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モヤったら負け

 隣家の一室では窓の前をメイドが行き来し、茶と菓子が用意される様子が見える。

 その隙に、私は気になっていたことを質問した。

「あの家の所有者は分かる?」

 それには後ろに立っていたナイジェルが答える。

「あちらは短期滞在者用の貸し家です。大家は不動産業を営む中流階級の男で、今部屋を使っている人物とこの件に関りがあるかは不明。借主については継続調査中です」

 そうか。リリィ・アンを呼び出した人物があの家の所有者であり、その素性を知れば、話の内容を知る手がかりになるというのは安直過ぎたようだ。短期の契約者について調べるのは骨が折れる。後ろ暗いことがあるなら偽名を使う可能性も考えなくてはならない。

 向かいの家では、相手が本題を話し始めたのか、その間リリィ・アンはじっと黙って聞いていた。

 いったい何の話だろう。

「やはり彼女が命を狙われている件と関係あるのかしら」


「何故狙われているのか、理由はわからないが、アカデミー入学を手引きしたのは王太子妃だそうだ。ティターニア人なら母を頼ったのも筋が通る。大人しく付いてきたのなら、味方勢力という線も考えられるのではないかな」

 リュカオンの言葉に、朝の疑問を思い出す。

「何故ティターニア人だと分かったのですか?」

 私もヒロインの調査は聞いたけど、騎士爵を賜ったことと、運送業から交易と飲食に手を広げて成功したことくらいしか分からなかったわ。私を心配したイリアスが指示した調査だから、表面的以上に調べたはずなのに。

「ストレイフがな、僅かな北方訛りが気になるから調べろと言うので、その通りにしたら、母方がティターニア王国十三騎士の出身だとわかった」

 出た!僅かな北方訛り!それがヒントになってセオドアのことも助けられたのよ。

「ストレイフ閣下の慧眼には感謝しております。私自身は違和感を感じたことはありませんでしもの」

「ストレイフは48年前の動乱に、国境警備や復興処理で駆り出されていたから、確かに詳しい。しかし君が違和感を感じなかったのは、話が別だ。たぶん私たちは二人とも北方訛りがある」

「……えっ?……そうなのですか?なんで私まで」

 リュカオンの母親はティターニアの王女だからわかるけど、幼馴染だからうつった?


「お二人とも、リズガレット様が喋り始めました。『……この秘密が、国家の安寧を揺るがすことは分かっております』」

 やはりヒロイン!その存在には、国中を震撼させるほどの秘密が!

 カーッと全身が熱くなり、血が沸くような興奮が私を包む。

 オラ、わくわくすっぞ!!

『しかし、こうして交渉を持ちかけてくださった……子爵様なら、それが私の望みでないことはご理解いただけるでしょう』

 相手は子爵。新情報だ。私は力強く頷く。

 この国に子爵はたくさんいるが、シナリオ的にはストレイフかイングラハムのどちらかじゃないかなあ。無駄をそぎ落としたシンプルな切り取りが物語世界には必要なのだ。

「相手が貴族であれば後を付けるのは容易です」

 とナイジェル。


『子爵様が、私を危険視する必要はないと、お互いに納得し合えたことと思います。身の安全を保障していただけるのは、ありがたいお申し入れです』

「ティターニア系の北方訛りは、古めかしいという感覚でな。来歴や由緒の正しさを是とする王侯貴族の間では一種のステータスとして好意的に捉えられている。矯正されなかったのはそのためだ」

 じゃあ小さい頃の私は、『のじゃロリ』だった?転生したことを踏まえると、『のじゃロリばばあ』?

 浪漫〜!まさか人の身で、のじゃロリばばあとして顕現するとはな~。人生何があるかわからない。これだから生きるの楽しすぎてやめられないわ。

 さらにシャロンが我慢できないというようにおずおずと発言した。

「あのぉ、ローゼリカ様のお母様もティターニア出身でいらっしゃいますよ」

 そんなの初耳ですけど?あ、でもそうか。どうみても深窓の箱入り娘である母が叙勲されたばかりの男爵令嬢だなんてヘンだと思っていたのよ。きっとティターニアからユグドラにやってきて、新たに爵位を賜ったばかりという意味だったのね。


『狙われる原因を、根本的に解消するご提案は大変魅力的でした。ですが、やはりお受けすることはできません』

「リズガレット商事の前身、リズガレット運輸は、ユグドラのマリウス地方とティターニア、それからスルトを行き来する運送業者だった。最後の女王陛下が流浪の末、亡命したのもスルトだ。女王に付き従って、国を離れた一族なのだろう」

「北方訛りというか、ユグドラの方が南方訛りなんですからね」

 あ、あの。ちょっと待って。あなたたち、分岐しまくったそれぞれの話題を交互に喋るのやめてくれる?

 混乱してきたわ。

 隣家での会話はこちらの事情に合わせてくれるはずもなく、クロードのアテレコは続く。

 訓練されたオタクである私は、ヒロインボイスで脳内再生余裕です!

『私は自分の義務と権利を放棄するつもりはありません。あなたの掲げる理想と、私の理想は違うものです』

 よく言った!話はよく分からないけど、真摯に理想を追い求めてこそヒロイン!

 私はヒロインらしいブレないキメ台詞に、雷に打たれたようにしびれたが、向かいの家でリリィ・アンと相対する人物は、同様には感じなかったのであろうか。リリィ・アンはその後厳しい表情で口をつぐんた。


『私からも一つ、質問がございます。子爵様はどうやって秘密をお知りになったのですか』

 部屋にいる全員が、言葉の先に集中する。それを知ることが出来れば、同じようにリリィ・アンの秘密を追いかけることが出来る。

『そうでしたか。これ以上秘密を知る人が増えないように、手を回してくださいますよね』

 しかし彼女は相手の返答に満足したようで、掛け合いからヒントを得ることは出来なかった。 

 リリィ・アンは静かに席を立つ。

『私たちは味方ではありませんが、敵でもありません。私を、最悪の事態に備えた切り札として温存しておくことをお薦めします。では御機嫌よう。イングラハム子爵様』


 イングラハムの方だったか。

 近頃積極的に活動していたのでやはり、という気持もある一方で、秘密を知るという点において、ストレイフだったとしてもおかしくはないと考えていた。

「リズガレット様は、わざと口をハッキリ開けて発音していました。我々が護衛を付けていることに気付いていたのかもしれません。この後、家まで引き続き護衛が付きます。相手の人物に対しても、情報が正確かどうか追跡調査に入ります」

 クロードの言葉は、先ほどの会話のウラを取ってくれるという意味だろう。

 ふうむ。今回のイベントで新たに分かったことは、イングラハムがリリィ・アンに接触して来て、シナリオに絡んできそうなことと、私が『のじゃロリばばあ』だったことくらいか?

 だって、この世界の中心であるヒロインが秘密を抱えているのは、目の当たりにして興奮はしたけど、想定内の事だもの。

 想定云々の話をすると、リュカオンが現場に来れば、自然とリリィ・アンを暴漢から助ける展開になって、2人の親密度が上がると思っていたので、私としてはこうして2人で密偵ごっこをしている方が想定外だった。

「どうしましょう、リュカオン様。この後私の家で作戦会議を開きますか?」

 リュカオンは少し考えてから首を振った。

「いや、曖昧な推測で議論を重ねるより、今日わかる事実が出尽くしてからの方が良かろう。君も疲れが見える。解散するとしよう」

「それでは、ひとまず一緒に帰りましょう。殿下の車は侯爵邸にて待機しております」

 私は疲れた体に鞭打って、またあの垂直移動をするのかと思うと気が滅入った。

「ご安心を。帰りはルートを工夫して、負担を減らします。壁を上ることは出来ませんが、抱えて降りるくらいは僕でも大丈夫です。しっかり捕まっていてくださいね」

 クロードは、役に立つことがあって嬉しい幼女のようにニコニコしているが、可愛らしい笑顔で言われても、自由落下は充分怖いなあ。




 結局、その後は新しい展開もどんでん返しもなく終わった。フィリップがその目で見て、密談の人物がイングラハム子爵本人だと確認も取れた。

 次の日の昼、やってきたリュカオンと、イリアスを交え作戦会議を行ったが、私の意見は視野が狭いと一蹴されてしまった。

 ストレイフが決して口を割らなかった王家の秘密と、リリィ・アンが持つ秘密が同じ内容であると主張し、その秘密とは、リリィ・アンはティターニア王家直系の血をひくことではないか、と名探偵ばりの遠大な推理を披露したのだが、2人の反応は冷たいものであった。

 私にとって、イベントや設定の全てがヒロインに収束していくことは至極当然の、自然の摂理みたいなものなんだけど、それを他の人に説明することは出来ない。

 しかもリュカオンが言うには、ティターニアの王女という存在は、どの方面からも、誰にとっても利用価値があり過ぎて、命を狙われるはずがないそうだ。

 リリィ・アンの現状とは矛盾している。ヒロインが亡国の王女として発見されるシナリオは諦めるしかないか。


 明けて翌週。ケイトリンとセレーナと私、三人が揃う週の最初の授業は、カフェでお喋りをした後、昼食も取るのが定例となっている。リリィ・アンから教えてもらったお薦めスポットに出かける約束を取りつけるべく、話を切り出そうとした矢先。

「2人に報告があるのよぉ~」

 と、ケイトリンが嬉しそうに言った。

「私……、お付き合いすることになったの」

「まあ!おめでとうケイトリン!素敵な方が見つかったのね」

「お相手はどんなかた?名前は?年は?」

 しかしずいぶん急な話だ。よほど運命的な出会いがあったのだろうか。

「この週末にまとまったばかりで……。実は2人も知っている人よぉ」

「ええッ!?誰?誰なの!?早く教えて!」

 セレーナはケイトリンに同調し、瞳をキラキラさせて先を促すが、私の胸には嫌な予感がよぎった。

「パーシヴァル様とお付き合いすることにしたの」

 やはり……。


 途端にセレーナもスンとトーンダウンする気配が伝わってきた。

「大丈夫なの?」

「あなたたちの心配はわかるわ……。喧嘩しているところばかり見せてしまったから」

 喧嘩とかいう問題じゃないような。

「あれからトラブルはないんでしょうね?」

「ええ。パーシヴァルさまも努力してくださって、以前のようなことはなくなったわぁ」

 努力でラッキースケベが直れば世話ないのだが。

「あなたが幸せなら祝福する。ただ、夏に離宮で会った時は、あなたらしくもなく険悪だったわ。何があったか気になるでしょ?」

 セレーナの言葉は矢継ぎ早でありながら的確な意見だ。

「誤解があったのよ。パーシヴァル様は大変な努力家でいらして、苦労もなさっている。それでも腐らずいつも前向きな姿は、私が大好きなあなたたちと同じで……、とても素敵なお方だとわかったの」

「そうね。パーシヴァル様は気立てのいい方よ。あなたが納得して決めたなら私も信じるわ」

 セレーナは納得して頷いた。

 いや私だって、パーシヴァルはいい奴だとは思っているわよ。ついでに見た目もいいし、頭もいいし、将来性もあって、才色兼備なケイトリンにも釣り合うほどの人材よ。だからこそ私は、パーシヴァルが攻略対象だろうと思って心配しているのよ!攻略対象の婚約者になったら、命の保証はないんだからね!?

「それに、熱心に気持ちを伝えてくださって……、慣れないと言いながら、とてもロマンチックなエスコートをしてくださったの」

 白いすべらかな頬が紅潮し、照れたように笑うケイトリンは、恋する乙女そのものだった。

 すごい。恋をした女の子は、こんなにも可愛いんだ。

「あなたのその表情を見れば、何も心配いらないみたいね」

 ケイトリンの幸せそうな笑顔の前に、シナリオの心配など小さなことだ。

「そうは言ってもねぇ、出会いが最悪だったのは本当だから、すぐに婚約ではなくて、しばらくは様子見をするつもり。けれど2人には一番に話したくて。特にローゼリカには相談に乗ってもらっていたから」

 よし。私も覚悟を決めよう。たとえパーシヴァルがメイン攻略対象だったとしても、ケイトリンの笑顔を守れるように頑張るわ。

「リリィ・アン様も協力してくださったらしいの。何かとパーシヴァル様の相談に乗って、背中を推してくださったそうよ」

 何気なく言ったケイトリンの言葉を聞いて、再び私の心はざわついた。

 リリィ・アンが協力したのなら、つまりそれはパーシヴァルを攻略しないと言う事だろう。私の唯一の心配も消えてなくなったことになる。

 だけどそれなら、様子見したりしないで、大事なケイトリンの恋は私が応援したかったなあ。やっぱり機を逃したらダメよね。

 リリィ・アンには感謝してもいいぐらいだと頭では分かっているが、私の胸には消失感と後悔がわだかまった。


カメ更新で誠に恐れ入ります。

しばらく書き溜めてまいります。

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