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人物紹介はお早めに

 とりあえず、昨日は誘拐されなかった。

 さあ、これからしばらくは没落や誘拐対策に向けて頑張っていこう。

 ヒロインと決まった訳でもないし、誘拐されると決まった訳でもないが、備えあれば憂いなしだ。

 私はメイドが身支度に来る前に起きだして、日記帳を取り出し、やることや思いついたことをどんどん書き込んでいく。

 ストーリーを知らない私は、前世で読んだ膨大な物語を参考に今後の展開を予想するしかない。

 登場人物が判れば大体の進行方向が判ると言っても、それすらリュカオン王子しか知らないのだから、とにかく情報収集して予想の精度を高めよう。

 まず自分の身辺調査から始め、ヒロインか否か、周囲に怪しい人物はいないかどうか洗い出す。そうしないと安心して夜も眠れない。

 平行して、没落の前兆がないか、親族が汚職を働いていないか、地図や地理も確認して万が一誘拐された時に逃げる算段も付けておこう。

「はぁ~、悪役令嬢だったら楽なのに…」

 その場合全てが杞憂に終わるがそれでもいい。努力が無駄になっても試練が無い方が良い。


 ノートを閉じると机に片付け、急いでクローゼットを物色する。

 母から譲り受けたものとおもちゃの混じるジュエリーボックスの中から金のチェーンを取り出し、同じく発見した宝石のブローチと昨日からポケットに入れていた家紋の指輪をチェーンに通して首から下げる。

 指輪は身分証明、ブローチは金策だ。

 ひとまずこれでいい。いざと言う時、金さえあれば何とかなる。

 メイドはまだ来ない。

 今度は机の中を物色して刃物を探す。手足を縛られるような状況に備えて隠し持っておくためだ。

 手紙用のペーパーナイフが数本あったが刃を殺したものばかりだ。

 別の戸棚のメイド用道具箱も改めると、鈍いが刃のついたペーパーナイフがあったので、素早く下着の腰に差し込み、かわりに自分のナイフを道具箱に戻しておいた。

 どうだろう、八歳の貴族令嬢にして、この堂に入ったコソ泥感。

 私、別に前世は女泥棒とかじゃなく普通の会社員だったけどなあ。

 完全に一仕事終えてから、メイドのノックの音が響いた。




 部屋にやってきたメイドに身支度を手伝ってもらい、ダイニングへ行く。

 家族だけの食事は専用の小さなダイニングで摂る。正式な晩餐用のバンケットルームは広すぎて不便だ。子供は晩餐会に出ないので、私はその場所をちらりと見た事しかないが、あんなところでは会話も一苦労で仲が悪くなってしまいそうだと思う。

 上座に座っていた父に挨拶して席に着いた。朝食は父と二人だ。

 母は病弱な事もあり、時間のかかる女性の支度を、早い時間から朝食に間に合うようにさせて負担をかけたくない、という父の意向で参加しない。

 定刻には少し早いが、温かい朝食が運ばれ始めた。


「お父様、私に護身術を習わせて頂けないでしょうか」

「それは構わないが、急にどうしたんだい?」

 父は突然の申し出に面食らっていたが頷いた。護身術を身に着けるのは良い事だから、ここはOK一択だろう。

「はい。昨日……」

「昨日!?まさか昨日、護身術を習いたいような出来事でもあったんじゃないだろうね?」

 人の好さそうな父の顔が、くわっと般若のように豹変した。今度はこっちが面食らってしまう。

「えぇ?いえ、違います。え、ええっと冒険物語を読んで、強いと格好いいなと以前から憧れていたんです」

 習いたい理由は誘拐・襲撃対策だが、以前冒険譚を読んだのも本当だ。父の形相が恐ろしくて、用意していた子供っぽいおねだりシミュレーションが吹っ飛んでしまい、私は焦った。

「それが昨日とどう繋がるんだね」

 理由を取り繕うのもそうだが、子供らしい表現をするのが難しく、しどろもどろになってしまう。子供らしからぬ難しい語彙は習っていないので、うっかり口走ってしまう心配はないが、私の思考回路と話す言葉が解離していて、口に出そうとした途端言葉にならないのだ。

「そ、それで昨日、王子殿下に上手にご挨拶出来たので、思い切ってお願いしてみようと思って…」

「ああ!そういうことかあ!わかったよ。女性が強くて損するなんて事はない。伝手で先生を探しておこう」

「あ、ありがとうございます」

 父はまたいつもの優しい顔に戻ってにっこり笑った。私はホッと胸を撫で下ろす。


 今のももしかして何か婚約に繋がるフラグだったのだろうか。

 勘違いした父親がけじめとして婚約を持ち出す、的な展開で。

 だとすれば悪役令嬢の可能性が高まった上に婚約回避も出来て、私としては上首尾だ。すごいぞ。天が私に味方している。

 いやいや、仮定の話で油断はすまい。もっと状況証拠を固めて行こう。まずはこの父親だ。


 私の父、バーレイウォール侯爵は広大な領地を治めている他、宮廷にも出仕していたはずだ。

 一般的に、整った容貌は人に善良な印象を与えるらしいが、それを最大限に活かした穏やかで誠実そうな身なりと表情で、好青年のお手本と言った風だ。

 しかし見た目通りに人が良いだけでは、宮廷で政治の駆け引きは務まらぬだろう。さっきの表情を見ても、とんだ食わせ物に違いない。

 これは『実は見た目に反して悪人で実家が汚職パターン』か、『曲者だが善良で仕事は有能パターン』かのどちらかだろう。

「昨日は偉かったね、ローゼリカ。挨拶も上手だったし、王子殿下とも仲良く遊んでいた。王太子殿下にお褒めの言葉を頂いて、お父様も鼻が高いよ。お前が言い出さなくても、ご褒美をあげようとは思っていたんだ。習い事以外にも欲しいものがあるなら言ってごらん」


 ここは子供らしく話に乗るのが吉!しかし急に言われても思いつかない。何か…何か、わざわざ頼まないと貰う機会のなさそうな、今後の役に立つものを…。

「ええとお、冒険…冒険の…」

 方位磁針か万能ナイフ?でも単品で何がいいか決めきれない。なんというかこう、小道具集とか七つ道具とか、色々なものをふわっと包括する感じでまとめて頂きたいのだが。

「冒険セット…?…が、欲しいです」

「ローゼリカは今冒険譚に御執心なんだね。お父様も昔夢中になったよ。じゃあ昔を思い出して、冒険遊びが楽しめそうな道具を用意するからね」

 父はカップの中身を飲み干してスッと席を立った。いつの間にか食事を終えていたらしい。

「今日は書斎で仕事をするからもう行くよ。お前はゆっくり食べなさい」

 仕事や親族のことについて聞きたかったのだが、またの機会に譲るとするか。




 食後は屋敷の中を歩き回り、その構造を必死で頭に叩き込みつつ、ついでに隠し部屋や通路がないかも探ってみる。

 しかし貴族の屋敷という物は複雑で、家人用の部屋や設備がいくつもあるのとは別に、客人用の部屋やサロン、使用人用の控室や通路もあって、半日そこらで何とかするのは無理だとすぐに分かった。

 八年間暮らしてきた家ではあるが、これまでは自分が使うごく一部の場所しか行き来していなかったのだと実感する。

 特に使用人が当たり前のように使っている通用口などはほとんど隠し扉で、どこがどのように繋がっているのか把握するには労力がかかりそうだ。

 壁の分厚さや扉の感覚の不自然さ何やかんやで、劇的に秘密の空間を発見できないものかなーという期待を捨て、コッソリ母と執事にその有無を尋ねると、母の部屋と私の部屋に一つずつパニックルームが、父の書斎に一つ大き目の隠し金庫があると教えてくれた。

 今日の所は自室から出入口へと、母の部屋への経路を確実に覚え、パニックルームの入り方を練習して、残りは後日継続調査とする。


 続いてオペラグラスを片手に屋敷の高い所へ上り、周辺を見渡す。

 侯爵邸の広大な敷地には、本邸と使用人寮、コンサバトリー、ガゼボ、厩舎、納屋が同じ様式の見事な統一感で立ち並んでいる。門の数と位置、屋敷の出入り口から門への道順を確認。目印として庭の配置物を覚え、門の外も観察しておく。

 明日は自分の部屋から門まで何度かダッシュしてみよう。それから隠れるところもいくつか見つけておくといいかもしれない。

「姫様、そろそろ家庭教師の先生がいらっしゃるお時間です」

 私はオペラグラスから目を離して踏み台に上げた片足に肘をつき、ふーとため息をついた。気分はすっかり下準備をする狙撃兵だ。

「今行くわ」

 やることが…やることが多い。




 さあ勉強も張り切っていこう。

 たしなめるメイドの声を振り切って学習室までダッシュすると教師の到着より早かった。セーフ。

 学習室は図書室に併設されており、廊下から入る扉の他に図書室直通の扉もある。

 そこから図書室の子供向け物語の書棚に直行し、冒険譚や少し怖い童話をいくつか見繕った。

 朝の父親とのやり取りに真実味を持たせるためでもあるし、私の行動様式が突然変わった理由を尋ねられた際は、だいたい何でも書物のせいにするためだ。

 転生し記憶がなくても私は私であったようで、この書架からよく本を選んでは読んでいた。

 学習室に帰る前にもう一度図書室を見渡す。

 個人所有とは思えないほどの立派な書庫だ。天井までの書架がずらりと並んで圧巻である。立派な装丁の背表紙を見て、学生時代、全集本を読むために籠っていた大学図書館を思い出してうっとりした。

 ここの本もそのうち読んでみたい。


 学習室で本をめくる前に教師が現れた。まだ若いガヴァネスだ。

 勉強はどこまで進んでいるのだったか。途中でアラサー人生分の記憶が丸ごとどっかり割り込んできたので、昨日の事でも、見合い以前がはるか昔のように感じる。

 たしか国語は一通り文字の読み書きを習い終わり、文法や慣用句も学んで表現力を広げたり、美しい文字を書く練習をしていたように思う。本好きなので国語の勉強は順調なのではないだろうか。

 算数は二桁の引き算。私はどうもコレが苦手だった様で中々次に進めないでいた。

 だが今は続きを悠長に学んでいる場合ではない。

 ガヴァネスに頼んで今日は急遽、我が家に焦点を当てた地理と歴史の基礎知識に切り替えてもらった。

 興味を持った時が勉強し時だと、喜んで変更してくれた。


 それによると。

 我がバーレイウォール侯爵家は、ユグドラ王国北辺の国境に大領地を構える古参貴族である。約300年の建国以前から土地に根付いている豪族で、国土統一に際して王家に恭順した。

 日本で言う所の本領を安堵された外様大名みたいな感じね。

 所領の大きさから伯爵位を賜ったが、山脈を挟んで北東に位置する隣国ルーシャンとの国境に位置することから、外交にて国政の安定に尽力し、ほどなく侯爵に叙せられたという。

 以後もルーシャンを始めとした諸外国との外交に力を発揮し、国内外に複数の爵位を持って権勢を誇っている。

 伝統と信頼を武器に、じっくり双方有益な落としどころを探る誠実で正統派の手法は、世間からも王家からも評価が高い。

 国益を担う外交を生業としているからには、当主はただのお人好しでは務まらないだろうが、強引なやり口で恨みを買っている様子はなさそうだ。

 また領地経営も順調で外交官の傍ら交易事業も手掛けている関係で財政は潤沢、さらに国境領地で自衛も厚く武力方面の備えも万全ときた。


 家の設定に全く隙がない。調べた所までの感触では、十中八九、私は悪役令嬢ね。最上位の公爵ではないといっても、何しろ家の権力が強い。

 ヒロインかもしれない理由があんまり悪役顔じゃない、というだけなのに対して、悪役令嬢に相応しい条件は揃っている。たぶん本人以外は悪くない甘やかされたが故の我儘令嬢タイプ。説得力の増すことに一人娘だし。

 どの立ち位置にしても起こりうる汚職による没落や、怨恨と自衛不足による襲撃も警戒していたが、概ね大丈夫そうだ。大体の不安は払拭された。


 後は侯爵邸の場所や王城との位置関係を駆け足で勉強し、少々延長してもらったものの、昼が来て時間切れとなった。あとは地図でも見て自分で勉強するとしよう。

 状況を整理するためにはまだまだ勉強すべきことが山ほどある。文化が違う国語はともかく小学生レベルの算数は退屈だ。参考書を読んだら突然悟ったとかなんとか誤魔化して、算数は確認テストのみにしてもらい、その時間は政治経済を学ぶことにした。



 

 母と昼食を終えたら習い事の時間、その合間に父の書斎へ突撃だ。

 はー、忙しい忙しい。

 大事な物といえば書斎。大型金庫もあるそうだから、何かと見ておいて損はない。契約書やら帳簿を調べて仕事が評判通りなのか裏を取りたいし、それが無理でも父の仕事を手伝うなりして、情勢に詳しくなっておきたい。

 私は口実をいくつか考えてから、扉をノックした。予想に反して、名乗っただけで入室を許され、執事が中から扉を開けてくれる。

「ちょうど良かった。お前が八歳になったら付けようと思っていた近侍と侍女が挨拶に来ているんだ。紹介しよう」

 八歳から専属使用人二人とは、さすが侯爵家は豪気ですなあ。

 手招きされるまま、机の前に回ってきた父の隣へ近づき、掌で示された方をくるりと振り返った。

 今まで死角になっていた扉と執事の陰に、どう見ても私と同年代の子供が二人いる。

「近侍のクロードと侍女のシャロンだ。仲良くするんだよ」

 ひえッ、児童労働…。

 前世の感覚でアワアワしている私に気付くことなく、父に促されて少年が前に進み出た。

「姫様、クロードと申します。これから精一杯お仕えいたします」

 クロードは愛想よくにこっと笑う。ブルネットの髪にくりくりした明るいヘーゼルアイで肌が白く、女の子のような優しい顔をしている。

 随分綺麗な子ね。

 私にまじまじと見つめられているクロードの隣に、続いて少女が進み出た。そちらに視線を移した途端、私は驚きのあまり息を飲み思わず叫んでしまった。


「すッッッ」


 突然の大声に、その場にいた全員の視線が私に集中する。

「…す?」

 あまりの美しさに再び記憶が甦った…


 …りは、しなかった。

「ッッッんごい可愛い!」

 物凄い美少女だ。

 子供らしい小さな丸顔。ブラウンの髪にスミレ色の瞳。零れ落ちそうなくらい大きな目は、濃い色の睫毛に縁どられてくっきりとしていて、涙袋も手伝って大きすぎるぐらいだが、はっきりとした太い眉とはバランスがちょうど良い。バラ色の頬にぷっくりとした紅い唇、そこから覗く白い歯並びまで美しい。

 当の本人はきょとんとしていたが、私が釘付けになっているのを見て取ると、驚いて他にも人が居るのかと後ろを振り返った。

 いやいや、可愛いのはあなたよ。決まっているでしょう。

 次第に他の者の視線が私からシャロンに移り、彼女は思い出したように挨拶して頭を下げた。

「あ、あの、姫様。シャロンと申します。未熟者ですが、何でもお申し付けください」

 そうして再び上げた顔も完璧だ。端正な事は勿論、機転の早さと意思の強さが表情に表れながら、そこはかとなく庇護欲をかき立てる愛らしい容貌。


 これぞヒロイン。

 これはもう決まりよね。

 ヒロイン見つけたわ。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何か、主人公の言動がさっぱり理解出来んなぁ・・・ 何かこう、主人公の頭の中に常人の思考では及びもつかない「乙女ゲーカオス理論!」みたいなのがあって、それを元に行動していると言うか・・・…
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