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『ヒロイン』は遅れてやってくる

 出っ、出た~。式典で空気読まずに乱入してくるお騒がせヤツ~。

 出たわ出たわ、入学初日からド派手にイベント起こしてる人!コイツ絶対なんらかの登場人物よ!ロックオン!!

 シナリオ開始がまだだったとしても、伝説のエピソード的なアレで回想にカットインしてくる系のイベントよ!

 いや、だってさ。もう遅刻したんだから諦めようよ。こっそり入ってらっしゃいよ。


 シルエットのスカートと声から女生徒だとわかる。

 衆目を集める中、講堂に入ってきて、小柄な少女の姿は逆光のシルエットから徐々にハッキリしはじめた。

 世にも珍しいというストロベリーブロンドの髪。零れ落ちそうな丸く大きな瞳はたっぷりと潤んで、鼻は低く小さく、紅い唇は柔らかく甘そうなツヤがある。胸元の大きな赤いタイが印象的だ。

 シャロンを見た時と同じ直感が私を貫いた。

 コイツ、『ヒロイン』だわ…!

 シャロンとはまた違うタイプだが、オロオロと泣き出しそうな表情は、庇護欲のかたまりで人を惹きつける魅力がある。

 美少女だ。まごうことなき、少女漫画的美少女。


 静まり返る講堂を、男女の間の広めの通路を通って、前方まで小走りにやってきたのはいいが、座る場所もわからず、余計に注目を浴びて狼狽えている。近づいてハッキリ見える様になった周囲の視線にびくり体を振るわせ、途方に暮れて壇上のアシュレイを見上げていた。

 そんなウルウル見つめてもしゃあないよ。大声出して乱入してきたら当然こうなるって判るじゃろがい。

 私の前に立っていたヴィクトリアがふう、とため息をついて進み出た。

「こちらにいらっしゃい。ひとまずここにお掛けなさい」

「は、はい」


 てっきり私の隣に座ると思った闖入者は、15歳女子よりまだ向こうの、16・17歳女子の座席を指し示されて、そちらに向かう。

 年上!?

 人知れず驚きながら見守っていると、ヴィクトリアに先導されて、私の前を通り過ぎる時、闖入者は足がもつれて、ズシャっと無惨な音を立てて顔面からこけた。

 誰も足を引っかけたり意地悪したりしていない。ひとりでに転んだことは座席と当人の位置関係から傍目にも明らかである。

 きっつ~、ヒロインだとこんな目に遭うのか。辛い。


 少女漫画的展開だとここで忍び笑いが漏れるのかもしれないが、みんなも余りの事に失笑どころかドン引きしている。

 緊張感ある新入生としては、自分が同じ目に遭ったらと思うといたたまれないのだろう。近くにいた全員が項垂れる様に視線を逸らした。

「私、私、急病のお爺さんを助けて、気が付いたら時間が過ぎていて…。こんな風に皆さんにご迷惑をおかけして…、申し訳ありません…」

 さすがに心が折れてしまったのか、闖入者は起き上がることも出来ずに瞳に涙を溜めている。

 先を歩いていたヴィクトリアがしゃがみこんで手を差し伸べた。

「あなたは遅れて、足がもつれるほど走っても、入学式に出るためにここまでいらしたのでしょ。さあ、立って。話なら後で聞いてあげてよ」

 や、優しい。善なる悪役令嬢どころか聖母だわ。

 ヴィクトリアは転んだ女生徒を助け起こしてやり、顔に張り付いた髪をかき上げて、励ますように手を握った。

 幼子のように手を引かれて、ようやく闖入者が席に着いたところで、壇上のアシュレイの話が再開したが、私にはもう、全然話が入ってこなかった。




 新入生全体が、呆然としたまま講堂から出て、闖入者の衝撃から立ち直れないままトボトボと帰路に着いた。

 授業の計画表や連絡のための配布物を抱えて流れに沿って歩いていると、後ろからクロードが追いかけてきて、私の荷物をそっと支えた。

「これぐらい自分で持てるわ。あなたの分と取り違えてしまっても困るから」

「そのようなご心配は無用ですよ、お任せください」

 クロードが決してあきらめないので、私は荷物を手渡した。

「お元気がないようですね、お疲れですか?」

「あの…。あの人が目の前で転んだからびっくりしちゃって…」

「確かに驚きました。あんな騒動は前代未聞でしょう。でもおかしいですね。遅刻したからって普通はあんな風に入って来られません。遅刻者用の受付だって当然ありますし、講堂の入り口には人が立っているはずなんですが」

 たまたま全てをすり抜けて、入ってきてしまった、という事か。そういう不運も含めて、いかにも『ヒロイン』らしい存在だ。主人公補正はプラスの方向ではなく、マイナスにかかることもあるからな。


 シャロンに感じたのと同じ直感。ド派手な入学式イベント。不幸体質。

 『ヒロイン』と断定するに十分な状況証拠は揃っている。

 おあつらえ向きに『悪役令嬢』と『婚約者の王子』もいる。

 シナリオ開始は予定より早かったが、これは決まりだ。


 ではシャロンは『ヒロイン』から外れるかと言うと、それがそうとも言い切れない。

 闖入者に感じた直感がシャロンを超えるものなら、話はそれでよかったが、同じものを感じてしまったのだ。

 シャロンが間違いなら闖入者もまた『ヒロイン』たる一番大きな根拠を失ってしまうことになる。

 もっと『何故ヒロインだと思ったのか』具体的に考えてみることにしよう。

 直感で済ませてしまうのは簡単だが、それでは説得力に欠ける。

 

 何からいえばいいだろうか。

 まず、単に美少女と一括りにすることはできない。

 可愛い順にヒロインが決まるわけではない。

 私だってそれなりのそこそこ平均美少女だし、本日登場したヴィクトリアなどは平均など軽く超越した鳥肌が立つほどの美女だが、ヒロイン顔の系統とは違う。

 シャロンも闖入者も偶然に超絶美少女ではあるが、地味系の冴えないヒロインも存在する。しかしその場合も可愛く、造作自体は整っている。

 そして、可愛いのにあか抜けないと評されていたり、すでに輝きまくっているのにダイヤの原石と言われたりする場合は、間違いなくヒロインである。

 だから美醜自体は判断基準にならないが、見た目に関する設定の有無は判断基準になる。


 それから、絵ではなく、実写で人間なんだけれども、人物の書き込みが多いというか、すっぴんなのに化粧をしているような感覚がするのが登場人物、その究極系がヒロインだ。設定が細かく決まっていて…ああ、そうだ。

 キャラデザが違うのだ。ヒロインとモブではキャラクターデザインの密度がまるで違う。

 例えば、胸元のタイは、色味さえ守っていれば自由なのだが、女子の殆どはボウタイをちょう結びにしている。勿論私も他の大勢のモブと同じボウタイだ。ところがあの闖入者は、顔の大きさほどもある大きなリボンで首を覆っていた。それからどうやってついているのか判らん髪飾りも特徴的だ。

 そういえばシャロンも、他のメイドとはエプロンドレスのフリルが違う。


 わかった!キャラクターデザインにひと手間と差別化が図られているのが『ヒロイン』だ!

 私は幾多のヒロインを分類してきた選別眼で、ヒロインらしいキャラクターデザインを見抜いていたのだ!


 ではヒロインの法則にしたがい、二人をヒロインと仮定しよう。

 ダブルヒロインだろうか?

 完全に無茶振りである。乙女ゲームでダブルヒロインってどんなシナリオだ。全く想像がつかない。

 ゲーム開始時にキャラクター選択できるというのはどうだろう?

 『ドジっ子ゆるふわ転入生と武闘派幼女メイドのどちらかをお選びください』

性能トガリ過ぎだよ。選ぶに選べんわ。


 そうか。年齢が違うんだから、同時進行でなくてもいいんだ。シリーズものだ。同じ世界線上にある別の物語。

 ナンバリングが時系列通りとは限らないが、ひとまず年齢順に並べるなら、あの闖入者が初代の主人公で、シャロンが続編の主人公なのだ。


 いいぞ、いいぞ。いい展開になってきた。

 私はおそらくシャロンの物語の登場人物だろう。初代の活躍をじっくり観察して、シナリオの傾向や攻略のヒントにさせてもらうことにしよう。

 苦難もあり、変人のレッテルも貼られたが、学校に通う選択は大正解だったな!

 そうと決まればさっそくヒロインについて調べ上げよう。

 入学式でこけていたあの人のことが気になるのは自然だし、策謀を巡らせる必要もない。

 わーははは!この学園生活いただきました!




 翌日、クロードとケンドリックに『ヒロイン』ちゃんの素性調査を依頼し、私はアカデミーでの動向に注意を払うことにした。

 登場人物をわざわざ個別に探さなくても、ヒロインにさえ注目していれば、ヒロインと関わる人が登場人物だ。

 はー。楽だわ。ひとつ判るとすごく楽。

 ただ問題は、年齢が違うせいか、あまり接点がないことなのだが、近づきすぎて登場人物の誰かと互換が起こっても困るから、遠巻きに見ながら、情報が上がってくるのを待つことにする。


 昨日は入学式だけの為、家で留守番していたシャロンだが、今日から一週間は、警備的な理由から、一緒に登校して学内を見学するという。

 迎えの者が学内の位置関係を知らないと困るのは、ウチに限った事ではないらしく、随身や従者にはそのような権利が認められているそうだ。

 三人で車に乗り込み、来年からはこうやって通うのだ、と思いを馳せて、私はウキウキした。

「シャロン、勉強は順調かしら」

「はい。苦手な事を洗い出しして学習計画を立てました。一年後の試験は問題ないだろうと言われています」

「よかった。じゃあ今週は皆で一緒にお昼ご飯を食べましょうね」

「はい、姫様」

「学校では姫様はダメなのよ。ちゃんと名前で呼ぶの」

「心得ております」

「クロード、お昼は学食で食べるのよね」

「はい、そうです」

「どんなところかしら。三人で初めての所へ行けるなんてすごく楽しみ。はっ、わたしお金持ってきてないわ!クロード用意してる!?」

「ご心配なく。学生証を提示すれば、請求は月単位で家の方へ回ります」

 お金の心配をしたことがない者も数多く通う学校だ。そういう制度でないとお互いに困ったことになるのかもしれない。

 前世の学食を思い出して勝手に懐かしくなっていたけど、全く別物の可能性もあるわね、これは。


 学校について二人と別れ、午前中の校内案内と授業説明を受けた。

 入学式に分けられた通りの分類なので、本格的に授業が始まるまではクロードと別行動になる。

 昼休みに学食前で待ち合わせをしたが、私達のグループは極端に人数が少ないせいか、予定より早くに終わってしまった。

 資料を抱えて一先ず木陰のベンチに座った。

 待ち合わせまで、まだ時間がある。ここで資料を呼んでもいいが、私も校内を見回ってこようかな。途中でシャロンと合流するかもしれないし、何か発見があるかもしれない。


 よし、と顔を上げると、中庭をこえた校舎の端にシャロンの姿を見つけた。

 今日のシャロンは紺色のワンピースを着ている。送り迎えの際、学内でも浮かないように私が用意した。それでも全員が同じものを着ている中では、ちょっとした素材の違いでも異物感がある。しかしその異物感さえもシャロンの美貌を引き立てて、ミステリアスな魅力を放っていた。

 さすがにここから大声で呼ぶのは人目を憚る。もちろん私の声量ならぶっちぎりで届くけどね。

 立ち上がって駆け寄ろうとする前に、隣にリュカオンの姿があるのを認めた。

 眼福だ。絶世の美少女美少年の二人は並んでいると非常に絵になる。

 遠めだが、二人は話し合ってどこかへ連れ立っていくようだ。


 私は思うところあって、二人の後をコッソリつけることにした。

 二人は私の前で、殊更仲良くしたりはしないが、表面的な付き合い以上に実は仲が良い。それは先日王宮で見たダンスで息がピッタリだったことからも明白だ。

何か裏があるのではないか。あわよくば、二人の仲は進展しているのではないかと期待しているわけだ。 私抜きで、二人がどんなやり取りをしているのか、再び好感度チェックをする時が来たのだ!


 充分距離をとって後ろをつける事、数分。

 シャロンの視野に入ると見つかってしまうかもしれないので、私の位置からはリュカオンの表情しか見えないが、二人は和気あいあいと建物の中に入っていった。


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