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『善なる悪役令嬢』のあのおかた

 アカデミーまでは車で30分ほど。王城の南東にあり、こちらも王城に負けず非常に広大な施設である。

 私は窓から外の様子を興味津々で眺めた。

 アカデミー生の3/4は奨学生であり、よって、近隣の下宿先から徒歩で登校する者が一番多い。伝統的な学生寮がいくつかある他、個人で間借りしている場合もある。通学路では濃紺の制服姿が沢山、緩やかな坂を登っている。

 格式高い正門を行き過ぎた所に、車用の通用口があり、中の車寄せは大きなロータリーになっていて、車は次から次へと流れ作業で学生を降ろしては、一方通行でまた外へと出ていく。降りた生徒は、生垣の間の通路を抜けて、正門から続く前庭に出て、学舎を目指す。

 車寄せのさらに奥には敷地内の学生寮があって、ここに住んでいるのは、下宿するには防犯的にも一般常識的にも難のある箱入りの令嬢令息たちである。私のように実家が近いわけでもなく、下宿するには生活力の足りない者たちに用意された住いだ。ちなみにお家賃は非常に高額。


 徒歩通学生、車通学生、最後に寮生が合流してから、学舎までにもう一つ大きな門があって門衛がいる。ここで学生証を提示させることで部外者の侵入を防ぐ。警備が厳重とは言えないが、生徒の殆どが警備の不要な一般人であるためこんなものだろう。その代り内部には警備の護衛騎士たちが常駐しており、必要な者はさらに専属の護衛を連れているのだ。


 門をくぐると正面に大きな学舎が待ち受けている。壮麗な外観は王城と同じで、第三国王時代のアルフレディアン様式というらしいが、威風堂々として何もかもが広々としている王城と違い、教室や教材を置く倉庫が沢山必要な学舎では、廊下の広さや装飾は最低限である。さらに度重なる改装と増築により、判然としない造りをしている。


 私は複雑で素敵な学舎を喜々として見上げた。

 まるでロケ地みたい!ここでならローゼリカと秘密の部屋的なモノが見つかるかもしれんぞ!

 有頂天で周囲を見渡しフラフラしていると、隣のクロードに腕を掴まれた。

「ローゼリカ様、こちらです」

 学舎の左側には音楽ホールと防火対策の施された図書館が、右側には講堂が立っている。今日は入学式の為、新入生ばかりが手荷物もなく、どんどん講堂へ吸い込まれていた。

 私たちも手をつないだまま講堂の方へ歩いていく。


「学生は平等ってケンドリックが言ってたわね。これからクロードもシャロンも、私の事はローゼリカって呼ぶことにしましょ」

「はい、勿論。先ほどもそう呼びました」

 クロードはきょとんと頭上に疑問符を浮かべたような顔で言う。

「様は要らないわ」

「ご容赦ください」

 即答だ。そんなハッキリ断られると切ない。

「じゃあこういうのはどう?ケンドリックもローゼリカって呼んだらあなたも呼ぶの」

「その賭けは成立していません。ケンドリックはきっと呼ぶでしょうから」

「ケンドリックは呼ぶと判っているのに、あなたが呼ばない理由は何なの」

「……」

 クロードは返す言葉を探していたが、どうにも見つけられなかったらしく、困ったように私を見つめてきた。

「そんな可愛い顔してもダメなのよ。容赦しないわ」

「…少々お時間を頂きたく存じます」

「いいわ。前向きに検討してね!」


 講堂の中では配布物の関係上、男女別の名簿順に分けられて、クロードとは離れてしまった。中の座席はすでに半数ほど埋まっている。

 指定された自分の席を探している途中でリュカオンを見つけた。

 王子であるリュカオンに馴れ馴れしくされて注目を浴びることを、私は非常に恐れていたのだが、予想に反してリュカオンは、こちらに目配せとウインクを一つ寄こしただけで真っ直ぐ前を向いてしまった。

 ハイスペックな正統派王子であるリュカオンと仲が良い事から、女生徒に軽く因縁をつけられて、対処するところまでシミュレーション済みだったのに、正直拍子抜けだ。

 まあいいか。因縁は付けられないにこしたことはない。

 しかし、自分の席を見つけた時に、リュカオンの行動云々に関わらず、心配が完全に杞憂であったことを理解した。

 なんと、12歳女子の新入生が3人しかいない。




 人が揃い、もう始まろうという段になっても、私と並んで座っている女子は3人のままだった。

 少ない。たった3人しかいないのでは、因縁どころか仲良くする余地しかないではないか。

 想定と違う状況を頭の中で整理しながら、そっと周囲の様子を伺うと、新入生は同じ年頃の男子が200人近くと、どう見ても年嵩の女子生徒が60人ほど、年上の男子が少数。それから一番数が多く、男女混合で年齢もバラバラの一団がいて、彼らは奨学生たちだろう。

 

 どうやら、能力順に試験を通った奨学生はさておき、自費で通う一般生は圧倒的に男子の方が多いらしい。領地運営に関わる免許の取得が主な目的である事と、高額な学費の事を合わせて考えてみれば、それも道理である。

 それにしたって、女子の新入生は年上の方が多いのは何故なんだ。基礎教育の修了は、目安とはいえ12歳だし、実際男子はほとんどが12歳だというのに。

 私は探究心を抑えきれず、式が始まる前に、そっと隣に座る子に聞いてみた。

「女子の入学は遅い方が一般的なのですか?」

 こちらを振り向いた隣の少女は、茫洋とした瞳をしていたが、聡明な口調で私の知りたかったことを的確に答えてくれた。

「女子のアカデミー生は、家政学やマナーを学ぶ他に、結婚相手を探しに来ている場合がほとんど。だから花嫁修業や美容に磨きをかけて、年頃の15歳に入学するのが一般的よ」

 なるほど。学校生活で相手を見つけた方が、お見合いより性格がよく観察できて安心だものな。

「12歳で入学する女子は3種類。一つは勉強好きの秀才、二つ目は奇人変人」

 いやーん!奇人変人を名乗るのはイヤだけど、秀才を名乗れるほど優秀じゃないわ。三つ目に賭けよう!

「三つめはお妃候補よ。アシュレイ殿下の婚約者、ヴィクトリア・ケルン様みたいにね。あなたはどれ?3番?」

「2番です…!」

 変人のレッテルもやむなし…!


 しかし良い話を聞くことが出来た。

 女子が結婚相手探しに15歳で入学することが一般的ならば、男子側にもあわよくば相手を見繕いたい認識があるだろう。この設定は乙女ゲームの舞台として相応しい。私がやきもきしなくても、アカデミーの高学年になれば勝手に恋愛し始めてくれる。

 常々、うつつを抜かし過ぎる学園モノに対して、『勉強しろよ』というツッコミを抱いていたが、登場人物たちの恋愛脳にもこういう裏事情があったわけだ。


 壇上に人が上がり、私達はお喋りを止めて、正面に向き直る。

 学長の訓示もそこそこに、私は今後の方策に思いを馳せた。

 現時点で、私のやらねばならない事は一段落しているから新しい事に取り掛かれる。


 舞台をアカデミーに移すにあたり、やっておきたいことは二つある。

 まず校内の探索。

 探索は個人的にとても楽しい上に、荒事イベントにも謎解きイベントにも役立つ。シナリオを知らない私は、情報収集を怠ったら最悪詰むので念入りにやりたい。

 それから登場人物探し。

 先輩もいるだろうし、シャロンと同い年の男子なら今年の新入生ということになる。

 目立つ奴やイベントを起こしている奴は、ロックオンして身元及び素行調査だ。調査にはクロードやケンドリックの力も借りられる。ホント助かる。

 よしやるぞ!穏やかそうな学校生活に乾杯!シナリオ攻略に全力投球!!


 挨拶やら祝辞やらも頂いたが、想像していた前世のような入学式とはちょっと違い、授業選択のやり方だとか、提出物の期限や校内案内を希望する者の集合時間など、話の大半は明日以降の実務的な内容だった。

 その後、監督生プリーフェクトを紹介すると言って、白い制服の男女が13名、登壇した。

 代表で挨拶する男子生徒には見覚えがある。

 見忘れるはずもない美貌は、リュカオンの兄であり、王宮で一度顔を合わせた第一王子のアシュレイだ。

「諸君、入学おめでとう。学校では教師の先生方を御父上、御母上。我々監督生プリーフェクト兄姉けいしと思い、過ごしてもらいたい。困ったことがあってもなくても、気軽に声をかけてくれ」

 ざわ、と新入生たちがどよめいた。誰もが王子の顔を知っているわけもないので、どよめきはその美しさに驚いたせいだろう。


 王子って大変だな…。

 馬鹿やるわけにも、成績が普通と言う訳にもいかず、王族としての責務を果たした結果、他にもやることはあるだろうに、優等生として委員長みたいなことまでやらなきゃいけないなんて。

 ちょっとぐらい羽伸ばせば?と思わないでもないが、監督生ぐらい務まらずして、将来王太子など務まらないのかもしれない。しがらみの多い人生だ。余計なお世話だけど、支える人がいてほしい。切実に。

 白い制服は、輝くような金髪で爽やかなアシュレイによく似合っているが、濃紺の群衆の中でとても目立つ。

 いつでも注目されていて、気が休まらないし、汚れやすい白い服は気を遣うし、あと食事の際の緊張感も半端ない。

 なんなの、監督生って罰ゲームじゃん。絶対イヤだわ。


「明日、学内を案内する監督生プリーフェクトが、今から席の前まで行く。顔と名前を覚えておくように。入学後すぐはトラブルも多いので、誰に相談するか迷ったら、担当の監督生に話すといい」

 アシュレイ以外の監督生たちが壇上を降り、ばらばらとそれぞれ新入生の前へ散っていく中で、私の席の前には一際美しい少女が立った。


 豪華絢爛な縦ロールで丹念に巻かれた髪は、冴え冴えとした銀色。大きいのにキリリと吊り上がった目元は涼し気で、ブルーグレーの瞳は沢山の星を湛えている。ポンパドゥール風に前髪をまとめた後頭部を大きなリボンが飾り、高く秀でた額におくれ毛が少しかかっている。細く通った鼻梁、人形のように重たそうな睫毛。溢れる気品。気高い佇まい。

 凄い美人だ。そして、既視感…。

 既視感がすごいわ、この人…!


 ほら、あのかたにそっくり。

 70年代の少女漫画界に彗星のごとく登場し、今なおレジェンドとしてオマージュされ続ける『善なる悪役令嬢』。

 ほらあ、わかる?わかって!!!

 金髪縦ロール、きつめ美人のお嬢様キャラは、全てあのかたから派生してるのではなかろうか。

 違う!本当に意地悪なほうじゃなくて、厳しく導いてくれるスポ根美人のほう!

 誤解の無い様に言っておくけど、テンプレートなお嬢様キャラの雛型となった元祖は、姑息な意地悪タイプじゃなくて、孤高の求道者タイプよ。厳密には悪役令嬢ではないけど、私の持論から言うと、ヒロインを上へと引き上げる『善なる悪役令嬢』に分類される。

 『善なる悪役令嬢』は『ライバル令嬢』と言い換えても良いのかもしれないが、『ライバル』という対等な語感では、立場の高低差や、立ちはだかる壁のイメージを上手く表現できていないと思うので、前者を採用しているわけなのだ。


 言葉の定義はさておき、元ネタは金髪だけど、あの方が実写化したらこうよ。

 ねえ、意地悪かどうかは置いといて、この人絶対悪役令嬢でしょ!?アシュレイ殿下の婚約者でしょ!?

「皆様、初めまして。わたくしはヴィクトリア・ケルン。皆様に、姉とも思っていただけるように心を砕くつもりです。よろしく頼みます」

 ほらね!やっぱりね!!

 ヴィクトリアという名前も攻めている。前世で言うなら『勝子さん』というところか。

 おしょう夫人…!叱られてみたい!!


 その時、バアアアン…!と、後方から大きな音が鳴り響いた。

 生徒も教師も、講堂内にいる全員が、一斉に音のした方向を振り返る。

 閉まっていたはずの出入り口が開いている。大きな音は力任せに扉を開けた時のものらしい。

 入り口には、逆光で黒いシルエットの、扉を開けた張本人が立っていた。

「遅刻して!申し訳ありませーん!!!」


もしかして今の人はお蝶夫人とかしらないのかな。

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