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ごめんで済んだら憲兵は要らない

「お姉様!ご無事ですか!?」

「リリィ・アン様!これは一体どういうことです」

 どこから現れたのかわからないが、ウィリアムの妹モニカと、イリアスの妹カーマインが異変を察知して駆け寄ってきた。

「お二人とも、こんな遅くまで外出なさっているなんて!ああもう。とにかくローゼリカ様のところへお早く!」

 リリィ・アンは驚きの声を上げつつ、2人の横をすり抜けようとしたが、モニカとカーマインは息を合わせて立ちふさがった。

「お待ちなさい!行かせませんわ!」

「この状況について説明してください」

「申し訳ありません。今は時間がないんです」

 二対一ではリリィ・アンも分が悪い。行くな行かせろの押し問答となってしまった。


 私は2人を宥めに行こうと腰を浮かせたが、まだ涙目のクロードが押しとどめた。

「駄目、です……。ここに……」

「じゃあ、シャロン。あなたがモニカとカーマインを連れてきて」

「しかし……。この状況でお側を離れるのは」

 シャロンもクロードも渋るため、私は仕方なく、腹式呼吸で自慢の大声を張り上げた。

 良家の子女の大半が大声を出すのは恥ずかしいと思っているが、そこは時と場合が大切だ。いざという時声を張るスキルは、貴族令嬢にこそ必要だと私は考える。

「モニカ!カーマイン!私は大丈夫よ。こちらに来て手伝って!」

 開けた場所でも散ることなく、離れた人へ拡声器のごとく突き刺さるほどの発声だと自負している。しかし取り込み中で、すっかり頭に血が上ったモニカとカーマインの耳には届かなかったようだ。


「私たちは今日が最後だからと夜祭の見物に来たんです!あなたにご挨拶をとこちらに来る途中で見ましたよ!あなたが何か投げた後にバーレイウォール家護衛の方が次々倒れるのを!」

 わあ~。分かりやすい状況説明ありがとう~。それで2人はすごい勢いで走ってきたってわけね。

 頭脳明晰なカーマインの簡潔な言い分のおかげで、彼女たち2人が何故こんなところにいるのか、大体の事情はわかった。

「この状況で逃亡以外の何を憂慮せよと仰るの!?また今度がまかり通ったら、憲兵なんて必要ありませんことよ!」

「わ、わかりました。ではひとまずローゼリカ様のお側でご説明差し上げますから」

 その時、侍女と護衛らしき風体の男女が、慌てて広場へ飛び出してきた。私が初めて見る顔なので、きっとカンタベリー家に仕える者だ。少し離れたところからモニカとカーマインを見守っていたが、2人が突然走り出したので、遅れて追いかけてきた……そんなところか。

 このまま近くまでやってくれば、侍女の方はともかく、護衛の男はクロードたちと同じように涙と鼻水まみれで崩れ落ちることになる。しかし止まれと言って止まるはずもなし、大声で騒ぎ立てると余計に現場が混乱してしまう気がする。

 成す術なく見守っていると、さらに後から、明らかに身なりの悪いゴロツキが数名バラバラと出てきて、危ないと思った時にはもう遅かった。

 カンタベリー家の護衛はゴロツキに打ち倒され、侍女の悲鳴で、モニカ・カーマイン・リリィ・アンがハッと周囲に気を配った時には、すでに三人は包囲されていた。


 不摂生でやつれた表情に無精ひげ、薄汚れた作業着の男がざっと六人。夜遅い時間とは言え、ミドルタウンの中央広場にはおよそ似つかわしくない者たちだ。ミドルタウンに出入りするのは裕福な商人ばかりではないが、たとえ貧しくとも、客商売の者はもっと身なりに気を使い、清潔感は心掛けているものだ。

「逃げなさい!こちらへ早く!!」

 私の声にいち早く反応したカーマインが、モニカの手を取って走り出す。だが、私の声が聞こえているのはゴロツキたちも同じだ。逃げ出したカーマインに手を伸ばし、襟を取って捕まえた。

「きゃああ!」

 カーマインを捕まえたゴロツキ目がけて、リリィ・アンがすかさず突進して体当たりする。掴んだばかりの手は衝撃で簡単に離れ、カーマインは少しよろける程度で済んだ。

 素晴らしい機転だ。だが危なっかしい。案の定、今度はリリィ・アンが捕まってしまった。

「私に構わず行って!」

 リリィ・アンが1人足止めしても、敵はまだ複数居る。距離を詰められて包囲網が狭まり、モニカとカーマインは身動きが取れなくなった。


 私は居てもたってもいられず三人のもとへ行こうとしたが、庇われていたはずのクロードが、いつの間にか覆いかぶさるようにして私を守っていて、立ち上がることが出来なかった。それは、私の浅慮な行動を防ぐとともに、たとえ思うように動けなくても、自分の体を盾にして私を守るというクロードの覚悟を肌で感じさせた。

 ごめんなさい、クロード。またあなたを不安と後悔に晒すところだった。闇雲に動くより、自分のできることをきちんと見極めよう。

 バーレイウォール家から連れてきた護衛は、本職の護衛官の他にも、ナイジェルのような街歩きが得意な者も含めて15名。その全員が、今は地面に這いつくばっている。最初より、呼吸困難は改善しているようだが、涙と吐き気で前が見えぬような有様である。彼らに現状の制圧は不可能だ。心なしかクロードより症状が重い。

 リリィ・アンはすでに捕まり、モニカとカーマインは時間の問題。

 シャロンならば単独で、敵全員の捕縛は無理でも、隙をついて3人を救出できるかもしれないが、あまりに危険な賭けだ。首尾よく助け出したとしても、どこへ逃げれば安全なのか。しかも倒れた味方を置き去りにしたままで。


 いや、そうか!

 味方が無力化されているなら、敵も同じ状態にしてしまえ!症状が治まれば、数が三倍のこちらが勝つ!

 私は落ちている匂い袋を見つけて手を伸ばした。

「クロード、少し息を止めて」

 匂い袋を中身が散らないようにそっと掴み、精度に自信がないので慎重に狙いを定めて、サイドスローでリリィ・アンの足元へ放り投げた。

 クロードは息を止めても堪えきれずにむせ返ったが、匂い袋は狙い通り、ゴロツキたちの中心に落ちた。

 やった!私にしては会心の一投!


 ……。

 しかし何も起こらなかった。

 ゴロツキたちは平然としており、何か異変に気付く様子もない。

「そんな……。どうして?」

 リリィ・アンがバラまいた時は、あんなに即効性があったのに!

 男だけに作用する催涙剤じゃなかったの!?

 私が打つ手を無くして呆然とする間にも、事態は進行する。硬く身を寄せ合うモニカとカーマインに男の手が伸びる。

 リリィ・アンが、その場にいる全員の注目を集めるために大きな声を張り上げた。


「待ちなさい!あなたたちの目的は私でしょう!そちらのお嬢様2人は関係ないわ。さっさと私だけ連れて行きなさい!」

 6人のゴロツキの内、5人が一斉に奥に立っている1人の反応を伺った。その男がこの集団のリーダーという事らしい。

「確かに。なんで男が全員ぶっ倒れてんのか知らねえが、起き上がってこられちゃ面倒だ。あんたが大人しく付いてくるなら話が早えや」

 頭目の男が数歩近づき、羽交い締めにされたリリィ・アンの顔を覗き込む。

「身長約160cmに赤毛。あんたがリリィ・アン・リズガレットで間違いないな?」

「私がリリィ・アン・リズガレットよ。抵抗しないから、そっちの2人には手を出さないで」

 男はあごで合図して踵を返した。

「行くぞ、てめえら。その2人は放っておけ。時間が押してんだ」

 緊迫感が和らぎ、撤収の雰囲気になる。殺気だっていたゴロツキたちも、一番難しい仕事が達成できて安堵したようだ。

 リリィ・アンは私に目配せを寄越し、さり気なく頷いて見せた。

 この誘拐が、リリィ・アンの想定していたイベントなのか。ここで事件を起こしておかないと、なんらかのフラグが立たないということか?

 私たちが巻き込まれたり、あるいは事件を阻止されては困るため、早く帰れと言い、距離を取ろうとしていたのであれば、リリィ・アンの行動には筋道が付く。連れて行かれた後の対応も、おそらくあらかじめ備えてあるのだ。

 本当に危険はないかという心配はあるものの、今の私には代替案もないので、このまま大人しく見送るしかないだろう。リリィ・アンの機転により、モニカとカーマインが連れて行かれないだけで上出来。ここ数日姿を見せていないというリリィ・アンの専属護衛が、主を守りおおせる事を祈るのみだ。

 

「で、でもよぅアニキ。こっちのガキも赤毛だぜ」

「ああ?一目でわかるほどの明るい見事な赤毛が特徴って話だ。そうそう見間違いは……」

 頭目の男は、舎弟の話を否定するためにモニカとカーマインに近づき……。

 その髪色を確かめて青ざめた。

「……ほんとだ……」

 私とリリィ・アンは同時にがく―……と項垂れた。

 ああ。面倒なことになる予感。


 一方、同意を得られた舎弟の方は少し嬉しそうだ。

「そうだろ、そうだろ?こう暗くちゃ細かい色の違いなんてわかんねぇけどよぅ、それでもこんなにハッキリ赤毛なんだから、見事ってことだろ?人違いじゃ、あぶねえのは俺らの方だ」

 お前ら、噛ませ犬の小悪党のくせに慎重派か?

「こっちはお手本みたいな赤毛で見事だし、こっちは珍しいほど明るい赤毛だ」

 それが紅薔薇と呼ばれている所以なのよ。

「赤毛ってのァ、この国じゃ少ないんだ。それが三人も集まってるなんてヘンじゃねえか?」

 いい線ついてるね!でも本当に偶然なんだ、これが!


 わいわい相談を始めてしまった誘拐犯たちに、リリィ・アンの怒りが爆発した。

「要らんことを、言うなーーーーーーーッッ!!!」

 捕まっている女の、立場を無視した本気の怒号に広場はシンと静まり返った。

 リリィ・アン、気持はわかるけど、今は逆効果だと思うわ……。

「私が本物のリリィ・アン・リズガレットだって言ってるでしょ!あんたたち時間が押してるんじゃなかったの!?ぐずぐずしないで!!」

「やっぱおかしいよぉ。ホンモノだ、早く連れていけなんて本物が言うはずねえもん」

「替え玉を用意してたってことか。それで三人もいるんだな」

「相手は貴族のお嬢様なんだろ?こんなに肝が座ってるわけねえや」

「言っておくけど!騎士爵はほとんど貴族じゃないから!そっちの2人の方がもっとすごいお嬢様なんだから私が一番ガサツなのは仕方ないじゃない!」

「それにあの髪、不自然と言うか浮いているというか。替え玉が髪を染めてんですよ」

「聞き捨てならないわね!正真正銘地毛なんですけど!?」

「単なる替え玉ならまだいいが、女傭兵が連れ帰った途端暴れだしたらシャレにならねえな」

「私が護衛官だったら、あんたたちなんて今すぐ一捻りなんだからね!?やってないんだから出来ないってことなの!」

 リリィ・アンが抗議すればするほど、内容の信ぴょう性は薄れていき、ゴロツキはとっくにモニカとカーマインのどちらが本物かという議論に移っていた。


「仕方ねえ。とにかく三人とも連れて行こう」

「ちょっと正気!?あの2人は高位貴族の所縁なのよ。私一人攫うのとは訳が違う。後悔するからね」

「取って食おうってわけじゃねえ。人違いなら無傷で返す。心配すんな」

「はああ!?こっちはあんたたちの心配をしてんのよ!だいたい何なの!見ればわかる赤毛って!絶対そんな曖昧な指示じゃなかったはずよ!!ターゲットの特徴ぐらいちゃんと聞きなさいよね!!」

 リリィ・アンの努力も虚しく、結局三人まとめて誘拐されてしまった。


次から更新スピードが落ちます。細部の詰めが甘いからです。

上手くピースがはまるように祈っていてくださいませ。

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