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大事なことは一度と言わず何度も言え

「君の夫になる者だ。我が未来の花嫁よ!」

 話の引きと場面のつながりを表現するためではなく、男は本当に同じセリフを二回言った。

 おかげで鳥肌も二倍である。

 なぜ二回も言ったんだ……。

 大事なことだから?

 確かに、大事なことなのに一回しか言わないというのはロジックが破綻している。大事なことは何回だって伝わるまで言うべきだ。

 一方的な花嫁宣言は大事かどうか以前に気持ち悪いのでこちらは何度も聞きたくないが、この際贅沢を言ってはいられない。相手が我が家を恨みに恨み抜いてる人間で、会うなり八つ裂きにしてやると言われなくて良かったと前向きに考えるしかない。

 尊大な男は私たちを一瞥してから、前を素通りして暖炉の前の応接ソファにどっかりと座った。

「レディをいつまでも床に座らせておく趣味はない。かけるが良い」

 一緒に部屋に入ってきた兵士たちの手によって、部屋の照明に光が灯るとともに、暖炉にも火が入る。

 私とシャロンは低体温症の危機からは逃れることができたが、その方法は考え得る限り最悪のものだった。


 部屋の照明全てが灯ると、まるで昼のような明るさとなり、長い時間暗闇で隠れていた私の目には刺さるように眩しかった。

 音を頼りにソファの方を見れば、男が無言で向かい側に座るよう指し示している。

 対話という方法による時間稼ぎは、あらかじめ計画して対策を考えていたことではあるが、現状は想定内とは言い難い。対話でありながら一方的に自分のペースに持ち込むためには、質問に答えなかったり、自分の話ばかりして、空気を読まず傍若無人に振る舞う必要があるというのに、私はすでに相手を怖いと思ってしまっている。先ほどの宣言を間に受けるのであれば、結婚相手を誘拐してこようと考えるような人間の正気度を下回るのは到底不可能だ。何をされるかわからないので、相手の言う事を無視する勇気すらない。

 シャロンは私をかばいながら全方位を警戒している。

 シャロンはここまで頑張ってくれた。だから次は私の番だ。

 私は怖気づく気持ちを奮い立たせてシャロンと一緒に向かいのソファへ座った。


 私たちは、お互いにしばらく様子を伺いながらじっと相手を見ていた。

 主犯格らしい男を明るい場所で改めて見ると、最初の印象よりもずっと年長である事が分かった。

 髪型や服装は若々しく、肌もツヤツヤしてシワひとつないが、全体的にハリがなく弛んだ感じがする。実年齢より多少は若く見えるのかもしれないが、確実に20代の青年ではない。40歳より下ということはまずないだろう。顔立ちは整っていて、昔は相当な美男だったろうに、アンバランスな若作りのせいで得体のしれない威圧感があり気味が悪い。

 男側のソファの後ろに立つ護衛兵が、声を張り上げた。

「こちらはフロラント王国王弟、ヴァンサン・ブリュノ・フロラン殿下であらせられます」

「王弟殿下……」

 ケルン公爵家との縁談が持ち上がっているフロラントの王太子は、私とケルン家次女のヴィオレッタよりも五つ年上の、長女ヴィクトリアよりさらに年上だと言っていた。普通に考えれば、その親であるフロラント国王は私の親よりも年上であろう。王弟ヴァンサン・ブリュノ・フロランの年齢も、見立て通りの40代と推測できる。いや、私の父よりも老けて見えることを踏まえると、実は50歳前後なのかもしれない。


「あ、ええと、私の名前は……」

 その後の沈黙が恐ろしく、私の自己紹介を待たれているのかと思って口を開くと、

「いや、必要ない!」

 食い気味に断られた。

「はあ……それもそうですね……」

 私の警備は常に厳重だ。夜道を歩いていたから誘拐したという行き当たりばったりの犯行ではない。この誘拐が下調べと計画も上で成り立っている以上、こちらの素性はすでに知られている。

われが高貴な身ゆえ自ら迎えに行くことができなかった。少々強引な招待となったが許せよ」

 フロラントの王族って、一人称が『我』なんだ……。自意識が強い……。

「しかし過程は些末なことだ。これはそなたにとっても良い話であるぞ。なにしろ我と結婚すれば、フロラント王妃の座が約束されているのだからな」

 ヒエエ……、怖い……。

 結婚の話、聞き間違いだったら良いのにと思っていたけど全然そんな事はなかった。

「あの……、あの……、王妃の座に興味はないので他に希望者を募っていただくわけにはいきませんか?」

「なんと!興味のないフリで有利な条件を引き出そうというのか?そのしたたかさ、気に入った。ますますフロラントの王妃に相応しい!しかし案ずるな。細かな条件など気にせずとも、地位も名声も、この世の栄華は全てそなたのものとなるであろう」

「たとえそうだとしても、重要な打診は最初に父へとお願いします。父がええと……」

 私は結婚という単語が嫌すぎてわざと言葉を濁した。そんな話題を目の前の親より年の離れた人間と相談するなんて、その事実だけで憂鬱になる。

 家族も賛成するに決まっていると言わせないためにはどうすればいいだろう。お父様が、自分より年上の男なんて認める訳ないのだから、この場さえ切り抜ければよいのだ。

「判断を仰がずに決まったことを認めるわけはありませんので」

「なんだ、そのようなこと。認めぬも認めるもないであろう。一番大切なのは本人の意思だ」

 シャロンが堪えきれずに立ち上がって声を荒げた。

「お前のような30も年の離れた誘拐犯に嫁がされて、何がこの世の栄華ですか!?同意すると思っているなんて、冗談はそのおかしな口調だけにしてください。厚かましい!」

 あわわ、言っちゃった!

 しかし王弟ヴァンサンはキョトンと首を傾げただけだった。その仕草がまたなんとも年相応とは思えない世間知らずな雰囲気を醸していて気味が悪い。

「並みの男であればそうかもしれぬ。だがこの我であれば年齢は関係あるまい。それに実年齢よりずっと若く見えるのだ。年の差を理由にかしこまる必要はないぞ」

「畏まっている訳ではなく純粋に嫌なんです!」

「シッ!シャロン!刺激したらよくないわ!」

 とにかくヴァンサン王弟殿下は自分との結婚には十分価値があると信じており、今ここでその認識を改めてもらうのはリスクが高い。逆上されたらなす術がない。

 私は別の視点からメリットがないと指摘することにした。


 シャロンの腕を引いて、もう一度隣に座らせる。

「先ほどのお話は不審な点が多くあります。フロラントでは、すでに国王陛下の第一王子が立太子なさっていますよね。王弟殿下が即位される可能性はごくわずかのはず。お約束を鵜呑みにすることはできません」

 王妃の座を約束は話盛りすぎ!詐欺師の理論!!さらに暗殺とかクーデター、そういう血なまぐさい提案も絶対にお断りだからね。

 本人の意思を重視するというのならば、多少無礼だろうとも、ここで確実に拒絶の意思表をしておかなくては。

「おお、なるほど。それを案じておったのだな。しかし杞憂であるぞ。そなたの夫となる者は、あらゆる国で、最も高位の王位継承権を主張することが出来るのだ」

「ええ……?どういう理屈ですか?それならすでに王弟殿下が王太子位に就いているのが道理ではありませんか」

「我自身ではなく、そなたと結婚した者に王位継承権がある」

「はあ?」

 私は頭の中で、今聞いた発言を何度も反芻した。しかし内容が全く頭に入ってこない。

「全然意味が分かりません」

「うむ。そなたの伴侶となった者には、下位の継承候補者を全て飛び越し、第一位継承権が与えられる。王太子がいた場合は、1対1の継承戦が行われ、平和的に会議でどちらが優れているか選定される。選定の基準と内容は様々だが、決して分の悪い戦いではない」

 そんなカラオケの割り込み機能みたいな継承制度があってたまるか!

「妄想の類ではないかと」

 私は真剣な表情で忠告した。僕の考えた最強の王様計画にしたって荒唐無稽すぎる。

「国際法で定められていることだ。フロラントだけでなく、ティターニアから王朝認可を受けた全ての国で適用されておる」

 ヴァンサン王弟はやれやれといった呆れ顔になる。

 誇大妄想誘拐犯に常識を説かれるとはね。喧嘩売られてるのかな?


 だいたい、その設定で私の結婚相手が王になれるなら、私は誰と結婚しても王妃になれるってことじゃない?直系から外れた王弟が王になるにはそれなりの名分が必要なのだろうけど、作り話だとしても失敗よ。

 だったらこっちは初めから王太子と結婚した方がすんなり王妃になれるんですけど?別になりたくはないけどさ。結局コイツ、自分の野望のために他人を平然と利用する腐った根性が、あらゆるところに滲み出ているのよね。何が『悪い話じゃない』よ。その論理で説得される人間がいるならお目にかかりたいわ。

「今は確かめる方法がないので、仮にその抜け穴のような制度が実在したとして、私がその資格を有している根拠がどこにもありません」

 ただのいち侯爵令嬢が王位継承スルーパス券をもっているはずがないでしょう。

 あまり話の通じなさそうな様子に変わりはないが、相手の理論をもうじき粉砕できそうなので、私はだんだんと強気になってきた。

「自明であろう。皆まで言わせるな」

 言いたくないんじゃなくて、根拠が何もないだけでしょ!それとも大事なことは二回言うのに、当たり前のことは一回も言いたくないマイルールなの?

「心当たりのない事ですからご説明いただかないと」

「そなたがティターニア王国最後の王女、マグノーリアの娘だからだ」

「人違いですね!!!!!!」

 私はクソデカボイスで絶叫した。


 鼓膜をつんざき部屋中に充満するかのような大声で家具や窓が振動する。

 あっぶな~……!! 

 人違いで結婚させられるなんて冗談じゃない。

 令嬢系物語の導入で時々見かけるけれど、あれは世間に誤解された不遇な二人が運命的に出会う奇跡のお話だから良いのであって、普通ならどう転んでもバッドエンドよ。

 でもこれで双方にメリットがないことが分かったし、時間稼ぎの必要はなくなった。あとは取引でも何でも持ちかけて、家に帰してもらえるよう交渉しよう。こんな私利私欲のために女性を誘拐する男が野放しになるのは悔しいけれど、背に腹は代えられない。然るべき対処は後からでも……。

「人違いではない。そなたは間違いなくティターニアの正当なる系譜。これは元ティターニア王国の忠臣から得た確かな筋の情報だ」

 次の算段に取り掛かる私をよそに、王弟ヴァンサンは動揺もなく言い放つ。

「…………」

 その確信に満ちた様子に、私の方が唖然とした。

「……ええと……。フロラントの王弟殿下に置かれてはご存じなくとも無理はありませんが、マグノーリア妃殿下は我が国の王太子殿下の妃であらせられます。ティターニア王室の血筋を引いていらっしゃるのは、その間の三人の王子だけで、私は違います……」

 だからあなたが求婚すべきは三人の王子の方だと思います。

「細かなことは関係ない。実際に我が目で見て確信した。そなたはマグノーリアの若い頃に生き写しだ」

 そうかなあ?雰囲気は多少似ているかもしれないけど、顔は全然違ったわ。可愛いと綺麗をうまくブレンドした美人で、ちゃんとリュカオンにも似ていた。もしかしてこの人、私とマグノーリア妃の髪色が同じだから勘違いしているのではないかしら?

「確かに私の髪はマグノーリア妃殿下と同じ色で、この国では珍しいものですが、プラチナブロンドのティターニア人はたくさんいます」

 ここよりさらに北にあり、日照時間が少ないティターニアでは、国民全員の色素が薄い。シャロン自身は父親の暗い髪色が遺伝してダークブラウンの髪をしているが、私の母の嫁入りで一緒についてきたシャロンの母も色素が薄く、ミルクティー色の淡い髪を持っている。

「国がなくなった後、ユグドラには大勢のティターニア人がやってきて、私の母もその一人ですが、マグノーリア妃とは全くの別人です」


 少しの沈黙があった。相手は値踏みするように私を見ている。

「どの道そなたを家に帰すつもりはない。自分の為にも、価値が本物であるよう振舞った方が賢明だと思うがね」

「わ、私を殺すつもりですか!?いくら役に立たないからって国際問題になりますよ!これだけ大がかりなことをして、言い逃れもできませんし、家の者だってすぐにここを突き止めますから!」

「殺したりするものか。我にはそなたの血が必要なのだ」

「だからそれは間違いなんです」

「そう言って逃れたいだけかも知れぬ。婚姻の儀を済ませれば諦めもつくであろう」

 発言と同時に、ヴァンサン王弟は私の腕を力任せにつかんだ。


お待たせしております。忙しさと書きにくさで遅筆に拍車がかかっております。

一度休もうかという気持ちを押さえつけ、とにかく今のエピソードが解決するまでは、出来次第上げていく形で進んでいくつもりです。

今年もありがとうございました。

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