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ローゼリカが泣~かした~

 泣~かした、泣~かした~…

 ああ…、囃し立てる歌が聞こえる…。

 いや、どう考えても私じゃないでしょ。アンジェラがらみでしょ。手紙を破かせるような何かがヴィクトリアを泣かせているのであって、断じて私のせいではないわ。

 いーけないんだ、いけないんだ~…

 ち、ち、違うわ。違うわ。待って!本人に聞いてみてよ!そしたら絶対私じゃないって判るんだから!!

 予想外の展開に成す術もなく、幻聴を聞いて現実逃避していると、折悪しく授業終了のチャイムがなった。コローンコローンと響く校舎の最上部にある鐘の音は古風だ。


 まずいぞ。

 ひとけの少ない場所であっても、人の移動が多い授業の合間は、人が通る可能性がある。泣き崩れるヴィクトリアが見つかったら、どうした何があったと人が集まり、大事おおごとになるのは避けられない。

 そうなったらまたしてもアンジェラがやり玉にあげられ、シナリオは過激な方向に加速。脳裏には、さながら公開処刑の惨状が浮かんだ。

 可能性は低いが危険性が高い。人が来ない方に賭けるような状況じゃない。


「こっちへ」

 私はやや強引にヴィクトリアの手を取って立たせると、空き教室まで急いで引っ張っていった。

 音楽や美術の特別教室は、午前中特に人が少ない。幸い誰の目にもつかず、たくさん並んだ演奏室の一つに入ることが出来た。

 楽器演奏の自習が出来るこの部屋は、格技場同様、生徒が自由に使うことが出来て、授業にも使われない。しかも防音だ。

 扉の窓から中が見えるけれども、部屋の札を使用中に変えてしまえばそう人目に付くこともない。

 私はヴィクトリアを長椅子に座らせ、肌寒い時の為に持っていた大判のストールを頭からすっぽりかぶせてやった。

 それまで声を殺して泣いていたヴィクトリアは、隣に座ってやっと一息ついた私にストール越しに抱き着いて嗚咽を漏らし始めた。


 まあ、泣くがいいさ。

 いつも気を張っていて大変だろう。

 美しく大人びていると言っても17歳。

 いつも注目を浴び、皆の規範足ろうとするストレスなど、なんちゃってお嬢様の私には計り知れない。それが王族に輿入れしたら一生続くかもしれない訳だ。

 こういう人は伴侶と支え合い、腹心の誰かに支えてもらってやっていくしかないんだよ。

 こちとらアラフォーよ。存分に甘えるがいい。

 涙にはストレス物質が沢山含まれていて、たくさん流せば多少なりとも発散できる。

 人が怒りや悲しみ、抱えきれないほどの喜びでも泣くのはそのためだ。

 私が背中をさすると、嗚咽を通り越して、大きな泣き声になったが、防音部屋が仕事をして外へ漏れることはないだろう。


 この、絶賛号泣中のヴィクトリア・ケルン嬢はケルン公爵家三姉妹の長女である。

 四年前、300人お茶会を開催した時、ドレスを貸し出してくれたヴィオレッタ・ケルンは真ん中の妹だ。彼女とは季節の折々に手紙をやり取りしたり、庭の薔薇を贈ったりする程度の交流をしている。アカデミーで会える事を楽しみにしていたが、彼女は今年入学しなかったので、結局未だに一度も会えていない。

 ケルン公爵家は、前国王、つまりアシュレイ、リュカオンの兄弟から見て曾祖父にあたる人物の、弟から始まった家だ。

 その後、直系の男子が各世代に一人ずつしかおらず、現王太子に至っては一人息子であったこともあり、ケルン公爵家は長年王室のスペアという役割を請け負っていた。つまり、万が一の際には、ケルンの血統から王を輩出する役割である。

 現存する公爵家の由来は様々だが、主に王族に下賜され、後継が途絶えれば王室に返上される。最も歴史の浅いケルン家は王家の次に尊い血筋だ。

 この国では女性にも、爵位継承と同様、王位継承が認められている為、ケルン家の娘たちも全員王位継承権を持っている。ただし、順位は男子優先で、女性の継承権は必ず下位である。今現在、他の王室の女性は全員臣籍に降嫁したか、高齢を理由に継承権を放棄しているため、プリンセスの称号を持つのは三姉妹のみとなっている。

 

 まあ、継承権の話はさておき。

 3代にわたって、王統を守る予備であったケルン公爵家だが、現王太子に王子が三人産まれたことにより、その役目は終わろうとしている。

 前国王の弟がそうしたように、今度はアシュレイの二人の弟たちが血統を守る系譜を繋いでゆけばいいのだ。

 役目を終えるケルン公爵家の将来を保証するために、三姉妹の誰かを直系に嫁がせることは、かなり早い段階で決まったようだ。ちなみに三姉妹は、王子三兄弟と全員同い年だそうだ。何もそこまでというくらい完璧な家族計画である。


 そして四年前、順当にアシュレイとヴィクトリアの婚約が成立した。

 リュカオンが、次女のヴィオレッタに会ったのは、その正式調印の時だ。

 そういう経緯があって、アシュレイとヴィクトリアは完全なる政略結婚なのだが、鷹揚で懐の広いアシュレイと、真面目で規律正しいヴィクトリアは相性がよく、関係は良好と聞いている。

 アカデミーに入ってからケンドリックに頼んで調べてもらった事なので、情報は古くないはずだ。




 どっしり待つつもりで、私は鞄から文庫本を取り出して読んでいた。

 まだかな、まだかなと思いながら待たれるよりは、いつまででもどうぞって、他の事をしながら待つ方が、本人も気が楽かと思って。

 だから、どれぐらい時間が経ったのかよくわからないが、ようやく静かになったヴィクトリアがそろそろとストールの下から出てきた。

 どんな顔をしたら良いのかわからない、と顔に書いてある。

 泣きはらした目はすっかりアイメイクが取れてしまい、つり目から真ん丸な優しい目に変わっている。

 涼し気なつり目は化粧だったのか。化粧が取れても美人には変わりないが、随分印象が違う。素顔は優秀な婚約者というイメージより、純粋で上品な深窓の姫君らしさが勝ってしまっている。

 たぶん舐められないようにわざと強そうな化粧をしているんだな。


 ヴィクトリアは何か言おうとしては、言葉を選び直すように唇を閉じ、何から言うべきか迷っているようだ。

 普通は貴人の言葉を待つのが正解だろうが、そこは臨機応変だ。困っているなら助け船を出すのが親切というもの。

 泣いていた事情も気になるが、答えにくい事を聞いたら余計に困らせてしまう。

 当たり障りのない世間話でも良いけれど、ここはひとつ、冷静になれそうな今後の段取りについて質問してみるかな。


「ヴィクトリア様、午後のご予定はどうなさいますか。もしも必要なら、お鞄や化粧品を持って参ります」

「ええ、そうね…。わたくしは寮住まいですから、人の少ない時を見計らって、今日はもう部屋へ帰ります」

「ではそのストールはお貸しします。お化粧が落ちていますから、気になるようでしたらお役立てください。後日落とし物を拾ったことにして、人づてにでも渡して下されば結構です」

「あなたの心遣いに感謝します。妹にも良くして下さっているそうね。お話に聞いていた通り、素敵なかただわ」

 私の事務的な返答にも、ヴィクトリアは優しく微笑んだ。

 それだけで、彼女の周囲一面に花が咲き綻んだような心地がした。

 エフェクトかな!?エフェクトが発生しちゃう感じかな!?

 モブじゃない本物の美人キャラはすっげええな!

 あと最初からずっとそうだったけど、尋常じゃないくらい、いい匂いがする。

 これは、美人はいい匂いがするとかそういう事じゃなくて、たぶん美容専門の侍女たちに、念入りに手入れされて、香りまで万全に調整されているからだと思う。でも人工的なモノだとしても、気分が良くてうっとりしてしまう事には変わりない。

 こんなお方にお仕えするのは楽しいだろうな。遣り甲斐満点じゃん。

 私ですらこの方のお役に立ちたいという新しい扉がドカーンと開いてしまった。

 これぞカリスマ!


「取り乱してしまってごめんなさい。でもあなたが来てくれなければ、わたくしは自分に負けて誇りを失う所でした。ありがとう。あなたはわたくしの恩人です」

 そんな手紙を破くか破かないかで大袈裟な。でもお礼言われてめっちゃ嬉しい。うふふ!

 私はだらしない顔にならないようにグッと奥歯を噛みしめた。

「わたくしは自分の未熟さが恥ずかしい。沢山のかたがわたくしを支えてくださっているのに、情けない限りです」

「ヴィクトリア様は、いつも皆様の模範となるよう努められていてとてもご立派です。人間ですから、疲れたり、弱気になることだってあります。ゆっくり休息なさっては」

「そうですね。少し疲れてしまいました。人の気持ちは、休息でどうにもなりはしないでしょうけど…」

 ヴィクトリアはしばらく俯いて自分の揃えた指先をじっと見つめた後、今度は私の目を見た。

「リュカオン殿下と懇意にしてらっしゃるあなたはご存知ですわよね、アシュレイ殿下とわたくしが政略的な婚約者だと」

 最近は以前よりも疎遠ですけれどね。相変わらず家には遊びに来るので、友人には違いない。

「はい。アカデミー生で知らない者の方が珍しいかと思いますが」

 婚約を知らないアンジェラが変わっているのだ。政略的な意味合いまで把握している者は少し減るだろうし、アカデミーに来なければご尊顔を拝する機会もなかろうが、入学から三か月以上も経った今、四年も前から婚約者同士のお二人の関係は、新入の奨学生に至るまで周知の事実である。


「婚約が決まる前から、わたくしはすでに妃がねとして期待されていました。家の為に結婚することは、わたくしにとって一つの仕事に就くことと同じ。大切な使命です」

 聞いてもないのに、勝手に話し始めたな。何かイベントスイッチ入っちゃったのだろうか。語る相手は私でいいのかという疑問は残るものの、話してくれるというなら、聞いておこう。


「その為に日々教育を受け、覚悟も固めてまいりました。お相手がどんな方でも心を込めてお仕えし、国と言う重荷を背負って歩くおかたを支える、杖のような存在になろうと」

 細い体に詰まった健気な覚悟だ。ヴィクトリアの真っ直ぐな瞳に、私は素直に感動した。

「ですから、余計に嬉しかったのです。お見合いの後、親しくお付き合いするようになって、お人柄に触れ、こんな素晴らしいかたの伴侶に選ばれたわたくしは幸せ者だと思いました。より一層、殿下に相応しい者であろうと努力邁進致しました」

 結婚が義務であるヴィクトリアのような娘にとって、婚約者に恋できることは奇跡のような幸運に映ったことだろう。



「アシュレイ殿下も、最初は心を通わせようとしてくださったと思います。今でも人前では親切にしてくださいますが、二人きりの時は…とても…そっけなくなってしまわれて、意地悪を仰るようなことも」

 ふうむ。思う所はあるけれど、ヴィクトリア自身がそう思っているなら辛い事だよなあ。心が折れてしまっても納得の理由だ。

「周囲は、わたくしがアシュレイ殿下の妃になることを疑いません。誰にも相談できずに悩んでいました」

 ヴィクトリアは再び瞳を潤ませた。

「やはりアンジェラ様のような、お気持ちの強い方が、殿下には必要なのでしょうね。そう思うと…」

 ちょっと待て。なんでそうなる。

 アンジェラ突然の登場すぎるでしょ。脈略をくださいよ、意味不明だよ。

 乙女ゲームのシナリオ的にそうなっちゃうの?


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