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『ツンデレ御曹司』のチート

 二人して意気消沈してしまった私たちを前に、ケンドリックは長い溜息をついた。

「まあ、二人とも。そんなしょぼくれた顔するな。シャロンだってアカデミーに通いたくない訳じゃないんだろ」

「もちろんそうです。勉強は得意じゃありませんけど、姫様のお役に立つ事なら学びたいです。そうでなくても、護衛として常にお側に控えていたいと思っています」

「なら家庭教師に相談して、来年の受験に間に合うように勉強しろ。姫さんの方も、それに合わせて奨学金基金を設立するという内容で、明日の報告は問題ない。それでどうだ?」

 ケンドリックがお兄さんみたいだ。その優しさが、がっくり来た身に染みて、私は思わず涙ぐみそうになりながら頷いた。

「わかったわ。ありがとう、ケンドリック。シャロンもそれでいい?」

「はい。来年こそ、一緒に通えるように頑張ります」

「そうよね。方法は違うけどそれぞれ頑張りましょう。二人で乗り越えたら、きっと私たちの新しい絆になるわ」

「ポジティブシンキングすげえな」

 ケンドリックが心底驚いたという顔で茶化してくる。

「優しいのは落ち込んでいるときだけなのね」

「こう見えてケンドリックはシャイボーイなんです。照れているんですよ、お目こぼしください」

「だから、言うなっつーの」

 ケンドリックが肘で再びクロードを小突く。痛いわけではないのか、クロードはさあらぬ程をしている。

「そうと判ったら可愛く思えてきたわ」


「それはさておき」

「さて置かれたわ」

「うるせーな。時間が出来たから事業計画にも余裕が出来た。相談乗ってほしくねえのかよ」

「乗ってほしい乗ってほしい!」

「クロード時間大丈夫か?」

 ケンドリックの問いに、クロードは懐中時計の蓋をパチンと開いた。

「そうだな…。あと少しで学習室へ移動する時間ですがどうされますか?」

「えっと、そうね。ケンドリックの話を聞いてから、少し遅れていくわ。シャロンは先に行って、先生と学習計画を立ててきて」

「畏まりました」

 シャロンは部屋を退出し、私達三人はソファからテーブルに移動して、筆記具を広げた。


「聞いてやるから、どんな事考えてんのか言ってみな」

「奨学金だから、出来ればみんなの役に立つようなことがいいなって思っているわ」

「……。終わり?」

「残念ながら」


 オーバーテクノロジー的アイデアで面白い様に儲かる商売繁盛記。

それは『悪役令嬢モノ』の大切な構成要素である。少なくとも私はそう思っている。

 アイデアの妙、主人公の創意工夫、順調に大きくなる事業の一代記は心躍り気持ちいいものだ。

 そして一番大切なのは使い道である。

金さえあれば物語の展開には融通が利く。

 私は物語のシナリオを知らない分、情報集や強引なかじ取りにはある程度、金の力を借りるつもりでいるのだ。

 誘拐など不測の事態に備えて、いつも最低限の金策を身に着けているだけでなく、強制イベントの荒波に揉まれた末に、自活を余儀なくされた時の為にも、資金は必要だ。

 なのに何故、私がこの4年一度も事業経営に取りかからなかったのかと言うと。


 私には何の特技もないからである。


 転生令嬢たちは大抵、パティシエだったり、そうでなくても料理好きの料理上手だったり、あるいはメーカー勤務で商品の製造方法に通じていたりする。

 化粧品や被服、手芸といった分野が多いと思う。

 私には、そういった強みは何もない。一つもない。

 進歩したテクノロジーに浴しておきながら、その製造について考えてみたこともなければ、何かを作る趣味もない。

 誰でも経験しているであろう料理に至っても、普通に地味な自炊ぐらいで、そこまで料理好きではない。そもそも食べることにあまり興味がない。

 仕事と、物語の収集にだけ、時間の全てを使っていたのだ。

 一応管理職だったので、得意な事は30人ほどいた部下のスケジュール管理とシフト作成である。

 それが何の役に立つというのであろうか。

 よって、これと言った取っ掛りもないまま、私は万が一身分を失った時に備えて、お年玉を貯める子供の如く、貰い物を換金してチマチマと貯金しているのだ。


「そんなんで、丸投げは気が引けるとか、俺に何を期待したんだよ」

「素人が手を出しやすい業種を教えてもらおうと」

「そんなもんねーよ」

「うちは人の出入りには凄く厳しいでしょう?だから従業員の手配だとか、必要な業者の紹介とかはケンドリックに頼まなきゃ、勝手なことしたら怒られると思ったの」

 そう言うと、ケンドリックはホッとしたのか、語調が柔らかくなった。

「そこんとこ判ってくれてたのは、素直に嬉しいよ。本家に入る人間は厳選されている。直接顔を合わせる人間も同様だ」

 

 主な理由は防犯である。伝来の家臣たちで身の回りを固めてあるのは、私、ひいては父の身の安全を守るために必要な事だ。私がこの家で安心して暮らせているのも、徹底した危機管理意識の高さによるところが大きい。

 ましてや父は大都市の知事と大企業の会長を足したような存在なのだ。万が一のことがあれば家はガタガタになり、どれほどの人間が路頭に迷うか知れない。

 その割にイリアスはホイホイ貰われてきたような気もするが、それだけ身元はしっかりしているということなのだろう。


「基金設立までちゃんとサポートするから、まずは一週間ほどちゃんと考えてみろ。相談があれば聞く。法律はクロードも詳しいから頼っていいと思うぜ」

 実はもうすでに考えてこの状態なんだけどな。

 改めて必要に迫られたら何か思いつくかもしれないから、とりあえず言われたとおりにしてみるか。

「参考までに、あなたに任せたらどんな感じになるか聞きたいわ」

「おお、聞いてくれ。我らが姫君を冠する事業の構想を、俺はずっと前から用意している」


 商売の話になると、ケンドリックは生き生きとしだした。

「まずは姫様の年齢に客層を絞ったドレス工房だ。デビュタントから始まって、結婚適齢期ならばウェディングドレス、出産適齢期になればマタニティドレスと、成長に合わせてドレスを発表する。流行を作り出し、世代を代表するコレクションラインだ。

 もう少し派手にというのであれば宝飾ブランドだな。どちらもあんたを広告塔に使って、宣伝用と称して専用にデザインされた、この世で一番姫様が似合う商品を、皆が競うように身に着けるのが俺の夢だ」

 話の内容はスケールが大きくてあまり可愛らしくないが、大志を語るに相応しく、目は少年らしく輝いている。酔いしれる様に拳を握りしめる姿は、いつも冷静で斜に構えている時とは違う。

 凄く嬉しそうだな。


 ケンドリックにはクロードたちほど、大事にされてる感じはないのだけれど、やっぱり心の中は家臣要素が強いのかしら。

 いつものからかうような姫サマ呼びとは少しニュアンスが違って、熱く語るあまり階下での呼び方が出てしまっている。

 もしかしてもしかするけど、私がフランクな接し方を喜ぶから、わざとそうしているのかな。だとしたら、とんでもないスパダリじゃないの?

 リュカオンが権力に物を言わせるタイプの王子なら、ケンドリックは金にものをいわせるタイプの王子だ。こいつも王子だったか。


「もっと幅広くということであれば、色味やデザインで姫様をイメージした小間物屋だな。町娘たちがお小遣いで買えて、贈答用にも使えるような商品選択。お客の少女たちが、アカデミーで勉強を頑張る少女を応援するという構造で、基金の宣伝と企業のイメージアップ両方を図る」


 ケンドリックの商いの構想には付加価値がついている。付加価値があれば、人は良い買い物をしたと考える。それが他には代えられないくらい重要な物であれば、持てる限りのお金を出す。そこに適正な折り合いをつけるのが、良い商人というものだ。


「それは、すごくいいかもしれない。基金を支えてくれる人に、基金を利用する機会がある、というのが私の理想に近いわ」

 奨学金を受けるのは一握りの人間だが、夢を託し託される構図には浪漫がある。

「気に入ったか?この話でよければ、すでに目ぼしい職人や工房の見習いには声を掛けて、デザイン画をどんどん上げさせてる。事業に専念して製品化にかかれば一年以内に開店まで漕ぎつけられるぞ」

 小間物屋という発想自体は普通だが、そのビジネスプランの壮大さと手回しの良さは尋常ではない。もとより夏休みの自由研究がわりに起業するつもりだったのだろうが、それにしてもさすが財閥御曹司のエリート商人だ。

 私は唇に手を当てて、考え込んだ。

「それだと、お店を利用してくれる人全てに門戸を開かないといけないわね」

 あまり規模が大きすぎると収拾がつかなくなる。もっと対象を絞り込まなければ、私の手には余る。


 対象は誰に絞ろうか?

 私が報い、支援したいのは、バーレイウォールに仕える家の子供達である。

 本家に入る人間が厳選されているのなら、私が知っている人間はごく一部で、基金を支えうるくらい、膨大な数の人間が、バーレイウォール家に仕えているのではなかろうか。


 しかし家は家で何か助成をやっているはずだ。

「我が家にも学生を支援する制度はあるのよね?」

 この質問に答えたのはクロードだ。

「領地の高等専門学校コンプリヘンシブ大学カレッジは全額無料です。基礎教育機関からの推薦も充実していますし、成績が良ければ奨学制度として衣食住の保証もあります。その代わり、学校で学んだ年数分はバーレイウォール領に関する仕事に就くことが条件です。条件と言っても給金は出ますから、就職に失敗しないという事で、逆に進学の人気が出ている状態です」

「勉学が立身出世に繋がる流れが確立しているのね」

 金も時間もかかっている大掛かりな政策だ。そこに私の出る幕はない。

「あなたたちのように領地から出ている者はどうなるの?」

「家に仕える者だけでなく、エース家の商会で働く縁者にも資格があります」

 我が家は人材の確保と教育には余念がない。

 人員が厳選されるということは、余りも出るという事だ。エース家は財政と物資を司るだけでなく、雇用を生み出す事にも一役買っているようだ。

 なんとか私も頑張って貢献するとしよう。


「私が起業するとしたら、そこに関わるのは厳選された人…になるわよね」

「当然だ」

「そんなにすぐかき集められる?どれくらい前もってというか、つまり企画の締め切りはいつぐらいになるか知りたいのだけど」

「スケジュール管理は俺がやってやるから、まずは一週間アイデア出ししてろ。人材確保の事は心配いらない。各部署の上から順に人を取っていけばいいからな。繰り上がりで出世して皆幸せだ」

「引き抜かれた方の部署は、業務内容がそのまま人が減るでしょう」

「予備の人員から補充しますよ。人事はトリリオン家の管轄で、専門に人選を行う機関があります」

「それなら納得したわ。予備の人材なんて、贅沢だけれど、ある程度は必要だもの」


「お屋敷勤めはどうしても長期間長時間勤務になりやすいですから、都合の着かない者や体力的に勇退する者もおります。商会の仕事はちょうどいい受け皿ですよ。それでも分担して短時間で働いている者や、子育てが終わって復帰を待っている者もおりますが、福利厚生が充実しておりますので、食べていくにはさほど困りません」

 どうやら失業保険のような制度があるらしい。中世的な封建制の割りに先進的である。むしろ封建制だからこそ、家臣の面倒はまとめて見るということなのか。

「働きたいのに働けない者がいるのは勿体ないわね」

「実際、予備人員は頭の痛い問題です。当家は人材の流出を嫌う傾向があって、福利厚生などでの引き留めに、多大なコストを割いています。エース家による雇用対策も、効果はありますが限界があります」

 クロードが自分の悩みのように、ふうとため息をついた。

 私はそれを聞き、あまり深く考えずに発言した。


「庭師のビル爺やフィリップみたいに、他のお屋敷に貸してあげることは出来ないの?誕生会の時や、前に大人数のお茶会をした時も、見慣れない顔がいたのは増員していたんでしょう。予備まで抱えられない他のお屋敷の、一時的な手伝いでも、暇を持て余しているよりはいいじゃない」

「他所での短期就労を許したら、とても把握しきれません。必要な時、数が足りなくならないように気を配っている人事機関がパンクしてしまいます」

「個々に任せるんじゃなくて、人事機関が窓口になって契約を取ってくるのよ。余裕のある時だけ貸してあげるの。うちはコスト削減、使用人は働き口が見つかって、皆幸(ウィンウィンせだわ。そういう勤務形態ない?」

「家事使用人を傭兵のように運用するという事か?」

 ケンドリックが身を乗り出してきた。


「傭兵の事はよく分からないけれど、交渉するのも、契約するのも、給金を支払うのも人事機関が行うって事よ。そして依頼先から必要経費を頂くの。命じられた部署へ仕事をしに行くなら、うちの系列にこだわる必要ないじゃない?交渉は専門家に任せて、トラブル処理も引き受ける。安心して働けるから、就労希望者はもっと増えるかもしれないわよ」


 クロードとケンドリックが目をパチパチさせながら、顔を見合わせている。

 要は人材派遣会社である。二人の反応を見るに、似た制度は傭兵だけということらしい。

「いいですね」

「そう?問題が上手く解決するといいわね」

 私は問題解決に一役買ったことに満足し、乾いた口にお茶を含む。


 考え込んで、何か計算している風のケンドリックがぱっと顔を上げた。

「面白い。それで行こう」

「ん?人材派遣を奨学金基金の事業にするの?あなたの夢とは関係なくなっちゃうけど」

「女子ウケするファンシーな事業展開は、俺の夢ではあったが、もっと硬派で高潔な方がイメージには合うと思ってたからな」

ケンドリックの中の私はなんせ武将だものね。

「新しく事業を立ち上げなくても、小規模なら既存の制度を流用出来ますから、すぐにでも始められますね。実はバーレイウォール家の使用人は人気があって、引き抜きの声は沢山かかるんです」

「事業拡大も、ぱっと思いつくだけで無限大だ。夢が広がるなあ」

 クロードが思い出すように思案顔で、ケンドリックは嬉しそうに言う。そして机の上の用紙に勢いよくメモを書き散らした。

「じゃあ俺、帰って企画書作るわ。姫サマちゃんと勉強してろよ」

 メモを片手にさっと立ち上がり、ケンドリックは意気揚々と帰っていった。


 あれだけ派手に取り乱し、地団駄と嘆きの韻を踏んでから、まだ一時間も経っていない気がするが、もう問題は解決してしまったのだろうか。

 今更ながら、ちょっと恥ずかしい気がする。

 いいえ!自分ひとりじゃどうにもならなかった。私は仲間作りに成功したのよ。

 今こそ過去の自分を褒める時!よくやったわ、ローゼリカ!!


 これでアカデミーの受験に失敗したら洒落にならない。

 私は澄ました顔で茶を飲み下した。

「勉強しよっと」


次回から12歳学校編って感じの内容になります。


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