『正統派王子様』と行く!王城ツアー!! 2
兄上、と呼ばれた青年は掌を軽く下に落とし、座れと合図した。
素直に座ろうとしたのは私だけで、後の三人が微動だにしないのに気づいて危うく踏みとどまる。
侍従がすかさず、リュカオンとクロードの間に増やした椅子に、第一王子は苦笑いで座る。ようやくリュカオンが座り、続いて私達も席に着いた。
「兄弟なのに礼儀作法など。堅苦しい」
「重要なのは、私が兄上を重んじているという事実だ」
危なかった。高貴な人より先に、席についてはいけないと、知識としては知っていたが全然身についていなかった。
「紹介する。兄のアシュレイだ。そしてこちらは私の友人達で…ローゼリカ、シャロン、クロード。新学期から同じアカデミー生になる」
「よろしくな」
「お初にお目にかかります」
第一王子のアシュレイ殿下は、たしか5つ年上の17歳だったと記憶している。
背が高く手足が長い。柔らかい猫毛のイエローブロンドで、襟足を少し伸ばしている。瞳は黄味の強いアンバー。
作り物のごとき完璧なる美貌はリュカオンと似ていないこともないが、髪質と色が違うだけで随分印象が変わる。上品で高貴な弟に対して、兄は豪華で煌煌しい。この兄弟が最も似ている部分は、羽ばたけそうな程長い下向き睫毛である。
骨が細く中性的な儚さの容姿を、明朗闊達な人柄で、華麗な印象に強く上書きしている。
「その髪…。もしかしてバーレイウォールの?」
「はい。娘です」
「やはりそうか。母が侯爵夫人と親しいので、話に聞いたことがある」
そう言って、アシュレイは人懐っこく笑った。
アシュレイ殿下の母と言えば、皇太子妃殿下だ。父親たちは友人らしいが、母親同士も親しいなんて、ましてやあの母に交友関係があるなど一度も聞いたことがない。
嘘というより社交辞令かもしれないな。貴人と親しいと言われたら、嬉しいのが人情だもの。
アシュレイは私から視線を外し、リュカオンに向き直る。
「可愛らしい声が聞こえると思ったら、麗しい来客中だったのだな」
あら?私の気持ち悪いほど熱くほとばしる銀髪談義、聞かれていましたか?大丈夫かしら。変な奴が友達になったとか心配されてない?
「午後から来ると伝えていただろう」
「いつものメンバーかと思って顔を出したんだ」
いつものメンバーって誰?リュカオンのご学友?そういうのもっと聞きたいんですけど!
私はアシュレイを質問攻めにしたい気持ちをぐっとこらえ、黙って兄弟の会話に聞き入った。
「またウィリアムをからかうつもりでいたのだな」
とはリュカオンの返答。
ウィリアムね。学友の一人の名前はウィリアム。覚えておこう。
「人聞きの悪い事を言わないくれ。弟のように可愛がっているのに」
「実の弟が二人いても足りないと見える」
「実弟は優秀過ぎて隙がないんだ。からかうのに向いていない」
「おかしいな。こんなに可愛い私の、何が不満なのだろう」
冗談を言い合う二人の兄弟仲は睦まじい様子だ。
リュカオンは言動が大人びているが、5つも年上の兄の前では弟らしい一面もある。その後、学友の話にはならないまま、アシュレイが冷たい茶を飲み干した。
「さて、そろそろ行かなくては」
「先約があったか。時間を取らせたな」
「なに、大丈夫だ。美人の前で、鼻の下を伸ばしている所をアレに見られたら、怒られてしまう。先手を打って迎えに行くよ」
「鼻の下を伸ばしていたら、義姉上の前に私が怒るから心配するな」
「姉と呼ぶのはやめなさい。まだそうなったわけではないのだから。生真面目だからいつも恐縮して可哀そうなほどだ」
アシュレイはそのまま座っているように言ってから席を立った。
私以外の三人の動向を思わず窺うと、全員座ったままでいる。
この場合は座っていていいのね。難しい。
「では可愛らしいお客様方。どうぞ楽しんで」
バシコーン!と音がしそうなふさふさ睫毛のウィンクを最後に、アシュレイは生垣の向こうへ去った。
いやー…、んん~…。
確かに青年貴族に見初められたりして、新しい出会いがあるかもと思ってシャロンにお洒落させてきたんだけどさ…。
無理めだよね?
アシュレイ殿下は勿論モブ顔ではないけど、攻略対象としてはどうかな~。
お嬢様の友達である王子の兄上って、関係性遠すぎだよね?接点少なすぎ、難易度高杉だよね?
「兄が突然失礼した。アカデミーの6回生で、今年は監督生を引き受けたそうだから、紹介しようと思って呼んでおいたんだ。困ったことがあれば頼るといい」
なるほど。アカデミーのトラブルで接点が生まれるのかな?しかし二人の口ぶりからいって、妃当確の婚約者がいるようだし、難しいのに変わりはないわね。
ヒロインのシャロンが素敵な女性に成長する3年後から5年後なら…、まだ結婚はしてないか。でも適齢期よね。お父様が結婚したの何歳の時だっけ?
分類するとしたら何枠かしら。年上キャラ?ちょっと大人びたお相手ということなら年回りはいいわ。
王子キャラはもういらないけどな。何人出てくる気だ。利き王子選手権かよ。
いっそ攻略キャラももういらない。
でもアシュレイを候補から外すとなると、「顔がモブではない」という攻略キャラの条件は完全にひっくり返ることになるし…。
私は一瞬で目まぐるしく考えて、深みにはまりそうになり、はっと我に返った。
いや、考えるのは家でも出来る。今はとにかく情報収集だ。
「我々もそろそろ行こう」
待ってました!王城探検に出発よ!!
まず最初に絵画の間へ行き肖像画の数々を見た。歴代の国王や歴史的偉人、建設当初の王宮の様子など、由縁と系譜の紹介に役立ちそうな絵が集められている。どれも見上げるような大きさで、豪華な装飾の額縁一つとっても、見応えがあるものばかりだ。リュカオンの簡単な説明を聞きながら次の部屋へ移動する。
王宮の図書室は勿論立派だったが、うちも負けてはないなと得心する。
「本城の図書室はもっと大きいが、広すぎる上に他の利用者もいるからな。またの機会があれば案内しよう」
「楽しみです」
今日の探索ではリュカオンの自室を見ることは諦めている。次回があるならチャンスが増えて、喜ばしい。
図書室横の学習室はいくつもあり、少人数制の豪華な教室のような部屋もある。
「兄が学校に通い始めてからは、私がこの一番広い学習室を使っている」
ロッカーと本棚と机、お揃いの調度が並んでいるが、椅子だけがバラバラである。
「椅子だけ揃いの家具ではないのですね」
「ああ。理由がわかるかな?」
「……。椅子だけは個人が座りやすいものを持ち込んでいるからでしょうか」
「正解だ。兄が始めたことに私も倣った。言動だけでなく、所持品からも性質がうかがい知れるようで面白い」
中には机と揃いの椅子も置かれているが、ちぐはぐな椅子は八脚。その数だけ学友がいるはずだ。答え合わせの為に尋ねる。
「ご学友は何人でいらっしゃいます?」
「八人だ。論議の授業には欠かせない存在だが、女子にはあまり馴染みがないか」
論議も訓練の問題だと言うからな。一国の王子がホイホイ言い負かされるようでは国益を損なうものね。
「はい。大勢ですね」
「知識だけでなく、他人の意見や立場に触れろというのが、父の方針だ。八人でも少ないくらいだが…、ま、アカデミーに行くまでの練習だな。そのうち特に仲が良いのは二人だけだが」
「ほほーん」
その二人の内の一人がウィリアムってわけね。せめてもう一人の名前も知りたいなあ。
「紹介しないからな?」
リュカオンはとっておきの笑顔でほほ笑んだ。
いちいち釘を刺さなくても分かってるっつーの。
どうせアカデミーで会うに決まってるし、ゲームシナリオ開始までまだ猶予があるんだから、ここはリュカオンの機嫌を損ねてまで無理するところじゃないわ。
リュカオンは王城見学の主旨を理解してくれていて、入っても差支えない部屋はあれもこれもと沢山案内してくれた。
私的謁見の間や、近衛兵の控室、サロンにダンスの練習ホール。
中でもダンスホールは贅を凝らした作りで、ドーム型の天井に、モザイクタイルが美しい幾何学模様を描いている。深い青色を基調に、濃淡様々な青系統と黄色の細かい模様で、星空を彷彿とさせる。
「これほどのお部屋が練習用だなんて。贅沢ですね」
「昔はここで内々の夜会も開かれたらしいが、母が病弱なものだから、社交は最低限でな。家族しか使わなくなったんだ」
その話、既視感あるわね。うちの母と同じだわ。あながちアシュレイ殿下が言っていた母親同士親しいというのも、病弱仲間で社交辞令ではないのかな。
リュカオンは顎に手を添えて、星空のような天井を見上げる。
「言われてみれば、技法的に難しいドーム建築が人の目に触れないのは、もったいないかもしれないな」
「歴史的建築物ですもの。時代を超えて人々に愛されますよ。お休みの期間があっても良いでしょう」
クロードとシャロンの二人は使用人だけあって、行動が慎ましく、話を振られない限り発言しない。リュカオンも気を使ってくれるものの、今日の目的は王城偵察であり、どうしても私が質問し、リュカオンが返答する会話ばかりになってしまう。そうでなくても、四人の中で私が一番お喋りだというのに。
「折角だ。一曲踊ろう」
おっ、この提案は渡りに船だな。
「リュカオン様は『盛夏の世の夢』が踊れますか?」
非常に難しい振り付けの一つで、踊れるかどうかで上級者を見分ける一曲である。
「ああ、一応。あんな激しいダンス、君が踊れたとは。少し見ない間に上達したんだな」
4年の付き合いで、私がどんくさい事はリュカオンも重々承知である。
「私は全然ダメなんですけど…、シャロンは踊れます!この素敵なホールで二人のダンスが見たいです」
シャロンは凄腕の護衛なだけあって、運動神経抜群だ。同じレッスンを受けていてもその差は歴然。ご令嬢の嗜みであるゆったりしたワルツだけでなく、競技用のようなキレキレ社交ダンスも踊れてしまうのだ!
「ね、シャロンお願い!」
「畏まりました」
シャロンはすっと前に出て、手を差し出す。
「ご要望とあらば応えよう」
リュカオンがその手を取って、二人はホールの中心の方へ進んでいく。
私とクロードは曲目を探して、蓄音機に音楽をかけた。
せっかくの機会だから、私ばっかり喋ってないで、シャロンにも見せ場を作るわ!
シャロンとリュカオンは、私が思う以上に仲がいいみたいなんだけど、男友達の関係に近いと感じる。足りないロマンチック成分をせっせと補充するのが私の役目よ。
音楽が始まって、決めポーズからの複雑なステップも二人は息がピッタリだ。
私が選んだシャロンのドレスが、素早いターンで花のように目いっぱい広がって、美しい弧を描いているのが嬉しい。
二人の仲の良さもさることながら、ダンスの巧さと相性の良さに、イイねイイね!とニヤニヤを押さえきれず眺めていると、徐々にステップが荒っぽくなってきた。
シャロンが多めに力強く回転すると、バランスを崩しかけたリュカオンが強引に引っ張り、ステップの乱れたシャロンがリュカオンの足を踏んだ。リュカオンは声を上げなかったが、結構痛かったのか、珍しくギュッと眉をしかめる。仕返しとばかりに女性側が辛い体勢の停止ポーズを、曲調を無視して長くとり、その後はもう、なんとか相手を引っ張りまわしてやろうと、喧嘩のようなダンスになった。
いや、でも仲はいい…。仲はいいはずなんだ。力が拮抗してるし、相手の力量をよく判っているから、乱暴でも破綻せずに踊っていられるわけだから。
シャロンはどうも、ツンデレ気味というか、私とクロードにはすごく良くしてくれる割りに、他の人にはそっけないところがある。
まっ、喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったもんよね!
曲が終わって戻ってきた二人は、息が上がってしまっている。
「よし、ローズ。次は君の番だ」
「いえ、お疲れのご様子ですからまたの機会に」
それに私、あんな素早いリードに付いていけないもの。
ダンスホールを後にして、西側の回廊に出ると、日が随分傾いていた。
宮殿は丘の一番高い所に立っている為、最初に通された西の庭からは丘陵の緩やかな傾斜と沈む夕日がよく見える。白い柱と廊下が淡いオレンジ色に染まって、黒い影を長く伸ばしていた。
「そろそろお暇しなくては」
「そうだな。送らせよう」
リュカオンは後ろの侍従に馬車の用意を合図する。
「待っている間、心残りがあれば聞いておくが」
夕日を見ながら、廊下からガーデンテラスへ出る途中、隣のリュカオンがふと私の方へ視線をやった。一足先に成長期に差し掛かった私の身長はリュカオンに追いつきかけている。
「じゃあ、王城の秘密を教えてください」
自邸と同じように、秘密の部屋や隠し通路が劇的に見つからないか探してみたのだが、やはり自力では見つけられなかったからだ。
リュカオンは表情を変えなかったが、戸惑ったのか、少しの間沈黙した。
彼は愛想笑いをするでもなく、ただ慈愛に満ちた眼差しをじっと私に注いだ。何気ない、相手の事を理解しようとするその誠実な表情が、いつでも端正な彼の中でも、一番美しい瞬間だ。
「城には3桁を超える秘密があると言われている」
そんなに!さすが王城!
裏通路に地下室、隠し階段がいたるところにあるなんてワクワクしてしまう。
「それを教えたら、君は私と結婚しなければならないが、構わないか」
「大いに構います。友達レベルで教えてもらえる秘密はないんですか」
「ふ、ふふ…」
あからさまに不機嫌になった私の可愛げのない顔を見て、リュカオンは穏やかな表情を崩さないまま、くっくっと肩を揺らして笑った。
器用ともいえるし、見ようによっては不気味だ。
何がそんなに面白い。
こいつ、絶対ホントは私と結婚したくないでしょ。
断られるのを前提としたネタみたいになってんじゃん。
「では、悪党が知ったら、ますます城を警戒する秘密だけ教えよう」
リュカオンは少し来た道を戻って、廊下の一か所をバンと叩いた。すると壁が少し前へ張り出し、横へズレて通路が現れる。
私は今日一番感動した。
スムーズな開閉。違和感のない偽装。本当は境目に少し凹凸があるようだが、壁の装飾で完全にカモフラージュしている。
「近衛兵の詰め所まで通じている通路の一つだ。中は狭くて女性が逃げるのに適しているが、ここから衛士が飛び出してくる可能性もある」
こういった通路がいくつもあれば、侵入者への抑止力になるという訳ね。
「見分け方は?目印はどこですか?」
私は壁にとりついてキョロキョロした。
「目印はない。扉からの距離で覚える」
「わかりました!」
歩数を測った甲斐もあるというものだわ。
それから、と言ってリュカオンはすぐ近くの応接室へ招き入れた。ここはすでに一度内装を見せてもらったところだ。
「ここはごく私的な会談に使われる応接室で、襲撃を警戒しなくてもいいように…」
部屋の中を歩いて行って、沢山並べられている椅子の中の、一番堅そうな一脚にリュカオンが座った途端、私のすぐ後ろの扉からカチンと鍵が閉まる音がした。
「決まった椅子に座ると、中から施錠されて、暗殺者に踏み込まれる心配が無い」
「私も!私もやってみていいですか!!」
代わりに座ってみると、わずかに椅子が沈み込む。
なるほど~。重量仕掛けの装置か~。
「もしも不足の事態が起こったら、そこに座って私が迎えに来るまで待っていなさい」
「合言葉を決めましょう!」
「そうだな。じゃあ、ブルネットと言ったら」
「ヴァイオレットですね!」
私はウキウキを隠し切れないほど上機嫌で帰りの車に乗り込んだ。
裏の目的まで察しているかのようなリュカオンの案内で、今日は大収穫だ。内宮の大体の構図が分ったので、帰ったらこっそり見取り図を作ろう。
それに、私がまさに恐れているトラブルに対処出来るような秘密を教えてくれた。このアドバンテージはきっと大きいわよ!リュカオンは本当に、頭も気立てもいい奴だ。
最近、なんだか調子がいいわ。
何でもズバーっと思った様に成果が出ている。いや、好みのタイプは聞けなかったけど…、ないものはしょうがないのよ。出来なかった事を悔やむより、達成できた事を大いに喜びましょう。
家に帰ると、ご機嫌の私をさらに喜ばせるような出来事が待っていた。
「お帰りなさいませ」
出迎えてくれたイリアスは、後ろに大男を従えている。
見上げるほど高身長の若い男は、黒い燕尾服にバーレイウォール家特製のウエストコートを身に着けていて、どうやら近侍のようである。
初めて見る顔だけれど、イリアスの近侍としてどこかから呼び寄せたのしら。
新しい近侍は両手を軽く握って、頬のラインまで持ち上げ、脇をきゅっと締めて、低音ボイスが裏返ったような声で言った。
「きゃーッ!姫様お久ぶり~!今日からまた本家でお世話になりま~っす。アタシの事はハーマイオニって呼んでくださいまし」
「!」
来た!ついに来た!
待ってたわ、私の癒し!
念願のオネエキャラ!!




