おお、ヒロインよ 全滅してしまうとは情けない
この国の学校制度では、一学年は九月に始まり六月に終わる。
七月八月は補講や追試などの救済措置がある他は、来年の入学試験や入学準備、進級準備の為、学業に問題のない生徒は、二か月ほどの夏休みとなる。
そして今日から五月。今年度は残すところあと二か月しかない。
時間がないと焦る私の気持ちも知らず、今日も今日とて、アンジェラは攻略対象の居場所を聞きにやってくる。
「ごきげんよう、ローゼリカさん!パトリックはどこにいるかしら?」
「ごきげんよう…、アンジェラ様…。パトリック様は三階のバルコニーにいると思うわ…」
いやいや…。いやいやいや!
パトリックはいつも、いつでも三階のバルコニーにいるでしょう!?
私がいつも図書室横のカフェにいるように!他の攻略対象も、あなたが特別に約束した時以外は、皆、所定の位置にいるじゃない!
最初の内ならいざ知らず、いい加減覚えなさいよ、何回聞くのよ!!
ゲームの設定じゃないのよ。現実にいつも会っている場所を思い出せないなんてどうかしているわ!
喚き散らしたい気持ちを押さえて、私は少しぎこちなく微笑んだ。
「そう言えば、アンジェラ様。今年も残り少ないけれど、初恋の人は見つかりそう?」
「ええ、それがね…」
アンジェラも話に乗ってきて、丸いテーブルの向かい側の席に腰を掛けた。
「沢山の人に聞いてはみてるんだけど、ちっとも見つからないの。十年前の、顔も名前も分からない人を探すなんて無茶だったのかもしれないわね。あなたは私の無理なお願いも、否定せず協力してくれて、本当に感謝しているわ」
「珍しく弱気ですね。あなたらしくもない。私だって、同じ年頃ならアカデミーにいる可能性が高いと思ったから協力したんです。勝算は十分にありますよ」
乙女ゲームだから絶対に居るとは言えないのがツライところなんだけど。
「ありがとう。私は今年限りしかアカデミーにいられないけど、もちろん残り二か月の最後まで探すつもりよ」
「今年入学したのに、もう卒業してしまうのですか?」
アカデミーは授業ごとに、資格のような扱いの単位を取得する制度なので、いつ卒業したってかまわないのだが、貴族女子では三年通う人が一番多い。
もしや三年間、ゲームの攻略を見守らなければならないのかと心配したのはそのせいだ。
「私は境遇を考慮して、特別に礼儀作法だけ教えてもらう条件で入学したのよ。沢山は勉強しないから、一年だけね」
あ~、はいはい。一年というゲームシステムの縛りを、そういう設定にしているわけね。私は大人だから事情はよーくわかりますよ。
多少こじつけでも、きちんと理由をつけておくそのスタンス、嫌いじゃないわ。
ふむ。アンジェラは今年で卒業か。アシュレイ・ヴィクトリアも卒業すると言っていたし、やはり一年で決着をつけなければならないのだな。
卒業生には、最後の思い出作りにプロムが用意されている。
プロムというと、アメリカンハイスクールの派手なダンスパーティのことだが、近代ヨーロッパ風貴族社会を舞台としたこのゲームでのプロムは、舞踏会のイメージに近い催しである。卒業後、貴族社会の一員や未来の官僚となる学生たちに社交界の予行練習をさせるという意味合いもあり、卒業舞踏会が開かれるのだ。
乙女ゲームや令嬢モノで舞踏会はテッパンのイベントだ。美しいドレスに美味しい料理、恋人との甘い夜で夢いっぱい!成功したらスチルをゲットよ!!楽しみね!
イベントあれば憂いなし!
夜のお出かけはテンション上がるわ。舞踏会というのは、イベントの性質として、現代ものの夏祭りに通じるものがあると思う。夏祭りと卒業式が合体したら、そりゃもう盆と正月がいっぺんにきたようなものよ。最強よ。
好感度が多少足りなかったとしても、強引にいけるんじゃないかしら。私もお金と家の権力に物を言わせて、外堀を埋めるのを手伝うからね!
「今はプロムの準備で忙しい時期ですね。パートナーは誰ですか?」
「パートナーなんていないわよ」
「えっ」
取り繕うことも出来ずに、目を丸くした私を見てアンジェラがカラカラと笑う。
「一人でも出席できるから別にいいじゃない」
えっ、そういう感じなの?乙女ゲームなのに???
「仲のいいかたは何人かいらっしゃるでしょう。まだこれからお誘いがあるのでは」
「誰の事?そんな人いたかしら」
えっ、えっ、何その反応。やめてよ、不安になってくるから。人探しや謎解きは進んでいないけど、ちゃんとマメに交流して好感度は上げていたじゃないの。
「オスカー様はどうですか?」
俺様喧嘩ップルのオスカーがメインシナリオではないかというのが私の推測だ。
今、時代は俺様。(勝手な持論です)レアリティの高いモノに人は価値を見出す。優しい男子が増えた時代だからこそ強引な俺様タイプは重宝されていると思う訳よね。
「ああいうの、仲がいいっていうのかなあ」
アンジェラにクスリと苦笑されて、私は少々イラッとした。何よ、私の喧嘩ップル推しに文句でもあるの。
「オスカーとは、驚くほど息が合う事もあるけれど、顔を合わせれば喧嘩ばかりよ」
ちゃんと喧嘩ップルのアイデンティティーを確立しているようだが、アンジェラの様子から脈があるようにはみえない。
「ではマーカス様は?」
体格差年下ワンコはこれでもかというほどキュンとくるわよね。当て馬にされることも多いから、対抗馬というイメージが強いけれど、人気があるから対抗馬なのよ。
「確かにマーカスとは仲良しね。でも弟みたいな感じよ。姉弟でプロムはないでしょう?」
油断しきっているわね。こっちもちゃんとシチュエーション成立してるじゃないの。なぜ進展しないのかしら。
「ジェフリー様」
「あの人って無礼よね。悪人じゃないことはわかるけど、疲れちゃうこともあるわ」
分かる。ツンデレってキャラだから許すけど、モノローグまできちんと見えなければただの無礼者だもの。現実にツンデレに萌えろってなかなか難易度高いわ。
「ではパトリック様」
「パトリックは卒業生じゃないけど」
「卒業生のパートナーなら一緒に出席できますよ」
「親しいけど、そんな関係じゃないわ。彼は沢山ガールフレンドがいるから」
チャラ男のシナリオでは、数ならぬ身の私と特別な私で揺れ動く乙女の心理描写がメインよね。でもあまりの塩対応に、私、心が折れそうだわ。
「リ…リュカオン殿下…とか…」
「全然親しくないわよ?」
知ってた……!
リュカオンは私が唯一前世から知っているキャラクターだから、攻略対象に加えていたけど、全く交流してないものね!二作目のメインキャラだから一作目には登場しないのかな!?
全滅じゃないの。
乙女ゲームのヒロインにプロムのパートナーがいないなんて世も末だわ!!
「でもそうね。こっちから誘ってもいいかもしれないわ」
私の心を知ってか知らずか、アンジェラが一筋の光明のような言葉を呟く。
「そうですよ!誘いは待つだけと決まったものではありませんから!!」
気を取り直した私だが、アンジェラの次の一言で再び固まってしまった。
「誰にすればいい?」
「わ、私が決めるのですか!?」
「あら、だってあなた、誰と誰の相性がいいか、好みにあうか、皆の相談にのっているんでしょ?」
そうでした、そうでした!そういうお見合いのやり手ババアみたいな設定で情報を集めているんでしたね、私は。
不覚。アンジェラ自身が選ぶものだと思っていたから全然答えを用意していなかったわ。
「えっと…少々お時間いただきたいです…」
「ええ、いいわ。…ああ!もうこんな時間!私行かなきゃ。それじゃまた」
席を立ち、颯爽と歩いていくアンジェラの背中を見送って、私は腕を組み、首が曲がる限界まで首を傾げた。
私がプロムのパートナーを選ぶなんて、責任重すぎやしないかしら?
どうしてこうなるの?
バグ?
いえ、バグとか言って現実逃避している場合ではないわ。
舞踏会やプロムなど、一対一になるこの手のイベントでは、ルートに入った攻略対象か、最も好感度の高い人物がパートナーになるのが相場である。
この学年末に及んで、まだ分岐していないルート説は捨てるとすれば、一本のシナリオの中で最も好感度の高い人物と結ばれるシステムだということになる。
プロムのパートナーを私が指定するという事は、その好感度の高い攻略対象を私が決めるということだ。
つまり。
それってつまり。
私はサポートキャラだったんだ!!
ヒロインの攻略対象や好感度を管理し、チュートリアルを指導したり、ヒントやアドバイスをくれる存在。
ギャルゲーではデータに詳しい主人公の親友であることが多く、乙女ゲーではしゃべる小動物だったりするマスコットキャラ。
私は小動物じゃなくて、ライバルになりえない幼女のマスコットキャラなんだわ!
今考えてみれば、いつも決まった場所に居て質問に答えるなんて、もの凄くゲームのキャラらしい存在だし、私の行動そのものがゲームに沿う形になっている。
考察の結果、導き出された素晴らしい結論に、思わず目がキラキラ輝いた。
サポートキャラなら破滅も転落も心配いらない。抗う運命もない。
これも情報集めで前向きに物語に関わろうという努力あってこその結果よ。
苦節4年。私はなりたかった職業を、いつの間にかきちんと手に入れていたのだ!
やったー!!!
憂いは晴れた!もろ手を上げて大喜びしたいところが、そうなると、今の攻略があまり進んでいない状況は、私がサポートキャラとしての働きが悪かったからということになる。
それはいけない。今からでもなんとか挽回しなければ!
モブから昇格し、サポートキャラという自覚を得た今!私には多少強引でも物語を動かす力が備わった様に思うのよね。
「……で?何で俺はこんなとこ座って新聞記事読まされてんの?」
顔が見えないほど、うずたかく積まれた、縮刷された十年分の新聞記事の向こうで、ケンドリックの不機嫌な声が聞こえる。今ケンドリックは凄い仏頂面をしているだろう。見えなくてよかった。
「だって……、さすがにこんな量一人じゃ読み切れないわよ」
クロードに頼んでケンドリックを呼び出し、私達三人は、優雅なカフェの丸テーブルに似つかわしくない新聞の山に埋もれていた。




