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今日じゃなくてずっとがいい

「この防風林を抜けて進んでいくと、前方左手に王都の外周が見えてきます。街の明かりがありますから、見失うことはないでしょう。南南西の大通りから市街地に入るとすぐにエース家が運営している施療院があります。医療施設ですから、夜でも人がいるはずです。そこで助けを求めてください。待ち伏せされていて、南南西から入れなかった場合、西側には物流拠点、南側にはトリリオン家が顔役の生鮮市場があります。覚えられましたか?復唱してください」

「南南西はエース家の施療院。辿り着けなかったら西の物流拠点か、南の生鮮市場に助けを求める」

「結構です。どれも分かりやすい大きな建物で、人がいる可能性が高い場所です。もし全て駄目なら、先日ケンドリックが連れて行った13番倉庫街まで行ってください。眠らない町で冬至も関係ありません。とにかく人が沢山いますから、必ず助けになる者が見つかります」

「クロードも一緒に行くわよね?今説明しているのは、リスクヘッジのためよね?何が起こるかわからないから、万が一はぐれた時に落ち合う場所のヒントにしようってことでしょう?」

 この切迫した状況で、わざわざ時間を取って説明するクロードの行動に、何とも言えない不安がこみ上げる。

「もちろんそうです」

 クロードは目を細めて微笑む。

「そ、そうよね?」

 しかしその笑顔を見ても、私の不安は消えなかった。クロードは普通ならこんな時に微笑む性格ではないからだ。

「ただし、姫様には1人で先行していただくつもりです」


 何も難しいことは言われていないのに、しばらく理解が出来なかった。言葉が上滑りして内容が入ってこない。

「1人で?」

 私たちはどこへ行くにも三人一緒だった。1人の時間というのはわざわざ作り出すものだった。それなのに。

「僕とシャロンは、これから隙を見て追手の馬を奪います。多少のリスクを冒しても、結局はその方が逃げ切れる可能性が高くなりますから。姫様には、その間に隠れているよりも、少しでも移動していただく方が、より合理的だと判断しました」

 現状で逃げ切るのが難しい要因は、追手の移動手段の方が優れているせいだ。馬があれば、難易度は格段に下がる。あっという間に街に着くし、応援を呼べればこちらの勝ち。

 話の道筋は通っている。

「僕たちが注意を引きながら反対方向へ出ます。姫様はなるべく長く防風林の中を走って、途切れてからはゆっくりで構いませんから慎重に進んでください」

「わ、わかった……」

 了承の返事をする他ないが、どうしても違和感が残る。

 あのクロードが。私を抱えて走るとまで言うクロードが、私の単独先行を決意するにはどれほどの葛藤があったのだろうか。

 走るのも遅い、いざという時の対応力もない、土地勘も今一つの私が、追手を掻い潜りながら目標地点まで応援を呼びに行くのは、確実な策とは言えない。

 お互いの状況が判らなくなる不安や、行き違いになる可能性を考慮すると、たとえ効率的でなくても、三人一緒に行動する方が良い気がするのだが……。

 そこで私はハッとした。

 もしかして、私が1人で街まで辿り着くよりも、クロードたちが馬を奪える可能性の方が低いということか?

 ストンと腑に落ちた。

 馬を奪うのに失敗した後、クロードたちが身を挺して追手を足止めするつもりなら、そんな危ないことはさせられないと私が反対する前に、さっさと出発させてしまうという考えは理解できる。


「やっぱりちょっと待って」

 私は周囲の様子を伺うクロードの腕を掴んで引き留めた。

「追手は何人?本当に馬を奪える?」

 質問はシャロンに。こんな時でも、シャロンは正直に答える。それが彼女の信念なのだ。

「最後に見た時は8人でした。仲間を呼んで増えているかもしれません。馬の奪取については、

相手が街のならず者ではなく、ちゃんとした傭兵であれば難しいでしょう。実力がわかりませんので賭けになります」

 正直に答えることを期待してはいたものの、あまりに淡々としていて呆れた。

「シャロン、あなたはそれでいいの?」

「私より賢いクロードさんが出した答えです。私がそれ以上に良い案を提示できるとは思えません。それに、油断している間の奇襲なら、勝算は十分あります」

 イチかバチか、伸るか反るかの賭け。そんなものに頼るしかない状況に、私たちは追い込まれている。

 もしも失敗したら、クロードたちは追っ手を足止めしようとするだろう。抑止する人がいない状況で、私のために無理をして、最悪の場合……。

 この先は、考えるのもおぞましい。そんなこと、決してあってはならない。


「この中で、一番早く走って応援を呼びに行けるのはクロードよね?」

「その通りです」

「姫様まさか……。いけません。危険すぎます」

「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ。敵は私に用があるの。危害を加えることはないはずよ」

 そのつもりがあるならとっくに行動しているだろう。遠くへ連れ去るまでもなく、私たちは隙だらけだった。

 私個人に用事なんて限られている。おそらく、私を人質に何らかの交渉事を進めたいのではないか。人質の価値を守るためには、丁重に扱わねばならない。

「だから時間稼ぎをするのは私が一番適任なの。危ない事をしなくても、投降すれば、私を連れて引き上げていくでしょう。クロードはうまく逃げ出して助けを呼んできて」

「姫様、私は」

「シャロンは後ろからこっそりついてきて、行先までの目印を付けてほしいの。到着する応援が私を見失わないようにね。充分人が揃ったら、一緒に助けに来てちょうだい」

「それには及びません。バーレイウォールの猟犬が、最初に覚える仕事は一家の皆様を追跡することです。ここまで来れば、後は猟犬が姫様の居場所を突き止めます」

「そう。それならシャロンは私と一緒に来てくれる?絶対安全とは言い切れないけど、あなたがいてくれたら心強いわ」

「もちろんです。お任せください」

 シャロンは満足気に頷いた。


「それなら僕も一緒にお連れ下さい。きっと今頃、報告を受けた本邸では捜索隊が編成されています。護衛とはぐれた場所から追跡しても、居場所を突き止めるまでの時間は誤差の範囲内です。助けを呼びに行くよりも、お側で必ずお役に立ちますから」

「私は、きっと助けが来るという希望ではなくて、必ず助けが来るという確信が欲しいの。他でもないあなただから信頼して頼むのよ。引き受けて」

 クロードを連れてはいけない大きな理由はもう一つある。

 貴族令嬢と侍女の2人なら敵も油断するだろうが、クロードは体格が優れているというだけで危険視されるだろう。193cmもあるクロードを無力化するのが困難であることは一目瞭然だ。邪魔だと思われたクロードがどんな目に遭うか、予想がつかない。

 一人で行動するのはもちろん怖い。

 でもこれ以上、私のせいでクロードを危険にさらしたくない。

 あの時、リリィ・アンを手伝いに行こうと言わなければ。

 考えなしに敵の車に乗らなければ。

 コートを落として見つかったりしなければ……。全て私のせいだ。


「でも……。僕のせいでこんなことになって、責任を放棄するなんて出来ません」

 クロードはポロポロと涙をこぼして泣き出してしまった。匂い袋で先ほど泣いたせいで、涙腺がすっかりゆるくなっている。

「クロード。クロード、よく聞いて」

 私は両手でクロードの顔を包み込んで、涙を拭う。

「今の状況は全部私のせいだって、私も思ってる。あなたもそうなのだとしたら、多分どちらも正しくて、どちらかだけのせいでもないのよ。だからお互いに一番適切な仕事をしましょう」

「いいえ……!姫様のせいではありません。あなたをお守りするのが僕の仕事です。最後の盾で居させてください。たとえこの身に変えても」

「あなたの仕事は、私を守る事じゃないわ。望みを叶えることでしょう。そして私の望みは三人一緒に無事に帰ること。私一人じゃ、意味がないの」

 その時、後ろの方から大声で呼びかけながら追手が森に入って来た。 

「お嬢様ぁ~、こんな所に居たら危ないですよぉ~。野犬に野盗、最悪凍死もありますからぁ~」

「安全にお連れするように命じられています。何も手荒なことはしませんから出てきてください!」

 暗い木々の間を反響して聞こえてくる知らない声は、本能的な恐怖を呼び起させる。

 私たちは身をすくめてなるべく小さく一塊になった。


 勝算のない戦いから逃げるのは構わない。しかし恐怖から逃げてはいけない。それは自分自身に負けることだ。

 クロードが怯えているなら、私が勇気を与える。クロードの震える身体を抱きしめた。私たちはこれまでそうやって補い合ってきた。

「クロード、お願い。私も頑張るから、あなたも頑張って」

「たとえ僕がお守りすることが叶わなくても、辛い時や、悲しい時こそお側にいたかった」

 クロードは私の手を握り締めて、涙をこぼしながら唇を噛んだ。

 その間も、追手の挑発するような声が林の中に響いている。

「今日だけじゃなくて、これからもずっとそうしてよ。私、あなたのことをちゃんと待ってるから」

 最後の一押しで、クロードは諦めたように頷いた。


「私は防風林の外側に飛び出すから、クロードは予定通り市街地を目指して。気の弱い貴族令嬢のフリをするから、シャロンは適当に合わせてね」

 私たちは三人で一塊になって硬く身を寄せ合った。

「それじゃ、必ず無事に再会しましょう」

「はい。姫様もご無事で」

「私が、クロードさんの分も姫様を守ります」


 私は被っていたクロードの黒いコートを彼の肩に、名残惜しく、丁寧にかけ直した。

 一つ深呼吸して息を整え、前を見据えて走り出した。

 防風林が途切れる辺りで、追手を引き付けるように大声で叫ぶ。

「いやあああああ!もういやあああ~!!誰か助けて!誰か!!」

「ローゼリカ様!叫んではいけません!見つかってしまいます」

 シャロンも少し後ろを追いかけながら、負けじと大声で叫んだ。

 自分の声と息切れでよく聞こえないが、周囲が騒がしくなる。馬の駆け足の音と男性の怒号、草木をかき分ける音。そういったものの気配が取り囲むように近づいてくるのを感じながら、市街地とは反対方向へ逃げる。

「誰かー!誰か助けて!!」

 私はちょこまかと障害物を利用して回り込みながら、逃げ惑う。私の目的は逃げ切る事ではなく、クロードが闇夜に紛れられるように、追手を引き付け時間を稼ぐことだ。

 しかしすぐ捕まると思っていたのに、限界まで走って、スピードが落ちてしまっても、中々進路をふさがれなかった。どうやら、走る速度に余裕のあるシャロンが、時々草を結んだり邪魔な木の枝を進行方向に横たえたり、簡単な罠を設置して追手を翻弄しているようだった。

 しご出来すぎて惚れ直すわ。


 一向に捕まる気配がないので、ワンチャンこのまま逃げ切れるかと思い、市街地の方角へ進路を変更したところで、ようやく取り囲まれて進めなくなった。街へ逃げ込まれなければよいと泳がされていたらしい。

 乾燥した空気に喉が張り付いて、悲鳴を上げている。体の末端が冷たくなって、頭痛がする。けれど予定より時間は稼げた。作戦は成功だ。

 周囲を取り囲む数は10人。凄みのある傭兵風の男に交じって、二人ほどは簡素な装いながら、物腰が洗練されており、貴族階級の雰囲気を持っている。そのうちの1人が私の前に進み出て膝をついた。

「ローゼリカ・バーレイウォール嬢ですね。大人しくご同行願います」

 しかしここでもうワンチャン狙うのがこの私。さらなる遅延行動を試みる。

「いや!来ないで!」

 私は怯えているふりでその場にへたり込んだ。

「あなたは誰?私をどうするつもり!」

「私はある高貴なお方に仕える者です。ご命令によってお迎えに上がりました」

「もう嫌、こんなの嫌。家に帰りたい。私を家に帰らせて……」

 質問しておいて話を聞かない。これぞ、埒のあかない会話法よ。

「ここに居ては体を冷やします。話は暖かい場所のほうがいい。案内します」

「外寒いから、暖かい誘拐犯の家に行く~ってなるわけないでしょ!?何考えてるの?馬鹿なんじゃない!?」

 こちらを心配していると見せかけて、都合のいいように動かそうとしてくる詐欺師の論理よ!

 おっと。腹が立って、ついうっかり本性が現れてしまった。

 私は慌ててメソメソ泣きまねをした。

「怖い……酷い……」

 追手の代表格はため息をつき、一歩下がって周囲の男たちに命令する。

「お連れしろ。くれぐれも丁寧に。大事に抱えて車に乗せるんだ」

「触らないで!行きたくない!!シャロン!シャロン!!」

 最後の力を振り絞り、私は周囲の男たちが辟易するぐらいの大声で喚き散らした。シャロンは私を庇って、間に立ちはだかる。

「私がお連れしますから、我が主に近寄らないでください」

「シャロン、何とかして。もう耐えられない」

 まだまだ居座る構えの私に、苛ついた傭兵から苦言が飛ぶ。

「お嬢様、いい加減に腹を括りな。メイドを困らせたってどうしようもないぜ」

 シャロンもそっと耳打ちする。

「姫様、もうこれ以上は」

 そうね。痺れを切らして怪我をさせられたら、その後の逃亡計画に支障が出るわ。


 私はグズグズ泣きながら立ち上がり、その後もたっぷり時間をかけて、時折盛大に駄々をこねながらようやく用意された車に乗った。

 何分ぐらい粘ったかしら。上手くいっていれば、きっとクロードは街についているわね。この調子で時間を稼げば助けが来る。

 楽勝!


お待たせしております。今回はとっても難産でした。

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