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ウエイトisパワーisジャスティス 即ち体重こそ正義

 地下通路は岩肌剥き出しの広い空間になっていた。建造物の広間というよりは、洞窟のイメージに近い。通路の進行方向は直線的だが、壁や天井はスプーンで削り取ったようなままで凹凸がある。しかしいくらも歩かないうちに、正面には壁が立ちはだかり、まさか行き止まりかと私はぎょっとした。

 他に道はないのかと近づいてみると、壁には斜めに切り取られた隙間があった。

 正面からでは見落としてしまうが、斜めに覗き込むと壁の奥にはまだ空間がある。分厚い壁に斜めの抜け穴があけられているのは、見通しを悪くし、通路を見つけにくくする工夫の一つなのだろうか。通路はこの先もまだ続いていそうだ。

 クロードは先ほどと同じように、様子を見てくると言ったが、腰をかがめて抜け穴に半身を滑り込ませたその直後に、むぎゅっと詰まってしまった。


 最初は何をしているのかわからなかった。なぜなら抜け穴は、通り抜ける距離が長くなる斜め向きではあったけれども、幅30cmほどあって、私やシャロンならば余裕ですり抜けることができるサイズだったからだ。

 クロードはなるべく体を平たくして反動をつけ前進を試みたが、足だけが前に進んで斜めに上半身が残り、こちらに残っている全体の割合は一ミリも変わらず、絶望顔で呻いた。

「何故……」

 何故と言われましても。

 クロードは中身が幼女なので忘れがちだけれど、身長だけでなく、胸もおしりも大きいものね。

 さらに抜け穴はクロードの背より低く、身をかがめなければならないので、余計に通り抜けにくそうだ。

「くッ……ぐ……ぅうう~」

 壁に挟まり苦しそうな表情で体をよじるクロードはあざといを通り越している。

 さすがクロード。性癖を歪めに来るときまで力技のパワータイプだな。

 健全なエロは健康の証だが、これはいただけない。教育に悪い。

 人は尖った性癖を磨く前に、マイルドな性癖も大切に育てるべきなのである。

 だって鋭利な物を大きくするのは難しい。大きくしてから尖らせた方がぶっ刺さりやすい形になる。

「ぬうぅ~…………ハァッ!」

 いかに石組みの通気口を素手でこじ開けるクロードでも、岩盤を切り出した壁はどうすることもできず、勢いのある掛け声だけが虚しく響いた。


「ストップ!」

 さらに無理矢理体をねじ込もうとするクロードが進退窮まる前に止めた。

「一旦、戻ってきて。代わりにシャロンが壁の向こうを見てきて頂戴」

 二人でクロードを引っ張り、スポンと抜けたところをシャロンが余裕で通り抜けた。

「抜け穴のこちら側は同じような地下通路が続いております」

 それならクロードを通したら問題は解決ね。

 私はクロードのケープやコートを脱がしてなるべく薄着にしてから、抜け穴の形状とクロードの体をじっくり交互に眺めた。幸い柔らかく体のラインに添った素材と形状だ。

 まずクロードを抜け穴の隣に横向きで立たせる。

 うん、大丈夫だ。クロードの横顔は問題なく隙間より小さい。

 そこから腰をかがめるのではなく、足を奥へスライドして開脚していき、頭の先が隙間より低くなったら、引っ掛かっている胸筋と大殿筋をぎゅぎゅっと隙間に押し込む。

「今よ、シャロン。そっちから引っ張って!やぁ~ッ!」

 シャロンが引くのと同時に私もクロードに体重をかけて押す。するとクロードの体は案外すんなりと壁の向こうへ通り抜けた。

 はあよかった。これでダメなら床に砂を撒いたり、壁に油を塗ったりして摩擦を減らす工夫をする必要があった。

 最後に私も隙間を通る。シャロンの言う通り、似たような地下道が続いており、奥の方までは暗くて良く見えない。

「ありがとうございます……」

 クロードは脱いだものを着直しながら恥ずかしそうに礼を言った。

「お礼なんていいのよ!三人一緒は当たり前でしょ!」


 ここまで来ればそうそう追手の心配もないだろう。私たちは浩々と焚いた照明をそれぞれ手に持って、周囲を照らしながら慎重に進んでいった。

 閉塞感はあるのに、長年封鎖されていたにしては、不思議と息苦しかったり、黴臭いこともない。どこかに換気口があり、自然と空気が入れ替わるような構造となっているようだ。

 一本道の端まで来ると、そこから90度に曲がり、道が細く、天井も低くなった。その後は几帳面に四角く蛇行しながら通路が続いていく。通路を隔てる壁にも同様に抜け穴が開いており、小柄な者は蛇行しなくてもショートカットで先に進むことができた。

「姫様はここを通って歩く距離を減らした方が宜しいのでは」

「そうですね。シャロンと二人で先へお進みください。僕が走って追いかけますから」

「う~ん……。体力温存は大切だけれど、それよりもトラブルが起こる方が怖いから、このまま三人一緒に進みましょう。平坦な道をもう少し歩くぐらい、私なら大丈夫よ。いざとなったら頼ってもいいのでしょう?」

「もちろんです」


 通路がつづら折りになっているため、歩いた時間の割にはそれほど奥まで進んでいないが、再び開けた場所に出た。

 そこは単に開けているだけでなく、岩盤を掘削した小部屋に、年月で風化しない石造りの椅子やテーブル、寝台があり、居住空間が設えてあった。無骨な作りだが間に合わせの品でないことは明らかだ。

「この砦の地下に住んでいる人がいた……ということ?」

「というよりは、砦を脱出するお方が、迎えが来るのを待つための場所ではないかと思います」

「あ、そうか。せっかく脱出しても、周辺に敵兵がたくさんいたら逃げ切れないわよね。時期を見計らっている間、ここで隠れていることができたのね」

「抜け穴の小ささから考えて、脱出が想定されているのは子供と女性だけです。それでこのように考えられたのではないかと」

 地下のため、気温は年中安定しており、今の季節は外よりもずっと温かい。それでも無機物ばかりの寒々しい空間で、どれほど高価な寝具を持ち込もうとも、王家の子供たちが震えて眠れぬ夜を過ごすだろうことは容易に想像できる。たとえ無事に逃げのびたとしても、自分と大切な人の命を天秤にかけて浮かぶのは安堵の表情ではないだろう。

「そう……。戦いの中逃げ出して、外の状況も分からないまま待つなんて、きっとやるせないわよね」

「はい。しかしこのべオルフ城は建設以来一度も戦闘がありません。したがってそのような悲劇もありませんのでご安心ください」

「…………」

 ホッとはしたが、だからといって何も問題はないと結論づけるのも違う気がする。これだけ大掛かりなものを準備する理由や教訓があったのだ。かつてこの国にもそういう時代があった。

「きっとこの秘密の通路を使うのは僕たちが最初で最後です」


 疲れて考えが悲観的になっていた。

「……うん、そうね」

 たとえこの地下設備が悲劇の集大成だとしても、ここでも繰り返されなかったのなら、やはり良かったのだ。

「王家の子供のために作られたものを使うのが私たちだけなんて、作った人は想像もできないわね」

「帰ったら秘密を一生口外しないという誓約書を書かされるでしょうが、そのぐらいで済むなら安いものです。今が平和な時代で良かったですよ」

「情勢の不安定な時代だったら、許可が下りなかったかしら」

「そこはリュカオン殿下と姫様の仲で、殿下が許可をもぎ取ってくださったと思いますが……」

「ますが?続きがあるの?」

「おそらく姫様は王族と強制的に結婚することになったと思います」

 やばぁ。外堀の一発レッドじゃん。

「平和って大事だわ」

 平和を守るためにも、かならず無事にここを出て、私利私欲で無用な争いを起こそうとした人間には相応の罰を受けてもらうわ。


 石造りの調度を右手に見ながらさらに奥に進むと、またしても壁だ。きっと抜け穴があるに違いないと、私とクロードは張り付いて探した。

 規則正しい直線の切り込みがあり、今度は抜け穴でなく扉のようだ。しかし体重をかけて押してみても当然ビクともしない。クロードが腰を入れて押しても同じ。どこからどこまでが開くのか判りにくく、重い石の扉が隙間なくぴたりと一枚岩のようにはまっていて、指をかけられるような少しの窪みもなく引くこともできない。

「どうしよう。開け方が判らないわ」

「どこかに暗号を入力するような装置があるはずです。子供でも開けられるような仕組みになっていると思うのですが」

 その時シャロンが石窟の家具の隙間からひょいと顔を出した。

「こちらに抜け穴があります」


 部屋の隅にある、角が閉じ切っていないような形の隙間は先ほどの抜け穴より見るからに狭い。

「中を見てくる。クロードはここで待っていて」

 私は少しつかえながら壁の隙間をすり抜けた。抜け穴の奥の隠し部屋には、金庫のようなダイヤル錠が付いた操作盤があった。

「見つけた!きっとこれね」

 それから操作盤の左右に鉄格子に阻まれた扉が二枚と、他にも牢屋のように頑丈な、向こう側が見える羽目殺しの鉄格子がある。

 扉の一枚は脱出口。おそらくもう一枚は護衛の騎士などが通るための扉だ。鉄格子から見える扉向こうの状況や位置関係から考えて、ダイヤルで開錠すれば鉄格子が開き、先ほど開け方が判らなかった石扉を外側から開けられる小部屋に入れるはずだ。

 隙間は私がギリギリ通れる大きさだったので、クロードほど大柄でなくても、鍛えた男性は操作盤までたどり着けない。脱出が想定されているのは子供と女性だけというより、成人男性だけでの脱出は許さないという意思を感じる。

「アルビオン王家は尚武の家系ですからね。王族男性はこの平和のご時世でも一度は軍属になる義務があると聞きます。逃げ出す程度の気概の人間に兵士を預けることはできないということでしょう」

「ふぅん、そうなんだ……。言われてみれば、リュカオン様ってキラキラの優男のわりに武闘派よね」


 私はポケットから先ほどクロードが聞き取った暗証番号のメモを取り出した。灯りをかざしてシャロンと二人で覗き込む。

「最初に時計回りに三回以上回してリセット。建国物語の一節から数字と固有名詞の頭文字を抜粋し、左右交互にダイヤルを合わせる。『第五章六節、二代目国王ベンジャミン、ティターニアのエーデルワイス王女に永遠の愛を捧ぐこと』」

 暗がりでメモを取ったため、所々字が崩壊しているが覚えた内容と齟齬はない。

 シャロンは頷き、ダイヤルを回したが、指が引っ掛かって回し過ぎてしまった。手が震え、僅かに歯を食いしばっている。踏まれた右手が本格的に痛むらしい。

「大丈夫、私がやるわ。助けが来たらすぐ治療しましょう。もうすこし頑張って」

 灯りを持つのを交代し、私も二回失敗したが、三度目の正直でようやく成功した。ダイヤル錠は最後の一つを合わせるまで間違っているかどうかがわからない。エーデルワイス王妃の頭文字を合わせて、カチンという音と共にダイヤルが止まった時、私とシャロンは抱き合って喜んだ。操作盤の奥で施錠の外れる重い音が響いた。

 さあここからどうなる?いくつもの歯車が壮大な感じで回って、ピタゴラスに力を分散させながら重い扉が今開く!?

 ワクワクして待っていると、シャロンが扉前の鉄格子を引っ張って、ガーっと横にスライドさせた。


 手動かあ~……。

 ゲームのイベントムービーなどで、古城の大がかりな装置がスイッチ一つで稼働するのを、動力どうなってんだと思いながらロマンを感じていたものだが、あれはやはり派手な演出のためのフィクションだったのだな。そんなところに労力かけるより、レールに戸車を乗せて、子供の力でも開くようにした方が話が早いのは確かだ。

 いやそんなことは今どうでもいい。位置的に右の扉が出口で、左の扉が男性も通れる通用口だ。

「クロード、今迎えに行くからね」

 私が意気込んで扉のノブを回すと、握った途端ポッキリと根元から折れた。

 実際にそんなはずはないのだが、体感的には衝撃で目玉が飛び出したと思った。

 ただの棒切れになった取っ手と、凹凸のない壁になってしまった扉を二度見三度見するが、夢でも幻でも見間違いでもなく、ドアノブは泣き別れになって私の手の中に納まっている。

 扉を粉砕するほどの眠れる超パワーが目覚めちゃった?今このタイミングで!?

「い、ィャァ~~~~ッ……!!」

 折れたドアノブを握りしめながら、細く甲高い悲鳴が漏れた。


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