制服は五割り増し
全然まとまっていませんが、とりあえず続きを書いていきます。
結論から言うと、私はアカデミーの試験に合格し、奨学金基金と事業計画は父の裁定を通過、そしてリュカオンの見合いを減らすための噂はすでに流布しはじめている。
改めて結論を報告しなさいと指定された翌日の朝、人材派遣事業を資金源とし、その事業の参加者全員が申請出来る奨学金基金の計画を打診すると、父はただ
「やってみなさい」
と言った。
そこからはもう自分史上最高に忙しい、目の回るような毎日だった。
受験に合わせて試験勉強。もしも失敗すれば人の世話を焼いている場合ではない。高校受験レベルの応用とは言え、絶対落ちるわけにいかないとなれば必死にもなる。
試験が終わった後はクロード、ケンドリックと事業の打ち合わせ。既存の人事部からどの程度流用し、新しい部署としてどこに位置付けるか、法規の確認や、服務規程の作成など、やることは振ってわくようにいくらでもあった。
4年前の300人お茶会の時も準備には奔走したが、新しい事業となれば自己満足では済まない。
父に何度もリテイクを食らいつつも、裁可にまで漕ぎつけたのは、ひとえにクロードとケンドリックの尽力と才覚の賜物である。特に、ケンドリックが書いた事業計画案の草稿なしには、早期の事業設立は成し得なかったであろう。
事業名は、交渉の為にも、使用人たちの利益の為にも、家名を最大限利用すべく、『バーレイウォール・サーヴァンツ・パートナー』とした。雇う側でなく、働く側の立場に立った経営理念を明確にする意味も込められている。
実務は人事機関の下部組織として、トリリオン家の面子と新たに採用した就労斡旋待ちの人員に任せられることになった。
一番需要が大きくなると思われる冬場の本格運用に向けて、今は登録者の確保と試験運用に向けて調整中だ。
何はともあれ、私はこの国に人材派遣業を生み出してしまった。需要と供給に合致すれば、類似の業種は広がっていくだろう。この制度が不幸な就業者を生み出さないよう、今後数十年は法整備を見守っていきたいところだ。
そうこうしているうちに、あっという間に二か月弱が過ぎて、明日はもうアカデミーの入学式である。私は勉強の甲斐あって合格し、三週間前すでに届いていたのに、ほったらかしてあった制服にようやく袖を通している。
制服に着替えて衣裳部屋から出てくると、クロードがすっと後ろに立って、肩のラインや袖の丈をチェックした。
「いいようですね。布に少々余裕を持って仕立ててから、体に沿うよう、丈をつめています。窮屈に感じることがあれば仰ってください」
そう言うクロードも制服を着ている。
クロードの制服はホワイトシャツに赤いタイ、濃紺のスラックスとブレザー。ブレザーは開襟部分が浅く、細身のダブルタイプで金のボタンがついている。袖口に金のラインと胸ポケットにエンブレムが入っている以外には装飾のない、シンプルでストイックなデザインだ。
私の制服は、同じくホワイトシャツに赤いタイ、襟なしのジャケットにミモレ丈のジムスリップ。(制服用の袖なしワンピースのこと)ジムスリップの胸当て部分は、ウエストコートのようになっていて、男子のブレザーと同様に浅い開襟のダブルボタンがついている。つまり前開きで、着替えに慣れない貴族の子女でも一人で身支度しやすい。羽織るだけのジャケットは腕のみごろがゆったりしているが、袖口を七分丈くらいまで長めに絞ってあり、身動きしやすく腕まくりの必要がない。柔らかく張りのある素材で、スカートはパニエなしでもふんわり広がって優美なシルエットだ。
男子のスタンダードな形に比べて、女子の制服は機能的でありながら、品を保ちつつ洗練されている。情熱的に改良を繰り返した跡がうかがえる。
きっと貴族の女子は着るものにうるさいからだろう。
説明の便宜上、男子の制服と言ったが、実は男女の区別はなく、スラックスタイプとスカートタイプ、だれがどちらを選んでもよい事になっている。
今度は私がクロードの後ろに回って肩のラインや袖丈をチェックした。
「良く似合っているわ」
「恐れ入ります」
濃紺の制服姿は、彼の柔らかい美貌を引き締めていて、美少女顔のクロードも五割り増しで男の子らしい。制服万歳。
制服萌えは比較的ポピュラーなフェチシズムだろう。
この場合のフェチシズムは、性的倒錯ほど強い意味ではなく、俗用である嗜好の域を出ない。しかし服を着ている中の人間よりも、制服その物が判りやすい価値を持つ点において、フェチシズムとは切っても切り離せない関係であると言える。
制服萌えに重要なのは、デザインの美しさもさることながら、所属団体のアイコンであることだ。
着用している人間にまつわる諸々のイメージを、制服は見る者に雄弁かつ簡潔に語る。
例えば、とある学生服の少年を見た時、それが有名な進学校の制服だと知っていれば、着ている存在を賢く優秀な学生だと認識してしまう。単なる服飾以上の情報量の多さが制服の魅力である。
看護師や軍人などの制服も、職業に付随するイメージから、強固な執着が生まれるアイテムだ。
特に軍服の世界は、国、時代、階級章に勲章、礼装用に戦闘用など、軍服フェチは微に入り細に入り詳しいのが普通だ。私は軍服にも熱い敬意を払っているつもりだが、半端者など門前払いの奥行きの深さで、さわりを語ることも難しい分野である。
学生服へのイメージは、さしずめ青春時代への憧れとノスタルジーだろうか。
さらには最高学府であり、王侯貴族や未来のエリート官僚のアイコンとくれば、萌えと陶酔を捧げるのに充分なアイテムである。清廉なデザインが醸し出す、見た目の情報と中身の情報の齟齬、いわゆるギャップ萌えには、平常な呼吸を保てない程興奮する。輝かしい才能を、上品だが地味な制服に、ストイックに押し込めた様は正に萌え!4000字ぐらいの小論文を一息に書き散らしたい。考案者の趣味の良さを確信せざるを得ない。とは言え……。
私はクロードの制服と鏡の中の自分の制服を交互に見比べた。
自分が着る分には、あまり有難みは無い。
再び前に回ってクロードに向き直り、視線の高さに違和感を覚える。
「あら?あなた急に背が伸びたんじゃない?」
「え?ああ…、そのようですね」
「このところ、ずっと座って計画書を書いていたから気づかなかったのね。背が伸びて、声が低くなれば女の子に間違われることもなくなるわ」
背が高く大人びた表情のクロードは、14歳の美少女にはあまり見えないが、18歳くらいの美少女には見える。
「今だってもうそんなには間違われませんよ」
クロードは不本意そうな顔で言った。今でも少しは間違われているのだな。
そこへノックの音がして、私の返事から間髪入れずに扉が開いてケンドリックが現れた。ケンドリックもクロードと同じ制服を着ている。
「あなたもアカデミーに通うのね、ケンドリック」
仲間が多いのは嬉しい。私は思わず顔が綻んだ。
「なんだ、知らなかったのか?俺は二年前から通ってる。大きな商家の跡取りで教養も勉強も必要だし、未来のお偉方に顔売っとくのも大事だからな」
「言われてみれば…それもそうね…。クロードだって基礎教育は終わっていたのに、一緒に通わなくてよかったの?」
「2年前、ケンドリックと同じタイミングで通わないかという打診はありましたが、姫様のお側を離れたくなかったので断ってしまいました」
「断るなよ、ひでーな。でも心配するこたないぜ。アカデミーなんて何歳から通ってもいつ卒業してもいいんだよ。基礎教育が12歳で終わるとも限らない。何年も挑戦してる奨学生もいるから年齢はバラバラだ」
「今年から姫様と通えるので断って良かったです」
「アカデミー内では学生は平等だ。バーレイウォールって呼ぶから、俺の事はケンドリック先輩って呼べよ?」
「嘘です、姫様。授業は選択制ですから学年などありません」
「それで、ケンドリックの用件はなあに?私に制服姿を見せに来てくれたの?」
ケンドリックはずかずかと部屋の中を横切ったが、ソファには音を立てずスッと座る。
私も最近ケンドリックの事がよく判ってきた。粗野なのはフリだけで、根っから上品なのだ、この男は。
「んなわけあるか。噂の件だよ」
リュカオンの好みのタイプを聞き出せなかったことは、すでにケンドリックに伝えてある。結局、指向性のないプレーンな噂、『リュカオンは名前も分からない想い人を探している』という内容の噂を流すことになったが、最初から聞くなと言っていたケンドリックには想定通りだったようで、彼はすでにその噂を流し始めていた。追加の情報があっても、後から段階的に流れた方が自然なので、仕事は早い方が良いと考えたそうだ。
「情報源がウチであることは伏せられていても、気づく奴は気づく。意図を勘ぐる奴もいるだろうし、学校へ行けば直接あんたに話を聞きに来る場合もあるだろうから、対応には注意しろよ」
「わかったわ。基本の設定を守って、余計な事は言わないようにする。変に肯定したり否定したりで、つじつまが合わなくなったら困るものね」
「思わぬ方向に噂が転がっても、噂の発生源さえ我関せずを貫けば、ただの尾ひれだからな」
「もうそんなに噂になっているの?」
「俺の目標到達まではまだまだだが、殿下のお見合い状況には影響しはじめていると思うぜ、今度会った時に聞いてみな」
「凄いわ!ありがとう、ケンドリック!これでリュカオン様を怯ませて、勝利を掴むからね!」
「俺の用件はそれだけだ。じゃあな、また学校で」
私は席を立とうとするケンドリックを引き留めた。
「お茶ぐらいしていって。クロードお願い」
三人で座って事業の近況や学校の話をした。
制服姿のケンドリックは、始業式を終えた学校帰りだという。在校生は優先的に授業選択出来るため、一足先に授業計画表を貰えるそうだ。
ケンドリックは2年先輩らしく、同じ制服でも着方がこなれている。クロードのようにかっちり着込んでいるのも、暴きたくなるようなエロスがあって良いが、ケンドリックのようにタイと襟元を緩めているのも隙のあるエロスで良い。
こういうところが、私の考える、制服のもう一つの魅力である。
画一的な制服に詰め込まれた、異なる個性の窮屈さは、思春期の葛藤の隠喩だ。
そして同じ服だからこそ、微々たる着こなしの差に個性が際立つ。単なるコピー&ペーストではない差分の美学!ちょっとした着崩し方から考察する性格分析の楽しさよ!
ああ、明日の入学式以降は差分が山ほど見られる!楽しみだ!
学生時代には、制服の良さなどあまり意識しないものかもしれないが、私はすでに人生二週目の身の上だ。瞳にかかった邪なフィルターで、学生服を合法的に、じっくり鑑賞できるなんて、転生もしてみるものだ。
あと、これを言うと大抵、理解を得られないのだが、私はスラックスの足首のたわみが物凄く好きだ。良いたわみを見つけたらじっと目に焼き付けようとするくらい好きだ。なんでと言われても困るけれど、形?その形状がとにかく好きで堪らない。
足首の布が余り、靴の甲で押し上げられて、しわが出来ている状態の事なのだが、その状態になるにはいくつか条件がある。まずスラックスの布がある程度硬いこと、丈が長めであること、足が大きく、かつ足首が細い事。着るものの年若くて体が細く、成長期ゆえに丈を長めに仕立ててある、耐久性を考慮した学生服は、これらの条件を満たしやすい。
きっとよい『たわみ』にも沢山出会えるだろう。
翌朝、テンション上がり過ぎで早朝に目覚め、さらにワクワクが止まらず、せめて顔が下卑た笑みにならないよう気をつけながら、アカデミーへと登校した。
制服に筆を割きすぎて、入学式にたどり着けませんでした。




