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思ってたんと違う

思っていたより長くなってしまって遅れました。

もっと丁寧に描写したかったのですけど、これ以上時間をかけても改善しそうにないので投稿します。

 私のカバンに入っていたレターセットでヴィクトリアに、アンジェラとアシュレイを呼び出す手紙を書いてもらっているうちに、私は化粧品と食料品の調達に走った。

 今日は鍛えたダッシュが大活躍!日頃の努力が役に立つっていいわね。

 カフェでテイクアウトのサンドイッチを手早く選んでいると、背景の消失点の端のほうから、黒髪の少年が土煙を上げて猛然とこちらへ走ってきた。

 影がずいぶん小さいうちから、それが誰なのかわかり、私はすっと青ざめた。

 しまった。クロードのこと忘れてたわ。

 前の授業の終了後にテラスで待ち合わせをしていたから、約束の時間から一時間弱が経っている。最初は待ち合わせ場所で待っていたとしても、ゆうに30分以上は私を探していただろう。悪い事をした。


 クロードはトップスピードで走り寄ってきて、まったくスピードを緩めず、追突するように私を抱きしめた。

 ので、私の喉からは思わずカエルが潰れるような声が出てしまった。まあ、前世でも今世でもカエルを潰したことはありませんけど。

「ローゼリカ……!!!!!!」

 大量の感嘆符と共に、クロードの抱擁は私を固く締め付ける。

 美少女顔に似合わず、力が強いな、クロードは。

「ああ、良かった。心配しました…!大切なあなたに何かあったらと、僕はもう悪い想像ばかりしてしまって…」


 うぐ!苦しい!

 クロードは覆いかぶさるように私を抱え込んで、腕にぎゅうぎゅう力を込めたので、私は肺が締め付けられて息も出来ないほどだった。

 あなたの大切なお嬢様は、口から内臓が飛び出るは言い過ぎでも、割と胃液が飛び出しそうなくらいには苦しいわ。

 これは再会のハグじゃなくて、完全に愛しちゃってる方の抱擁だからね。

 サンドイッチ売りのお姉さんも驚いて目を丸くしてるわよ。

 ごめんなさいね、目の前でこんなことになって。今すぐに宥めますから。

 私はクロードの背中に腕を回して、優しくさすった。

 ようやく体を少し離したクロードは静かに大粒の涙をポロポロ零していた。


 わあ。美少年の涙ってキレーイ!

 いや、そんな場合じゃなわね。いけない。自分の欲望に忠実すぎるわ。

「泣かないで、クロード。待ち合わせの約束守らなくてごめんなさい」

 学校は安全な場所だし、そんな泣くほど心配しなくていいと思うんだけど、そんなことを正直に言ったら余計に怒られるだけなので、黙っている賢い私なのだ。

 私はハンカチでクロードの目元をこすらないように、そっと押さえて涙をぬぐった。クロードは大人しく涙を拭かれている。

「本当に悪いと思っているわ。言い訳になっちゃうけど事情があったの。きちんと説明するから許してね」

「そんなことはわかっています。ローゼリカ様が、大した理由もなく約束をすっぽかしたりなさるようなかたでない事は、この僕が、一番わかっているつもりです。だから、きっと何かあったのだと心配でたまりませんでした」

 なるほど。それもそうね。私が品行方正な人間だからクロードも心配してくれたのよ。

 本当に危ない有事の際にも、クロードが心配して探し回ってくれるというのは有難いわ。やはり大切なのは日ごろの行いと信頼関係よ。今後とも真面目に誠実に務めてクロードの信用を守り育てなくちゃね。

「ありがとう。今回は何ともなかったけど、あなたが心配して探してくれたのは嬉しいわ。これからは頑張って約束守るからね」

「あなたがご無事なら、僕からはもう何も」

 クロードにとってアカデミーに通う事は、私のお目付け役も兼ねていて、仕事半分学業半分。そりゃ必死にもなるってものだ。なるべく業務に協力的でいよう。

「時間が無いから、事情は移動しながら話すわ。行きましょう」

 私はもう一人分サンドイッチを追加で買い、飲物を調達して、女子寮までヴィクトリアの化粧品を取りに行った。分担した方が早いとは思ったが、クロードは頑として別行動を取らなかったので仕方ない。

 私達は物資を補給して、演奏室から、ヴィクトリアが押さえてくれた、監督生が優先的に使える談話室に移動した。

「腹が減っては戦は出来ぬ。まずはガッツリ腹ごしらえして英気を養いましょう!」




 クロードはヴィクトリアとランチを共にするのは落ち着かなかったようで、さっさと自分の分を平らげ、テキパキと私達の飲物の世話を焼き、さらにはアシュレイとアンジェラ宛ての手紙を届けてくると言ってそそくさと談話室から退出してしまった。

 私も行くと言ったのだが、戻ってくるまで談話室から出るなと一刀両断されてしまった。さっき約束をすっぽかしたばかりなので、ここは屁理屈をこねずに、言う事を聞いておこう。ちょっと怖いし。

 ヴィクトリアはさすがお姫様なので食べるのが遅い。

 私が話し合いの為の机と椅子をセッティングし終わったところで、ようやく食事を終えた。

「椅子を四つ用意して、ヴィクトリア様はどこかに初めから座っておきます。アンジェラ様には向かい側へ、アシュレイ殿下には自由に座っていただきます。その時、アシュレイ殿下がどう取り繕おうとも、アンジェラ様の方へお座りになったら望み薄だと思います」

「わかりました」

 丸い形は人間関係を円滑にすると聞いたことがある。しかし妥協して上手く丸め込まれては困るので、あえて机は四角を選んだ。

 向かい合わせは対立の位置、隣りあわせは友好の位置関係だ。アシュレイは婚約者であるヴィクトリアの隣に座るのが自然で、そうならないのなら何か思惑があると考えて良いだろう。


 コココン、と談話室の扉をノックする音が響いた。

 クロードが帰ってきたのだと思い、扉を開けると、前に立っていたのは、手紙を受け取ったのであろうアシュレイだった。

 絢爛豪華でキラキラした美しい王子が突然現れたら心臓に悪い。普段から美形に囲まれて見慣れている私でなければうっかり天に召されていたんじゃないか。

 ヴィクトリアが呼び出した約束の時間まではまだ一時間ほどある。アシュレイが約束の時間より早く来たのは良い兆しだ。ヴィクトリアの事が放っておけないからだろう。しかしヴィクトリアはまだ身支度が済んでいない。

「やあバーレイウォール、こんにちは。ヴィクトリアは?」

「ご在室ですが…」

 身支度は女にとって武装と同じだ。ビシっと決まっている時とイマイチな時とではメンタルの強さが変わってくる。大事な戦いには万全の装備で挑んでもらいたいので、私は時間稼ぎを試みようとしたのだが。

「それはよかった」

 アシュレイは扉の前に立ち塞がるように立つ私の脇をするりと抜けて談話室に入ってしまった。

 ぐぬぬ。不覚。どんくさい私では洗練された動きのアシュレイを阻むことはできなかった。


 ヴィクトリアもクロードが戻ってきたと思っていたのだろう。アシュレイの姿を見て慌てて立ち上がった。

「アシュレイ殿下!手紙には、ランチの後、午後の始業時間にと書きましたのに」

「こんな手紙で呼び出されて、気もそぞろで昼食どころではないよ。何かあったのか?」

 アシュレイは懐から出した手紙をヒラヒラさせながら、ヴィクトリアの方へ歩み寄ろうとして、突然はっと息を飲んだ。

 それまでの優雅な足取りとは一変して、乱暴に絨毯を蹴り、一気に距離を詰める。

 私はその素早い動きに声を上げることも出来ず、喉が張り付いた。

 アシュレイは襲い掛かるようにヴィクトリアを抱きすくめた。

「ヒエッ」

「ヴィクトリア!私の気持ちに気付いてくれたのか、ありがとう!」

 私は、アシュレイが対応しきれないようなスピードで動いたので、何か恐ろしい事が起こるように思ったのだが、全然そんなことはなかった。思わず叫ばなくてよかった。

 アシュレイはヴィクトリアの腰を抱き寄せ、顎を取って上向きにした瞳を至近距離で覗き込んだ。

「綺麗だよ、ヴィクトリア。私は君の丸くて大きな銀色の瞳が、満天の星空よりも美しいと思っている。吸い込まれそうだ。時間を忘れて眺めていたい」

「ち、近い…」

 いや、ここ二人きりでもなければ、満天の星空の下でもないんですけど…。

 なんか聞いていた話と違うな。

 もしや私が見ているから、今は『人前親切モード』なのだろうか?でもこの距離間が普通なんだったら、二人きりでそっけないぐらいがちょうど良くない?こんなにべったりくっつかれたらウザいじゃないの。

 私の思いが視線から伝わったのか、ヴィクトリアは必至にこっちに目配せを送って、ブンブンと首を横に振った。

 ヴィクトリアも慌てている。どうやらいつもと様子が違うらしい。

「何なのですか、一体」

 それはこっちのセリフだ。


 アシュレイは抱きしめるだけでは飽き足らず、さらに密着しようとし、ヴィクトリアは嫌がってアシュレイの顔を少しでも遠くへ押しやろうとする。アシュレイは全くめげず、ヴィクトリアも手加減しないので、端正な顔が押しつぶされて全力の変顔だ。

 いくらなんでも酷ない?

 本物の美形ほど、どうあがいても美しい自信があるのか、変顔にも動じないように思う。だが美形の顔はもっと丁重に扱ってもらいたいものだ。

 ヴィクトリアは顔を真っ赤にして、目で助けを求めてくる。

 悪くない。とてもいい眺めだわ。控えめに言ってムラムラする。

 しかしいつまでもそうしていたら信用を失いそうなので助け船を出すことにした。


「ヴィクトリア様は恥ずかしがっておいでです。離して差し上げては……」

「嫌だ!約二年ぶりの、似合わない化粧をしていないヴィクトリアだぞ!たとえ国王陛下に諫められたとしても、あと一時間は離したくない!!」

 清々しいほどの断りっぷりね。いっそ好感が持てる。

 ヴィクトリアはアシュレイの断言を聞いて脱力し、諦めて腕の中に大人しく収まった。

 約二年か。いいぞ。要はそういうことね。

「ヴィクトリア様がツリ目の化粧を始められたのは二年前ですか?」

「ええ、二年前、15歳で女子が沢山入学する機会に、もっとしっかりして見られるように今の化粧を始めました」

 そして、二人が疎遠になり始めたのも二年前だと。

「バーレイウォール、君が化粧について進言してくれたのか。感謝する。君は私の恩人だ」

 大袈裟。

「では、アシュレイ殿下は、ヴィクトリア様の化粧が気にくわなかったので、そっけない態度を取っていらしたということでしょうか?」

「そっけない態度?私が?それはヴィクトリアの方だろう。人前では婚約者の面目を保ってくれていたが、二人きりになると態度が冷たくて。私達も年頃だから、警戒されているのだろうと、気を使っていたつもりだが」

 わかる。さっきの激しい嫌がり方といい、ヴィクトリアってちょっとツンデレ気味だよね。そこがいいけど。


「そんな!どう考えても冷たかったのはアシュレイ殿下だと思います。黙り込んでしまわれることも、険しい表情をしていらっしゃることもありましたわ」

「君の可愛らしい顔に変な化粧が乗っていたら、不機嫌になる権利くらい、私にもあるだろう」

「でも、そんなことでしたら、どうしてもっと早く仰ってくださいませんでしたの」

「女性は、男の好みに合わせるのではなく、自分の思う通り自由に装うべきだ。意見を求められたらとは思っていたが、君はそんな素振りを見せなかったし」

「だって、守られるだけの頼りないわたくしでは殿下に相応しくない思って」

「ずっと見ていたから、君の努力は知っている。でも二人の時まで強そうに振る舞う必要はないだろう。私の方こそ、頼り甲斐がないのかと」


 わかったわ。仲良く喧嘩してください。

 そんな寄り添って喧嘩されてもノロケにしかみえないけど、思う存分やるがいい。

 二人きりの時に。

 理由はちょっと予想の斜め上の下らなさだったが、誤解とすれ違いが解消して何よりだ。

「ヴィクトリア様は、アシュレイ殿下のお心が離れてしまったと悩んでおいでだったのです」

「そうだったのか。君はとっくに私の気持ちを判っていると思っていた」

「わたくしは、てっきり、アシュレイ殿下のお心はアンジェラ様に移ってしまったものと思い込んでしまって…」

「ん?何故そこでホワイトハートが出てくるんだ」

 アシュレイは心底意味が解らない、という風に首を傾げた。

 やっぱりそうだよね。ないわないわと思っていたのよ。

「ですから、申し上げましたでしょう、ヴィクトリア様。アンジェラ様はこの件に関係ありませんって」

「まあ、そう。わたくしの勘違いだったのですね。恥ずかしいわ」

 アシュレイは腕の中のヴィクトリアをうっとりと見つめた。

「好きだよ、ヴィクトリア。君が納得するまで何度でも言う。私はもうずっと、君以外目に入らない」

「わたくしも、ずっと殿下をお慕いしておりました」

 よおし!付け入る隙も無いくらいくっついたわ!私の仕事は完了よ!グッジョブ!

 その時、ガラガラっと情緒の無い音を立てて談話室の窓が開き、アンジェラが窓枠を乗り越えて入ってきた。手紙に書かれた呼び出しの時間ぴったりである。

 本来ならば、ここから対決が始まるはずであったのだが、もうすでに問題は解決してアシュレイルートは潰れてしまった。ヒロインの出る幕はないのだが…。

「そんなぁ~。アシュレイ殿下は私の初恋の人だったのに~」


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