『ナマイキ!義弟』枠、参戦 2
私の誕生会を兼ねて、イリアスの歓迎会が行われた。
そこで彼は正式に、バーレイウォール家の養子として、屋敷の使用人たちにも紹介された。
誕生会と言っても、社交界デビュー前である私の会はごくごく内輪で、豪華なパーティというわけではない。演奏会と昼食会を混ぜあわせて、ボードゲームやプレゼント交換を楽しむ、子供クリスマス会をイメージしてもらいたい。
皆からお祝いの言葉を貰い、母がこの日の為に練習した曲をピアノ演奏してくれる。使用人たちからも、いくつかのグループに分かれて、詩の朗読や歌の合唱のプレゼントがある。父からは両親と祖父母からの贈り物を手渡され、親族からの目録は執事が紹介する。
イリアスもピアノを披露してくれた。転居や旅支度で、ただでさえ忙しかったろうに、ちゃんと準備してくれたのだと感動した。美しい思い出のようなキラキラした曲で、家族に別れを告げてきた彼の境遇を思うと、思わず涙ぐんでしまったほどだ。
最後に私もお礼のピアノを演奏する。前世では経験がない上に才能が無い様で、とても平凡なのだけれど、いくつになっても習い事をして新しい知見を得るのは心が躍る。転生の醍醐味は案外こういうところにあるのかもしれないな。
私の演奏を聴いてすぐに、リュカオンは帰っていった。今日は借りてきた猫のように大人しく、顔に笑みを張り付けていた。なんか怖い。
その後は長めの昼食、夜はほとんど食べないので、ゆっくりたっぷり食べる。カードとボードゲームに興じてから、料理人が腕によりをかけたデザートを皆で分け合い、最後に母が用意した小さなプレゼントを参加者に配ってお開きとなる。
夕方以降は用意された軽食を食べながら、プライベート用の談話室で、家族だけでのんびり過ごすのだ。
家族が揃って、次の予定を気にせず過ごせる日は、年にそう何度もない。
病弱な母は、いつでも家にいるものの、無理をするとすぐ寝込んでしまう。毎年誕生日だけは、その日に合わせて体調を管理し、今日もアスリートのように万全に仕上げてきたなどと言っている。恐らく冗談なのだろうが、風にも堪えぬ風情の儚げな母が言うとあまり笑えない。
忙しい父もこの日だけは一日中体を空けてくれていて、その間使用人たちは、職務を切り上げサロンで無礼講のパーティだ。こういう特典があってこそ、私の誕生日も全員から喜んでもらえるというものである。合理的だ。
両親は好きな音楽を蓄音機に掛けて、睦まじくダンスを踊り始めた。社交が出来ない事を除けば、母は貴族夫人としての能力も教養も高い。ピアノも刺繍も上手で、センスが良く、詩作は感動的。ダンスはただステップが正しいと言うだけでなく、頭のてっぺんからつま先まで、天上の羽衣を纏った様に軽やかで洗練されている。
それをぼんやり見ている私に、父は親戚からのプレゼントを開けてはどうかと勧める。イリアスにも声をかけて、手伝ってもらうことにした。
「イリアス、今日はピアノをありがとう。素敵な演奏だったわ」
イリアスと並んで贈り物の前に立ち、私は手を動かしながら口を開く。まずはお礼だ。
「とんでもない。奥方様の後では、お耳汚しも甚だしいと恐縮しておりましたが、喜んでいただけて何よりです」
「なれない場所で疲れはないかしら。もしそうなら遠慮なく言ってね。私達、もう姉弟だもの。今日無理をしなくても、仲良くなる機会はたくさんあるからね」
イリアスは少し驚いたように瞬きしたが、すぐに気を取り直して微笑んだ。
「この立派なお屋敷に、すでに慣れたとは申せませんが、皆さん親切にしてくださいます。ご心配には及びません。でもありがとうございます。お気持ちが嬉しいです」
「ならもう少しお話しましょう」
昨日今日と、イリアスとはほとんど話が出来ていない。彼は慎ましく、控えめで、ただ使用人のように傍にいる。
出来れば、彼の設定と境遇を確認したい。それによってこちらの対応も変わってくるからだ。
物語における、養子という存在は、子供を親元から引き離す必然性を作るために、酷い境遇が設定されていることがままある。
暗い過去があるなら口は重くなる。それならそれで、明日以降の取っ掛りくらいは作っておきたいところだ。
あるいは逆に、親元で幸せに暮らしていたのに、養子縁組先で辛い生活が始まるというパターンもある。イリアスの場合なら、私が酷く虐めたりすると、そういう状況に陥ってしまう。イリアスの朗らかで曇りのない瞳を見れば、親元では幸せだったのではないかとも思える。私が彼を苛める心配はないので、こちらのパターンの方が、イリアスの人生に少しも影が無くて喜ばしい。
こう言ってはなんだけど、私が意地悪お嬢様だった場合、あっちもこっちも頑張り過ぎじゃないかな。ただ威張り散らすだけならば、鬱陶しいの域を出ないだろう。悪意を持って、執拗に、理不尽に虐げられてこそ、心を蝕むのだ。それだけの事をする方にだって体力が必要である。
…不可能だ。三人分想像しただけでしんどい。やりたいとかやりたくないとか、それ以前の問題である。
よしよし、私が真性悪役令嬢である可能性が一段と下がったぞ。
「父から何も聞かされていないのよ。良かったら、あなたの事を教えてくれない?」
「そうは仰せられても。ローゼリカ様の喜ばれるようなお話ができますかどうか」
彼は話せる事を探すという風でもなく、ただ優しく目を細めて苦笑した。
心の距離が遠い。
彼は人当たりよく接しつつも、私が歩み寄ろうとした分、ひらりとかわすように後ろに下がり、容易に打ち解けようとはしてくれない。
こういう時、さらに下手に出て善良さとフランク感をアピールするシーンには様式美を感じるが…、イリアス相手では随分骨が折れそうだ。
この態度には理由があるのか、慎重な性格なのか。
転生者は普通、前世の記憶にゲームの知識が含まれているから苦労はないのだろうが、私は何とかして情報を仕入れるしかないのだ。
出でよ選択肢!ゲームらしく、4択ぐらいで私に道を示してくれ!
そう念じて現れたら苦労はない。さてどうしたものか。
イリアスが攻略対象としてはどういうタイプなのか、予測して行動しよう。
シャロンから見た場合、イリアスは弟ではなく、主家の御曹司だ。メイドと主人の恋。身分差で王道っちゃ王道だけど、そこはかとなくリュカオンの下位互換という感じがする。決してイリアスがリュカオンに劣っているという意味ではない。家にいる若様と時々来るだけの王子とは難易度が違うという話である。
しかも上品な物腰に賢そうな話し方、少年らしい美貌。
身も蓋もない言い方をしてしまうと、めちゃくちゃキャラ被りしている。
キャラ被りは厳しい。存在意義が危ぶまれる。
では年下キャラと拡大解釈してみよう。弟キャラのサンプルは少ないのだが、それならば多少の判例を持ち合わせている。
その① 子ども扱いすんなよ!いつの間にか男になってた年下攻めパターン。
これはまだまだ子供だと思っていた相手が、知らぬ間に大人になり恋愛対象に食い込んできた現象。幼馴染要素と下剋上要素のハイブリッドである。普段は意識されないことに苛立ちつつも、頑張って背伸びをしている。鈍感力に磨きをかけるとキレて顎クイしてくる。
その② あなたが僕の全てです!肉食度高めの忠犬ワンコパターン。
盲目的で他に言い寄られたとしてもなびかない、忠誠心の高い年下。舞台設定を選ばない為、汎用性が高い。好意を隠さず激しくアピールしてくるが、軽くいなされている。意気地がないと勘違いすると獣の本性を現し、壁ドンする。
どっちもそれっぽくない。判例外だわ。
シャロンに壁ドンするイリアスはとても見てみたい気がするけど、今はのんびり妄想している場合じゃない。
どうする!頑張れ!考えろ!!
〇 もうひと押し
〇 ガンガン押そうぜ!それ以外の選択肢はぶっ壊してやる!ヒャッハー!!
〇 押してダメなら引いてみる
よし三番!!
「逢ったばかりなのに、不躾だったわね。私に至らない所があったら言ってね。努力します」
どうだ!?これでダメならイリアスは一筋縄ではいかないぞ。
「ローゼリカ様に何も落ち度はありません」
会話イベント終了。
んんん!痛恨の選択ミス…!!
なかなか口を割らないな!?
いつも二番なのに、不得手な戦術を選んだのが敗因か!
仕方がない。後でクロードに頼んで、イリアスの家の事を調べてもらおう。
しかし私は、視線を外した後、こっそり盗み見たイリアスが人懐こい笑みを消し、唇を噛んでいるのを見て気が変わった。
やっぱり直球で聞こう。たとえお節介でも、一人で親元を離れてきた子を放っておけないわ。
「あの…。やっぱり、これだけ教えて。うちに来たこと、後悔はない?言い出しにくいなんて、気にしなくていいのよ」
「後悔なんて。バーレイウォール家の養子になれるなんて、誰もが羨むような幸運ですよ」
「そういう問題じゃないのよ。何が幸せか、決めるのは他人じゃなくてあなたなんだから」
「ローゼリカ様の方こそ、俺が妹でなくてがっかりしませんでしたか?」
「ガッカリなんてしてない。ビックリはしたけど、それは、誰でも驚くと思うわ」
イリアスは少し考えてから、俺が来た経緯を少し話します、と言った。
「本当は、養女にと望まれたのは俺の妹でした。遠縁で困窮している我が家を助けるつもりで侯爵様が選んでくださって、妹もお姫様のような姉上ができるのだと喜んでいました。でも、自分だけが家族と離れるということをよく判っていなかったようです。見送る段になって急に泣き出して、家族で困り果てました」
イリアスは妹の話になって、眉を下げて寂しそうに思い出し笑いした。
「泣く妹も可哀相だと思いましたが、侯爵様に無駄足を踏ませるなんて、あってよいはずがありません」
ちょっと大げさとは思うけど、私がイリアスの立場でも、援助してくれる人の顔を潰しちゃマズイとは思うわね。
「お忙しいでしょうに、妹の為に滞在を伸ばしてくださった侯爵様には感謝しています」
「そんなの当たり前じゃない。泣いている女の子を引きずって、家族を無理やり引き裂くなんて人買いのする事よ。あなたが妹君の身代わりに渋々来たのなら、お父様に抗議するわ」
「いいえ、妹の代わりに連れて行ってほしいと自分からお願いました。侯爵様は選択肢をくださいました。他の娘を探してもいいし、妹が大きくなるのを待ってもいい。それでも来たいなら来なさいと」
まるで契約結婚のヒロインみたい。イリアスは、それが家族の為になると思って決心したんだろう。
「あなたの意志なら、私も尊重するわ」
「俺に野心があるとは考えませんでしたか」
「野心?…はあってもいいと思うけれど」
イリアスは目を細めたままだが、目の奥に少しの苛立ちを滲ませた。
おお、案外短気だね、この子は。
ちゃんと質問の意図を考えて答えなければ、先はないぞ。
「……そうじゃなくて、私が困るような野心を抱いていたらどうするか、という質問よね。えっと、私を追い出すとか、売り払うとか」
「そこまでハッキリ言われると、毒気を抜かれますけど、そうですね。そういう話です」
野心か~なるほどね~。気の利いたことを言える気がしない。
「そうねえ…、金策を講じる、かな?いえ、生活力を身に着けるのが先かしら」
初めてイリアスは、張り付いたような笑みではなく声を漏らして笑った。
「あなたが疑心暗鬼になるような性格ではない事はよくわかりました」
家族のためとはいえ、きっと不安だったのだろう。
暗い過去とか、これからの意地悪とか、そんなものなくても新しい環境は怖いに決まっている。
そういうものを押し殺して、イリアスがほほ笑んでいたのかと思うと、私はぐっと目頭が熱くなってしまった。
「私…、私頑張るわ。あなたがここへ来てよかったと心から思えるように」
「頑張るって何をです」
「あなたが寂しくないように」
「それは、どうやったって足りないでしょうね。何しろうちは7人兄弟の9人家族ですから」
7人!多兄妹キャラね!リュカオンとの差異は歓迎するわよ!
「素敵なご兄妹七人分なんてとても無理だわ。力不足を認めるしかないみたいね」
イリアスが愛している彼の家族は、さぞかし賑やかで愛らしいのだろう。私は自然と顔が綻んだ。でも同時にそれらと別れなければならなかった気持ちを思うと、私まで寂しくなってくる。
「でも頑張る必要なんてありませんよ。元々、来年には家を出て学校の寮に入るつもりでした」
「理屈じゃないわ。そうだ!いつでも帰れるような旅費を準備しておいたらちょっとは気が楽じゃないかしら。この贈り物の山の中から見繕って換金しましょう。帰れないと思うのと、いつでも帰れる準備があるのとじゃ心持ちが違うわ!」
「侯爵閣下と同じことを仰るのですね。大丈夫ですよ。俺の家は王領穀倉地帯のすぐ外側で、バーレイウォール領よりもずっとここから近いです。馬なら半日もかかりません。帰ろうと思えばいつでも帰れますから」
養子になるって、そんな単純な事じゃないような気がする。今はまだ実感がわかないだけで、円満な家庭にいたのなら、尚更家族と離れるのは辛いだろうに。
「わかった。じゃあ、あなたがいつでも使える馬を用意しておくわね」
「帰るな、とは言ってくれませんか?それはそれで、複雑な気持ちです」
「帰ってもいいのよ。でも私の所にも帰ってきて。あなたは家族が減ったんじゃなくて増えたの」
イリアスはぐぐっと口を引き結んだ。みるみるうちに、白い肌がのぼせた様に耳まで真っ赤に染まる。
あれ、なんか恥ずかしいこと言ってしまったかな……。
「では、あの…」
なにか小声でごにょごにょ言っている。
イリアスの子供っぽい表情は初めてだ。これはぐっと心掴んじゃったんじゃないか?フゥーッ!わたし、グッジョブ!!
「ローゼリカ…とお呼びしても良いでしょうか」
「ええ、勿論。ローズって呼んでいる人もいるわよ」
「わか…りました」
「あなたのペースでいいから。私達、ちゃんと家族になりましょうね」
「よ、喜んで」
一時はどうなる事かと思ったが、何とか親交を深めていけそうだ。
一通り踊り終わった父が母をエスコートしてソファまで戻ってきた。
「じゃあ、話がまとまったところで、お父様からもお知らせがある」
「まあ。怖いわ、お父様」
「ローゼリカ、君は秋から学校に通うことも出来る。望むなら入学手続きをするよ」
通う事も出来る、ということは、通わなくてもいいのか?しかしまあ、ここは通えというおススメだろうな。
となると、この物語は学園モノに突入するのか。
穏やかな日々は終わりを告げ、王宮招待に学校に義理の弟。今年は忙しくなりそうだ。
望むところよ、やってやろうじゃないの!




