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 前回限界オタクのセリフをどうしようかで頭がいっぱい過ぎて、ヴィオレッタを登場させることを忘れていましたので加筆修正しております。話の流れに変更はありませんが、ヴィオレッタ様は出ていれば出ているほど良いという方だけ146話をもう一度お読みください。



 バーレイウォール邸には、リュカオンが自室同然に使っているゲストルームがある。

 勉強机に応接セット、本棚、少人数用のティータイムテーブル。庭が良く見える明るいテラス付きで、衣裳部屋の代わりに大きな会議テーブルが入った多目的作業室まである。

 いつでもリュカオンのために空いていて、調度品も好みに合わせてあり、使用の都度掃除は入るが、よく使う私物や着替えは置いたままになっている。

 勿論寝室も付いており、リュカオンはイリアスとの勉強会や共同研究のために何度か泊まり込んだこともあった。

 アカデミーに就学してからのリュカオンは、ハッキリ言って、私よりもイリアスとの方が仲が良い。きっと二人とも同じくらい頭が良くて会話がスムーズだからだろう。次にクロード、シャロン、私は4番目だ。

 それなのに噂でリュカオンの秘めたる想い人が私に設定されているのはおかしいと思う。リュカオンがバーレイウォール家と付き合っているのは、無二の親友であるイリアスのためだとアカデミー中に周知されるべきなのである。

 緊張で不平不満があらぬ方向へ飛び火するのも仕方がない。

 私は今、リュカオンのゲストルームのソファで、マグノーリア王太子妃殿下と向かい合って座っている。


 マグノーリア妃殿下の隣に座るリュカオンはデフォルトの微笑ではなく、口をへの字にしてぶつぶつと文句を言っていた。

「まったく……少し目を離した隙に軽率な……。今日は事件の影響で色んな人物が屋敷にいるのですよ。どんな理由で王太子妃が訪ねてきたのかと、外部の者が見咎めたら、どう取り繕うつもりですか」

 母親相手に気安い態度でむくれているリュカオンには年相応の少年らしさがある。

 出会って8年以上、いかなる瞬間も可愛げがなかったリュカオンの、可愛らしい部分をはじめて発見した。

 マグノーリア妃はリュカオンの小言を全無視して、柔らかなまなじりで私に視線を注いでいる。

 一体なぜ我が家へ……。

 …………。

 なんて顔がいい親子なの……?

 人は自ずと美しいものに目を奪われてしまう。

 美の情報が目からなだれ込んできて、脳領域を圧迫する。

 いや今は、芸術鑑賞している場合ではなく、マグノーリア妃が何の理由があって我が家までやってきたのか考えないと。

 王家の地下通路の秘密を一生他言しませんという誓約書を書かせるためかな?

 思いつくことはそれぐらいしかない。

 リュカオンが教えてくれた地下通路の場所も暗号も、大人の許可あってのはずだ。


「王太子妃殿下、この度は私と侍女のために地下通路の使用をお許しいただきありがとうございました」

「当然、そうされるべきでした。礼には及ばぬことですよ」

「…………」

「…………」

 お、おわり?

 話を繋げるなら今だと思うんだけど……。

 マグノーリア妃はただただ慈愛の眼差しで微笑んでいる。

「あの……、妃殿下におかれましては……、他言無用の誓約書をお望みなのでは……?」

「あら、あなたは秘密が秘密のままであることをお望みになる方だと思っていましたが、違うのですか?」

「いいえ!あの、仰る通りです」

 もし今後、地下通路の秘密を悪用するものが現れたら、私は責任の一端を感じることになるだろう。どうかこのまま秘密が守られますようにと祈りこそすれ、自分から誰かに話すなんてとんでもない。

 また秘密が秘密でなくなった時、あの大がかりで巧妙な脱出経路が観光地化されて展示されるならまだ良いが、埋めてしまうことになったら悲しすぎる。

「良かった。それならわたくしたちの気持ちは同じです」

 つまり誓約書をもぎ取りに来たわけではないと。


 結局話が振出しに戻ってしまったと思ったら、代わりにリュカオンが口を開いた。

「母は昔、フロラントの王弟と因縁があってな。それでどうしても君の無事を自分で確かめたいと付いてきたんだ」

「因縁……と言うと、妃殿下の亡命先がフロラントからユグドラへ代わったことと関係があるのでしょうか」

「そうだ。知っていたのだな」

 ティターニア王国最後の王女であるマグノーリア妃殿下は、フロラントとの縁談があったが、最終的にユグドラへ輿入れしたとクロードから聞いたばかりだ。まるで一年と三か月も前のように思えるが、日付としては昨日の事である。

「今回の首謀者である王弟ヴァンサンは、30年前当時、第二王子でありながら筆頭王位継承者だった。これは本人の資質ではなく、先代のフロラント王室は事情が込み入っていたことによるものだ」

 私はさも知っていたかのように力強くうなずいた。

 その話は初耳だけど、要領のいい弟ばかりが可愛がられるとか、異母兄弟の片方は後ろ盾が弱いなんていうのは、千年前から使われてきた設定よ。兄弟間の確執は、程度の差はあれど、現実にもよく起こる身近な悲劇であり、誰にでも共感しやすいモチーフだからだろう。悪役令嬢の物語でも複雑な事情の代表格と言える。

「そして昨日も少し話した通り、ティターニアの王女は伴侶に王位継承権を与える法律のせいで、王族と結婚する義務がある」

「まさか!?継承権の正当性を高めるために、マグノーリア妃を婚約者としておきながら、一方的に婚約破棄を突きつけてきたとか、そういうことですか!?」

 ヴァンサンは昨日、たしか『あの時マグノーリアが逃げ出さなければ』などと言っていたが、悪いのはあちらに決まっている。逃げ出したくなるようなことをしたのだろうし、それ自体が勝手な言い分の可能性も大いにある。

 リュカオンはきゅっと片眉を吊り上げた。完璧にシンメトリーな顔が、表情によって崩れた時だけ人間らしくなり、それも魅力的だ。

「何というか君は……。妙に勘が鋭いというか、話の先読みが上手い。それも物語への傾倒がなせる業か?実際にはもうひと悶着あったがな」


 リュカオンの話によると、将来のフロラント王妃になるべく、マグノーリア王女はスルトから呼び寄せられたが、肝心の第二王子ヴァンサンが『子供の相手はつまらない』と言って婚約を承服しなかったそうだ。二人は年が10年ほど離れており、約30年前のマグノーリア王女はまだ10を過ぎたばかりだった。

 相性の悪い相手も中には居るだろうから、婚約の成否はともかく、理由がしょうもない。王族の自覚も何もあったものではない。

 呼ばれた経緯から、兄の第一王子と婚約するわけにもいかず、仕方なくマグノーリア王女はしばらくフロラントで今後の身の振り方について検討することになった。ところが。

「立太子を間近に控えた大事な時期に、その第二王子は新たに選ばれた有力貴族の婚約者に対しても再び一方的に婚約破棄を宣言し、スパイ疑惑のある女性との婚姻を望んだため廃嫡された」

 スピーディな展開が香ばしいわね。

 いい気味だとしかいいようがない。不名誉な扱いを受けた王女殿下と婚約者は気の毒だが、それでもあんな男と結婚してしまうよりはずっといい。

「問題はここからだ」

 ここで終わっていれば悪役令嬢もののテンプレートでむしろハッピーエンドに近い。しかしそうは問屋が卸さないわけだ。


「廃嫡を不服としたヴァンサンは復権を目論み、ティターニアの王女と強引に婚姻を結ぼうとした。その後の選択肢と女性の尊厳を奪うやり方で」

「何ですって!?」

 ほとんど悲鳴のような声が出た。

 つまり、今回の私の事件は二番煎じ。あのド外道は、30年前も同じように貞操を奪うことで他人の人生を奪おうとしていたのである。

 権力目当てに16歳の女子と無理矢理結婚しようとする50代も恐ろしいが、自分の失態を埋めるために、10歳の女児を襲う20代はまたベクトルの違うクズだ。

 未成熟で小さい身体へのダメージは、成人女性とは比べ物にならないほど大きい。ともすれば臓器まで傷がつき、精神面での影響を抜きにしても悪質な暴力なのだ。

 そんな暴力を、己の無能を棚に上げ、ただ利益のために振るおうとした。

 鬼畜の所業。人でなし。品性下劣の下種も下種。想像を絶する邪悪で適切に罵倒する語彙が見つからない。

「護衛の侍女たちの抵抗によってその場は切り抜けられた。君が気に病むようなことはなかったよ」

「はい。王弟は未だに逆恨みしているような口ぶりでしたので」

 ヴァンサンが迂闊な自惚れ屋で計画が失敗している事だけが救いだ。

「身一つでユグドラへ逃げてくることになったが、王女は自由もアカデミーに通う機会も得た。結果的に良かったさ」

「けれど、昨日その話を知っていれば、リュカオン様をお止めすることはなかったと思います。邪魔だてして申し訳ありませんでした」

「昨日は私も頭に血が上っていた。ああいう輩には、簡単に命を奪うよりも相応しい制裁があろう」


「30年前の事件後、ティターニア王室は正式に抗議し、フロラント王家からも謝罪がありました。しかし事件の性質上、公に捜査することも明確な処分を求めることもできなかったのです」

 マグノーリア妃が静かな口調で言った。

 また女性の貞節に関わる問題だ。

 被害者が責任の一端を負うそのイカれたシステム、何とかならないのかしら。

「表向きは、スパイに騙され国家を危機にさらしたことで法律上の王室から除籍。有力貴族の娘である婚約者を不当に傷つけたという理由で、社交界から爪弾きにされ辺境に蟄居ちっきょしたことになっています。ティターニアへの仕打ちも含めれば、十分な処分とは言えないでしょうが、私たちはそれでも良かったのです」

 自分だけの力ではどうにもできない制度や世間の壁を前にして、私は鬱屈した気分になっていたが、妃殿下の表情に悲壮感はなかった。

「正当な罰を与えずとも、あの者を恐れる理由は少しもありませんでした。ティターニアの王女とその侍女たちには、企みが全く通用しなかったのですから」

 マグノーリア妃からは、たとえ何度来ても必ず返り討ちにしてやっただろうという自信がみなぎっていた。

「ただ、その判断が30年越しに今回の事件を引き起こしたことは遺憾です。あなたに申し訳ないことをしました。今度は間違えません」

 私は黙ってうなずいた。

 復讐する必要がないという気持ちは、わかる気がしたのだ。シャロンと二人で切り抜け、クロードや他の皆が助けに来てくれて、事件に巻き込まれはしたが、被害者になったつもりはない。存分に言い返して逆に痛い目に合わせてやった。

 だからといって然るべき対処を行わず、他に被害者が出ることが決してあってはならない。

 命を奪わずに力だけを削ぎ落し、同じことを繰り返させない方法があるのだろうか。

 今の私には良いアイデアがない。

 素直に大人に任せようと思った。それに、同じ目に遭った妃殿下ならば、私にも納得がいく決着を付けてくれるだろう。


 これにて一件落着かと思ったが、マグノーリア妃は身じろぎしてソファに座り直した。まだ話の続きがあるらしい。

「このようなことが一度でも起こってしまったからには、あなたにも事情を知ってもらう必要があるでしょう」

 図らずも巻き込まれてしまった私に、事件に関するティターニアの詳しい事情を話してくれると言うのか。

 ありがたい。教えてくれるなら聞いておこう。

 私はリリィ・アンが攫われた理由とか、知っている秘密や命を狙われる訳が知りたいです。

 知りたい方向に話を誘導する方法がないか考えを巡らせていると、リュカオンが見逃してしまいそうなくらいさりげなくソファから立ち上がる。

「それでは私は席を外します」

「リュカオン、いい機会ですから一緒に聞きなさい」

「……わかりました」

 リュカオンは拒否こそしなかったが、不服そうに座り直した。

 4年前の事件の時も、リュカオンは過去の因縁話には興味がなさそうだったものな。

 わざわざ調べなくても、事情を知っている人から話が聞けるなら、これほど楽なことはないっていうのにさ。


「なぜ自分が狙われたのか、あなたはその理由に心当たりがありますか?」

 はて?

 マグノーリア妃から発せられた、思ってたんと違う切り口に、私は思わず首を傾げた。

「何故って。髪の色が似ていて勘違いされたから……ですよね?」

 髪の色や雰囲気が似ていたから、マグノーリア王女の娘だと勘違いされ、結婚すれば王位継承候補に割り込みできると判断された。あるいは、偽物と判った上で王位簒奪の小道具として利用されそうになった。そこに疑問の余地はないと思っていたが。

「勘違いではないのよ。事情を知る何者かが漏らした情報が、フロラント側へ流れたのです。あなたはこれまで以上に警戒しなければなりません」

「…………ん?」

 なんだか話が上滑りして頭に入ってこない。美形を脳裏に焼き付けようとし過ぎて、ストレージがいっぱいになってしまったのだろうか。

「ユグドラ王家の庇護下でアカデミーに通う事になった時、二度と同じような事件に巻き込まれないために、王女の身分を隠すことにしました。すなわち、王女と4人の侍女ではなく、5人の留学生としてアカデミーに在籍することにしたのです。これはある意味成功しましたが、思わぬ誤算も……」

 その時、部屋にノックの音が響き渡った。ちょうど会話の切れ目で静まり返っており、話を理解しようと反芻していた私は心臓がドキリとした。リュカオンがどうぞと返事をする。

 クロードの父親であり、父の主席執事であるバーナードが静かに入室して恭しく頭を下げた。

「当主が皆さまとお会いするためにもっと広いお部屋をご用意いたしました。どうぞこちらへ」

 ふと目をやったリュカオンの顔には、『めんどくせえ』の文字がありありと浮かんでいた。

 すごい。そういう顔もいいと思います。


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