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3カメの有効活用

「やだ…」

 呆然と呟くと、いよいよ実感を持って感情がこみあがってきた。

「やだ!」

 私が勢いよく立ち上がった拍子にローテーブルの茶器がガシャンと音を立てる。

「やだーーーーーーー!!」

 私の絶叫が部屋中、屋敷中に響き渡った。


 大事な事なので三回言いました。

 もしもテレビドラマ仕立てであれば、1カメ2カメ3カメと、3アングルにて私の不満爆発顔をご照覧いただけたであろう。

「やだやだやだやだ、絶対イヤ!!シャロンとクロードがいない学校生活なんてありえない!無理!無茶!!無駄!!! 」

 一度立ち上がったソファに、今度は頭からダイブしてジタバタと手足を振り回した。

 最近、物事がトントン拍子に進むと思っていたのにこんな落とし穴があったとは!キャラが沢山出てきて、状況も変わってきて、迷いが生じはしたが、状況判断に役立つ素材が揃ってきたからだと思う事にしたのに!

 シャロンがアカデミーへ行かないとなるとどうなるの!?

 いいや!それより3人で学校へ通う、私の楽しい妄想の数々をどうしてくれる!


「夢も希望もない地獄!絶望は霹靂の如く!理想郷は遠のく!二人のいない学生生活は意味不明至極!まるで悦なき囚われの牢獄!」

 おおお、と慟哭と共に天を仰いで泣きわめく。

 取り乱すことはあっても、これまで駄々をこねるようなことが一度もなかった私の、あまりに潔い地団駄に、最初はオロオロしていたクロードが、嘆きのラップを聞いてほっと胸を撫で下ろした。

「そんな韻を踏んでリリックに嘆く余裕があれば大丈夫そうですね」

「全然大丈夫じゃない!あまりの絶望に私の語彙力が火を噴いているのよ!たった一人で学校へ行って、一体何をしろっていうの!?」

「勉強です」

 シャロンの端的にして的確なツッコミが冴えわたる。

「お父様もどうかしているわ!箱入り娘の私を一人で学校へやるなんて、危ないって判らないのかしら!?」

「先ほど王族も通う学校は安全だとご自分でおっしゃっていましたが」

 あー!聞こえない聞こえない!

「二人がいかないなら私も学校なんて行かない!家で勉強する!」

「すでに授業料と寄付金の段取りはついていると聞いております」

「まだ試験も受けてないのにそんなのおかしいわよ!」

「そうおっしゃっても、事実です」

「いくら姫様でも、上様の面目を潰されるような行動は支持致しかねます」

 クロードとシャロンが困った様に私を宥めようとする。


 が!

 それで私が諦めると思ったら大間違い。説得を諦めるのはあなた達のほうよ!

「ならあなた達が学校へ行く以外に残された道はないわ!クロード、願書の締め切りはいつ!?」

「明日いっぱいです」

「お父様の今日の予定は」

「午前中に宮中へ出仕のご予定です。そろそろお支度の時間かと」

 私はがばっとソファーから跳ね起きて扉へ駆け寄った。

「こんなところで管巻いている場合じゃないわ。お父様を捕まえる。二人ともついてらっしゃい」


 廊下を全力疾走する私の後ろを、シャロンもクロードも悠然とついてくる。

「走るなとは申しませんが、トップスピードはいかがなものかと…」

「日頃鍛えたダッシュを今使わずしていつ使うのよ!」

 廊下から吹き抜け階段に出ると、階下に見える玄関ホールには人だかりが出来ている。

まずい、父を見送る使用人たちだ。

 私は方向転換の為に手すりを掴み、遠心力を乗せて、手すりに腰掛けて一気に滑り降りる。

 有事に備えて4年前から毎日欠かしたことの無い邸内ダッシュ・タイムトライアル。遣いどころは全然違ったが役に立った。

「待ってくださいお父様!」

 飛び込んできた私に使用人の生垣がすっと割れて、つんのめるように父の前にたどり着いた。外出着に帽子と鞄を携える父は今まさに出かけようと扉の前に立っていた。

 危なかった。

「やあ、見送りに来てくれたのかい、ローゼリカ」

 髪を振り乱し、手すりを滑ってきた私に対して、眩しいものを見る様に目を細める父は、よっぽどの親馬鹿か、些事には構わぬ大物のどちらかだろう。

 口上も前置きも無用。私の要求はただ一つ。

「クロードとシャロンもアカデミーに行かせてください!」

 

 父は驚きを隠せず目を丸くし、それから思案顔になった。

「その話は長くなりそうだね。今でなくてはいけないかな?」

「お父様さえ、うんと言って下さればすぐ終わります」

「人の進路に口出しはいけないと、少し前お母様に叱られたばかりだったと思うのだが」

「これは我儘ではないのでお母様の訓示は無効です」

 私は一つ深呼吸し、胸を張って父に相対した。

「イリアスが進学延期を伝えたのは今朝なのに、すでに支払い段取りがついているという事は、進学するかどうかに関わらず支払い金額が決まっていた。つまり授業料二人分相当以上の寄付を頼まれていたのですよね。お父様はただ寄付するより学校へ通わせた方が得だと仰いました。世間知らずの私を一人で学校へやるのはご心配でしょうから、余った寄付の分を使ってクロードとシャロンが一緒にアカデミーへ行ってくれます!これは双方に有意義な提案です!」

「そんなに何でもかんでもお見通しのお前を心配する余地があるのか疑問だね。初めての我儘らしい我儘をきいてやりたい気もするが、しかし…」

 よし!もうひと押し!

「二人ともとても優秀です。私が学校へ行くなら仕事も減るのに、学びの機会を与えないなんて、我が家の損失だと思います!」

「そこまで言うからには、目標があるのだろうね。クロードは何を勉強するつもりかな」

 父は私から視線を外してクロードを見た。

 しまった!打ち合わせしてない!

 目標のない勉学など高尚な道楽も同然だ。この流れで答えられないと、全ての説得力を失い、最悪話はご破算ということに…。

 付いてきただけのクロードが突然話を振られて、ごくりと喉を鳴らすのが見えた。

「クロードは、私と一緒に領主免許を取ります」


 クロードと父が一斉に私の顔を振り返った。

 全国の貴族嫡子がそのためにアカデミーへ集まり、また奨学生も取得を義務付けられているのが領主免許だ。トリリオン家は代官をすることもあると聞いたし、とっさに出た言葉だが、クロードの目標としては妥当である。

「ふむ。そういうことでいいのか、クロード?」

「はい。あの、上様が、お許しくださるのでしたら…」

「可能性が広がるのは素晴らしい事だ。お前を公平に応援するよ。ではクロードの学費は、領主免許取得にかかる平均的な期間である6年分、私が出そう」

「ッッしゃッ!!」

「ローゼリカ、その雄々しいガッツポーズは今後控える様に…」

 父の言葉を受けて、私はコロリとしなを作ってほほ笑んだ。

「ありがとうございます、お父様」

「しかし、用意した金は授業料二人分だった。シャロンが学校へ行くのは構わないが、その分はローゼリカ、お前が自分で何とかしなさい」

「わかりました」

 あわよくば学費三人分出してもらおうというあては外れてしまったが、寄付金額は二人分だろうと踏んでいたので想定内。交渉は成功だ。

 授業料は決して安くはないけれど、私の資産は6年以上の支払いに耐えられる。目減りしてしまった分は領主の勉強を頑張って、卒業してからでも運用に励むとしよう。


「お前にはアカデミーに一人通わせるくらい訳ないほどの資産がある。しかし過度の寵愛はシャロンの階下での立場を悪くするぞ。そのことをよく考えてから、明日の朝までにもう一度結論を出しなさい」

 話が思わぬ方向へ転がって、私はホクホクの笑顔に冷水を浴びせられたように、氷り付いて青ざめた。表情の変化で、言葉を正しく理解したと判断した父は、にこっと笑うと、ちょんと帽子を持ち上げた。

「それじゃあ行ってきます。お前の良いアイデアを期待しているよ」

「い、いってらっしゃいませ、お父様」

 いってらっしゃいませ!と見送りに出た使用人全員が合唱し、一糸乱れず同じ角度で頭を下げる。

 その後は統制の取れた動きで、車まで付き従う者が父と一緒に扉から出て行った。

 玄関で見送る者は全員全く同じタイミングで顔を上げる。

 私の険しい顔に気付いたクロードとシャロンはすぐに寄り添うほど近くへやってきた。

 何か言いだす前に、私は二人の手を片方ずつ握った。

「ケンドリックは今どこ?」

「彼は今、隣の敷地の使用人寮で寝食しています。今日も恐らく寮の自室にいると思います」

「今すぐ呼んで。力を借りたい」




「ケンドリック、お呼びにより参上いたしました~…あ!?」

 ノックをしてから扉が開くまでの時間ももどかしく、私は扉から顔を出したケンドリックの胸元に飛びついた。

「ケンドリック、助けて…ッ!シャロンが大変なのよ!!」

「なん…何がどうした!?事故か病気か?腕の立つ変質者か!?」

 ただの変質者にはシャロンが負けないと判っているあたり、ケンドリックは賢い。

 ケンドリックは私を守るように庇って周囲を見渡したが、部屋の中にクロードとシャロンの姿を見つけて、ほっと表情を緩めた。

「焦った…!ビビらせんなよ。非常事態かと思った」

「私が負ける相手にあなたが勝てるわけないのに、呼ばれるものですか」

 シャロンはリュカオンだけでなく、ケンドリックにも辛辣…と。

「掛けて、ケンドリック。早速本題に入るわね」


 三人そろってアカデミーに通えることになったが、シャロンの学費については自分が出資することになった。しかし父はシャロンばかり特別扱いしては、使用人の仲間うちで良い事にならないという。

 それは少し考えればわかる。誰だって同じような境遇の者が、羨むような幸運を手にすれば羨望と嫉妬の気持ちが湧いてくるというものだ。

「だから私は、アカデミーに行くチャンスを他の実力がある子たちにも与えなきゃならないってわけ!」

「そこで諦めない所が『漢!』って感じで好感持てるぜ」

 ケンドリックがビッと力強くサムズアップする。

 誰が漢よ。悪い気はしないわね。

「だから私が発起人の奨学金基金を設立したいんだけど、先立つものが無いから、あなたにビジネスの知恵を借りたいの。明日の朝お父様に報告しなきゃならないから、ヒントなしじゃとても無理だわ」

 父から与えられた課題をクリアしなければシャロンを学校へ通わせることは叶わない。その難しさに思わず表情が引きつったという訳だ。


「僕はてっきり、上様のお言葉は『シャロンの立場が悪くなっても守り切れるのか』『それでもアカデミーへ行くことがシャロンの幸せなのか』よく考えなさい、という意味なのかと思いましたが」

 クロードが言う。

「え!そういう意味だったのかしら?でもアイデア期待しているって言ってたわ」

 私はオロオロとクロードとケンドリックを交互に見比べた。

「クロードの言う事も含まれているだろうが、解決方法は何でもいいと思う。『他にも公平にチャンスを与える』なんて姫サマらしくていいんじゃないか」

「本当!?私の資産を元手に事業を起こして、シャロンは最初のモデルケースという事にするの。毎年二人ずつアカデミーへ行けるぐらい利益が上がればいいかなって思うんだけど、どういうことをすればいいかな?」

「こういう時、普通のご令嬢はチャリティーイベントで寄付を募るのがセオリーなんだが…、ウチのはうんと言いそうにないな」

「当たり前でしょう。バーレイウォール専用奨学金よ。どうして他所からお金が集められるのよ。そのお金で自分の家の子を学校へやるべきじゃない」

「はい。ですよね。まあ、俺に相談したのは大正解だ。パパッとローゼリカ名義の会社作ってやるよ。利益が学費二人分あればいいんだったな?」

 ケンドリックは懐から出した手帳にサラサラと何か書き留め始める。私はポカンと呆気にとられた。

「そんな簡単に?あなたって凄いのね…」

「俺ってこう見えて財閥の御曹司なわけ。会社一つ作るくらいは夏休みの自由研究みたいなもんだ。あ、会社名何にする?」

 ケンドリックは心なしかウキウキしている。

「でも、全部あなたに任せっきりだなんて、気が引けるわ」

「何かアイデアがあるなら、それを手伝うが」

「うっ、それが何にもなくて…」

「時間ないんだろ?ゼロからいきなり納得いくもの作るなんて、出来れば世話ねえぜ。ある程度形にして報告するってんなら、任せてくれないと間に合わないぞ」

「そ、そうよね。あのでも、あなたはただ働きということに……」

「俺は商人だから、見返りはいくつか考えてる。例えば、お客様を紹介してもらう手数料がわりという事でもいいし、高級宝飾ブランドの広告塔になってもらうのもいい。投資って事にするなら、アカデミーで教養付けて、注目の美人に育ってくれよな」

「そんなことでいいの?私にできる事ならするけど、あなたの思っているように務まるのかな…」

 私はガラにもなく、もごもご呟いた。

 だって割に合わない気がする。

 広告塔でケンドリックが思うように利益が上がらなかった場合はどうすればいいの?

「ケンドリックは会社の跡取りである前にバーレイウォールの家臣です。姫様に頼られて彼なりに喜んでいると思いますよ」

「ハッキリ言うな、恥ずかしい」

 ケンドリックは肘でぐっとクロードを小突いた。

 頼りになって本当にありがたいけど、難しいと思っていた話がこうもポンポン進むと、戸惑ってしまう。流れに乗ってる時は、簡単に話がまとまるというのはこういう事なのだろうか?上手く行き過ぎて不安だ。


「姫様。無理です」

 シャロンが珍しく会話に割って入った。

 そう言われるとついむきになるのが私である。

「む、無理じゃないわ。あなたと一緒にアカデミーに通いたいの。頑張らせてちょうだい。ケンドリック、我儘言ってごめんなさい。こだわってる場合じゃないわよね。私、なんだってやるから!」

 覚悟を決めて宣言すると、ケンドリックもクロードも青ざめてぶるぶる首を振った。

「あんたは主人で、何でもやらせないために俺たちが居るんだぞ、止めてくれ」

「そうです。二度と言わないでください」

 あら、何か間違えたみたいね…。


 シャロンも慌てて首を振っている。同様に顔色が悪い。

「違います。姫様ではなくて、私の事です。今の私では一般試験に合格する学力がないという意味です」

「まあ、そんなこと!まだ試験まで一ヶ月あるわ。大丈夫よ、一緒に勉強しましょう」

「先日やってみた過去の試験問題は目を覆いたくなるような結果でした。自分は受験しないと思っていたので、ご報告しなかったのですが、こんなことならきちんとお話しておくべきでした」

「あなたも二年前、私と一緒に基礎教育の修了試験に受かっているんだもの。一回調子が悪かったくらいで…」

「満点だった姫様と違って、私は合格点ギリギリでしたし、さらに二年離れていたとなると、勉強には時間が掛かると思います」

「ほ、本当に?」

 諦めきれずに食い下がる私に、シャロンは申し訳なさそうに、けれどもしっかり頷いた。

「今年の受験は間に合いません」

「そんなぁ…」

 一難去ってまた一難。一体どうなりますことやら。続きはお次の講釈にて。


無駄な表記ゆれはなくしたいと思っているんですが、ギリギリすぎて修正する時間がない。

読み返してチェックしてもあとからあとからキリがない。


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