有形文化遺産
さて、本日の予定は、男子生徒のためのエスコートプランと、女子生徒が歓びそうなカフェレストランの下見である。私の婚活相談とリリィ・アンの新事業の為の視察に、何の関係もないリュカオンが、リリィ・アンの希望により付いてくる。
二人きりではないものの、これは実質デートイベントと言っても過言ではない。
私は特等席のがっぷりよつで攻略の進捗を確認し放題だ。
行先は目的に合わせて、上流階級御用達の高級店が軒を連ねるアップタウンを中心に、治安の良さと流行を押さえたミドルタウンまで足を伸ばす。
私は約束の時間より一時間も早く到着し、待ち合わせ場所の広場が良く見える、二階のカフェテラスにどっかりと陣取った。そして持参の愛用オペラグラスで周囲を見渡した。
リュカオンとリリィ・アン、二人きりの時間が出来るように、私は失礼のない程度に遅れて行って、ここで様子を観察するつもりだ。そのために、家まで迎えに来るというリュカオンに苦しい言い訳をしつつ、どうにかこうにか現地集合で押し通した。
八方に道が伸びていて人が集まりやすい噴水広場は、定番の待ち合わせ場所らしく、人が沢山行き交い、周囲はぐるりと飲食店が取り囲んでいる。
私からは広場全体が良く見渡せるが、待ち合わせに指定した中央の噴水からこちらが見つかることはまずないだろう。到着したらまず噴水に注目し、自分が一番乗りだとわかれば次はやってくると予想される道の方に注目するのが普通だ。そして一連の視線から外れる位置取りに抜かりはない。これぞ長年のイベントスポット巡りのなせる業だ。
うん、お天気も良くて、視界良好。今日のための下調べと場所取りは完璧ね。
それとは別に、昨日わかったことをリュカオンに相談しなくては。きっと帰りは送ると言うだろうから、その時でいいわね。
「ねえ、クロード。帰りの車で昨日のことをリュカオン様に報告するわ。もし私が忘れていたら教えてね」
「かしこまりました」
休日の噴水広場は朝の時点で私が予想していたよりも人が多い。混雑時はかなりの人出があると聞いているから、デート初回の待ち合わせ場所には不向きかもしれない。
今日の私たちは視察で店をたくさん巡るため、一般的なデートより早い時間に集合だ。さくっと混む前に移動しなくちゃね。リュカオンとリリィ・アンの2人はとにかく目立つから、見失う心配はないでしょう。
「ローゼリカ様、お茶が入りました」
「ありがとう、いただくわ」
2人がやって来るのはまだ先だと、頭では分かっていても、何となくオペラグラスから目を離せずにいると、トントンと指先で肩を叩かれる。
「あ、ごめんなさい。せっかくのお茶が冷めてしまうわね。あなたたちも座って。一緒にいただきましょう」
隣の席で人が座る気配がしている間に、リリィ・アンの家がある方角の道をもう一度確認してから、ようやく顔を上げると、クロードがいるはずのところにはリュカオンの笑顔があった。
「リュカオン様!?」
何故いる……。
「おはよう。約束の時間までまだ随分あるのに、熱心だな」
「た、楽しみ過ぎて早く目が覚めてしまって。それで予定より早く……」
「へえ。急な変更で警備は大丈夫か?私はてっきり、君は相談を受けているから調べることが沢山あるのかと」
「そう!そうなんです!早めた時間はほんの少しなので警備には問題ありません。調べることが多岐にわたって、メモも取りたいので、一人で先に来るよう計画していたんです」
誰かが話しちゃったのかしら。クロードは上手に命令されると逆らえないところがあるからな~。
リュカオンが勝ち誇ったようにくッと口角を上げる。
「例えば、リズガレットと会った時の私の反応とか?」
私は何も言い返すことが出来ず、ただ明後日の方向に目を泳がせた。
「まあそんなことだろうと思ったよ。やけに待ち合わせに拘るものだから、何か企んでいるのはすぐわかった。もっとさりげなくやらないと、こんなふうに逆効果だから気を付けなさい」
「ハイ……、ご教授痛み入ります……」
自分のせいだった。クロード疑ってゴメン。でも見つかるにしたって早過ぎない?まだ座ったばかりだっていうのに。
「しかし場所取りは上手だ。視線誘導の理に適った戦略拠点だな」
バレた悪事をちゃんと評価して褒めるのはやめて~。いたたまれなくなるから!
「君より早く来て、ゾロゾロ店に入っていくところを見なければ、見つけられなかったかもしれない。そこは自信を持っていい」
どうやらリュカオンは、私より早くに広場に来て待ち伏せしていたようだ。それは盲点だった。
中間捕食者は、自らが獲物を狙っている狩りの瞬間がもっとも無防備になるという。
今の私は、大鷲のカギヅメに囚われた鴨。蛇に丸呑みされた蛙。
「何をするにせよ、次からはキチンと私も計画に誘うことだ。君がどんなことをしていても、楽しく見守っている私じゃないか。今更遠慮もないだろう?」
「うう……」
でないとこうやってぶち壊すからなって遠回しながらも圧がスゴイ。
美しい顔に似合わずベルセルクじゃん。バーバリアンの魂じゃん。
そういえば、8歳の時にコッソリ赤毛のヒロイン探しをした時も、女装してまで乱入してきたなあ……。
だけど計画を話したら、目的達成は手伝ってくれるけど、都合がいいように利用してくるでしょ?噂を上乗せしたりとかさ。
私がハイと言うまで続きそうなお説教を聞くうちに、自然と視線が下がる。
そこでふと、リュカオンの今日の服装に目が留まった。
私は大きく息を吸い込み、そして人目も忘れて絶叫した。
「んぎゃーーーーーーーーーー!!!」
おそらくこの絶叫は、朝の爽やかな広場を席巻し、通りを駆け抜けていったことだろう。
生物がこんな声量を絞り出すのは、命の危険を感じた時ぐらいよ。
椅子を蹴って立ち上がり、リュカオンも立ち上がらせて周囲をグルグル回る。
「急にどうした?」
ダッッッッッsss……!!!
ダッ……、ダサ……だ……ううう!こんなことある?
絶妙にばらけた統一感のない色合いに、危険なほど盛り込んだ異素材ミックス。意味不明どころか、ハッキリと人に害意を持った呪いのアイテムのごとき装飾品たち。
360度どの角度、全方位から見ても死ぬほどダサい。
いやダサいなんて言葉では説明できない。
「冒涜的な前衛芸術!!神をも恐れぬ所業!!!」
「なるほど」
神の手掛けた奇跡の彫刻に、こんな暴挙が許されるの!?
長い脚をこんな台無しに飾る方法がこの世に存在したなんて、知りたくなかったほうの目からウロコ。
何を着ても、その美貌でカバーするはずのリュカオンが身に着けてなお帳消しにできない負のセンスって何!?
帳消しどころか、顔の良さが、さらに服の攻撃力を上げている。
やはり真なる美はどんな状況・属性にもバフをかけるのね。ダサいという属性をも神がかりに修飾してしまうと。
恐ろしい。恐ろしいわ。
人類の普遍的な不快感に焦点を当てた芸術展?そういう意味なら正に天才ね。
だけどデートでこれはない。ない!
顔の良さと、首から下の不安を煽るダークマターで精神が不安定になるもの。楽しい思い出を作るなんて不可能だわ。
見ているだけでサン値がガンガン削られて涙が出てくる。これは何の涙なの?リュカオンの美貌が闇のセンスに負けたことへの悲しみかしら。それとも単に精神崩壊一歩手前の危機?
「ああ……!なぜ今日、よりによって、こんな服を着てきたのですか……!?いつもはちゃんとしてるのに……」
顔がいいから服は普通でいいのに。普通でいいのに!
「あっはっは」
わろとる場合か。
「止める女官を振り切ってきた」
振り切らないで!ちゃんとプロの意見を聞いて!
「とりあえず、上着を脱いで、装飾を取って。攻撃力を減らしましょう」
「変装用の帽子もあるのだが」
「ギャアアーーー!」
なぜ私が魔物の断末魔のような叫び声を上げなきゃならないのよ。
「クロード!クロードなんとかして!」
振り返ると、傍に控えていたシャロンが、隣で棒立ちになっているクロードをサッと指し示す。
「クロードさんは先ほどから痺れています」
クロードは焦点の定まらない目で小刻みに震えていた。
ウワー!状態異常パラライズだ!『歩く人類の不快展』で早速の犠牲者が!!
心臓の弱い方は観覧をお控えください!!
「シャロンは大丈夫そうね。どうしたらいい?どう思う?」
「どう……?同系色で纏められていて、いわゆる無難なコーディネートだと思います」
ハワード先生ー!!ここに特訓の成果がまったく現れていない生徒がいます!
「あとちょっとチクチクしそうです」
「助けてケンドリック!ケンドリックはどこ?今日は裏方に詰めるっていってたわよね」
「ケンドリックは階下で気絶していると報告が入りました」
奴は四天王の中で最弱……。この結果は予想されてしかるべきか。
「あああ〜どうしよう?どうすればいい?」
私一人で、この生きた精神不安定剤みたいな存在を、ただのリュカオンに戻すことは不可能よ。
「なんか、大変そうだな?」
ほらめっちゃ他人事だもん。お気遣いありがとうございます!嬉しくて涙が出そうですわ!?
……ダメよ。私が諦めたらそこで全てが終わる。
落ち着いてよく考えるの。
ふ~~~…………。よし。
上から下まで一式着替えさせよう。
「今からリュカオン様の服を買いに行くわ。シャロン、付いてきて」
「かしこまりました。周辺地図は頭に入っています。しかし近隣にあるのは仕立て屋ばかりで、既製品店や融通が利くエース商会の工房はここから少し離れています。どちらに向かわれますか?」
「あ、そうなのね……。仕立て屋で見本品を譲ってもらうことは出来ないかしら」
「不可能ではないと思いますが、見本品のサイズがリュカオン様に合うかは賭けになります」
「だったらなおさらぐずぐず出来ないわ。とにかく移動しましょう、リュカオン様」
「よしわかった」
慌ただしく階段を下りていくと、青ざめて顔色の悪いケンドリックがヨロヨロと立ち上がった。
「気を確かに!この呪いの装備を外してくるからそれまでの辛抱よ」
「お、大店に行くんだ。最近、既製品を始めた店が増えている。南行きの通りを二本過ぎた角の店。そこならセミオーダーもやっているから見本品も多い」
「わかった。あなたの犠牲を無駄にはしないわ。痺れてない人は付いていらっしゃい。もしリリィ・アン様がいらしたら、少し遅れると伝えてこの店のオープンテラスにご案内しておいて」
「ご武運を……」
私たちは颯爽と広場を横切って道を急いだ。
まだ時間があってよかったわ。こんなことに使うためじゃなかったけどね!
ケンドリックが教えてくれた店は路面にそびえる大きな高級店ですぐにわかった。
まだ開店前の時間だったが、事情を話すと快く中に入れてくれた。
本当はいけないことだけど、こういう時のための金と権力よ。
「ようこそいらっしゃいませ、バーレイウォールのお嬢様。お急ぎとのことでしたが、本日はどういったものをお探しで……」
「この方に合うものを見繕っていただきたいの。時間がないからお任せで、サイズが合えば何でもいいわ」
どうせ何でも似合うから。
「んぎゃーーーーー!!!百年の恋も冷める!!!」
いつでも澄ましているマヌカンに、私と同様の悲鳴を上げさせるなんて、大したものだわ。リュカオンのクソださコーデの精神汚染力は兵器並み。悲しき負の文化遺産として登録しましょ。




