ずっと俺のターン!
「責任…ですか?」
「その通り!決まった女性がありながら、他の女性にうつつを抜かすのは、どう考えても男が悪い!!それなのに、物語で描かれるのは、女同士の血で血を洗うような愛憎劇ばかりです。嫌味の応酬に意地の張り合い、嫌がらせ。あの手この手で繰り広げられる醜い争いは、読み物としては面白いのかもしれませんが、不毛の一言に尽きます。そんなことをしている暇があるのなら、真ん中でのらりくらりヘラヘラとしている男をキュッと捕まえてキャンと言わせてやればいいんです!」
私は拳をシュッシュと振り回し、小突き回す真似をした。
が、根っから育ちの良いヴィクトリアは、私が何をやっているのかわかっていないようだった。
「でも、わたくしたちの婚約は政略的なものです。アシュレイ殿下のお心が移ったとしても、責められないのではないでしょうか」
「結婚、それに準ずる婚約は家と家の契約ですよ。政略ならば尚のこと、たくさんの利権が絡んでいるでしょう。破棄にもそれなりの話し合いと手順が必要です。それを一方的に反故にするような行動は、明らかな裏切り行為です!ヴィクトリア様はお家のためならば愛のない結婚も覚悟された。たとえあなた一人が涙を呑まれたとしても、大切な家への侮辱は許されません。軽んじられた家名は妹君たちの結婚にも影響します」
「そうね。わたくしの行動で妹たちの将来に影を差すようなことがあってはなりません」
「大変結構。その意気です。大体、同時進行で婚約者をキープしておいて、別の女とうまくいきそうになってから乗り換えるなんて卑怯じゃありませんか!もしも好きな人ができたのならば、きちんと先約を解消してから、チャレンジすべきではありませんか!?そういう順番を取り違えて、不義理をする人間は信用なりません」
そうよ。まずそこがモヤっとする。物語の中でも、現実でもよくあることだけれど。
悪役令嬢が婚約破棄される話は、同時進行の二股野郎のくせにデカい顔してんじゃないわよって思う訳。せめてもうちょっと申し訳なさそうな顔しろ、と。私が公開処刑に居合わせた衆目の一人なら、結局誰が悪かろうと全員の株ガン下がりだわ。
「あなたのおっしゃりたいことは分かりますが、まず婚約破棄するというのは勇気がいるのではないですか。意中の女性とうまくいかなかったら元に戻るというわけにもいかないでしょうし」
「当たり前ですよ!元さやに戻ってたまりますか!婚約者を袖にして真実の愛に挑戦するとはそういうことです。失敗したら待っているのは数段条件の悪い結婚相手です。
『本当に愛しているのは彼女だけだ』
でコトが済んだら、この世に政略結婚は存在しませんよね。そもそも政略自体を舐めてますよね。そこには、個人の力ではいかんともしがたい事情があるから、家同士のつながりを作るわけでしょう。政略結婚を破棄した損失を、どのように相殺できるのかって打算は事前にしておくべきですよね!そういうことを考えた上で、覚悟の行動であれば、まだ評価しますが、大抵が行き当たりばったりの考えなしで、脳みそお花畑状態野郎が、周囲への影響も考えずに、悲劇を引き起こすんです!」
「それは…物語のお話ですよね?」
「そうですとも!でも理屈としては現実と変わりません」
「アシュレイ殿下はそのようなかた方ではありませんよ。深謀遠慮のご立派なお人柄です」
「ヴィクトリア様がそうおっしゃるのならば、それが真実でしょう。しかし、悪いのが本人とは限りません」
どうにもアシュレイを悪者にする筋書きは食いつきが悪いようだな。確かな信頼関係があるらしい。これはますます以って、アシュレイがよそ見をしている可能性は低そうだ。
「周りの取り巻きかもしれませんし、第一王子の失脚を目論む第二王子勢力の手の者が、先方の女性、この場合はアンジェラ様をそそのかしている可能性もあります。
『アシュレイ殿下と婚約者は政略的な繋がりでお互いを疎んじている。君のような政治に疎いぐらいの女性のほうが、殿下はお心が休まるだろう』
などと嘘を吹き込んだとしたらどうでしょうか?」
「人の心をもてあそぶとはなんて卑劣な。許せません」
「あなたとて、殿下の周囲の人間すべての人柄や思惑にまで責任を持つことはできないでしょう」
「なるほど…。そのような下らない勢力争いに対して、充分教育されたわたくし達ではなく第三者を使うのは、悔しいけれど有効と言う訳ですわね」
政治の話になった途端、ヴィクトリアは少女の顔から未来の王妃らしい顔つきになった。
「あくまでもたとえ話ですが、もしもこのような状況だった場合、ヴィクトリア様が身を引いても誰も幸せではありません。卑劣漢だけが得をするという残念な結果になります」
「わかりました。決断する前にまずは直接お話を聞いて確認する必要がありますね。初歩的なことなのに、わたくしはうろたえていました」
よし、これでいい。この人は勘違いしてすれ違って、勝手にこじれてゆくタイプのようだから、正義感からでも真実を知ろうとすれば、誤解もわだかまりも解けるだろう。
「ここまで話したのは、最悪の想定です。すべては勘違いという事もありえます」
「常に最悪に備えるというわけですね。堅実でよいと思いますよ」
「楽観的と思われるかもしれませんがお聞きください。証拠を集め、いざ現場を押さえるために二人の前に突入したら、殿下の手にはヴィクトリア様のお名前が刻まれた特別なプレゼントが、という事もありますし、むしろ私はコレが一番可能性としては高いと思っています」
「それはどういう状況ですか?」
「実はアンジェラ様とアシュレイ殿下が放課後にコソコソ会っていたのは、ヴィクトリア様へのプレゼントの相談に乗ってもらっていたという真相です」
「そんな都合の良いことが…?」
「よくあるパターンですよ」
「よくあるぱたーん…」
私がキリっと宣言するたびに、ヴィクトリアは奥歯に物が詰まったような微妙な表情をする。
「でもそんな物語みたいなこと、期待してみる気にはなれません」
「何をおっしゃいます!ヴィクトリア様は乙女が憧れるに足る、物語の中のような姫君です!ドラマチックな出来事が雨あられと降り注いでも、何の不思議もありません!!」
私は興奮して、声を大にして請け負った。
「面白いかたね、ローゼリカ様。でもあなたが言うなら」
「すでに身を引く決心をなさっていたヴィクトリア様には蛇足かと思いますが、もしもアシュレイ殿下が、私の予想に反してアンジェラ様を選ばれた場合も、やはり結婚前にわかってようございました、と私は申し上げます。結婚と婚約は全くの別物です。婚約はまたし直せばいい。けれど離婚ともなるとそう簡単にはいきません。今一瞬の悲しみは、長い結婚生活でないがしろにされ続ける悲しみより遥かに小さい」
この世のすべての悪役令嬢よ。なぜそれがわからない。
「人の心はどうしようもないことです。愛し合う二人を引き裂くために、一時的に不利益や小細工で縛っても、自由になろうとする反動が強くなる。無理やり自分のものにしても、心まで手に入るわけではありません」
強い力で手綱を引かなければ引き裂けないような二人は、少しでも力を緩めればまた惹かれあってしまう。
結婚はゴールではない。
一生力任せに相手を引きずる人生に安らぎはあるのか。二人で歩むべき長い道のりを、果たして一人で、二人分の重さを抱えてどれほどすすめるものなのか。
「もしも、いずれ気持ちは変わると信じるならば、相手よりも自分の気持ちが変わることを信じましょう。人の心よりも、自分の心を変えるほうが簡単です。たとえこれが運命の恋でも、運命の恋は上書き可能なシロモノだと知らない人が多すぎます」
ヴィクトリアは瞳に浮かび上がった涙を一筋美しくこぼした。そして豊かな胸の中に私をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。すでに一人で散々悩みました。今は味方のいることが心強い。わたくしに必要な面目をあなたが守ってくれた。だからあなたを信じます」
これが最善だと判断したからだが、私の独断で勝負を仕掛けさせるのだ。負けた時のアフターケアはせめて万全にさせていただきたいところだ。
「涙は充分流しました。何から始めますか?何か考えていらっしゃるのでしょう。あなたのプランを聞かせていただける?」
「単純なことです。二人を呼び出して、直接対決と行きましょう」




