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そのアルカイックには裏がある

 シャロンに促されて、正面の掃き出し窓からバルコニーに出た。

 周辺は暗闇に包まれており、城だけが篝火に照らされて浮かび上がっている。高いところから見ると、このべオルフ城は森の中に建っていることがわかった。

 建設当初はひっそりと敵を待ち伏せするような隠し砦だったのかもしれない。しかし今や保養所や夜会の会場として、道は整備され、照明は存在を誇示するようわざと派手に設置されていた。

 自然の木々に囲まれて景色が良い。保養所として人気があるのもうなずける。その分見通しは悪く、敵の接近をすぐそばまで許してしまう。防犯上、侵入者の対策は万全を期しているだろう。となればやはり、じっと助けを待つよりは合流しやすいところまで逃げる方が確実だ。


 私とシャロンは同時にバルコニーの下を覗き込んだ。見張りはいないが、下は石畳で、飛び降りて無事で済む高さではない。1階部分の天井が非常に高いためだ。

 バルコニーは、尖塔状に独立している部屋から、さらに張り出すような形をしており、壁面を伝って移動できそうな場所はなかった。すぐに思いつく脱出方法はシーツやカーテンを使って下に降りることぐらいだ。

 使えそうな布類があるか確認するためにどうか部屋の中に戻ると、シャロンが一足先に音もなくベッドからシーツを剥ぎ取るところだった。彼女は靴下に忍ばせていたナイフでシーツをかぎ裂きにした。

「えっ、破いちゃうの?」

「まあ見ていてください」

 シャロンはもう一か所ナイフを入れて、それを抱えて再びバルコニーに出た。それからバルコニーの壁と柵を器用に三角飛びしてひさしの上に上がり、そこへシーツを掲げた。ピンと広げてナイフでシーツを壁に止めると、破れた穴の部分が拡がって下向きの矢印のように見える。

 遠くからでも見える立派な目印だ。

 バルコニーやその下からは、わざわざ見上げないと見えないが、外から中の様子を窺っていれば発見出来る可能性が高いだろう。

「あったまい~」

「救助隊が見つけるかは分かりませんが、何もしないよりは良いと思います。ここから移動することになったとしても、やみくもに広い城内を探すよりも足跡を追いかけた方が早いですから」

「次はどうする?私に出来ることある?」

 シャロンは軽やかに庇から降りてきて、私の背に手を添え、部屋の中に導いた。

「体を冷やします。続きは中で相談いたしましょう」


「目印を付けたから、探しに来てくれるまで待った方がいいのかしら」

 念のため声を抑えてヒソヒソと囁く。

「そうですね……。まずはこの部屋が籠城できるような状態か確認してみます」

 部屋は広く、天蓋付きのベッドと応接セット、衣装ダンスが不自由なく設置されているが、扉で仕切られた空間はない。

 ただし、廊下から続く扉は内開きで、重い家具を前に置けばバリケードになりそうだ。

 私とシャロンは手始めに2人がかりで手ごろなチェストを動かそうとした。

 が、ビクリともしない。

「あら?ヘンね?」

 厚い板で作られた重厚感のあるチェストとはいえ、微動だにしないのは違和感がある。

 何が引っ掛かっているのかとチェストの裏側を確認してみると、金具で繋がった太いくさびが壁に打ち付けられている。

 地震対策……ではないわよね。きっと。

「壁に固定されていて動かないわ」

 私が他の家具も同じ状態であることを確認している間に、シャロンはスカートの下の佩刀をスラリと抜いた。

「えっ、何するの……」

 そして私がその意図を理解するより早く、振り上げられた短剣がチェストと壁の隙間に打ち下ろされた。


 ガギィンッ!

 大きな金属音と衝撃による振動が部屋中に鳴り響く。

 にわかに廊下側の扉向こうから動揺の気配が伝わってきた。

「何事ですか!?中で一体何を!?」

 騒音が激しくてバリケードを作るどころではない。

「ああ~、えぇと~」

「入りますよ!扉から離れてください」

 そらそうよ~。短剣を片づけている時間すらない。シャロンは座り込んでスカートの下に得物を隠した。

 その不自然さが際立たないよう、私も咄嗟に隣へしゃがみ込む。

 同時に勢いよく見張りの兵士が部屋の中に飛び込んできた。

「どうされました!?」

「それが、あの」

 どうしたもこうしたもない。あなたたちが入ってこられないように、バリケードを作る物音だとは言えない。かと言って、今更何でもないととぼけるのも無理だ。

「は、ばり……はら……、はら、いせ。腹いせに、家具を蹴ったら思ったより硬くて……」

 緊張と焦りで涙目だったことが説得力になったのだろうか。

「ああ、なるほど……」

 苦しい言い訳にも関わらず、見張りの兵士はすんなり頷いた。

 私が家具を蹴ってあんな音がするはずないのだが、侍女がスカートの下に帯剣していると思いつく方が難しいので、それも仕方のない事だ。

「あのう、つ、爪が割れているかもしれないので……、救急箱を取ってきていただけませんか?それくらい痛くて……」

「かしこまりました。立てますか?よろしければお手伝いします」

「いいえ!」

「お気持ちは分かりますが、怪我をした時に人を頼るのは恥ずかしい事ではありませんよ」

「そ、そのぅ……。うう……、今、すごく痛いので、そっとしておいて欲しいというか……、自分のタイミングで行きますから」

 なんとかボロが出ないうちに見張りを部屋の外に追い出そうという私の言い訳は、しどろもどろで不自然さの塊りだったが、それも痛みによるものと判断されたようだ。

「分かりました。そういうことでしたら」

 シャロンは、なんとなく話を合わせて私の背中をさすっており、抜け目なく付け加えた。

「靴を脱いで治療しますから、中へ入らず、救急箱は扉の外に届けてください。立て込んでいたら返事が出来ないかもしれませんが、お願いします」

「ではそのように」

 少女が二人きりと言うこともあり、見張りは油断しきっている。多少の不審を気に留めることなく、了承して部屋を出た。


 扉が閉まり、部屋に二人きりになって、私は長い長い安堵のため息をついた。

 シャロンは座ったままスカートの中に短剣を器用に片付け、素早く立ち上がった。

「姫様ナイスです。さすがの機転でした」

 ホントにね!?今回ばかりはいつもの大袈裟な賞賛にも完全同意よ。我ながらよく切り抜けたものだわ。

 シャロンはテキパキと私の手を引いて立ち上がらせ、ダンスをリードする要領で、ちょんと荷物でも置くようにソファに座らせた。

「そちらに座っていてください」

「本当に怪我をした訳じゃないわよ?」

「はい。もちろん分かっています」

 シャロンはしばらく扉に張り付いて、廊下の様子を伺っていた。私は言われた通りに座ったまま、そんなシャロンを見守る。

 やがて、静かに細く扉を開けて、外の見張りに声を掛けた。


「恐れ入ります。主人にお茶を入れて差し上げたいのでお湯をいただけますか。もう一人の方が戻ってきてからで構いませんから」

「鉄瓶が用意されていないか?それを使って暖炉で水差しの水を温めるんだ。厨房まで往復するのは大変だからな。士官室と同じようになっているはずだが」

「暖炉で温める?教えてくださいますか?」

「ああ、構わないよ」

 シャロンは見張りの兵士を部屋に招き入れ、説明しながら暖炉の前で作業する兵士に水差しを渡して、湯を沸かす用意をしてもらった。

 鉄瓶を火にかけるくらい、見ればわかりそうなものだが、きっとシャロンには何か考えがあるのだろう。私は先ほどのように突然無茶振りをされないかドキドキしながら次の展開を待つ。

「ご親切にありがとうございます。助かりました」

 シャロンは滅多に見せない社交スマイルでニッコリ笑った。

 わああ~~~ッッッ……!!!可愛い……!!

 私はもんどりうって、悶えたい気持ちをグッと堪えて奥歯を噛み締めた。

 いくらシャロンの顔面が天才でも、奇行に走っている場合ではない。

 

 気を引き締めて、太ももを必死につねりながら神妙な表情を保ち、一体何を企んでいるのかと動向に注目していると、今日はシャロンがしみじみ可愛い。

 シャロンは、もちろんいつでも可愛い。走り回った後でも薄汚れていても、千年に一度という枕詞も誇張ではないほどの美少女だ。着飾らなければ素材の良さが引きたち、着飾れば衣装と素材の相乗効果でチート級のバフが掛かる。完璧な美の前では環境など些末な要素なのである。

 少女らしい丸みを帯びた卵型の輪郭に、優美な柳眉。形の良いアーモンド型の大きな眼が、ぷっくりした涙袋でさらに大きく見える。瞳をぎっしり縁取る睫毛は長いが下向きで、あまり目立たないながら、濃いブラウンでアイラインを強調し、まるで絵画のように理想的だ。そんな愛くるしい彼女が、想像を絶する塩対応で、ギャップの温度差で風邪をひきそうになるのが大きな魅力の一つと言える。

 それなのに、なんだか今は様子がおかしい。


「ところで、もう一つお願いがあって」

 塩対応どころかあざとい上目遣いで兵士を見上げている。

 ちょっと!そこ代わって頂戴!私もあざとく見上げられたいの!!

 はッ!もしかして、最初は優しくしておいて、急に生ゴミを見るように蔑み、ポッキリ心を折る作戦なのかしら。確かにあなたほどの美少女にそんなことされたら、泣いちゃう人もいると思うけど、逆に喜んじゃう上級者もいるってちゃんと教えておくんだった!これは危険な賭けよ。

 ハラハラしながら見守る中、シャロンは兵士を連れて部屋の中を移動する。

「先ほどの拍子に主人のアクセサリーが勢いよく飛んでしまって、私では背が届かないので困っていたのです。あなたなら届く高さですから、どうかお願いします」

「いいよ。どこだい」

「こちらです。この天蓋の布に引っ掛かってしまいました」

 シャロンはベッドの天蓋を背伸びして指さす。

「んん?どこだろう。よく見えないな」

「そのあたりです。私の目には、あなたのちょうど視線の先辺りにあるように思いますが、同系色なので紛れてしまうのでしょうか」

 兵士がさらに顔を天蓋に近づける。


 その時シャロンは死角に回り込んで、ポケットからハンカチを取り出し、兵士の鼻と口に当てがった。途端にその兵士は、グルンと白目を剥いて脱力した。シャロンは方向性を調整して兵士の背中を蹴り飛ばし、ベッドの中に倒れ込ませる。

 一瞬の出来事で、私はただ呆気にとられた。

 シャロンはチェストから取り出した予備のシーツで、兵士に猿ぐつわをかませ、そこから器用に後ろ手海老反りに縛り上げた。

 ムゴイ……。

 精神攻撃なんかじゃなく、全力物理だったわ。

 シャロンはあらかじめ剥がしてあった上掛けで、ベッドの真ん中に転がした兵士を包み、天蓋を下ろして、一息つく。

 速い。あまりに速すぎて手慣れた感すらある。

「さあ逃げましょう!」


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