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テンプレートの嵐

話が展開していない時も、根気強く読んでくださって、いつもありがとうございます

 それからしばらくは何事もなく平和に過ぎた。

 授業が軌道に乗り、私はクロードと共に充実の学園生活を享受した。

 その間も要注意人物たちの観察を怠ることはなかったが、何も起こっていない所を見るに、今は攻略対象の親密度をまんべんなく上げている時期なのだと推測している。あるいは地道にステータスを上げている可能性もある。

 この乙女ゲームのシステムは推し量りようのない未知の領域だが、意外にも昔懐かしいアドベンチャー式なのかな?


 乙女ゲームのイベントとは別に、私は秋生まれのシャロン・リュカオン・クロードの誕生日イベントを3つ立て続けにこなした。忙しかった。

 シャロンとクロードには勉学に励む者に相応しく、私も含めて三人お揃いの万年筆を贈った。お揃いだなんて、私もなかなか少女趣味なところがある。

 頑なに身に着ける物を贈ってくるリュカオンに対して、私の方は意地でも絶対に消耗品を贈ることにしている。

 あまりに気合が入っていない贈り物というのも失礼なので、今年はこだわりの、香り付きインクを贈っておいた。父が私の為に、うちの薔薇を使って特別に調合させたもので、ほんのり香るインクを使うと、時間が経っても手紙から香りがする。

 手間暇かけた高級な消耗品というのは、最高の贅沢だと思うので、いつも私が頂いている一点ものの宝飾と値段は釣り合わないだろうが、王子への贈り物としてなんら遜色はない、はずである。

 面倒くさいからこれからは毎年インクにしようか。

 いやいや、手抜きは見透かされるだろうな。

 プレゼントっていうのは気持ちを贈るものだから、何を贈ろうか頭を悩ませる時間も価値に加算されているのだ。そういう手間を惜しんだプレゼントでは意に沿う事は出来ないだろう。

 婚約者になるつもりはないが、私は親切にしてくれるリュカオンに、友人としては感謝しているのだ。

 友人として、来年こそは身に着ける物は止めて下さいと言ってみようか。

 でもなー。仮にも相手は王子なわけで、私にできることは好意を受け取る事だけで、好意の種類を指定できる立場ではないように思う。


 そのリュカオンは組手でシャロンに負け続けているのか、最近めっきり絡んでこなくなった。そうかと思えば、以前の通り週初めの放課後、私より先に家にあがりこんだりしていて、イリアスと遊んでいる。

 仲良くなったようで何よりだ。




 乙女ゲームの方は前述の通り、全く進展がないが、私の元にはクロードとケンドリックのおかげで着々と情報が集まっている。経済状況や交友関係について調べ上げてくれたケンドリックにはもとより期待していたが、手を回して家の事情について調べてくれたクロードは予想以上の働きだった。


 上がってきた報告によると、ヒロインちゃん(仮)の名前は


 アンジェラ・ホワイトハート


 いい。凄くいい。いかにもな名前だ。

 ホワイトハート男爵家の一人娘で、17歳。アシュレイやヴィクトリアと同い年で、これだけでもう舞台は整った!という感じがビシバシ来る。

 入学式の一件があって、遠巻きにされてはいるものの、孤立やいじめといった問題点は今の所見受けられないという。

 私が観察している分には、ドジっ子と言えば萌えもあるかもしれないが、単純にかなりの粗忽者で、いくら美少女でも許さんぞと思う場面が何度もあった。そのたびにフォローしてくれるのがヴィクトリアであり、立場は対等ではなくとも、二人はすいぶん打ち解けた様子だ。

 その他の交友関係は浅く広く、攻略対象らしい個性が際立つ連中も目星はついていて、その中にはアシュレイとリュカオンも含まれている。


 ホワイトハート家の経済状況に問題はないのだが、何故遅れて入学してきたかというと、アンジェラは幼いころに誘拐されており、孤児院で保護された後、奉公に出たところを、つい先年偶然発見されたからだった。

 その報告をクロードから聞いて、私は戦慄した。

 私が最悪のケースとして想定していた荒唐無稽なシナリオが、アンジェラの身に降りかかっていたからである。


 自力では対処しきれない最悪の事態が、ヒロインに容赦なく降りかかる世界なのだと思うとゾッとした。

 幼い内に攫われ、親と引き離されて、怖かっただろう。悲しかっただろう。

 そしてこの先も、変わり種として、誘拐されなければ受けるはずのないそしりを受けることになる。

 人ならば誰しも、言われなき不幸に突如として襲われる可能性を持っている。けれどアンジェラは、ヒロインというだけで、ハッピーエンドという一時的な栄華の代償に、棘の道の上を歩かされているのだ。

 きっとアンジェラだって、許されるのなら誘拐されないモブの人生を選びたかっただろうに。

 

 何も知らなければ、あらかじめ決まったシナリオに抗う術はない。

 ヒロインに選ばれただけのアンジェラの不幸を、他人事とはとても思えなかった。

 ヴィクトリアが根気強くアンジェラの世話を焼いているのも、おそらく事情を知っていて、深く同情しているからだろう。


 ホワイトハート男爵は奇跡的に手元に戻ってきた娘を、正しく掌中の珠のごとく溺愛しており、時期外れで少々目立ったとしても、マナーと家政学を身に付けさせ、せめて幸せな結婚をとアカデミーに送り出した。

 男爵は王都のタウンハウスに住み、アンジェラはそこから通学している。


 情報の他に学校の噂話も集めているが、そのほとんどは女学生らしい、誰が誰を好きだとか付き合っているだとかいう話が大半である。いつの間にか私はすっかり情報通になってしまって、近頃では気になる人に決まった相手がいるかどうかを、私に確認する人まで現れる始末だ。気分は情報屋である。

 これはこれで、自分で情報を集め回らなくても、向こうから勝手にやってきて便利だが、そうやって入ってきたアンジェラの評価は、あか抜けないとかイモくさいとかばかりで今一つ信用が置けない。

 すでに直球でめちゃめちゃ美少女だろうが。

 おまえらの目は大丈夫か、どんなフィルターがかかっているんだと喚き散らしたい気持ちだ。

 唯一参考になった噂は、アンジェラは面食いである、という話のみ。

 うん…。乙女ゲームの主人公って面食いだよね…。


 準備期間も気合も十分。今か今かとイベントに備えてアップを済ませた私の前で 事態が動いたのは秋の終わり、本格的に寒くなり始める初冬の頃だった。




 クロードと別行動の際に、未だ見つからない秘密の部屋的なモノを探してひとけのない場所を一人で歩いていた時、ヒステリックに叫ぶ声が聞こえてきた。

「あなたね!勘違いするのも大概になさい!」

 来た!ついに来た!

 充分にアップを済ませた私にはピンと来た。すでにいくつものパターンをイメージトレーニングしてきた。

 私はピクピクと注意深く耳を澄まして、周囲を見渡す。

 声が響いてきた方向はこの先の渡り廊下だ。改築工事の際に、生徒の移動動線から外れ、しかも周囲から見えにくい死角になっている。定番の告白場所としても有名だ。

 私が時間さえあればこうして校内を歩き回っているのも全てはこういう時の為!

 これはどういう状況でも一悶着あるぞ!


 鍛えたダッシュで現場に直行すると、ヒステリックな声がどんどん大きくなる。ビンゴだ。

 角まで来て様子をそっと伺ってみた。数人の女生徒が誰かを取り囲んでいるようだが、ここからでは角度が悪く、よく見えない。それに、今の私の位置では他の誰かが声を聞きつけて駆けつけてきた時、様子を伺っている私の姿が丸見えだ。

 内容は気になるが、一度離れて別の方向から回り込むことにした。

 一番近くの階段を上がり、開き教室のバルコニーから庇の上を通って現場に近づく。

 場所が有名なスポットで助かった。

 乗り出さないとよく見えないが、柱の陰に隠れていれば、人からはまず見つからない上に、声が良く聞こえる所にそっとしゃがみこんで、身を潜める。

 いざと言う時覗き見するための場所を下調べしておいて良かった。


「あれだけお世話になっているヴィクトリア様に悪いは思わないの?」

「なんのこと?ヴィクトリアさんに謝るようなことは何も…」

「まだシラを切るつもり!?」

 案の定、女生徒に囲まれているのはアンジェラだった。

 おお…。なんという様式美。

 乙女ゲームというより、少女漫画的王道ね。


 女生徒達は、将来を見据え、家の未来を背負って、結婚相手を探しに来ていることから、大人びた考えの者が多い。一番格が高いヴィクトリアがしっかりしていることもあって、三か月以上何も問題が起きなかったというのに。

 アンジェラは、貴族の娘としては常識はずれな所があっても、概ね善良である。一番問題なのはそそっかしいことだ。

 こんなに激昂させるほどの何をやらかしたものか。


「ヴィクトリア様がお心を痛めていらっしゃるのが分らないなんて、思いやりが足りないわよ」

「そんな…、私そんなつもりは……」

「あなたは、自分がたかだか男爵家風情だという自覚があるのかしら!」

 ホワイトハート家は、男爵とはいえ最古参の家柄で、そう馬鹿にしたものではない。新参の伯爵より一目置かれる場合もある。しかも事業に成功しており裕福だ。領地は男爵並でも地場産業で領民の数は多く、都市は栄えている。


「次から次へとアシュレイ殿下のお手を煩わせるなんて許されると思っているの?殿下はこのところあなたにつきっきりじゃないの」

「馴れ馴れしいにも程がある!本当に礼儀知らずな人ね」

「新入生だからと大目に見ていたけど、私はもう我慢の限界だわ。ここにいる人はみんなそう」

「殿下はあなたのお世話係じゃないのよ」

 あー、それは。程度にもよりますけど、そうかもしれないですね。同じ王族で第二王子のリュカオンですら、アシュレイには臣下の礼を崩さない。

 順当に行けば王太子になり、ゆくゆくは国王になるアシュレイは特権階級の中に在っても特別中の特別だ。こちらがかしずくのが当然であって、世話をかけるなどもってのほか。

 本人は一介の監督生であろうとしても、周囲はどうしても遠慮する。その空気を読まない者がアシュレイを独占すれば、遠慮して我慢している者たちは面白くないと感じてしまうだろう。

 男爵風情どころか、侯爵風情でも怒られますね。正しいかどうかは別の話ですけど。



「お言葉に甘えてしまったかもしれませんけど、ヴィクトリアさんと同じようにしていただけです」

「ヴィクトリア様と同じように振る舞うなんて、思い上がりも甚だしいわ」

「しかも婚約者同士のお二人の邪魔ばかりして本当にイライラする」

「えっ、あのお二人って婚約なさっているんですか?」

「そうよ!だから付きまとうのはおやめなさい!」

 ヴィクトリアも王位継承権とプリンセスの称号を持っていて、この国に王女のいない今現在、ヴィクトリアと同等に振る舞うことが許される娘はいないはずだ。しかもよっぽどの大事が無ければ、将来の国母に当確のヴィクトリアもアシュレイ同様、特別な扱いを受けている。

 とはいえここは学校で、建前上、生徒は平等であり、アシュレイもヴィクトリアも立場は監督生の域を出ない。

 そのあたりの本音と建前が、貴族社会になじみの薄いアンジェラには、知識の無さも手伝って、理解しにくいのだろうか?

 普通は逆のような気がするけどな。同じ学校に通っていても、雲の上の存在だった人たちと平等なんて、思い込もうとしても難しい。

 ともかく、女生徒は自分たちが大切に敬っているものをないがしろにされたような気がして許せないでいる。それに加えて、抜け駆けを許さないファンクラブの親衛隊の感情に近いものが入り混じっている。自分たちにできない事を平然とやってのける者が羨ましくてたまらない、嫉妬の感情から来る言動は意地悪で厄介だ。


「でも、アシュレイ殿下は監督生の自分になんでも相談するように、と」

「だいたい、女子は女子の監督生に相談するのが普通よ。そうでなくても、監督生は他にもいるじゃない」

「アシュレイ殿下とヴィクトリアさん以外のかたは、なんだか見分けがつかなくて…」

「監督生は白い制服を着ているでしょう!そんなことも分からないの!?」

 取り囲んでいる女生徒たちはアンジェラの発言でますます頭に血を登らせた。

 あ~、もう~。口下手か~。なんでも正直に言えばいいってもんじゃない。

 ヒロインであるアンジェラにはモブの見分けがつかない、そういう仕様なのかと関心を向けるのは私だけで、普通は、美形しか眼中に入らないんだと判断されても仕方がないと思うわ。

 それに、この学校の生徒、皆身だしなみに手間暇かかっていて、小奇麗な子ばっかりだよ?


 人は自分の為でなく他人の為という大義名分を持つとやり過ぎてしまう傾向がある。

 女生徒たちの怒りには、礼儀知らずに対する義憤という一面があるとはいえ、多勢に無勢というやり方は間違っている。さらにアンジェラの対応のまずさもあって、完全に冷静さを欠いている。

 これはまずいぞ。アンジェラが周囲をどんどん焚きつけるせいで、収まりがつく様子がない。


 だ、誰かー!誰か、話がこれ以上拗れる前に止めに来てー!

 私か?私が行くしかないのか!?


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