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上振れを狙っていけ

 ああ……。

 ああ……!完全に読み違えた……!

 私はブランケットをすっぽりと被り、中で頭を抱えた。

 最後の最後まで、まだ慌てる時間じゃないと自分に言い聞かせたが、さすがにまだこれからだと言い張るのは苦しい。

 何も起こらなかった。

 これまでだって予想を外すことはあったが、今回は自信があっただけにショックが大きい。

 リリィ・アンの行動の全てが、イベントの存在を示唆していたはずなのだ。

 しかし私の確信は、砂の城より脆く崩れ去った。


 他の日にすでに終わった後?見逃しただけ?

 約束をすっぽかされた?イベントが起こらなかった?

 手順通りにフラグを踏めてない?パラメータ不足?

 リリィ・アンは転生者なのに?

「ふーーーーー……」

 責任転嫁の言い訳と共に、長い溜息を吐き出して顔を上げた。


 たとえ予測を外したとしても、今更、ゲームと現実は違うなんて言うつもりはないわ。

 シナリオにだって必然性があり、現実にだってドラマは溢れている。

 道行く通行人、整列している騎士、笑顔の素敵な老婦人。

 どんな人生にも、予想も出来ないような、紐解けば胸が震えるような、大事なストーリーがある。

 ゆえに、類まれなる美貌、突出した才能、強大な権力、希少な血統の周囲には、より数奇な運命がまつわる。それは虚構ではなく摂理である。


 ただし、物語は主題に沿ってシンプルに切り取られているが、現実は雑多な事象が同時に起こる。ストーリーに関する出来事を、私がタイミングよく観測できるとは限らない。スピンオフでシナリオが何重にもなっていれば尚更だ。

 その上ゲームの行動は3択4択ぐらいに限られているのに対し、現実の選択肢は無限にあり、バタフライエフェクトでシナリオのズレは計り知れない。シナリオのズレは悪役令嬢モノでテッパンの展開。リリィ・アンも読みを外したのだとしたら、今日の行動の違和感にも説明がつく。

 だけど悲観しなくてもいい。可能性が無限なら、選択肢よりもさらにイベントが発生しやすい行動をとることも出来る。都合よくいかないこともある代わりに、シナリオの面白さのために紆余曲折を経る必要もない。


 方針を前向きに持ち直して、ようやくブランケットから顔を出した。

 クロードが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 感情を読むクロードを誤魔化すことは難しいと思うが、せめて他の人に対しては満面の笑みで取り繕った。

「みんな、今日はお疲れ様。有意義な一日だったわ、ありがとう」

 周囲が統率された動きで一礼する。

「人出が少なくて大変そうだから、リリィ・アン様の後片付けを手伝ったら帰りましょう。お手当とお休みを多く貰えるように、トリリオン家に頼んでおくからね」

「姫様のお力になれて幸いでした」


 少人数で並木の照明を片付けているところへ、男手を連れてゾロゾロと歩いて行く。私が声をかける直前でリリィ・アンは振り返った。そして開口一番。

「げぇっッッッ!ローゼリカ様!!」

 なんて?今ヒロインにあるまじき、濁音の感嘆符が聞こえたような気がしますけど?

「なぜ今……!?ちゃんと一番盛り上がっている時に、お祭りをご案内しましたのに!」

 リリィ・アンはあんぐり口を開けて、分かりやすく動揺している。つられて私も冷静さを失い、あらかじめ用意していた表向きの理由をしどろもどろに口にする。

「だ、ダメだった……?ええと……。イルミネーションが綺麗だったから、最後にもう一度見に来たのだけど……」

 リリィ・アンは目が笑っていないながらもギュッと口角を上げ、笑顔を取り繕った。

「なるほど!ローゼリカ様ほどお目が高い方に気に入っていただけて、自信が付きました!今年はこれで終わりです。ささ、もう寒いですからお体を冷やさないうちにお家へ!」

「それならあなたも同じよ。後片付けを手伝うわ。護衛を沢山連れてきたから、皆でやればすぐ終わる。揃って早く帰りましょう」

 顔のパーツをぎゅっと真ん中に寄せた表情で、リリィ・アンはわずかに呻く。

「ぐうう……護衛を……沢山……」

 レモンを丸かじりしたみたいな顔してどうした?

 急に私が現れたにしたって、そんな慌てることはないじゃない。


 ハッ、そうか!これから何か起こるのね!?

 しかも何だか危険な系統のイベントだ!ね、そうでしょ!?

 リリィ・アンは私の身の安全を心配しているのだ。

 私は俄然興奮して頭に血が上った。

 常日頃から有事に備えて大袈裟なほど護衛を張り付けているから大丈夫!

 ……と言いたいところだけど、こういう事件は舐めてるヤツから順に痛い目を見る。映画でも何でも大体そうだ。私は鈍臭いし、自分を過信してはいけない。それに、自分を危険に晒す事は、周囲の全員を巻き込むことに他ならない。シャロン1人なら避けられたことでも、私をかばったせいで怪我に繋がるなんて展開も有り得る。

 ならばここは予備知識のある者のアドバイスに従うが吉。


 私は心得た!とばかりにリリィ・アンに向かって力強く頷いた。

「わかったわ。私も今日は疲れているから、お言葉に甘えて帰らせてもらうわね」

「わかっていただけましたか!」

「代わりにうちの護衛を残していくわ。役に立てて頂戴」

「ぬああ~……!!」

 再びリリィ・アンは渋面を作って、くの字に折れ曲がった。

 え?そう言う事じゃない感じ?

 

 これからここでおそらく事件か事故が起こるから、リリィ・アンは私を心配して早く帰れと言っている。

 しかし本人がこの場所に留まるのだから、即死の何かが起こるわけではない。

 ならば人手があった方が出来ることが増えるはずだ。事態の収拾にも役立ち、場合によっては未然に防ぐことも可能になる。

「バーレイウォールの護衛はとっても優秀で腕が立つのよ。ちゃんとあなたの指示に従うように伝えるから心配いらないわ?」

 事情を説明できなくても構わない。そういうのは今度時間のある時にやりましょう。


 リリィ・アンは意を決したように顔を上げた。

 モコモコに着ぶくれした懐から、ポプリのような小袋を数個取り出す。

「ごめんなさい!ローゼリカ様!!」

 そして彼女は小袋を四方にバラまいた。

 開いた縛り口から、白い粉を雲のようにたなびかせながら、小袋が宙を舞う。

 私はただ呆気に取られた。それも刹那のこと。


「ぎゃん!!」

 すぐ背後のクロードが突然悲鳴を上げて、私は飛び上がるほど驚いた。振り返る隙もなく、周囲の護衛たちが次々と同様の悲鳴を上げて苦しみ始める。

「ぎゃわん!」

「キャンキャン!」

「がふっ、がふっ」

 一体何が……。

 振り返ると、クロードは顔を押さえてぶるぶる震えている。それからこらえきれずに膝をついた。

「クロード!」

 クロードはボロボロ涙をこぼした。息を吸おうとしてむせ返り、呼吸もままならない有様だ。

「お見……苦し、……申し訳」

 夏にストレイフ邸でクロードが薬を盛られたことを思い出し、私はぞっと肌が泡立った。

「何を言うの。謝らなくていいわ」

 ハンカチを取り出すのももどかしく、スカートの柔らかい部分で、涙と鼻水と涎が噴き出しているクロードの顔を拭う。

「お許しを」

 短く鋭く囁いて、クロードは私にしがみついてきた。私の首元で、やっと大きく息を吸うことが出来、溺れて岸にたどり着いた直後のように喘いだ。

 咳き込む者、吐き気を催す者、くしゃみを連発する者、症状は様々だが、呼吸困難は一致している。目鼻が刺激物に反応したように、過剰に体液を分泌しているのも同様だ。

 その時になってようやく、先ほどまではなかった甘い香りが私の鼻孔をくすぐった。

 花とお菓子を混ぜて、少し香辛料を足したような、甘ったるい中にアクセントを含んだ香りだ。匂いは強めでツンとした刺激はあるものの、決して悪臭ではない。


 クロードに寄り添う私の顔に、シャロンがハンカチをあてがった。シャロンも甘い異臭を感じ取っての行動なのだろうが、他の護衛たちとは違い涼しい顔だ。

 男だけに作用する花粉症……いや、催涙剤だろうか。そんなものがあるのかどうかは分からないが。とにかく、原因がリリィ・アンの投げつけた小袋の中身であることは明白である。

 混乱の中、嫌な考えに行き当たり、私は庇うようにクロードを抱きしめた。

 リリィ・アンは護衛を排除した。まさか危険から遠ざけようとしたのではなく、私が邪魔だったの?

 そうだとしても何故、護衛を無力化するこの方法を採ったのだろう。

 

 周囲は、腕に覚えある屈強な男たちの、吐き気をこらえてえづく声とすすり泣きでいっぱいになっている。

 護衛をたくさん連れてきたというのに、今まともに動けるのはシャロンしか残っていない。

 シャロンは私を隠すように立ちはだかった。私はシャロンを見上げ、さらにその視線の先を追いかける。視線の先に居るのは、もちろんリリィ・アンだ。

 リリィ・アンの表情を見れば、少しは彼女の思惑を窺い知れるだろうか。

 顔を上げると、私たちは目が合った。

 リリィ・アンは勝ち誇るでもなく、嘲笑うでもない。かと言って、罪悪感や後悔を抱える風でもなく、ひたすら急いでいる様子で踵を返した。

「本当にごめんなさい。でも毒なんかじゃありませんから心配は要りません。ここから離れて洗い流せばすぐに良くなります。早く皆さんを連れてお帰り下さい」

 彼女には彼女の計画があるのだ。そしてそこに私の力は必要ない。

 私はリリィ・アンの背中に、激励を込めて言葉を投げかけた。

「リリィ・アン様!次お会いした時に説明していただけますね!?」

「はい!近いうちに必ず!」


 リリィ・アンは颯爽と駆け去る。

 

 ……つもりだったのだろう。しかしそうはならなかった。

 走り去る方向から、モニカとカーマインの2人が猛然とこちらへ向かってきたからである。

「いやあ~ッッ!トラブルが次から次へと!」

 リリィ・アンの心底嫌そうな悲鳴が聞こえてきた。


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