表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/140

お嬢様は見た

 えぇッ!?えええ!?

 二人で室内に入っちゃったわ、どうしよう!

 私の想定では、テラスでお茶でも、みたいな流れになって、話に夢中になっている隙にあわよくば近づいて盗み聞ぎ、それがダメでも遠目に雰囲気を観察する予定だったのに、大外れだわ。

 とりあえず、何かの拍子に戻ってきた二人に見つからないように、建物の正面から脇の方へ移動し、物陰に隠れた。そこで手持ちの資料の中から校内見取り図を取り出して現在位置を確認する。

 中庭から学舎の脇を抜けた、奥にある場所は…、格技場だ。

 格技場は、武術訓練のための場所で、合同練習や個人練習のための、大小広さが違う道場を一つに集めた建物となっている。


 ……?

 格技場に一体何の用事が?

 まさか。

 まさか、ひとけのない格技場で、こっそり男女の異種格闘技戦(アラフォー的下ネタ)に踏み切るつもり?

 エロ同人みたいに!エロ同人みたいに?

 いやいやいや。二人の仲が進展するのは嬉しいけれど、12歳の二人にそういうのはまだ早いんじゃない?まずは木陰でキスから始めるのがいいと思うわ。甘酸っぱい初恋の味を確認するのがいいと思うわ!


 落ち着け。いったん落ち着こう、私。

 こういう展開は大抵勘違いなのよ。焦るのも大騒ぎも事実を確認してからでも遅くない。それにはまず中の様子を知る事よ。よし。


 二人の入った2番道場は個人練習用の比較的小さな道場だ。

 私は周囲を見渡し、中の様子が探れる場所を探した。

 視線が気にならないよう、目線の高さには窓が設置されていないが、換気用と採光用の横に長い窓が2mほどの高さについている。

 休憩用にそこかしこに置かれている椅子を持ってきて、窓から中を覗こうとした。


 待った。ストップ。ちょっと待って。

 もしも二人が男女の大運動会を開催していたとしたら、どうするっていうの?

 事実を知る前に、どう行動するのか決めておいた方がいいんじゃないかしら。知った後ではショックが強くて冷静な判断ができないかもしれないわ。

 一体どうやって止めるつもりなのか?私自身が乗り込んだら、確実に修羅場だ。それでも止めるのか?

 それならいっそ止めないでおこうか?手段を持たないなら目的を諦める他はない。

 どうせ止めないのであれば、確認する必要もない。どういう大義名分で覗きに手を染めたのかって話になってくるわよ。

 私は椅子の上でこじんまりと右往左往した。

 それでもやっぱり、年齢関係なく、学内での過度な性的接触は止めた方がいいんじゃないかな。

 ってちがーう!そうじゃないわよ。私は別に公序良俗などどうでもいいの!でもシャロンの貞操は守るわ!

 だから~、どうやってって話なのよ。

 決められないわ、決断できない。

 焦れば焦るほど、時間が過ぎていくような気がする。


 あ~~、でもでも、こうして判断に迷っている間に、男女の格闘技が、くんずほぐれつの佳境に入ってしまったらどうしよう?もう抜き差しならない、止めるに止められない状況になる前に行動を起こすべきよ。さあ!手段は問わない。断固阻止!

 私は意を決して、窓からそっと中を覗いた。

 しかし物音に気を配るあまり、その動作は完全にこそ泥のソレだったが。

 長い逡巡の末に目にしたものは。


 シャロンがリュカオンに関節技を極めているところだった。

 期待と興奮のボルテージが一気に急降下し、思わず真顔になる。

 まあ、勘違いの流れというのは当たっていたわよ。

 思っていたのとは違うけど、コレはコレで問題のある絵面ね。

 どうしてこうなった。


 私がこっそり見ている中、シャロンに横から肘の関節を極められ、リュカオンは床に押さえつけられて、うめき声を上げた。

 リュカオンはなんとか態勢を立て直すべく、極まっていない方の腕一本で、二人分の体重を支えようとする。顔を真っ赤にして、震えるほど全身に力を込めた。

「ぐうぅぅ、ぅぅぉぉおおお」

 ロープロープ!そんなに頑張ったら頭の血管が千切れるわよ!?

 シャロンはさらに体重をかけようとしたが、体が浮いてしまい、リュカオンは極められていた腕を振り払った。逆にすかさず抑え込みにかかろうとし、シャロンは体をひねって逃れた。

 両者距離を取って、相手から視線を外さないように立ち上がり、仕切り直しだ。


「ちゃんと極まっていたのに、よく外しましたね。さすがに今ので終わっていたら拍子抜けでしたけど」

 シャロンさん、煽っていくスタイルは健在のようですね。

 だがリュカオンも負けてはいない。

「軽いんだよ、体重が。羽根のようだった。もっとウェイトをつけるんだな」

 羽根のように軽いのそんな使い方ある!?胸キュンから怒髪天まで幅広く対応してたの、知らなかった!

「それが出来たら苦労はありません」

 挑発を受けて、シャロンはイライラと鼻にしわを寄せた。

「殿下こそ、急に背が伸びられて、体の感覚が隅々まで行きわたっていないのでは?長い手足が窮屈そうによく極まりましたよ」

「背はいずれ伸びる。このところの訓練不足を言い訳にするつもりはない。君の方こそ、これ以上縮まないよう気をつけろ」

「私だってまだこれから伸びます!」

 ずっと見守っていたのに、二人がいつの間にかつかみ合いの距離まで近づいているのに気づかなかった。

 お互いに相手の襟元や腕を取ろうとしては、腕を振ったり逆方向に回したりして、掴もうとする手をさばいている。掴まれる場所や向きによって、捌き方は異なる。瞬時に判断できるほど、二人はそれが身についているのだ。

 私だって、一つ一つ時間をかければ出来ることだが、習熟度がまるで違う。

 私がやっと掛け算を覚えたばかりの子供だとすれば、二人は掛け算を手段の一つとして難しい方程式を解いているくらいにレベルの差がある。

 私も護身術の授業頑張っているんだけどなあ…。何十年かかってもこういう境地に及ぶ気がしない。


 リュカオンの手が防衛を潜り抜けて、シャロンの襟元を掴んだ。足払いをかけられたシャロンの体が浮く。投げられる!と思った瞬間、シャロンは掴まれている腕を基点にして、ぶら下がるように体重を移動させ、くるりとリュカオンの後ろに回り込んだ。

 おぶさるように背中に張り付き、リュカオンの首にトンと軽く手刀を落とすと、それまで目まぐるしく動いていた二人はピタリと動きを止め、リュカオンは長い溜息をついた。

 二人は格技場の中央に移動し、向かい合って一礼する。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 どういうルールかは知らないが、二人の間では一勝負ついたらしかった。


「あー、やはり極め技では君に分がある。今日は一つもいい所がなかった」

「殿下の方がリーチが長いのですから、掴んでからは私に有利な点がないと勝負にならないじゃありませんか」

「君は二刀流で手数が多いのだから、リーチぐらい長くないと、それこそ勝負にならない」

 シャロンは極め技の際についたスカートの埃を払って身だしなみを整える。リュカオンは乱れた髪を撫でつける様にかき上げた。口元は優美な弧を描いて笑っているが、目だけが怖い、あの顔をしている。


「ちょっと、その顔止めて下さい」

「顔は変えられないのだが?」

「目の奥が笑っていない、不機嫌丸出しの表情の事です」

「負けた直後くらい悔しがらせてくれたっていいだろう。ヘラヘラ出来る負けん気のなさなら、私はもう武道を止めた方がいい」

「直後どころの話じゃありませんけど」

 シャロンの言葉使いは丁寧だが、内容は辛辣だ。これぞ慇懃無礼である。

 近侍じゃなくて、慇懃無礼な侍女かあ。需要はありそうかなあ。

「姫様のお誕生日前に私が勝った時は、長い事不機嫌でいらっしゃいましたよ」

「ああ、あれはでも…」

 そうか。あの時リュカオンが不機嫌そうにイライラしていたのは組手でシャロンに負けたからだったのか。

「とにかく。姫様が怯えていてお気の毒でした」

「ローズが?」

 リュカオンは端正な自分の頬を撫でつける。

「表情筋はよく訓練されています。表情筋じゃなくて目です」

「目と言われても自覚がない」

「ふっ、修行不足ですね。私は負けた後でも姫様から心配された事なんてありませんから」

 シャロンも時々むくれていたのは、リュカオンとの勝負に負けたせいだったのね。直球で機嫌悪そうだったから、嫌な事くらいあるわよねってそっとしておいたのよ。

「わかった。じゃあ、不機嫌を隠せるようになるか、機嫌が直るまでローズに近づかない」

「そんなこと仰って宜しいんですか?私が勝ち続けたら、殿下はもう一生姫様に会えないかもしれませんね」

 誕生日の後、不機嫌なリュカオンの機嫌が直ったのは…、私がドレスの注文で席を外してから戻ってきた後だ。シャロンはわかりやすく機嫌が悪かった。

 15分席を外している間の組手で、リュカオンが勝ち、シャロンが負けたから機嫌が入れ替わった。

 イリアスが取り乱していたのは、突然目の前で王子とメイドの組手が始まったからだったのか。

 一つ謎が解けた。

 

「やっぱり打撃がないと物足りない。もう一勝負といこう」

「嫌です。もう一勝負にメリットを感じません」

 組手が終わった後で、もしかしたら甘い雰囲気になるかもしれないと待っていたが、残念ながら望み薄なので、そうっと椅子から降りて、元の場所に戻す。二人が格技場から出てきても見とがめられないように、側面から回り込んでその場を後にした。


 遠回りして待ち合わせ場所に戻っても、私が一番乗りだった。資料を読みながら待っているとシャロンが、チャイムが鳴ってからクロードがやってきた。

 学食は三か所ほどあり、今日三人で食べたところは豪華なホテルビュッフェという感じで、時間がある時は注文すれば一品も出てくるそうだが、食にはあまり興味がないので割愛する。

 美味しそうに食べているシャロンとクロードが可愛かった。以上。



夏までに12歳編終わりたかったけど無理そうで泣いてる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ