実だけを元に、出来る範囲での調査を試みるべきだった。
そういう訳で、私は今更ながら新聞記事で十年前のアンジェラ誘拐事件について調べることにした。私に思いつくことで、まだやっていない事というのも、正直これくらいしか残っていなかった。
アンジェラが誘拐されたのは今から11年前の7月。10年前誘拐されたと彼女自身が言っていた冬から年が明け、もう半年近くが過ぎてしまったのだ。
当時の新聞を縮刷してまとめた本をめくると、きちんと記事が載っていた。
アンジェラが誘拐された、というか行方不明となったのは、彼女の誕生日の前日で、なんとパトリックとの婚約式当日のことだと書かれている。
経済状況や交友関係の調査では出てこなかったパトリックとアンジェラの接点があっさり見つかった。
しかも推測ではなく客観的な事実だ。これは他の攻略対象の分も期待できる。
私がやるべきことの正解は、全校生徒の家庭調査ではなく、「新聞を読む」だったのだ!!!
いや、やっぱおかしいわ。
何で私の仕事なのよ。ヒロインは自分の事件の真相についてちゃんと調べなさいよ。
だが事ここに至っては、もう何もいうまい。
私はサポートキャラとして、ハッピーエンドに向かって精一杯やるだけだ。
そして引っ張り出してきた10年分の新聞の量を目の前にして…。
潔く応援を呼んだ。
今は急いでいるからしょうがない。決して10年分の新聞読むの面倒とか思ってない。
「クロードは失踪事件から古い記事、ケンドリックは現在から過去の新聞を順番に遡っていってちょうだい。私は事件からあとの記事を探していくわね。オスカー、マーカス、ジェフリー、パトリック、アシュレイ殿下に関する内容も一応教えて」
本の隙間から恐る恐るケンドリックを覗き見ると、仏頂面ながらも早速本を手に取って記事を読み始めていた。私にも作業にかかれと言わんばかりに、シッシと手を振る。
「急にごめんね。この埋め合わせはちゃんとするから」
「なんも判ってないみたいだし、全然謝ってほしくない。俺たちはお前のケツ拭きするためにいるんだぜ」
「ケンドリック、姫様の前でスラングを使うな」
控えめなクロードが、小言を牽制しようと口を挟んだ。
クロードはいつでも私の味方をしてくれる。
うう、優しさが身に染みる。
「お前はローゼリカを舐めすぎ。過保護すぎ。コイツが時と場をわきまえずにうっかりスラングを口にする玉に見えんのかよ」
「違う。単純に聞き苦しいんだ。姫様のお耳を汚すんじゃない」
聖母か菩薩のように優しいクロードも、男の子同士の会話だとムッとしたりもするんだねえ。ちょっと新鮮だわあ。
「お前の方こそ姫様禁止令を守れよ」
「それとこれとは…」
「待って、クロード。ケンドリックは、私が世間知らずになり過ぎないように考えてくれているの。だから叱らないで。ケンドリックも、あなたが私の事を思ってくれるのは嬉しいけど、喧嘩になるなら無理しないで。私には、二人が仲良くしていることが一番だからね」
私のとりなしで、二人はひとまず矛を収めた。
「あの、ケンドリック?良ければあなたが怒っている理由を聞かせてほしいな。同じことを繰り返さないように気を付けるわ」
するとケンドリックは、はあ~と長い溜息を吐きだした。
「別に怒ってない。情報収集は俺たちの方が得意で、これまでも任せてくれてただろ。作業を指示されるだけじゃなくて、どんな理由があって何を目的にしているのか知りてえの」
何でも言う事聞いてくれるクロードのような存在もありがたいけれど、やり方に意見してくれるくれるケンドリックの存在もありがたい。
これからも二人セットで大事にしよう。
「それはえーっと、何から説明すればいいかな。アンジェラ様にプロムのパートナーを選んでって頼まれたんだけど…」
ケンドリックは大きな音で舌打ちした。
ひえ。怖い。怒ってんじゃん。
「あいつ、うちの姫様を何だと思ってんの?便利屋じゃねえんだけど」
「ま、まあまあ。私が好きでしていることだから」
「適当にオスカー・レッドオナーを勧めとけばいいだろ。家の情勢も安定しているし、ちょっと変わっているが悪い奴じゃない。なんで新聞?」
ケンドリックもオスカーを推すのね。私達気が合うわね。
そういうお見合いの釣書きみたいな情報ばかりを集めた結果が今の状況なんだけどね。
乙女ゲームと攻略対象の因果関係を説明するわけにもいかないが、説明したとしても、ケンドリックにかかれば簡単に論破されてしまいそうである。
本当は洗いざらい話して知恵を借りたいくらいだけど。
「上手く言えないんだけど、何か変な感じがするのよ。パトリックは昔婚約してたのに、それを黙っているなんて不自然でしょう?あなたの情報網にもひっかからなかったのは、意図的に伏せられていたからだわ。それで他の人もちょっと調べてみようと思って」
「ちょっとってレベルじゃねえけど」
「確かにそうよね。ごめんなさい」
「いいんですよ、姫様の調べものに付き合うのは僕たちの仕事の内です。さあ、手分けして頑張りましょう」
「三人だって無理だろ、こんなの。シャロンとウォルターとフィリップにも手伝わせようぜ」
「調査対象の出身地や関連会社も頭に入っていますから、見出を確認していくだけで充分目的の内容を探せるでしょう。何とかなりますよ
「ついでにイリアス様とリュカオン殿下も呼ぼう」
「さすがにリュカオン様にはお願いできないでしょう?」
「そうかな~。集まるの好きそうだから喜ぶと思うけど。お、早速見つけだぞ。9年間行方不明だったアンジェラ・ホワイトハート嬢、発見される。今から約、一年半前のことだな」
「付箋しておいて」
「それから、パトリックの養父、イエローモンド侯爵はその少し前に亡くなってる」
「私も見つけたわ。アンジェラ失踪事件の三日後、同時期に行方が分からなくなっていたオスカー・レッドオナーとジェフリー・ブルーウィンが発見される」
「レッドオナー様とブルーウィン様が、西武地方の乗馬競技で、表彰台に上がったという記事があります。二人はライバルで親友だと書かれていますね」
「それは妙だな。あの二人が親しいなんて印象は全くない」
それから私たちは二時間ほど資料探しに没頭した。
日が傾き始め、人の姿もまばらになってきたころあいだ。
クロードが大判の縮刷冊子をパタンと畳んだ。
「そろそろ切り上げて、家で続きをやりましょう。夏の初めとはいえ、日が落ちれば体が冷えてしまいます」
「貸出手続きをしてこなくちゃ」
「アルビオンタイムズの縮刷版は家の図書室にも蔵書がありますよ」
「なら残り少しのこの冊子を読み終えたら帰りましょう」
他の攻略対象とアンジェラの接点の裏とりはもう充分だが、大型ワンコ系マーカスの接点だけがまだ見つかっていない。マーカスの接点は孤児院関連である。直接そちらを当たった方が早いか。
何を調べたらいいかな~。素人にも判り易くて、一般人でも閲覧できそうな資料って何だろう。私やアンジェラでも入手できるものの中にヒントがあるはずなのだ。
「ケンドリック、孤児院の誰でも閲覧できる資料って何かしら」
「アンジェラの孤児院からも不審点を探るんだな?」
ケンドリックは話が早い。顎に手を置いて少し考え込む。
「孤児院の事は詳しくないが…、金の流れってのは大体どこでも明らかにしないといけないから、資料が公開されていると思う。俺が直接行って、他にも閲覧できる資料があれば借りてきてやるよ。急ぐんだろ?」
「助かるわ。じゃあそれを持って私の部屋に集合ね。クロードはリュカオン様に頼んで、アシュレイ殿下の公務記録を借りてきて」
「今からですか?もう遅いですから、面会申請が通るかわかりませんが」
「たぶんまだ格技場にいらっしゃると思うわ。もうお帰りだったら諦めて明日にするから」
「畏まりました」
二人が立ち上がった後も、私は残りの見出しを指で追いかけて行った。
あともう少しと言う時、机の向かい側に人の気配がした。
私は顔を上げずに問いかける。
「クロード?早かったわね。やっぱりもういらっしゃらなかった?」
「一体、何を調べているんです?」
「はッ…!」
がばっと跳ね起きた。
なに?今私寝てた?
目を開けても、周囲は暗闇に包まれている。
状況がつかめずに見回したが、光源になるようなものはない。
私、学校のカフェで本を読んでいたはずなのに、一瞬でどういうこと?
ずっと座っていたから、立ち眩みで倒れたとか?
それならここは自室のベッドの上だろうか。
「クロード?」
もしも倒れたなら、誰かが傍に付き添っているはずだ。
だが何の返事もない。
それに声の響き方から、ここが自室ではない事も分かった。
私の部屋は絨毯やクッションやら、柔らかくて音を吸う物が沢山置いてあるのだが、ここは固い物ばかりが置かれているようで、声が反響する。
下は冷たい床だ。
うちの者が私を床に寝かせるなんてありえないわね。
それに人のいる場所ならちょっとした明かりぐらい見えるものだろう。
「……」
つまり私は…。
どこかに連れ去られたようだ。




