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私を学校に連れてって

 この国の義務教育は、大体7歳から12歳までの6年間で履修され、日本における小学校教育とほぼ同等である。脳の発達段階と経験則から、こういう事はどんな世界でも共通なのだろう。

 ただし、一律的な強制はなく、年齢は大体の目安であり、数年の誤差は個人の裁量に任されている。

 誰でも無料で受けられ、都市部では学校、人の少ない農村部では教会や病院、領主館など、近隣のあらゆる公共施設がその役割を担う。

 八割が理解したら授業が進む前提で組まれている為、カリキュラムは少々多く、教科によっては中学校レベルの内容だ。

 その代わり、解らなくなったら、翌年も教科ごとに同じ授業を受けても良い。履修に6年以上かかる者もいるが、逆に6年以下でも、課程の最後に用意された卒業試験に合格できれば義務教育修了となり、年次よりも理解度が重視されている。

 当然、少人数の方が理解度に合わせて勉強を進めやすいので、貴族の子弟は家庭教師が主流なのだ。

 優秀な者は進学する。中世的な封建制が残っている割に、強力な中央集権で貴族が少ないこの国の要は、平民出身の秀才たちである。

 どこの領地でも高等教育機関を設立し、人材の育成に努めている。

 その最たるものが王立学院ことアカデミーだ。


 ここからは父の話である。

 アカデミーの入学試験は、義務教育卒業試験に応用をきかせた内容の他に、論理的思考力と弁論力を試すものだが、それほど難しくない上に定員もない。しかし学費は非常に高く、一般家庭が多少の無理で支払える金額ではない。

 それでいてアカデミーが国内最高峰の難関で、秀才の集まりとされる由縁は、高い学費を無償化する奨学生選定考査にある。

 奨学生には当然定員があり、非常に難しい試験を点数が良い順に上から席が埋まっていく。彼らも将来の立身出世を目指して試験に挑むのであり、畢竟、次世代を担うエリート集団となるわけだ。


 アカデミーには秀才奨学生と金持ち一般生の二つの勢力が作られる。

 それには二つの意味がある。

 一つは「恐ろしいのは有能な敵でなく無能な味方」だから。

 ナポレオンの名言だ。似たようなコトワザはどこにでもあるらしい。

 世襲で地方行政を担う領主があまりにも無能だった為に、国が傾きかけた事例があったそうだ。近代史のどのあたりか分からないが、きっと強烈な事件だったのだろう。それ以来、領主になるには「領主免許」なるものが必要となった。不思議な響きの言葉である。

 アカデミーにてこの免状を取得しなかった場合は、領地の一時召し上げや、政府派遣の代官を雇うなどの制約を受けるのだという。

 そしてもう一つはもっと直接的で単純な理由。奨学生たちを養う資金源である。


「もしかして、学校から寄付をお願いされたのですか?」

「よくわかったね。その通りだ」

 父は少し驚いて頷いた。

「急な話ですから、何か変だなと思っただけですけれど」

「どうせなら、ただ寄付するより通わせた方が得だと思ってさ。どうだい」

 アカデミーの存在は知っていたが、名前から言って大学のようなものだと思っていた。

 自分がこの年で通うことは全然想定していなかったが…。12歳なら、乙女ゲームの駆け引きに巻き込まれることはまずなかろう。勉強もしたいし、学校に行ってもいいのではないかな。

 領主免許を取得するために、国中の貴族子弟が集まるのなら、アカデミーが物語の舞台という事も十分考えられる。

 地の理をわが手に!事前に戦場視察というのは悪くない。

「試験を受けてみます。いつですか?」

「7月だ。あと2ヶ月足らずだが、お前なら大丈夫だろう」

 応用度合いにもよるけど試験対策厳しくないか?過去問とかあるかな。

「家庭教師からも、すでに基礎レベルの理解は他人に教えられるほどだと聞いている。先生とよく相談して備えなさい」

「そう言われると、失敗できませんね。頑張ります」


「イリアスもアカデミーに?」

 もしかして、イリアスが養子として呼ばれたのは、学校に通う私のお目付け役でもあるのかな。全然家から出たことなくて世間知らずだもんね。

 父とイリアス両方の顔を交互に見ると、二人も少し困った様に顔を見合わせた。

「まだ相談中で、決めかねております」

 イリアスは、どうも自分から事情を話すというタイプではないようで、すぐ話を終わらせてしまう。代わりに父が口を開いた。

「イリアスもすでに卒業試験を通っていて、受験資格はあるんだ。だが養子の話が決まるまでは奨学生志望だったり、今年は家庭の都合で受験を見送るつもりだったり、今とは事情が違ってね。な?イリアス」

「はい。母の出産予定日がちょうど試験と同時期でしたので、今年は見送ろうと考えていたんです」

「兄弟が増えるのね。おめでとう」

「ありがとうございます。侯爵様が医師と手伝いを手配して下さったので、そちらの心配は無くなりました」

 家族の話をする時だけ、イリアスは優しい顔をする。だがすぐに折り目正しい生真面目な表情に戻った。

「せめて学費くらい自分でと思うのですが、奨学金にこだわって入学を遅らせるよりは、早く卒業して一人前になった方が、ご迷惑が少ないのかもしれず、決断できずにいます」

 奨学生に目指していたイリアスは、かなり勉強ができるようだ。

 お金の心配なんてしなくてもいいだろうに。何せ、うちは通っていないのに寄付を頼まれたりするくらいだから、一般生の方が話は簡単だ。

「奨学生は優秀な証でもあるけれど、お金があるのに奨学生っていうのは大丈夫なの?」

 実子と養子の扱いに差がある、なんて良からぬ噂の的にならないだろうか。それに二人の内一人が奨学金で通うとなったら、学校側から確実にガッカリされるだろう。

「身分や所得に関する規約はないから、イリアスのやる気に繋がるのなら、外聞など構わないんだがね。彼が奨学金を取ったらその分奨学生の席が減る。それはあまり賛成ではないな」

 それはそうね。うちには支払い能力があるのに、他の学生の可能性を一つ潰してしまうことになるわ。


「近日中には答えを出してお返事いたします」

「いや、いいんだ。今年入学するにしても、イリアスは問題なく一般試験に合格できる学力がある。来年に先延ばしするなら、バーレイウォールの一員として教えることもあるからね。時間を無駄にはさせないよ。後悔の無い様にゆっくり考えなさい」

「私は一緒に通いたいわ。その方が楽しそう」

「いけません」

 いつも物静かな母が、珍しく諫めるような声を上げた。

「イリアスの決断はイリアスだけのものですよ。あなたの無責任な我儘が、迷いの元になるなんて、決してあってはなりません」

 たおやかな声でありながら強い語調に、私は少なからず驚かされた。

 美しく飾られ守られる、人形のようだと思っていたが、母も確かに上流階級に生きる人なのだ。

 権力者や有力者の発言は、意図しない影響を及ぼすことがある。家の中では我儘や冗談で許されていたことも、これから外に出るなら気をつけないとな。

 そういえばリュカオンは、相手に話をさせるのが上手だ。口数は最低限で余計な事は言わない。派閥争いに巻き込まれないように、徹底して教育されているのだろう。

 婚約に関してだけは誤解も厭わない前のめりな姿勢だけれど。

 聞かれるまで自分の話はしないイリアスも、私より余程人の上に立つ器である。

「わかりましたお母さま。イリアスもごめんなさい。言ってしまったことは取り消せないけれど、私にはあなたが来てくれただけで充分よ。それは本心だから」

「はい」

「一緒にというなら、リュカオン殿下も今年からアカデミーに通われるそうだよ。道連れがいて良かったじゃないか」

 リュカオンかぁ…。そんな気はしてたわね。

 新しい環境に友達がいるのは心強い一方で、メインキャラクターであるリュカオンの周りはフラグの地雷が目一杯埋まっていそうで心配な部分もある。そういえば今日は目が笑っていなくていつもより怖かったな。

 いやいや!弱気はダメよね!

 その為に次の一手に取り掛かろうとしてるんだから!好みのタイプを聞いて、情報操作。恩を売って相手の動きを封じるわよ!




 明けて翌週、週初めの定例会に今日からイリアスも参加である。やってきたリュカオンに、イリアスを紹介した。

「先日の誕生会でもうご存じでしょうが、改めてご紹介いたしますね。こちら、アルフォンス王太子殿下の第二王子・リュカオン殿下。こちらは義弟として我が家の一員となったイリアスです」

「ほう?……弟」

「イリアスは奨学生を目指していたぐらい優秀なんですよ」

「それは素晴らしい。期待している」

 相変わらず優しそうな顔だが、この間からどことなく目が笑ってないのよね。もしかして人見知りかな?

「恐れ入ります。殿下にご報告できほどの成果はまだあげておりませんので…」


「そうだ。先日話していた王城の件だが、城の方はいつでもいいそうだ。そちらの都合が良ければ、来週にでも、私がいつも来る時間に迎えを寄こすがどうだ」

「ありがとうございます」

 私がちらとイリアスの方に視線をやると、リュカオンは察して頷く。

「もちろん、イリアスもどうぞ」

「いえ、俺までそんな」

「ご招待なんだから、遠慮はナシよ。クロードとシャロンも一緒にいいですか」

 リュカオンはもともと下がった眉を一層下げてほほ笑む。

 く~、機嫌が悪くてもその表情。正統派ですなあ!

「仕方がないな。連れて来なさい」

「じゃあ、一か月後にしましょう。ドレスを新調します」

 主にシャロンのドレスを。ですけど。

「そんなに気合をいれなくていい」

「いえ、どうしてもお願いします!」

 美しい王宮はイベントの舞台として相応しい。ヒロインたるシャロンのチャンスがどこにあるか分からないもの!念には念を。新しい出会いや、リュカオンとの進展は思い出のドレスでなければ!

 クロードが懐中時計で時間を確認してから言った。

「姫様。今、奥様の所へ仕立屋が来ております。今日注文すれば、その仕上がりに合わせてお約束できますが、いかがです」

「そうね。でも…」

「構わない。行っておいで」

 さすがに客を待たせてというのは申し訳ないと思ったが、私が断る前にリュカオンが頷いた。乙女心に理解があるわね。さすが正統派王子。

「では少しだけ。15分で戻って参ります」

 クロードは懐中時計をしまうと、三人をその場に残して私の後に付き従った。


 急ぎ足で母の個人用応接室へお邪魔し、用途を伝えた。

 普段の買い物は母に任せきりなので、ドレスを選んで作るというと、母はむしろ喜んだ。

 母のドレスは完全なオートクチュールだが、私にはそこまでのこがわりがない。

 カタログと生地見本を見て、型はいつもよりボリュームのあるスカートを。シャロンには、白とラベンダー色でストライプの生地。私は紺地に白とラベンダーの糸が刺繍された生地に決めた。二人の色味がリンクしているというのが、私のささやかなこだわりなのである。型はいつもよりふくらみのあるスカートを選んだ。

 夏用のドレスは10日程で仕上がるという。


「2週間後のお約束で間に合いそうです」

 意気揚々と、予定通り15分ほどで戻ると、イリアスが呆然として様子がおかしい。

「あら?どうしたのイリアス、顔色が悪いわ」

「ちょっと…ちょっと驚いたというか…。……いえ、やはり何でもありません」

「私が席を外している間に何かあったの?」

「何も?」

 澄まして答えたリュカオンは私が中座した時と同じ姿勢で、少しも動いていないように見える。そして素知らぬ程で椅子に深く腰掛けたまま、ソーサーの上のティーカップを口元に運んだ。

 怪しい。

 傍に控えているシャロンを見ると、こちらはむくれた様子で口角がこれでもかと下がってしまっている。唇を尖らせて言った。

「リュカオン様がちょっとした悪戯を」

「あ、ズルいぞシャロン。君も共犯だろう」

「本当に大丈夫です。驚いてしまった事がむしろ未熟というか、恥ずかしいので、この話はもう終わりにしてください」

 何故か頭を抱えているイリアスが、一番この場を収めようとしている。

 結局イリアスは詳細を話さなかったが、三人の話の断片を総合すると、他愛もない二人のやり取りに、イリアスが驚いてしまったらしい。

「二人が身分を超えて仲が良いから、みたいな?」

「そうです。要約するとそういう事です」

 シャロンがリュカオンに対して辛辣なのは、今に始まった事じゃないけれど、慣れないイリアスは驚いたのかもしれないな。

 いや、もしかして言うのも憚られるくらい、二人は仲が良かったりするのかしら。

 私が気付いていないだけで二人の仲はちゃんと進展してたとか?なによ~、秘密なんて怪しいわね~。今後の展開に俄然期待しちゃうわ。

 私は頬が緩むのを抑えきれず、ニヤニヤしてしまう。

「まあ、イリアスも、相手が王子でも遠慮はいらないという事よ。シャロンを見習うといいわ。もしも意地悪されたら絶対私に言うのよ?」

「馬鹿を言うな。君の弟なら私の弟も同然だ」

 リュカオンは朗らかに笑う。とてもご機嫌だ。

 シャロンがカッと牙をむいて言った。

「全ッ然面白くありません、リュカオン様」

 何がどうなったかはよくわからないが、シャロンは自分の機嫌と引換にリュカオンの機嫌を直してくれたようだ。

 心配しないで!シャロンの機嫌は私が直しておくからね!


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