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様式美よ、どこへ行く

 慌てて周辺の様子を探ってみる。下の言い争いはヒートアップの一途をたどるも、周囲に人影はなし。

 運よくいさかいの声を聞いたのは、私自身が止める役割という伏線だったのかもしれない。

 自分で行くしかないと覚悟を決めた。

 だがこんなところから登場したら、ツッコミどころが多すぎて余計に現場が混乱する。ちょっと待ったも待たないもない。お前は誰だという話だ。

 もどかしいが再び回り込んで止めに入ろう。

 私はそそくさと元来た道を戻り始めた。


 一対一ならば、少々意地悪な物言いをされても他人が割り込む余地はない。彼女らにだって、喧嘩をする自由がある。

 群れないと意見の一つも言えない烏合の集ぐらい、本来ならば一網打尽に蹴散らしてもらいたいところだ。


 人並みに私だって、献身的にアンジェラを助けるヴィクトリアから、アシュレイを奪うシナリオなんてあんまりだと思う。だがそれをあえてというのならば、この程度の修羅場くらい涼しい顔でいなしてもらわなければ話にならない。

 相応しい相手を蹴落として王妃になる軋轢は、学生同士のいざこざの比ではない。ここで躓くようなら見込みなし。アシュレイを攻略した所で不穏な未来しか待っていない。

 私がヒロインに求めるのは強さと逞しさ。

 美貌でもなく、無垢な心でもなく、それこそがヒロインの武器であると信じる。


 そこを曲げてあえて止めに行くのは、ハッピーエンドのカタルシスとして、徒党を組んだ女生徒たちが、その後の人生を棒に振ったら気の毒だからだ。

 一対多数の喧嘩が卑怯なのは言うまでもない。このままではお互いに不幸だ。

 だからアンジェラの為にも、女生徒たちの為にも、とりあえずこの場を納めなくては。

 何も説得する必要はない。要は気を逸らせばよい。

 お姉様方、と声をかけよう。気まずくなって解散すればそれで良し。それで怯まなくても、幼女らしく空気が読めない振りをして、質問攻めにしよう。

 だが、階段を降りかけた時、先ほどの一団が廊下をぞろぞろと横切った。

 もう終わったの?撤収速くない?

 上手く収まったのか、時すでに遅し、か。

 私は階段の踊り場で女生徒たちをやり過ごしてから現場に急いだ。

 再び様子を伺うと、今度はヴィクトリアとアンジェラが対峙していた。

「ヴィクトリアさんが、さっきの人達に私を注意するよう頼んだんですか?」


 うおお、しまった。ヴィクトリアが来るのなら現場を離れるべきではなかった。

 いきなり本日のハイライトだな?

 肝心なところを見逃した。どんなやりとりがあったのかさっぱり解らない。

「それは違うけれど…、わたくしの監督不足でした。だから申し訳なくて」

「あなたの指図でないなら、謝らなくていいです」

 ヴィクトリアは思い詰めた顔をしているが、アンジェラの様子に変わったところはない。どうやらヴィクトリアが大事になる前に止めに入ったようだ。そして女生徒たちの暴走に責任を感じて謝ったというところかな。

 それぐらいだったら予想の範疇だ。

「わかりました。では今後、このような事がないように、彼女たちにはよく言って聞かせます」

「それも要りません。悪い所があるなら直さなくちゃいけない。その為に学校に来たんです。これは、私とあの人達の問題ですから」

「でも、あんな風に囲まれて、恐ろしかったでしょう?」

「貴族のお嬢様なんて何人いたって怖くありません。喧嘩になったら五対一でも私が勝ちますから」

 その意気やよし!!!

 お前の雑草魂、気に入ったぜ!アンジェラ!


「孤児院の喧嘩なんて、あんなもんじゃないですよ。髪のつかみ合いに殴り合い。私はそういう所で育ったんです。だから心配いりません」

「まあ…そうなの…」

「やっぱり、ヴィクトリアさんは私が孤児院育ちだって知っているんですね」

「…そうです。男爵が直接事情を説明なさって、力になってほしいと頼まれました。先ほどの方たちだって、あなたの事情を知っていればこのような方法を選ばなかったでしょう。それをもどかしく思います」

「それは何故ですか。私が孤児院育ちで可哀相だから?」

「いいえ。この狭い貴族社会の常識や固定概念を知らなくても、あなたの罪でも怠慢でもない。だから、あなたには優しく教わる権利があるのです」

「私の罪じゃなくても、身に付くべきものが身に付いていないなら、努力は私自身がしなければ。他のかたが長い時間をかけてきたものを短時間でというなら、多少の荒療治は覚悟しています」

「それでも、悲しい気持ちにならないわけじゃないわ。その境遇に同情しないと言ったら嘘になります」

「足りない所はあるけど、その分他の経験もしています。孤児院だって悪い所じゃないんですよ。優しいシスターに沢山の兄弟たちがいて、楽しいところでした。親に捨てられたって事だけが悲しかったけど…、でも本当はそうじゃなかった。だから私、今とても幸せなんです」

「あなたの心は、とても自由なのですね。わたしくしも肝に銘じます」

 奔放とも言うけどな。


「ヴィクトリアさん、これ、アシュレイ殿下に渡してもらえますか?」

「え…」

 アンジェラは封筒をヴィクトリアに差し出した。

「殿下へのお手紙です。さっきの人達に、付きまとうなって怒られちゃったので、私もちょっとは気をつけようと思います」

 いや、そういう事じゃないんだよ。なんも分かってねーな、コイツは。

 婚約者のいる男性に、誤解を招くような近づき方をするなという意味であって、物理的に半径1メートル範囲に侵入するなってことじゃないのよ。

 そりゃあ、お手紙を差し上げるの禁止ってわけでもないけどさ、婚約者を経由して手紙渡すってどんな神経してるのよ。

 あと王妃候補のヴィクトリアをパシリに使うんじゃない。

 それとも何か。婚約者上等って宣戦布告か。

 だとすればとんでもない恋愛モンスターだ。

 ヴィクトリアもガツンと言うたれ!他人が口出しするのは筋違いでも、あなたが言う分には正当だからね!


「え、ええ…わかりました」

 わかっちゃうのかよ、ヴィクトリア。

 ちょっと物分かり良すぎないか。

「それじゃあ、そろそろ次の授業の時間だから、私行きますね」

「あ、はい。ごきげんよう…」

 呆然とするヴィクトリアを置いて、アンジェラはその場を後にしようとする。

 私は鉢合わせないようにまた後ろに下がって柱の陰に隠れた。

 ヴィクトリアもじきに通るだろう。ここでやり過ごしてから、私もクロードとの待ち合わせ場所に戻ろう。

 出番もなく、トラブルを把握できた。

 アンジェラとアシュレイが接近しているという情報も得て、私グッジョブだ。


 アンジェラはなかなか骨がある。ちょっと強引だが、自分で行動するヒロインは嫌いじゃない。教養がない分、メンタルぐらいは強くて当たり前でも、何も取り柄がないよりは良い。守られるだけのヒロインが王妃なんかになったら国の行く末が心配だからな。

 ヴィクトリアはきっと育ちが良すぎるのだろう。これまで蝶よ花よと大事にされてきたから、アンジェラみたいに率直な人間からズケズケ言われたら、どうしていいか判らないでいる。自分を尊重しない人間に逢ったことがない本物のお姫様なのだ。

 そういう寛容で優しい王妃も捨てがたい。


 待っていても一向にヴィクトリアが通らない。

 あら?私が気付かないうちに行っちゃったかな?

 念のため呼び出しスポットを確認すると、取り残されたヴィクトリアは手の中に在るアシュレイ宛のアンジェラの手紙を見つめていた。

 長い事そうしていたが、彼女は意を決したようにきゅっと唇を引き結ぶと、封筒に手をかけた。

 そうよね。内容気になるよね。

 手紙には蝋封がされていない。下品な行動には違いないが、預けた封のない手紙を読まれたって文句を言う筋合いではあるまい。

 だが、ヴィクトリアは手紙を封筒から出す前に思いとどまり、元の状態に戻した。

 今度は封筒の端を交差するように持つ。そして破こうとして指に力を入れたまま止まった。瞳を閉じ、何かに耐える様に葛藤している。


 ヴィクトリアは政略的な婚約者ではなく、きちんとアシュレイのことが好きなのだろう。喜ばしい。

 アンジェラの手紙をアシュレイに渡したくないが、人の手紙を破り捨てるなんて、道に外れたことをしたくもないと思っている。

 手紙くらい破いたところで、ヴィクトリアほどの家の娘が破滅したり転落することはないだろう。破きたいなら破いてもいい。

 だが…。

 もしここで感情に負けたヴィクトリアが、ダークサイドに落ちるとしたら忍びない。

 明らかに善属性のヴィクトリアが闇落ちする可能性は低そうだが、なってからではもう遅い。私はここで何もせず傍観していたことをきっと後悔する。

 破くなら、せめてきちんと決断してから破くべきだ。


「ヴィクトリア様」

 私は校舎の陰から静かに出て声をかけた。ヴィクトリアは驚きで体を振るわせ、とっさに背中に手紙を隠した。

「あなたは…新入生のローゼリカ様ね。ど…どうかなさって?」

「ヴィクトリア様、その行動の是非は問いません。ですが、一時の感情に身を任せることはおやめください。時間が掛かっても、決心してから行動してください」

「あなた見てらしたの」

「一通り」

 ヴィクトリアは顔面蒼白になった。まだひどい事はしてないから青くならなくてもいいんじゃない?

「私は破いてもいいと思いますよ。アンジェラ様の行動は無神経です。でもヴィクトリア様がすべきでないと思うなら、ご自分に負けないでください」

 ヴィクトリアの張りつめていた表情が、情けなく緩んだ。大きく無数の星をたたえた瞳がさらに潤み、大粒の涙が浮かぶ。

 そしてその場に泣き崩れた。

「……」

 嘘でしょ…!

 はわわ、美少女泣かしてもーた!


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