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空気読まずに申せよ乙女

「待ってください。アンジェラは様は今関係ないですよね?」

「えっ?」

 語りに水を差されて、ヴィクトリアは一瞬きょとんとした。

「あ、えーっとそれは…。アンジェラ様は最近アシュレイ殿下と仲が良いのだけれど、殿下の方で女生徒に丁寧に対応されることは、これまで全くなかったのです。きっと殊の外お気に召したのだろうと思います」

 先ほどアンジェラを取り囲んでいた女生徒達も、アシュレイがアンジェラにかかりきりだと言っていた。

 しかし私の得ている事前情報では、各攻略対象との親密度は浅く広く横並びのはずである。

 どういう事だろう。

 アシュレイの好感度が他よりほんの少し高く、規定値を超えたためにイベントが始まったという事は十分考えられる。だが初期に分岐してしまうシナリオでなければ、アシュレイルートへの突入はまだまだ防げるはずだ。


 私はこの健気なヴィクトリアを応援したい。何より報われてほしい。

 アンジェラだって応援してやりたいが、アシュレイしかいないヴィクトリアと違って、アンジェラには並み居る他の攻略対象が順番待ち状態だ。相対的に優先度も下がる。

 それに、王妃というのは全ての貴族女性の上司のような存在だ。一人の貴族の娘として、将来的に上司と仰ぐなら、破天荒なアンジェラよりも断然、生え抜きエリートのヴィクトリアだと思う訳だ。


「アシュレイ殿下とアンジェラ様の仲が良いとは、具体的にどのような事でしょうか?アンジェラ様を気にかけている男子生徒は他にもいますし、私の知る限り、殿下と特別懇意にされている様子はありません」

「交友関係にお詳しいという噂は本当でしたのね。そうですね…、放課後を一緒に過ごされることもあるようですが、主にダンスの授業です」

「ダンス?」

 放課後の事は存じております。日替わりで攻略キャラと過ごしてますけど、頼み事だったり、用事だったり補習だったりで、今のところ深い意味はないので大丈夫です。

だが、キャラ設定的にも在籍年数的にも明らかにダンス上級者であろうアシュレイと孤児院育ちのアンジェラが同じダンスクラスと言うのは納得いかない。

 

 私のいぶかし気な表情を、ヴィクトリアはすぐに見て取った。

「あなたはダンスの授業を取っていらっしゃいませんのね。自然に親しくお話しする機会が得られて、相性をみることもできますから、結婚相手を探しに来ている女生徒には大変人気のある授業なのですよ。でもあなたには必要ありませんわね」

 ヴィクトリアがほっこり笑って、またしても花のエフェクトが散った。

 確かに家でも練習できるダンスの授業は取らなかった。

「でもそれは、ヴィクトリア様も同じかと思いますが」

「ええ。わたくしとアシュレイ殿下は、ダンスが不得手なかたをリードする練習として、授業を受講していますの。社交手段として様々なかたと踊る機会がございますから。それに、後進を導くのは先達の務めですもの」

 はー、かっこええ。上級者はやっぱ言う事が違うわ。

「わかりました。ダンスを始めたばかりのアンジェラ様と、上級者であるアシュレイ殿下がペアを組むことが多いのですね」

「仰る通りです。その授業で、アシュレイ殿下を独占してしまわれるので、恥ずかしながら、わたくしを含め、心中穏やかでない者も、中には居るという次第です」

 ホント遠慮ねーな、あいつ。鋼の心臓は立派だけど、記念にアシュレイ殿下と踊りたい女生徒だっているだろうに、思いやりが足りないって言われても仕方がないわ。


「お話をお聞きするところ、独占と言っても理由はハッキリしています。上級者同士のお二人がペアを組むことが出来ないのですから、ヴィクトリア様がお気を揉まれるようなことは何もないように思います」

 ヴィクトリアはだんだんと落ち着いてきたようで、聡明で穏やかな普段の彼女に戻りつつあった。

「あなたにそう言っていただけると励まされます。けれど、アシュレイ殿下は、そんなことをすれば周囲の不興を買うという簡単な事が、判らないかたではありません。そこには、特別な思いがお有りなのだと思います。きっと、アンジェラ様の強さに惹かれ、わたくしなどよりも、素晴らしい妃の資質を見出されたのでしょう」

 いやー、ないわー。絶対とは言い切れないけど、大概ないと思う。

 だってすでに不興買ってんじゃん。爆買い状態じゃん。不興の玉突き事故よ。

 前途多難、波乱万丈。幸先最悪。この国の行く末が危ぶまれるレベル。

 資質ナシでしょ。そんな簡単な事が判らないかたじゃないって、そっくりそのまま返すわ。


 アンジェラが女生徒に囲まれているところを見た時は、少女漫画の王道展開キターーーッと思ったのだが、健気な悪役令嬢が居たりして、転生要素のある悪役令嬢モノが微妙に折衷しているような感じがする。

 ヒロイン視点の物語と悪役令嬢視点の物語は、合わせ鏡のように内容が正反対なので、混ぜ合わされると先の展開がどっちに転ぶかさっぱり分からない。

 しかしワンサイドの勧善懲悪でないなら、多少読み間違えても過激な展開にはならないとも言える。

 要するにこのシナリオの行く末はアシュレイの思惑次第だ。


 王家の厳しい教育方針や、人柄の確かなリュカオンとの兄弟仲の良さを考えると、アシュレイがとんでもない愚物という線は薄い。

 王城で初めて会った時の様子はどうだっただろう。

 初対面の私相手にも、婚約者の存在について言及したりして、公然の存在と扱う事が板についているようだったし、相手への愛着と思いやりを感じたことは覚えている。

 その一方で、リュカオンが姉と呼ぶのはまだ早いと牽制したりして、その態度はどちらとも取れるようなものだった。


「それで、アンジェラ様と仲良くなるにつれて、アシュレイ殿下がそっけなくなったので、ヴィクトリア様は不安なお気持ちを抱えているということなんですね?」

「いえ、アシュレイ殿下がそっけないのは二年ほど前からの事です」

「それ絶対アンジェラ様関係ないですね!」

 だって時系列がおかしいじゃない!

 私が大きな声でツっこんだのでヴィクトリアは動揺してオロオロした。

「そ、そうでしょうか?わたくしが気に入らなくても、他に良い相手もいなかったので、流れに身を任せていたところに、アンジェラ様が現れた…ということだと思うのですけれど…」


「アンジェラ様は心身ともに丈夫で壮健な方ですけど、あのかたはトラブル体質の粗忽者なので、頑丈でないと生きていけないというだけですよ。確かにヴィクトリア様にはないものですが、それだけでご自分の資質を疑うべきでないと思います」

「公務は非常に厳しいものです。頑丈に越したことはないと考えます」

「それ以上に、そそっかしいかたに公務は危険です」


 ヴィクトリアは自分にないものを持つ物珍しいアンジェラを目の当たりにしておそらく弱気になっている。

 でもストーリー展開的にも、今手元にある情報的にも、たぶん誤解なんだよなあ。

 そっけなくなったってアレじゃない?

 近くにいると性衝動を抑えきれないとか、そんな言うも恥ずかしい、聞くも恥ずかしい理由じゃない?

 こんないい匂いのする美人にムラムラするなって言う方が無理な話よ。

 わかるわ、お年頃だものね。別に分かって欲しくないだろうけどね。


「念のため聞いておきますが、ヴィクトリア様はどうなさりたいですか?冷淡なアシュレイ殿下に愛想がつきたなら、周囲がどう言おうと別れればよいのです。多少なりともお力添え致しましょう」

「わたくしから愛想をつかすなんて、そんなことあろうはずがありません。殿下は非の打ちどころのない素晴らしいおかたです。誰にも、申し上げた事はありませんでしたが、わたくしは、アシュレイ殿下をお慕い申し上げております」

 ヴィクトリアは透き通るような白い肌を耳まで真っ赤にして言い切った。

 っか~~、そんな赤面されてこっちが恥ずかしい位よ!?

「わかりました、そういうことでしたら」


 私は、頭の中で素早く方向性を固めて論理を組み立てた。

 下調べした方が確実だけれど、調べなくたって、くっつくか別れるか、結果は二つに一つよ。

 アシュレイとヴィクトリアが、お互いすれ違いの両片思いだった場合は、付け入る隙もないほど素早くくっつけて、乙女ゲームのアシュレイルートを潰す。ヒロインアンジェラには他の人物を攻略してもらう。

 アシュレイが心を移している場合には、ヴィクトリアを諭して、とっとと穏便に別れさせる。


 よし!兵は拙速を尊ぶ。これ以上話がこじれる前に勝負をかけるわ!

 まずは曇った目を晴らして士気を底上げよ。全力でぶつかって、誤解もわだかまりも粉砕してくれるわ!


「古今東西、男の浮気に女性の悩みは尽きず、その姿は多くの物語にも描かれています。私はそれらの物語を読むたびに思っていたことを、今!ここで!声を大にして言いたい!!」

 私は、推理モノで探偵役が『犯人はあなただ!』と宣言するときのように大見えを切った。

「責任の所在が間違っています!!!」


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