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嫌よ嫌よはマジで嫌

大変ご無沙汰しております。いよいよクライマックスで風呂敷を畳んでいきたいと思います。のんびり更新ですが、どうぞ最後までお付き合いください。

3週は絶対。おそらく4,5週は更新できるかと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 学長先生から許可をもらった通り、白くて目立つ監督生の礼服を着なかったので、昨年までと変わらない学園生活を過ごしていたのだが、事実はジワジワと広まり、ホリデイ前には男子生徒の相談も増え始めた。

 しかし、私の希望は、就活と婚活が不可分となっている女子の進路応援であり、男子の面倒まで見るのは本意でない。男子の希望も気持ちもよく分からず荷が重い。

 このような事態を想定して、婚活事業は業務内容を見直しておいた。今年からの私は、お見合いの遣り手婆ではなく、入力された条件に答えるだけの検索エンジンである。

 一部の至れり尽くせりで女子を紹介してほしい男子には肩透かしを食わせることになったが、代わりにリリィ・アンのお出かけ情報誌は飛ぶように売れているという。

 さらに彼女は、お出かけ先の情報収集やサンプリングの名目で、パーシヴァルのような迷える男子を応援し、すでにいくつも縁談を成就させている。ヒロインの行動なら私も安心だ。

 もしかしてリリィ・アンが主人公のゲームでは、友人の恋を応援するタスク達成型の要素も含まれているのかもしれないな。

 では一方私の方にはどういった相談の人物が訪れているのかというと……。

「バーレイウォール嬢は、休日何をして過ごしますか?」

 お見合いの予行練習や女子との接し方を学びたい男子である。


 談話室に持ち込んだ美しいテーブルセット。お喋りのお供に選ばれたティーカップは、よくあるサイズの物よりふた回り大きく、お茶が冷めにくいよう口が窄んだ形をしている。クロードが利便性とお茶の美味しさの両方を考え、わざわざデザインして誂えたものだ。

 私は足を斜め前に揃えてカップを構える淑女のポーズをめ、渾身の微笑を炸裂させた。

「読書が趣味で。専ら本を読んで過ごします。あなたは?」

 本当は読書半分妄想半分といったところだけど。

「僕も本は好きです。でも流行には疎くて。お薦めがあれば教えてください。あとは、話題作りに女生徒の間で話題の作品などあれば」

「最近読んだ中では、『はなむけの氷結』が面白かったです。女子の間で流行っているのは……『キュイジーヌ・ド・ラビリンス』でしょうか。コミカルな内容で気軽に楽しめると思います」

「ああ、そういえば、前にオーランドが読んでいる所を見かけたな。あなたのお薦めだったのですね」

 相談者は二コリと相好を崩して見せた。


 それにしてもこの男子、落ち着いてこちらに興味のある話題を振り、話し上手で余裕すら感じる。外見もこざっぱりとして清潔感があり、いかにも女子ウケしそうだ。眼鏡の似合いそうな塩顔は私も好きよ。会話の練習も身だしなみのアドバイスも全く必要なさそうだが。

「ところで、オーランドとの関係はどうなのです。入婿候補と噂されていたが、一時期は弟として養子になるという話も聞きました」

 イリアス・オーランド。オーランドはイリアスのファミリーネームである。

 はは〜ん。そういう探りを入れるのが目的だったのね。どう答えるのが正解かしら。

 イリアス狙いの女子がいるのだとしたら、可能性を否定するような返答は望ましくない。かと言って、家名目当ての野心家ばかりが群がり、イリアスを真摯に愛してくれる人が埋もれてしまうのも困った話だ。

 今日の相談者に女兄弟は居なかったはず。情報が不特定多数に流れる事を考慮して……。

「オーランド家はバーレイウォールの遠縁です。特別優秀な彼に教育を受けさせたいと父は考えているようです」

 イリアスは親戚だけど、親戚だったら誰でも認められる訳じゃないし、多分彼は私の代わりにバーレイウォールの跡継ぎになると思うけど、それだって約束されてはいないから、権力目当ての女子はお断り!

 よし。うちに取り入ろうとする人間を全方位牽制する完璧な答えだわ。

「では、あなた自身がオーランドを気に入っているのではない訳だ」

 そう、別に私と結婚しなくても、私が嫁に行ったら爵位が貰えるはずだから、イリアスはフリーなのよ。とってもお薦めだから、皆ドシドシ応募してね!

「気に入るだなんて言い方は、誤解を招いてしまいますでしょう。ただ次世代を担う才能として、尊敬し期待しているだけですもの」

「それ以上でも以下でもないと」

 なんだ、この人。えらく突っかかってくる。そんな言質を取ろうみたいな姿勢は嫌。

「あまり家の事情に踏み込むのはマナー違反ですよ。今日は私相手の練習ですから構いませんけれど、他の方をお誘いする時はお気をつけください」

 私がやんわり距離を取ると、相手もすぐに身を引いた。

「失礼。つい焦って無作法を働きました。僕にもチャンスがあるのか確かめたくて」

 あら、誰かのための情報収集かと思ったら、この人自身がイリアス狙いだったのか。それはこちらこそ失礼したな。

 確か、この相談者の得意分野は地政学とマクロ経済学。イリアスと得意分野が似ていて、成績優秀で話が合いそう。社交性も高いし悪くはないわ。


「そうだ。物語に興味があるなら、観劇もお好きでは?是非お誘いしたい」

「イリアスの予定は彼に直接確認して頂かないと」

 伝言係で約束を取り付けるなんて面倒よ。

 目の前の青年は、一瞬キョトンと目を見開いたのち、声を上げて笑った。

 急にどうしたの?何も面白い事言ってませんけど?

「なぜそうなるんです。可愛い照れ隠しですね。あなたをお誘いしています」

「あ、私ですか?」

 いつの間にかお見合いの練習に戻っていたのね。あまりに自然な話題転換、私でも見逃しちゃったわ。

「はい。一緒に観劇はいかがですか」

「いいですね。上手い会話の流れで次回の約束に繋げられていると思います。ではキリも良いのでそろそろお開きにしましょう」

「もうそんな時間ですか。日時を決めてしまいましょう」

 私たちはお互いにこやかに肯定し合っているが、その会話は噛み合っていない。

 ん?


 もうどちらが相談者だか分かりはしない。青年は会話の主導権を奪って意気揚々と話し出した。

「『奥様は聖女』はもうご覧になりましたか?」

 なんだそれ。めっちゃ気になる。

「従来のオペラとは違い、既存の人気曲だけを集めて繋げ、一本の脚本にしてある歌劇です。聞きごたえのある歌が一度に聞けて、シナリオもコメディで面白いと、若い世代に評判なんですよ」

 絶対盛り上がるやつじやん!

「大衆劇場で上演されていましたが、あまりに盛況なのでつい先日ハイマン劇場での公演が始まりました」

 ハイマン劇場かあ……。うちがボックス席押さえているのは、確か王立劇場と芸術アカデミーホールだけだったよね。ケンドリックに頼んだら何とかなるかな。

「ボックス席で2人きりになるのが不安ということなら桟敷席にしませんか。あなたにはそちらの方が物珍しいでしょう」

 たとえボックスでもシャロンとクロードがいるから2人にはならないと思うけど、桟敷席は楽しそう。一体感でライブの雰囲気を味わえたりして。

「大変魅力的なお誘いですが、あいにくと、他にもお約束がたくさんありまして」

「今週末はいかがです」

 話聞けよ。

「この機会を逃すと、ずいぶん待ちますよ。二時間ほど、お時間取れませんか」

 行ってもいいけどさ~。観劇ってまあまあ長いし、初対面の人と約束するのはちょっとな……。私、終わった後は感想を言い合いたいタイプのオタクだし。誰よ、観劇は初デートの定番とか言った奴。

 ……。

 ……私かなあ……。


 いや!今週末はモニカたちと先約がある!それに感性がまだよくわからない親密度の人と観劇は博打が過ぎるわ。

「申し訳ありません」

「では再来週は空いていますか?僕は学校の後でも構いません。チケットの手配は任せてください」

「熱心なのは好印象ですけれど、あまりに食い下がると逆効果ですよ。こういう場合は一度機会を改められた方が」

 丁寧に、しかし直球で苦言を呈しても、相手は悪びれる様子はなかった。

「簡単に引き下がったら、社交辞令のようでかえって失礼ですよ。男から誘うのがマナーなのですから、本気を示さなければ相手にされません」

「私は全くそうは思いませんが、情熱的なのと、結論を急ぐのとでは違います。根気よく接することで伝わる本気もあります」

「そうは言っても、女性は強引な男が好きなものでしょう。多少強引でも、それほど魅力的という証拠なのですから、悪い気はしないと思いますが」

 なん……ですって?

「待っている女性の期待に応えないのは臆病者です。ユグドラ紳士に臆病者はおりません」

 へえー。皮肉が効いてるわ。相手の都合を考えられているか、気遣う腰抜けは男じゃないって?

 私の中で、ッカーン!と試合開始のゴングが鳴った。

 空気は読むタイプのようなのに、引き下がらないのは、自分が正しいと思っているからだろう。

 上等よ、私も私が正しいと思っているわ。

 いざ、尋常に勝負!


「強引なタイプが好きかどうかは性差に関係なく、完全に個人の問題です。強引で性急な行動が不快でないなら、それはあなたの趣味嗜好に過ぎません」

「ぼ、僕がですか?まあ……、付き合いは良いほうですから、お誘いは嬉しいと感じる部類なのかもしれません。しかし、あなたのように意思表示をハッキリするよう教育されている女性ばかりではありません。貞淑さのため、最初は断ったり乗り気でない振りをしないといけない方なら、何度も誘わない男は意気地なしだと思われます」

 そうよ!まずそこが問題!!

 最初は断れーとか、積極的な女ははしたないーとか。単に自分がそういうタイプを好きなだけのくせして、勝手に一般論にする主語がデカい人がいるのよね!迷惑千万!!

「意気地なしと思われたくないから、無理して誘っていらっしゃるの?そういうことであれば、女子が貞淑なフリをしているとお考えになるのも仕方がありませんね」

「いやまさか。無理にだとかフリなどと、そんなことは」

「だってそうでしょう。断ることが貞淑さの証なら、断るフリは貞淑なフリだわ」

 私が勢いよく立ち上がると、相手もつられた様に反射的に席を立った。

「待ってください。確かに失言でした。訂正して謝ります」

 謝れるの、偉いじゃん。

 私が腹を立てて部屋を出ると思ったらしいが、それとは反対に私はテーブルを回り込み、相手にずいずいと詰め寄った。

「謝罪は結構。でも女子の慎重な行動は自衛であって、決して見栄や体裁のためではありません」

「弁解させてください。女性の貞淑さを疑ったわけではなくて、僕が言いたかったのは駆け引き……と言いますか、男の情熱や本気を引き出す術を心得ている女性もいるということです。あなたは頭も良く、言葉遊びが上手いので僕を試されているのかと」

 何言ってんの、こちとら生まれる前から脳筋引きずってんのよ。駆け引きなんて絶賛連敗記録更新中よ!

「駆け引きを楽しむのは構わないわ。だけど、相手があなたと同じ気持ちとは限らない。それでもなし崩しに丸め込むのではなく、前向きな気持ちにさせてみせるという気概をお持ちかしら!?」

「まって……、ちょっと、待ってください」

 さっきから、待って待ってとうるさいわね。限界オタクか、お前は。

「僕が未熟なことに異論はありません。ですが、丸め込むつもりとも違います。女性には、強引に誘われたという免罪符が必要じゃありませんか」

 な~んで気になる男子とお出かけするのにわざわざ免罪符を用意しなくちゃいけないのよ。なんも悪い事してねえっつーの。

「免罪符がなければ素直になれないほど、はにかみ屋の女子をあなたがお好きなのは自由ですよ。けれどすべての女子があなた好みだと決めつけるのは短慮です」

「え?じゃあ普通に嫌がられてたってこと?」

「嫌がっているのかフリなのか、分からないのであれば食い下がらないことです」

「女性は嫌と言いながら追いかけられるのが好きなのかと……。うわ、勘違い野郎じゃん……」

 相談者の男子は、途端にしょんぼりしてしまった。


「だからと言って、あなただけが悪いというのも断じて違います。フリなら演技が迫真過ぎて分かりにくいのも良くないじゃありませんか」

 素直になれないとか恥ずかしいなんて、ただの言い訳だ。その言い訳で欲しいものが手に入ったら苦労はない。自分が伝える勇気を持たないせいで、相手の真心を傷つけるとしたら、それはもう弱さでなく卑怯である。

「行きたいところへ行き、望むものを得るために、時には勇気を出して意思表示する必要があります。そこに男女の区別はありません」

 ただ待っているだけでは、欲しいものが目の前で滑り落ちていくこともある。受け身の状態に慣れ親しんでいては、機敏に決断し行動することは叶うまい。いざという時、後悔するどころか、責任転嫁して逆恨みするような人間になってはいけないし、作り上げてもいけない。

「良かれと思ってしていたことが、迷惑だったとは……」

 男子はすっかり意気消沈して項垂れている。俯く男子の目線に割り込む様に、私は下からにゅっと懐に入り込んだ。

「話の続き、よろしいですか?良かれと思った気持ちにウソ偽りがないのであれば、非常に殊勝なお心がけです。相手を知り、己を知れば、百戦危うからず!」

「ひゃ、百戦?」

「駆け引きの醍醐味は、変幻自在な会話の応酬でしょう。相手はこういうものと決めつけ、型にはめたマニュアル通りの対応は、その対極にあるものです。思い込みは、目を曇らせ判断を鈍らせます。他人の気持ちは分からないという前提を超えて、正面から向き合い、少しでも知ろうとする努力が、面倒ごとに果敢に挑む意思が、情熱と好意の証なのです!」

 怯んだ相手にマシンガントークを叩きこむと、じりじりと後退するが逃がさない。

「あなたの行動が、真に相手を思いやる気持に端を発しているのなら、誰に何と言われようと堂々としていらっしゃい!」

 最後に壁まで追い詰めて、顔の両横にドンと盛大に手を突いた。

「ユグドラ紳士なら、臆病者よと誹りを受けることこそ恐れてはなりません!!」

「無論、仰る通りです。レディ……」

 ちょっと揺れたわ。


ローゼリカが本当に好きなのは『鉈男』と「プラチナ・ゴッデス』だし、女子に本当に流行っているのは『ミステリーオブラストレイス』と、昔からある作品だけど、リュカオンとイリアスによく似たキャラが出てくる『マスカレイドシャムシール』だったりする。


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