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限界オタク・ミーツ・限界オタク

 次にどこへ行くかを決めずに廊下へ出てきてしまった。

 やりたいことはたくさんある。

 カーマインの顔を見ておきたいし、事情が聴けるなら尚のこと良い。ヴィオレッタが滞在しているなら一言挨拶も必要である。私のために情報収集しているケンドリックに、先に話を聞いておくというのもアリだ。

 父からの呼び出しで事情聴取が始まれば時間がかかるだろうから、それまでに出来るだけ消化しておこう。

 まずはヴィオレッタに挨拶かな。

 この近くのゲストルームに滞在しているかもしれない。

 誰かに聞いてみようと思った矢先、メイドの方から声を掛けられた。


「姫様、無事のお帰り、心よりお喜び申し上げます」

「あら、ありがとう」

 ちょうどいいところに人がいた。

 たしか、ダイニングで給仕係をするメイドではないだろうか。見たことのある顔だ。

 ヴィオレッタについて聞く前に、ずいと花を一輪差し出される。

「姫様に何事もないように、一晩中祈っておりました。これは庭師の方に頼んで切ってもらった花です。無礼は承知の上で、少しでもお心の慰めになるのなら差し上げたく……」

 顔を伏せて、震える手に握られているのは白いキンポウゲだ。それをメイドの手を優しく握ってから受け取った。

「勿論よ。すごく嬉しいわ。あなたの心は、冬の庭に咲くこの花のように暖かくて綺麗ね」

 その後ろから、ランドリーメイドの制服を着た、私より年下の少女が二人、身を乗り出してきた。

「わ、私も!姫様を無事にお帰し下さいと私もお祈りしました!」

「私たちの気持ちが形で見えるようにと、花を探して庭師の方から分けてもらいました。どうか受け取ってください」

 それぞれの手から一輪ずつノースポールの花が差し出される。

 冬の庭は寒くて花も少ないだろうに。

 こんなにも私の帰りを待っていてくれる人がいたのだ。

「ありがとう。きっとあなたたちの祈りが私を守ってくれたのね。無事に帰ってこられたのは皆のおかげよ」

「ひゃああ~~~……」

「姫対応~~~~~ッ」

 そう言って2人は走って去っていった。

 姫対応って何。初めて聞く言葉ですけど?


 ヴィオレッタの部屋がどこにあるのか聞きそびれてしまった。

 振り返ると今度は少し年嵩の上級メイドが近くにいて、私に一礼した。

「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます」

「ただいま。あなたは夜明け前に帰ってきた時も手を振ってくれたわよね」

「はい。心配で眠れなかったのは私だけではございませんが、皆待っていた甲斐があったと喜んでおりました」

「大勢が出迎えてくれて、どれだけ安心したか知れないわ。交替で休んで無理のないようにしてね。しばらくは慌ただしいと思うから、よろしくお願いします」

「すべて仰せのままに」

 メイド長は、腕に下げていたピクニック用の屋根型バスケットをぱかっと開いて中身を見せた。覗き込むと、パステルイエローとパステルグリーンのマカロンが、たっぷりぎっしり整然と並んでいる。

「本邸のパティシエが昨晩願掛けで狂ったように焼いていたシトロンとピスタチオのマカロンです。せっかくなら食べていただこうと少し持ってまいりました」

 メイド長は肩幅くらいある大きなバスケットを恭しく差し出した。

 少し?これで少しなの?

「姫様とシャロン様、お二人の概念イメージカラーマカロンです」

「概念イメージカラー」

「よろしければ、一緒に召しあがってください」

「わかった。差し入れに持って行くね。皆が心配していたことも伝えるわ」

「シャロン様のお怪我は痛ましいことですが、治る怪我で済んだのは不幸中の幸いです。姫様もあまりお気に病まれませんように」

「そうね……。本当に危なかったのだもの」

 私に危害を加えることはないだろうとタカをくくっていた。私が盾になればシャロンのことも守れるはずだと思っていた。

 生まれながらに高貴な者は、自分を傷つけられるはずがないと思い込んでいて、私はその演技をしているつもりだった。でも実際には、それが幻想だと判ったつもりになっているだけだったのだ。

 みんながこんなに心配してくれている自分のことをもっと大切にしなくてはいけない。

「シャロン様の一日も早い快癒と、いつまでも仲睦まじいお二人の姿を願っております」

「ありがとう。あなたの期待には応えるつもりよ」


 ふと気配を感じてメイド長の後ろに目を遣ると、同じように私と話そうと待っている人がずらりと並んでいた。シャロンのことで、少し話が長くなっただけなのに、いつのまにか大行列になっている。

 並んで待っている人を無下にもできないけれど、こんな廊下で行列を作ったら、怒られるのではないか?

 私は感謝を伝えるふりをして、メイド長の両手をぐっと握り、顔を覗き込んだまま10歩ほど後退した。

「これからも、私たちを見守っていてね」

「あわばばばばば……」

 何でだろう。メイド長壊れちゃった……。

 それから次に待っていたページボーイの手もガシっと取った。

「あ、あ~……、会いに来てくれて、ありがと……う?」

 訳の分からない挨拶から始まり、話を聞きながら同じように手を引いて後ろに下がる。その後も3、4人繰り返してようやく広いところに出た。

 南側廊下の一角は、ひさしが大きく全面ガラス張りで、冬の優しい光がたくさん差し込むようになっている。温かい室内で日光浴したり、庭を眺めたりできる場所だ。人が集まることも家具を置くこともあって充分な広さがある。

 ここなら人が溜まっても迷惑にならないだろう。


 と、思ったら、行列を引っ張ってきてようやく辿り着いたサロニウムには、ケンドリックとクロードとイリアスが居て、机や椅子を準備している。

 今日はここで何かあるのかな?頼んだら少しくらい人の整理と誘導を手伝ってくれるかな?

「お、準備が出来たら呼びに行こうと思っていたのに、自分で連れてきたのか。偉いな~」

 そう言って、ケンドリックは私の肩をがっしり掴み、回れ右をさせた。そこまでの動作は強引だったのに、その後は雲の上を歩くような軽やかさで優雅にエスコートする。

 冬でも鮮やかな緑の庭を背景に、大きな全面ガラス張りの窓の前に設えた椅子を、イリアスがタイミングを合わせて引いた。クロードは私が抱えていたバスケットとお見舞いの花をさりげなく受け取る。

「勝手に始めているので吃驚しましたよ」

「さすがは姫様。仕事が速いですね」

 今コレ何に巻き込まれてる?

 私は用意された席に鎮座して、周囲を見回した。


 引っ張ってきた行列が私の移動に合わせてゾロゾロと前へ進み、ケンドリックの誘導で一旦コの字に折れ曲がっても整然とした列を保っている。

「それでは姫様がお出ましの為、定刻より早いが『帰宅祝いの挨拶会』を開催します!」

 ケンドリックが声を張って宣言し、行列から拍手が湧きあがった。

 挨拶会って何だ?という顔をしていると、イリアスが心を読んだように耳打ちしてきた。

「あなたに一言挨拶したいと帰りを待っていた者たちに、朝方帰宅した時ではなくお休みになってからと伝えたら、いつどのようにすれば良いかと問い合わせが殺到したので、このような機会を設けることになりました」

 つまりこれは、誘拐された私を労うために集まってくれた人たちの行列というわけだ。

 そしてどうやら、指定の場所の近くに偶然私が現れたため、一番乗りのメイドが私に声を掛け、それを見てもう始まっていると勘違いした人たちによって廊下に行列ができてしまったようだ。

 どおりで人の集まりが早すぎると思ったら、ちゃんと計画されたことだったのである。


 私は椅子に座って素朴なお見舞いの品を受け取り、お礼を言って、時には二言三言言葉を交わし、握手をして見送る。品物は隣に用意された机に置いていけば、クロードが綺麗に並べてくれる。

「元気なお姿を見ることが出来て安心しました」

「ありがとう。皆のおかげよ」

「お帰りを信じてお待ちしておりました」

「ただいま。心配かけてしまったわね」

「姫様の安全祈願に全財産つぎ込みます」

「だめよ」

 挨拶ってこんな感じでいいのかしら。こんな握手会みたいなイメージで。よくわからない。

 こんな時は、カードドロー!心の中のリュカオンを召喚!

 王者の風格発動。バーレイウォールのエリート使用人が仕えるに相応しい貴婦人を演じるのよ!

 私はアルカイックスマイルを浮かべた。

「一人10秒です。隙間を開けずにお並びください」

「贈り物は不要です。心に忠誠心だけお持ちください。忠誠心以外の価値が込められた贈り物は受け取れません!」

「立ち止まらないでください。順番が終わった方は速やかに移動してください。通路が塞がってしまいます」

 回転が上がり人が流れ始めると、後ろで怒号が飛び交う。

 ケンドリックたち三人が効率よく人を捌きだしたら、資本主義の気配と共に一気に殺伐としてきたな。それまでは心温まる交流って雰囲気だったのに。

「尊過ぎてあまりにも無理……」

「姫様の吐く息が刻一刻と増えていく世界に感謝」

 あと語彙が限界オタクみたいな人が時々いる。

 オタクはオタクを見分けることが出来るのだ。


 ヴィオレッタもわざわざ私に会いに来てくれた。

「ヴィオレッタ様!こちらからご挨拶に伺うべきでしたのに、申し訳ありません」

 いつでもVIP待遇の国のプリンセスを列に並ばせてしまうなんて誠に遺憾です。 

 慌てて立ち上がろうとした私をヴィオレッタは手で制した。

「宜しくてよ。お話は聞いています。養生なさって」

「面目ないことでございます」

「何を仰るの。こんなにも慕われているあなたが無事に戻って、これ以上喜ばしい事はありませんわ。今回はこのまま屋敷に戻るので、一言お伝えしようと思ったの。後のことはイリアス卿と相談して、あなたの手を煩わせないようにしますからね」

「ヴィオレッタ様……」

「何も心配せず早くお元気に……じゃなくて、まだまだあなたの手を借りるつもりですから、いつも通りうるさいくらいになってもらわないと困りますわ。それじゃ御機嫌よう」

 デレ過ぎたと思ったのか、最後は顔を背けて首筋を赤くし、そそくさと早歩きで帰って行った。

 それからカーマインも行列に並んでいた。

「怖い思いをして帰ってきたら、今度はお姉様が行方不明だと聞いて胸が潰れそうでした」

「心配をかけてごめんなさいね」

「悪いのはお姉様じゃありません。きっと私たちのことで動揺したのも原因の一つだと思います。申し訳なくて合わせる顔がありませんでしたけれど、直接お会いするまで心から安心できなくて……」

「あなたの言う通り、悪いのは誘拐犯だわ。そうでしょう?あなたの様子が心配だったから、会えてよかった。あとでまたゆっくり話しましょう」

「はい。私もお顔を拝見できて良かったです」


 よく見知った顔とも、あまり接点のない人たちとも握手と挨拶を交わし、そろそろ行列も終盤かという頃、目の前に存在感のある女性が立った。

 妙齢の女性は、私の手を柔らかくもしっかりと握り、顔を覗き込んで目を潤ませた。

「よくぞご無事で」

 似たような反応は今日何度も見たが、際立った存在感のためか美貌のせいか、纏う雰囲気が違う。

 私はぽかんと相手を見上げた。

 見慣れないが、見たことのある顔だ。しかし、バーレイウォール本邸にいる物凄い量の使用人の顔を全員知っている訳もなく、ここの人間ではないと断定もできない。

 フード付きの暗色のマントを着て、ブラックドレスのメイドたちに紛れているが、よく見るとちらりと覗く袖から高級なドレスを着ているのがわかった。

 目立たないようにまとめられた髪はプラチナブロンドで、瞳は濃い青色。長い長い睫毛は色素が薄いにもかかわらず自己主張が過ぎるほど。

 誰かに似ている。答えが喉まで来ているのに、引っ掛かって出てこないようなもどかしさがじわじわと全身に広がっていく。

 その時ヌッと隣に割り込んだ男性の姿を見上げて、私はハッとした。

 リュカオンだ。

 二人並んだリュカオンと妙齢の美女は、瞳の色が同じである。

 夏に離宮で会った記憶が甦り、一致した。

 リュカオンのお母様!つまりマグノーリア王太子妃殿下である。


 リュカオンはやや乱暴に妃殿下のフードを掴んで素早く被せた。

「リュ」

「今日はここまでだ。残りは明日以降に」

 私の声を遮って、リュカオンが宣言する。

 怖いもの知らずのバーレイウォールの家事使用人からはブーイングが起こったが、ケンドリックとクロードが機転を利かせて対応した。

「それではここから整理券をお配りします」

「明日の時間と方法は追ってお知らせします」

 行列の人たちが整理券に夢中になっている間に、リュカオンは私と妃殿下を連れてその場を離れた。


語彙が限界オタクみたいな人がいるのは、ローゼリカが一生懸命布教活動をして、その言葉遣いがじわじわと屋敷中に蔓延しているからであり、100%ローゼリカのせいなのですが、本人は全くの無自覚で、それを気付かせるためにエピソードを追加するのもなんだかなあという感じなのでここに書いておきます。

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