選ばれたのは腹黒ですか?
前回の最後の方が少し修正されています。ローゼリカはぐるぐる考えているうちに、話が二転三転してしまい、分かりにくいので整理し直しました。他の可能性を排除はしないが、どうしてもリュカオンルートを諦めたくないのがローゼリカの本音というイメージで書いています。欄外じゃなくてちゃんと本文で書かなきゃね……。
冬至祭の最終日に、再びリリィ・アンの様子を見に行くことに決め、その日まで出来るだけ多角的に彼女を調査してもらえるよう頼んだ。
リリィ・アンはスルトに生まれ、家業が運送だったことから、各地を転々としながら幼少期を過ごした。とは言え、スルトの地方都市、旧ティターニア、ユグドラの王都アルビオンの往復であり、立ち寄った地域はその街道沿いがほとんどだ。その移動ルートのどこにも、イルミネーションを使ったイベントは存在しなかった。
また、移動ルートにはマリウス地方が含まれており、夏に途中で立ち寄った宿場町は、リズガレット商事の主要拠点であった。私はすっかり失念していたが、あの外湯もどきのスパの屋号は『スカーレット』。リズガレット商事が保有する資産の一つであることもわかった。詳細はともかく、温泉施設にリリィ・アンが一枚噛んでいるのは確実だ。
リリィ・アンは転生者でいよいよ間違いないだろう。決定打には欠けるかもしれないが、状況証拠は揃っている。
次に例の護衛の件。護衛は一年ほど前にリリィ・アン自身が連れてきた人物で、ダークブロンドに青い瞳、線の細い優男だそうだ。しかし見た目によらず相当腕が立つという。商会の仕事を手伝うこともあるが、最近はあまり姿を見せていない。傍から見る分には、リリィ・アンとの受け答えもビジネスライクで、恋人というわけでもないそうだ。関係性は不明である。
なぜこれほど迅速な情報収集が可能かというと……。
ケンドリックが、秋ごろにはすでに、密偵をリズガレット商会に潜り込ませていたらしい。
有能ってこう言う事よね。
先を見越して種まきを済ませ、必要な時にばっちり収穫できるんだもの。ケンドリックには頭があがらないわ。
さて、一年で最も陽が短くなる冬至その日が祭りの最終日である。
リズガレット商事が手がけるパティスリー『スカーレット』は、祭りの買い物客が腹を満たす軽食や菓子の屋台を出していて、広場で働くリリィ・アンを、私は朝からこっそり見に行った。
見物客と買い物客でごった返していた数日前と違い、リリィ・アンの言葉通り、最終日は出店自体が少なく閑散としている。
でも人が多けりゃいいってもんではないからね。賑やかな時間の後の静けさは、人恋しい気分にさせる。つまり恋愛イベントにはうってつけだ。ビッグチャンス!
「リリィ・アン様は毎日店に出ているわけではないようです」
連日リリィ・アンの監視を続けてくれた密偵からの報告によれば、この冬至祭の期間中、彼女を訪ねて来た者もトラブルもなかったという。
今日はたまたま表に出ていて、すでに何かが起こってしまった後でもない。さらに倍!ダブルチャンス!最終日ボーナスで確変突入。この勝負、もらったも同然ね。
私は意気込みも新たに、以前と同じ、広場に面したカフェの2階テラスから、ワックワクでオペラグラスを覗き込んだ。
お忍びで祭りの視察にやってきたリュカオンとばったり遭遇するんじゃないかしら?トラブルに巻き込まれた時、颯爽と現れたヒーローが助ける展開は定番だけどドラマチックよね。仕事終わりに誰もいない街でデートするのもロマンチックで素敵だわ。
報告された情報を精査した結果、ほかに本命がいる証拠はどこにもないのだから、ヒロインが転生者であろうとなんだろうと、リュカオンルートに進むと仮定することにした。
私はリリィ・アンがリュカオンの髪色の糸を選ぶという、選択肢らしき行動を取るところを目撃した。それに、腹黒正統派王子様のリュカオンはメイン攻略対象っぽくて難易度が低そうだ。普通に過ごしていたらソイツのルートに入っちゃうってヤツよ。実際、リュカオンは最初のお見合い相手と婚約しようと考える程度にはチョロいのだ。
その上で、柔軟に他の可能性を模索するのがベスト。
護衛の男もまだ見たことなくて要チェックだし、全然想定外のイケてるモブの恋人が誘いに来るかもしれない。抜かりなく監視するのよ、私!
さあ私に見せて頂戴。ヒロインが幸せなら全てOKです!
妄想を膨らませつつ周囲を観察している間に昼になり、リリィ・アンは休憩をとりに行った。
ふう~。リュカオンや護衛がいつ来るかと思うと気が抜けない。
「姫様、そろそろヴィオレッタ様のもとへ向かわれませんと」
そうだった、そうだった。今日は冬期休暇の間中、市井生活を体験しているヴィオレッタの様子を見に行き、差し入れを持っていく約束をしていたのだ。
無理を言って午前中広場へ連れてきてもらったけれど、イベントチェックのハイライトは夕方以降だ。午後はヴィオレッタの困りごとをアフターフォローし、再びここへ戻ってくるスケジュールとなっている。
「移動中、車の中で昼食を食べましょう。それならランチの時間分ここに居られるわ」
しかしシャロンはきっぱりNOと首を振る。
「近頃食生活が乱れています。夜も簡単に済ませるおつもりなら、昼はきちんとお召し上がりになりませんと」
「身長も充分伸びてこれ以上は要らないし、これからずっとって訳でもないし。そんなに心配しなくてもちょっとくらい大丈夫よ」
限りある成長期にはバランスの取れた食事が大切だけど、私がこれ以上大きくなるとしたら横方向だけだからね。
「いいえ、なりません。姫様の美しい髪も輝く肌も、日々の食事によって作られているのですよ。不摂生をしたら、それを取り戻すのに何倍も時間がかかります!だいたい、リリィ・アン様もいらっしゃらないじゃありませんか。ただなんとなく虚空を見つめることは、食事を疎かにする理由になりません!」
「は、はあい……」
怒った顔もカワイイけど、最近お小言がハワードみたいなんだよね。美的センスの向上は見られないようだけど、特訓の成果はこんなところに現れている。
エース商会のカフェで用意された、栄養バランスバッチリの美味しい昼食を、夜遅くまでお腹が減らないようにたっぷり食べてから、ヴィオレッタの待つ家へ向かった。
先日一緒に下見をした、イリアスが郊外に用意した家では、髪を栗色に染めたヴィオレッタが出迎えてくれた。栗毛はこの国でもっとも割合が多い髪色であり、美しすぎる彼女を少しでも目立たなくする配慮であろう。雰囲気が柔らかくなり、良く似合っている。
「いらっしゃいませ、ローゼリカ様。お待ちしていましたわ」
ヴィオレッタの笑顔は、公爵令嬢の重荷を下ろしたように溌剌と明るく、私の胸はチクリと痛んだ。本来の彼女はこうした屈託ない性質なのに、生まれや肩書きというしがらみのために、己を厳しく律しているのかもしれないと思ったからだ。
私は刺繍糸と茶菓子、それからウチのシェフが持たせてくれた惣菜を手渡し、穀類や根菜、飲料といった重い差し入れはキッチンへ運び込んでもらった。
「何かご不便や困りごとはございませんか?」
勧められた椅子に座り、周囲を見回しながら質問する。
室内は生活のために整えられた部分と、改装のために部材や道具で散らかった部分が半々だ。
ヴィオレッタ達はインテリアデザイナーと施工業者が住み込みで改装工事をしている設定で、この家に仮住まいしていた。
「おかげさまでとても快適に過ごしていますよ。アンとリンジーもとても良くしてくれて、わたくしたち、親友になれそうなほどですの」
バーレイウォール家から派遣した2人のメイドに視線を遣ると、会釈で挨拶が返ってきた。
「今日はケーキを作ってみたのです。是非召し上がっていってください」
「また新たな才能を開花されたようですね。とても楽しみです」
「お料理って面白いのですね。化学的でもあって、探求心が刺激されます」
「慣れてきたころが一番危険と申しますから、お怪我には充分ご注意なさいませ。ヴィオレッタ様の美しい手に傷が出来たら私も悲しいですから」
「分かりました。何事も油断はいけませんものね」
素直に頷いた後、ヴィオレッタはむふーと渾身のドヤ顔で、ノートを顔の横に掲げた。
カワイイ。
「アンには簡単な料理と菓子のレシピを沢山教わりました。リンジーには掃除のやり方を。けれど2人とも、洗濯は小さな布巾しか練習させてくれませんのよ。ノートにコツを書くだけに留めています」
「水の冷たい時期ですからね。汗をかく季節でもありませんから、洗濯は最低限でしょう」
「なるほど。気候によって、当然必要な家事も変わるのですね。決まった通りでなく、臨機応変であることも大切な心得と」
ヴィオレッタはノートを開き、熱心にメモを取った。
「疲れて体調を崩さないように仕事を減らすのも、生活の知恵と言えるかもしれません」
「本当はお買い物の練習もしたかったのですけれど、街までの往復となると時間がかかって他のことが出来なくなってしまいます。ローゼリカ様は、買い物の優先順位は高いと思いますか?」
上流階級の女子なんていうのは、移動は車の送り迎えで長距離を歩くことなど皆無に等しく、その速度は子供どころか牛より遅い。ケルン家の姉妹は歩くのも食べるのもお姫様級だ。街までの往復は、さぞ大仕事だろう。
「インテリアデザインのお仕事もなさってお忙しいでしょう。家事のお勉強をなさっているだけで充分ご立派です。お買い物の練習は、お屋敷へ帰られてから日帰りでもきっと出来ますから、あまりご心配なさいませんように」
「あなたがそう仰るのなら、わたくしもこれ以上は気に留めないようにいたしますわ。待ってらして。今焼いたケーキを持ってまいりますから」
そう言って身を翻したヴィオレッタは、庶民的な簡素な服を着ていても、眩いほど輝いていた。労働を含む生活のすべてを、心から楽しんでいる。期間が短ければどんなことでも催しのように感じられるとはいえ、最後まで根を上げることはなさそうだ。学ぶ姿勢にも、将来を見据えた真剣さが伝わってくる。
これは気合を入れてお父上を説得する算段を組まないと、本当に駆け落ちしてしまう。
内心焦りを感じつつ、ヴィオレッタが用意したお茶と菓子で、私たちはしばしインテリアについて他愛ない世間話をした。
「そういえば、セバスチャンは今どちらに?」
「外で護衛騎士の方に稽古をつけていただいています」
立ち上がって窓の側に寄り外を伺うと、裏庭でちょうど護衛に投げ飛ばされているセバスチャンの姿が見えた。
あー、ね。イリアスが足の速さや体力を聞いていたのはこの為か。
本当に駆け落ちするのなら、セバスチャンは自分の力でヴィオレッタを守らなければならない。多少の心得も必要になるだろう。
となりにヴィオレッタがやってきて、並んでセバスチャンの稽古の様子を見る。
「ローゼリカ様。フロラント王室から、縁談の打診が来ました」
私は勢いよく振り返った。ヴィオレッタは、嘆くでも思い詰めるでもなく、穏やかな表情をしている。
「まだ内々ではありますが、使者を立てた正式なものです。ケルン公爵家の三姉妹のいずれか1人に輿入れしてほしいという内容でした」
話が持ち上がっていることはリュカオンに報告して、手を打つとは言われたが、アシュレイが対処したのは自分の婚約者のヴィクトリアの分だけだったか。
しまった~。それもそうか~。この2人のことは誰も知らないんだもんな~。
「アシュレイ様をお支えするために、一心不乱に努めてきた姉の婚約を白紙に戻すなんて、父が許すはずはありません。もちろんわたくしもそんなことはさせないつもりです。相手はお姉様より年上で、下の妹とは歳が離れています。王室の婚姻ではよくあることとは言え、二番目のわたくしをわざわざ避ける理由は何もないでしょう。父は、まだ将来が決まっていないわたくしに、考え得る限り最良の進路だと考えて、この話をしたのだと思います」
「で、でもまだ打診の段階ですよね?」
ケルン公爵が、最良の嫁ぎ先だと考えているのに、すぐ返事をせずに話したのは、ヴィオレッタの意思を尊重してくれるってことでしょう?
「……」
ヴィオレッタは唇を引き結ぶ。沈黙を前に私は息を詰めた。
なんで黙るの?どうしちゃったの?
達観したような穏やかな表情が余計に怖いんだってば!




