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仰げば尊死

 目が覚めると見知らぬ天井だったが、目を回して倒れた時と同じ場所だった。

 洞窟内の所々高い所は奥が見えない天井を背景に、リュカオン・イリアスがこちらを覗き込んでいた。

「良かった。目が覚めたか」

「あ……、どれくらい……寝ていましたか……?20分くらい?」

「いや、3分くらいだ。なあ?」

「はい。どこか大きな怪我はないか探しているうちに今ですから」

 疲れているんだから、そこはもっと寝ておいてよ、自分。気付いたらベッドの上とか車の中が良かった。

「痛むところはないか?昏倒した時はクロードが後ろで受け止めたから頭は打っていないと思うが」

 痛いかといわれれば全身痛いのだが、筋肉痛やせいぜいが打ち身だ。

「大丈夫です。治療が必要な怪我はありません」

「それなら自分の声に驚いて気絶しただけなのですね」

 イリアスは安心したようにほっと息を吐いたが、はっきり言葉にされるととても恥ずかしい。

 普通に生きていたらとても気付かないような人生の実績を解除してしまった。大きな音に驚くタヌキと自分の臭いで気絶するカメムシの合わせ技みたいでなんか嫌だ。


 そこで私は、叫んだ理由を思い出してはっとなった。

「そんなことより白骨死体が!私が叫んだのはそのせいです」

「白骨?」

 小さな頭蓋骨だった。クロードがこの砦で悲劇は起きていないと言っていたのに。

 リュカオンとイリアスが周囲を見渡し、

「ああ、これですか」

 イリアスがボールを掴む様に片手で持ち上げた。

「顔が細長くないからイヌ科ではないな」

「頭が丸いので、大型のネコ科動物かサルじゃないでしょうか」

「サル?この国にサルなんている?」

「サルはどこにでもいますよ」

 そうかなあ。こういう気候の国にサルってあんまりイメージないけど。

 しかし落ち着いてよく見ると鋭い牙がある。少なくとも人間の歯でないことは私にも判った。

「弱った個体が群れから外れて力尽きたかな。とにかく事件性はないだろう」

「そうでしたか……」

 私はため息をついて脱力した。


 リュカオンとイリアスが来てくれたなら、あとは任せて大丈夫だろう。

「私は疲れているだけですが、シャロンは右手を怪我しています。治療をお願いします」

「わかった。ちゃんと手配するから安心しなさい」

 シャロンのことだけ頼めば、もういつ再び失神しても心配はない。

 重い体を無理矢理起こそうと身じろぎすると、後ろで支えていたクロードがタイミングを合わせて私を抱えながら立ち上がった。

 降ろしてと頼まなければ、きっと抱えたまま運んでくれるだろう。

 さすがに気力が底をついた。できることならこのまま甘えたい。

 しかしそれは私の主義に反する。

 怪我をしたなら、気を失ったなら仕方がない。けれど意識があり、足も動くならそれはまだ歩けると言う事だ。

 皆だってこんな時間にこんな場所に居て、体が少しも辛くないはずはない。私の体力が一番少ないことは事実だが、それは他の皆がこれまで体力をつける努力をしてきた成果である。私だけが努力を怠っておいて、楽ばかりしていては胸を張って一緒にいられなくなる。できることを棚上げして人任せにするのは適材適所とは違うのだ。


 自分で歩けると伝えようとしたその矢先、クロードがイリアスへと私をバトンタッチした。そしてイリアスはバケツリレーよろしく流れ作業で私をリュカオンへと渡す。

 ん?

 リュカオンはしっかり受け取っておいて、ワンテンポ遅れてから驚いた顔をした。

「私か!?このような栄誉はクロードに贈られるべきではないか?」

「僕には周囲警戒の大切な仕事がありますので、ここはイリアス様が」

「理由を説明するのは面倒ですが、俺はリュカオン様が抱えて歩くのが良いと思います」

「おざなりすぎるぞ。いつでも尤もらしい口実を作る君の手腕なら、もっと他にあっただろう」

「はったりはかましても、嘘はつかない主義です」

「ならばここは公平にペパロクシザだ」

 リュカオンは片腕で私を抱え直して、右手でじゃんけんのグーを突き出した。この世界にも三すくみ選定法は存在する。私は自然と荷物のようにコンパクトに折り畳まれてしまった。

 いや降ろして。じゃんけんで決めなくても私、自分で歩きます……。

「運搬は使用人の仕事だと殿下が仰るのなら仕方がありません」

「クロードにはここまで苦労をかけた。俺が替わろう」

 クロードとイリアスがささっと両手を差し出した。

「そんなつもりで言った訳じゃない。私が引き受けても構わない……」

「どうぞ」

「どうぞ」

「君たち謀ったな!」

 昔私が戯れに仕込んだ三人芸じゃないの。こんな時に披露しろなんて誰が言ったのよ!


 オチが付いたところで、三人は何事もなかったように先に進み始めた。

 シャロンもフィリップもクスリとも笑っていない。

 めちゃくちゃ滑ってんじゃん!

 やめてくれる!巻き添えで私まで一緒に滑った感じになるの、本当にやめてくれる。さっき物理的に転んだだけで充分なの!

「大体なぜ押し付け合いになるんだ。普通は取り合いになるはずでは?」

 リュカオンはネタの内容に今一つ納得がいっていないようだった。

「それは一番守るべき人が一塊になっていた方がなにかと便利だからですね」

「つまり合理性の塊です」

「身も蓋もないとも言う」

 こんなところでアレンジしたネタをやること自体が非合理性の具体例だと私は思います。


「そうだ、カーマインとモニカの二人はどうしているの?無事なのよね?」

 超がつくほどのシスコンであるイリアスに、冗談を言える余裕があることから考えても、きっと大事はなかったのだろう。

「はい。クロードが出発したすぐ後に、リズガレットの遣いから知らせが届いて、迎えに行きました。怖い思いはしたものの、丁重に扱われたようです。レディ・カンタベリーはご自宅へ、カーマインはバーレイウォール邸へそれぞれ護衛に送らせて、俺はその足でこちらへ来ました」

「良かった。帰ったら会えるのね」

「ええ。きっと心配して泣いています。あなたもなるべく元気な姿を見せてくださらないと。無理は禁物ですよ」

 イリアスは私の顔を覗き込んで、家族にしか見せない笑顔を浮かべた。

「それから、報告を受けてヴィオレッタ殿下の様子も確認済みです。何事もなくお過ごしでしたが、念のため保護しました。夜中で自邸へお帰りいただくのも差し支えると判断して、こちらもバーレイウォール邸へ身を寄せていただきました」

 ヴィオレッタの姿が見えないというのは、私を攫うための方便だったのね。ただのでたらめで何よりだ。

「だから今一番無事じゃないのは君なんだ。何があったか話してくれ」


「そうですね……、どこからお話したものか……」

「君の伝えたいことを、ゆっくりでいい」

 私はリュカオンを見上げたが、彼は視線を落とさず真っ直ぐ前を見ている。

 この角度から見ても美しいって隙がない。本当に顔面天才よね。

 レアな角度をいつまでも見ていたいぐらいだけれども、顔を上げると重心が外側に流れて重くなりそうなので、体重を預けてもたれかかることにした。

「誘拐された経緯はだいたいご存じですよね。捕まってからも時間稼ぎを試みましたが限界があり、首謀者と面会しました。当人はフロラントの王弟ヴァンサン・ブリュノ殿下を自称しています。ただ、発言が支離滅裂なので、内容が信頼に値するかは疑問です」

「フロラントの王弟か。昔問題を起こして、表舞台から消えたと聞いている」

「辻褄は合いますね。王位を奪われたと今でも考えていて、復権を画策しているそうです」

「そんなことまで聞き出せたのか。すごいな。君を攫った理由については?単純な資金援助だけとも思えないが」

「私も最初は、父に強引な頼みごとをしたいのだろうと考えたのですけれど……。人違いで結婚させられそうになって、クロードが来てくれなければ危ない所でした」

「は?」

 私を抱えている腕が、一瞬だけ力んで、さすがのリュカオンも驚いたことが伝わってきた。

「誰と結婚?まさか王弟?」


「そのまさかです!」

 少し後ろを歩いていたシャロンが、怒りも露わにぐわっとカットインしてきた。

「資金なんて生易しいものではなく、バーレイウォールの至宝をかすめ取ろうとしたのですよ!!」

「馬鹿な。フロラント王と王弟は、確か私たちの親よりも10ほど年上だったはず。有り得ないだろう。やはり人違いなのか?」

「50歳前後に見えましたので、条件は合致しているかと……。極端な若作りで年齢不詳ではありましたが」

「あんなものは仮装です。どんな恰好をしても個人の自由ですけれど、出来ていないのに若作りとは呼べないでしょう!だいたい……!」」

 まくし立てるシャロンの口を、イリアスがそっと塞いで、残りはもごもご何を言っているか判らなくなった。

「気持ちは分かるが少し黙ろう。話が進まない」

「引っ掛かりしかないが、とりあえず続けてくれ」

「あ、はい。何故か私をマグノーリア妃の娘?だと勝手に勘違いしたらしく?ティターニア王室の配偶者になる事で継承権を取り戻す、とかなんとか……言っていました」

 何を言っているのかわからないだろうけど、私も何を言われたのか判らなかったの。

「つまり狂人の妄言に巻き込まれたのですね」

「たぶんそう」

 イリアスは理解が早い。

「こうなると自称している身分も怪しいものです」

「王弟だと思い込んでいるだけの人かもしれないわよね」


「いや、それなりに事情を知った人物ではないかと思う」

 リュカオンの意見だけは違った。

「ローズが目を付けられたのは、母と髪色が同じだからだろう。目の色と背格好も似ている。少なくとも、普段人前に現れない母を見たことがある人物に絞られる」

「ティターニアの国民の大半がプラチナブロンドであり、王太子妃殿下もそうであろうことは、すこし勉強すればわかります。偶然とお考えにならない理由があるのですか?」

 イリアスは目ざとく、リュカオンが言い淀んでいる先を促した。

「実は、あまり表ざたにはされていないが、同様の継承法はユグドラにも存在する。以前ティターニア王家の血は利用価値がありすぎると私が言ったことを覚えているか?これが理由の一つだ」

 同様の継承法。つまりユグドラでも、ティターニア王族の配偶者は繰り上げで継承権を得ることができる。マグノーリア妃は、王太子と結婚したからその特権が顕在化しなかったにすぎない。自称王弟の言っていたことは、ただの妄想ではなかったのだ。

「その為母は……、というよりティターニアの王女は、王族との婚姻が義務付けられていた」

「王家の秘密、というほどでもありません」

「まあそうかな。王族しか知らない訳でもない。ティターニア王家の末裔が次々現れたら困るなんて、少し考えればわかる事だから、誰も口にしたがらないだけだ」

「その継承資格を知っていることが一つのふるいなのですね」

「その通り」


「あの」

 テンポの早いリュカオンとイリアスの会話に私はおずおずと混ざった。何しろ私の思考よりイリアスの返事の方が速いのだ。

「どうしてそんなに困った法律が定められたのでしょう」

「ティターニア王国が結婚外交を行っていたからだ。嫁いだ娘が冷遇されないようにとか理由があったのだとは思うが、そのせいで王子王女の奪い合いとなり、結果的に王国滅亡の一因となった」

「ユグドラだけではなく、フロラントも含めた近隣諸国にも全て適用されていないとそうはならないはずですね」

「詳細まではわからないが、ティターニアから王朝の認可を受けた国は全て、同様の継承法を用いている」

「スルト以外ですか。奪い合いになるわけだ」


 いよいよ口を挟む余地がなくなり、話を聞いていると、二人の声がだんだん遠くなってきた。

 歩く時の揺れと、人肌の温もりと、胸板を通して伝わる声の振動が途端に猛烈な眠気を誘う。

 私が問いかけられても返事できないでいると、リュカオンは聞き返すことなく、その後の説明はシャロンとクロードが引き継いだ。

 会話の喧騒が遠くなったり近くなったり、時々シャロンが荒げる声が意識を呼びもどし、うとうとしながら移動して、いつの間にか地下道の洞窟から出ていた。

 次に意識がハッキリしたのは、抱えられたまま車から降りて、冷たい外気が頬を撫でた時だった。


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