『正統派王子様』と行く!王城ツアー!! 1
王城へ行くために、私が真っ先にしなければならない事。
それは採寸である。
ドレスの採寸ではない。
『歩幅』の採寸である。
王城の大きさ、馬車から応接室まで歩いた距離、庭の広さや廊下の長さなどを把握する為に、物差しとして自分の歩幅を測るのだ。
王城は滅多に行ける場所ではないが、リュカオンルートならイベント舞台に成りうる。
シャロンが妃になるためには、必ず国の根幹に関わる事件を解決するような手柄が必要だからだ。
美しく広く、かつ慣れない場所はトラブルシーンに最高の舞台設備だ。悪役に追いかけられての大立ち回りは、令嬢モノの見せ場である。
偵察の機会を得た事は、チャンス或いは伏線に違いない。
ならばシナリオ以上の偵察成果を上げて、トラブル突破を容易にするのが上策。
出来れば直接対決に持ち込まないように、陰謀を阻止したい所存だが、希望は情報収集を怠る理由にはならないのだ。
まず当日履いて行く靴を決め、一歩と十歩の距離を測った。
12歳の私の身長は、前世の成人後に少し足りない程度である。
一歩は55㎝。十歩は約510㎝。
三回ずつ測ってみて、三回ともほぼ同じ長さだった。よかろう。計算通りならば百歩で5100㎝=51mとなる。
次に乗馬の練習で郊外の馬場に出かけた時に、パドックの直線50mを実際に歩いてみた。100歩で50メートルのラインを少し超えてしまうが、大体で良いのだ。計算しやすい数字が出てありがたい。
後は歩数さえ記録しておけば、王城の構造や距離感を把握するのに役立つ。
余談になるが、この国の長さの単位は、驚くべきことにメートル法が採用されている。
メートルとは、北極点から赤道までの子午線の距離を一千万分の1に分割した長さである。当然地球の円周が計算できなければ割り出せない。
一体何時代なんだ、この国の科学水準は。
そして何故、ヤード法や尺貫法などの人体寸法を起源に持つ単位系から切り替わったのか。
いきさつは判らないが、理由は判る。
おそらくキャラクタープロフィールの身長欄がメートル表記だからだ…。
参内当日。今回のドレスは、王城へのお呼ばれが目的という事で、格式高く、ミモレ丈のローブ・モンタント風に仕立てた。
上着の内ポケットには小さな筆記具を用意し、いつもよりボリュームのあるスカートの内側には膝上のソックスガーターで縄梯子と仕込みナイフを装備した。
こっそり支度中、スカートをめくっていたらシャロンに見つかってしまい、
「こんなもの必要ありません!」
と一度は危うく没収されかけた。しかし苦し紛れに
「使うつもりはないけど、もし使うとしたら絶対シャロンも連れていくから!」
そう言うと縄梯子を返してくれた。一緒なら脱走もOKのようだ。
シャロンは私自身で髪を編み込みハーフアップに整えて、ご令嬢風に。
クロードはシンプルだが仕立ての上質な一式を身に着けている。彼の家は家事使用人と言えど我が家の家老で、実はとてもお金持ちなのだ。
イリアスはどうしても用事があると言って譲らず、留守番である。
白い手袋と、髪飾りともいえるくらいの小さな羽帽子をかぶって、礼儀として誕生日に貰ったブローチを襟元に付ける。あとは小さなハンドバッグにオペラグラスを用意して準備万端だ。
迎えに来た王家の紋章を印した馬車へ乗り込んだ。
我がユグドラ王国の都アルビオンは、第三代国王の時代に建設された完全なる計画都市だ。街の中央に作られた広場と周辺の市場から放射線状に広がっている。
街全体が傾斜の緩やかな南向きの丘であり、王城はその都の北辺に位置する。
傾斜が緩くても距離があるため南と北では山一つ分くらい差があり、丘の上の最も高い所に建てられた城からは街全体が見渡せる。
尖塔も鐘楼も持たない直線的な建築で、規則正しく並ぶ窓とバルコニーの装飾が美しい。緑の丘の上の白い王宮の威容は、城から町が見えるのと同様に、街のどこからでも仰ぎ見ることが出来る。
城は王族の住まいである他、議事堂や式典ホールばかりか、騎士団詰め所や練兵場官庁などなど、沢山の複合施設であり、とにかく大きい。
王章馬車はそれとは気づかない程度の坂道を上り、城門を通って、正面玄関を脇にすり抜けて王宮の裏の方へ走っていく。
私は馬車の中からオペラグラスで周囲を見回し城の構造を観察した。
建築物は巨大で、あまり密集しておらず配置が判りやすい。周辺も、庭や木立はあるものの、遮蔽物は少なく概ね見晴らしが良い。
道に迷うことがなさそうで何よりだが、逆に言うとその名目でうろつくことも出来なさそうだ。
いざと言う時は、騎士団詰め所に駆け込むのが無難だろうか。
城門に入ってからも長らく走り続けていた馬車がようやく止まったのは、城の真裏にある車止めに着いた時だった。
街から見えるのは王宮の表側だけだったが、裏にはもう一つ玄関口があった。こちらは王族用のプライベート用出入口だろう。たしかに正面玄関からここまで歩いてくるのはかなり時間が掛かるし、誰かが通るたびに働いている役人たちが手を止めて挨拶というのも面倒だ。
表側の城と中庭を挟んで、外郭の繋がった宮殿がもう一つあるイメージで、奥の城は外観の印象もずいぶん違う。様式や装飾は統一されているが、表が質実剛健で堂々とした建築であるのに対し、裏は繊細で瀟洒な作りで、いくつかの小尖塔を備えている。
到着に合わせて、リュカオンが止まった馬車の前にやってきた。城からは馬車の動きがよく見えるに違いない。
「よく来たな。歓迎する」
「本日はお招きありがとうございます」
「こちらだ」
出迎えたリュカオンが前に立って案内してくれる。
さあ歩数を数えるぞ!
と意気込んだのも束の間、私はすぐ近くの、生垣に目隠しされた木陰のテラスに案内された。
当然のように後ろに控えて立とうとするクロードとシャロンにも、リュカオンは席を指す。
「君らも今日は私の友人で招待客だ。楽にしてくれ」
「恐れながら、流石に王宮で殿下と同席というのは、御身のご評判にも関わるかと拝察申し上げます」
「関係ないさ。それに君たちは身のこなしも上品で、私の学友とかわるところはない。気後れなどしなくていい」
さっすが~。リュカオンのこういうところは本当に好きよ。この寛容さこそ王者の風格だわ。
「お心遣い、嬉しゅうございます」
私は満面の笑みでお礼を言う。
偉いぞ!立派だ!いいところは褒めて伸ばそう。
四人で一つのテーブルを囲んで座った。その上のテーブルウェアは夏らしく涼しい色合いというだけでなく、私好みの調度で揃えられている。
下調べ感がすごい。付き合いが長いとこういうものだろうか。
「最初は温室にと思ったが、やはり暑くてな」
そりゃ夏ですものね。湿度の低いアルビオンでは、夏でも外の木陰ならば涼しい。
「まずはここで休憩してから案内しよう。いくつか考えてはいるが、どこか見たい場所はあるか?」
私は勧められて、王宮の侍従が入れてくれた冷たいお茶に口をつけて考えた。
もともとここに来た目的は、「リュカオンの日常を知らないとお返しのプレゼントが選びにくい」という名目で、彼の周囲に私との結婚を画策するような人物がいないか探りに来たのだ。王城の偵察はついでであって本末転倒はいけない。
建前は違えど見るべきものは同じ。リュカオンの日常に沿って学友や傍仕えなど近しい人物と過ごしている場所を見たい。
とは言え、いきなり部屋を見たいというのも品がないよな。そこは何かのついでにチャンスがあればということにしよう。
「図書室や学習室が見たいです」
「君は本が好きだものな」
「あとは絵が飾られているお部屋と、リュカオン様のお気に入りの場所が知りたいです」
「わかった。飲み終えたら行こう」
そういえば、前回イリアスの様子がおかしくて、聞き忘れていた件を先に済ませてしまおう。例の噂を流すための情報収集だ。
「リュカオン様は好みのタイプってあります?」
リュカオンはきょとんと目をしばたたかせた。長い睫毛がぱしぱしと上下して目立つ。私はそこから風圧で風がそよぐような幻想を見た。
唐突過ぎたかな?
「あ、あの。人間の、という意味で」
ああ、フォローになってない。
私がどうにか返答を促すように言葉を選んでいると、リュカオンは目を伏せて、ややあってから答えた。
「頭がいい人だな」
なるほどと思って頷き、次の言葉を待った。が、続きを答える気配がない。
「それだけですか?」
「というと?」
「ええと。理想の話ですから、一番素晴らしいと思い描く人物像の特徴をいくつあげてもらっても構わないんです」
「例えばどんな?」
「瞳や髪の色とか…」
スリムかグラマーか、は子供にあまり関係がないし、この国の女子の髪は大抵長い。身長は伸びてしまう。結局判りやすい特徴ってこれぐらいしかないのだろうか。
「君はいつも可笑しな事を言うなぁ。顔の造作は好みの問題もあろうが、髪など何色でもいいだろう」
リュカオンは楽しそうにいつもの微笑を浮かべている。
そうかな?言い分は尤もだが…。
でも理想は誰にだってあるはずだ。
もっとフワッとしたイメージから、徐々に固めていったら、具体的な理想像が導き出せないだろうか。
「お色気系と可愛い系、どっちが好きですか?」
セクシーなのキュートなの問題。どっちも捨てがたいわ。これは永遠の命題よ。
私は大真面目にリュカオンに詰め寄ったのだが…。
「んフッ…!」
リュカオンから変な音が漏れた。
相変わらずの優雅な微笑が崩れて、堪え切れずに噴き出したのだ。
肩を揺らして笑っている。
「髪の色について話していたのに、なんでそうなる…」
「それはですね、全体像からちょっとずつ具体的な情報を……」
「いや、もういいから。質問の意図を教えてくれないか。何か目的があってこんなことを聞いているのだろう。なるべく正直に答えると誓う」
私はううんと唸ったが、リュカオンを出し抜ける方策が浮かぶはずもない。
正直に聞いたのだから正直に答えるしかない気がする。
仕方なしに、情報操作で見合いの抑止を試みる旨を伝えると、リュカオンは満足げにうむ、と頷いた。
「わかった。そういう事ならプラチナブロンドに青い瞳にしよう」
「それ私じゃないですか!嫌ですよ、自分の噂を自分で流すなんて痛々しい!」
「痛いのか?」
「大惨事です!末代までの恥です!!」
私の悲鳴のような主張を聞いて、ついもリュカオンは、あっはっはと声を上げて笑った。
笑われている…。
笑い過ぎじゃないか?王子スマイルが台無しだぞ。
ひとしきり笑った後、リュカオンは肩をすくめて言った。
「私から言えるのはそれだけだ。他の答えはない」
「じゃあ好きな香りはありますか?」
「ふむ…。強いていうなら石鹸の香りかな?」
王道だなあ。なんで男子って石鹸の香りが好きなんだろ。
いや、でも香りなんて、その香水が流行るだけよね。意味ないわ。
これ以上答える気はないとハッキリ言われた以上、特徴なしの噂で発車するしかないようだ。
ケンドリックが難色を示していたのはこういうことだったのか。
ごめんね、フィリップ。上手く情報収集出来ない私を許して…。
「君はどうなんだ?好みの髪色はあるのか」
普通はあると思うのよね!
すかさず答える。
「私は黒髪ですね!黒髪に菫色の瞳!青色もいいんですけど、やっぱりその組み合わせが一番素敵だと思います!」
「銀髪は?」
「銀髪は二番です」
黒髪に白い肌に赤い唇って白雪姫カラーが、私としては一番グッとくるわけだが、それでも銀髪の浪漫は無限大なわけですよ。
冷たくて有能そうな色合いの外見は、イメージそのままの中身もいいし、ギャップもまた良い。
好きになった人は見事に黒髪か銀髪ばかりだった。まあ、全部アニメキャラの話ですけれども。
私が銀髪について熱く語っていると、生垣の向こうから背の高い人影が現れた。
「おや、リュカオンに女の子のお客さんとは珍しいな」
「兄上」
リュカオンがすっと立ち上がったのに習って、私達も立ち上がって、現れた青年に向き直った。
ここでリュカオンの兄、第一王子の登場である。




