宇宙ネコ
プライストンの姓がイングラハムに変更されています。
ストレイフによって悪だくみが示唆されていたおじさん プライストン→イングラハム
過去投稿も順次改定していきます。忘れている箇所がありましたら誤字報告にてお知らせください。今後ともよろしくお願いいたします。
「本日の気温は昨日より五℃マイナス、晴天。想定内のため、第一候補のドレスにて作業開始します」
「その分、小物で防寒対策は万全に」
「ストール用意!」
「ああ、どちらにしましょう。テイストが違いすぎて選べません」
港町での怒涛の一夜から三週間が過ぎた。
季節は秋になり、少しの進展と、平穏な日々の後、リリィ・アンと街へ視察へ出かける日がやってきた。
約束の日、私の部屋は朝から慌ただしかった。
シャロンとクロードも含め、三人分の支度が必要になるため、バーレイウォールの所有地外へ出かける時はだいたい他の部署のメイドが手伝いに来る。
「シャロ~ン!姫様の衣装に合わせるならそっちじゃなくてこっち!装飾が全然違うでしょ」
ハワードの良く響くバリトンボイスが、メイドのたちの囁き声の中で異彩を放つ。
先日の補習の惨憺たる結果により、シャロンを徹底的に鍛えると決意したらしいハワードも、事あるごとに私の部屋へ顔を出すようになったのだ。その理由の一つは、もともとあまり手のかからないイリアスが、バーレイウォールの貴公子として必要な教育を終え、輪をかけて人手を必要としなくなったことがあげられる。イリアスはいつの間にか父の仕事を手伝うようにまでなっていた。
「二番から五番候補を撤収。警備部まで衣装決定の伝令を走らせて」
「やっぱりハワード様がいらっしゃると助かるわねえ……」
ケンドリックの許可のもと、実現した今日のお出かけには、護衛がわんさか付いてくる。ケンドリックは、事情を理解した私の行動信じると言ったけれど、決してそれは嘘ではないのだろうけれど、結局のところ外出が許されたのは、脅迫状も夏の事件も、実行犯を押さえて当面の危険がなくなった点が大きいと思う。
さて、その実行犯セオドアからの話だが、クロードの心理技能に関する情報提供は、匿名による手紙であり、人物の特定には至らなかった。
アカデミーに通っていることを理由に、私とその周辺に関する調査依頼が来た直後、一通の手紙が届いたそうだ。手紙には、「クロードが嘘と敵意を敏感に見抜く特殊技能を持っている事」「そのため直接的な危害だけでなく、毒薬であっても命を脅かすような企みは必ず失敗する」旨が記されていた。さらに、セオドアの母親の持病に効く発作薬が同封されており、密偵の癖に純真な彼は感謝して、手紙の主を信じることにしたという。手紙の主は、近いうちに必ず状況を改善させるので、成功した暁にはランダッグ家に伝わる騎士勲章が欲しいと言ってきた。すでに仕える国を失い、何の意味もない勲章が役に立つのならと、セオドアは薬の礼として、返信用に入っていた封筒で勲章を譲った。
イリアスの解説によると、ティターニアの騎士はユグドラよりも礼と忠に篤く、曲がったことを嫌い、潔さを良しとする。足音のしない特殊な歩行法に利点はあれど、性質は密偵に向かず、彼らに仕事をさせるには大義が必要だ。
高価な薬のために汚れ仕事を引き受けていたセオドアは、しばらく依頼を受けずに済むはずだったが、今度は妹を娼館で働かせると脅され、しぶしぶストレイフ子爵邸の潜入任務に着いた。再び手紙の主から、獣のようになるという薬が送られてきて、先のような事件へと繋がったとのこと。
子爵邸への潜入、リュカオンとの縁組阻止の依頼主もまた、仲介をしていたデリオル男爵しか知らず、セオドアから聞けた情報はこれで全部だ。
当然バーレイウォール家では、デリオル男爵を告発の上、事情聴取を試みようとした。しかし、証拠を揃えいよいよというところで、他でもないイングラハム子爵によって先を越されたのである。
デリオル男爵は不当雇用、強制就労、労働法違反、賃金未払い、詐欺等で刑事訴追され、その全てを認め、異例の速さで爵位はく奪と罰金の判決を受けた。結審までの間に、面会で話を聞くことは出来たが、告訴状の通りと繰り返すだけで有益な内容はなく、バーレイウォール家から、余罪の可能性があるとして再調査と結審の延期を申請するも、検察側の回答は、冤罪の可能性がなければ延期はしないというものだった。
厳正な姿勢とは言い難いとはいえ、結審を急ぐ検察の態度にも一理ある。何故なら多少の余罪があったとしても、刑罰が変わらないからだ。気が変わって、何とか罪を軽くしようとごねられたら結果が同じでも時間がかかる。大人しく全てを認めている今のうちに判決まで進めてしまいたいのだ。確かにそれはそう。
しかし横やりを入れたことで、イングラハム子爵は関与を認めたも同然であろう。余計なことを調べられては困るので、替え玉としてデリオル男爵を差し出したに違いない。デリオル男爵が容疑を一切否認しないというのも逆に怪しい。そこで、ダメ元でイングラハム子爵に面会を申し込んだところ、意外にも快く応じてくれた。そしてあっさりと関与を認めた。
「デリオルを通して少年に仕事を依頼したのは私だよ」
顔合わせの形式的な挨拶を終えた直後だった。苦心しながら遠回しに聞き出すまでもなく、イングラハム子爵は平然と答えて拍子抜けしたほどだ。
「デリオルは訴追されたとおりのことを悪気もなくやっておった。汚れ仕事もまとめてやる密偵が、この国に必要ないとは言わんが、裏社会にも作法はある。その手綱を握るのは、邪悪が何かも判らぬ奴には勤まらん」
イングラハム子爵はやり手の政界人といった風格と、どことなく陰があり、神経質そうな長身痩躯の人物だった。そして快活で爽やかな花形騎士のストレイフ子爵とも、知的で物腰柔らかなアカデミーの学長先生とも違った魅力を持つ、不良系のイケオジであった。
「悪を理解したうえで、信念をもって悪事を働くべき……ということでしょうか。手を汚すのは、私欲のためではなく、大義のためでなければならないと」
「聡いお嬢さん、そう綺麗ごとばかりでもないがね、裏社会にしか居場所が無い者もいるさ。しかしセオドアという少年はそうではなかった。それで調査を兼ねて、これ以上悪事を重ねず済むように、当たり障りのない仕事を依頼したのだ」
ああ~ん?私に薬盛って既成事実作らせようとしておいて、当たり障りないは無理があるんじゃないか~?
胡散臭い話に、思わずフレーメン反応が出てしまった為、お目付け役で付いてきて、隣に座っているケンドリックが、私の尻をつねった。
腹芸で飯を食っているようなオヤジが、私の不審がる表情に気付かなかったはずはあるまいに、イングラハム子爵は愛嬌たっぷりに破顔した。
ぐわぁぁぁぁっ!
悪オジの屈託のない笑顔は、前人未踏・空前絶後チャーミング!
ギャップの閃光で肉体が消し飛ぶ!やめてくれ!その術は俺に効く!
魅了に中てられて、正気を失う私に追い打ちをかけるごとく、イングラハムの混乱口撃が続く。
「偶然お救いすることになったとはいえ、わざわざお礼にいらっしゃるとはお若いのに律儀なお方だね」
「???」
多重状態異常で、私は宇宙ネコになってしまった。
……んっ?何の話?今そういう流れだった?絶対違うよね。
頭の良さと意地の悪さが反比例しているような、歴戦の悪オジである。イングラハムは話の流れをぶった切って言いたいことを言うタイプではないはずだ。
イングラハムは、もしや私の失言を待っているのだろうか。口元に柔和な笑みを浮かべていても、こちらの頭の中を見透かすような鋭い視線を私に注いでいる。
これは返答を間違うとややこしいことになる。
私は返答の時間を稼ぐために、相手の言った単語を復唱しつつ、精一杯愛想よく笑顔を振りまいた。
イングラハム子爵は、ストレイフ邸での密室既成事実作戦から救い出したことに、私が礼をしにきたと言う。つまり、その後に起こったセオドアによる媚薬既成事実作戦は知らぬ存ぜぬと。セオドアとの繋がりをあっさり白状しておかしいと思ったが、私がイングラハムを疑っていると承知したうえで、先んじて主張し、重ねて質問されることを避けた。こちらに確たる証拠などないと踏んでいるのだ。確かにその通りだけど、すんなりとは引き下がらないわ。
「わざわざだなんて、仰らないでくださいませ。こうして直接お顔を見てお礼を申し上げるべきことですもの。ただ、偶然というにはあまりに幸運でした。イングラハム閣下は何かご存じだったのでしょうか?」
どう?我ながら、なかなか上手い切り返しだわ。伊達にリュカオンの婚約攻撃を紙一重で捌いてきた訳じゃないのよ。ひりついた日々も無駄ではなかったってわけ。
あなたが裏で糸を引いていたなんて一言も言っていないわよ。でも、セオドアが前もって潜入捜査をしているのだから、助けられたのは何か知ってたからでしょう。整合性のある理由はあるかしら?
あくまで偶然と言い張るのなら、それは苦しい言い訳だ。疑いを払拭するのに失敗している。
イングラハムは、ますます上機嫌に目を細める。
「なるほど、そのことが気になって尋ねに来たのだな。情報収集は大切だ。さすがバーレイウォールのご令嬢」
お世辞はいいからさっさと白状しちゃいなさい。
「少年に潜入任務を依頼したのは、ストレイフ閣下が怪しい動きをしていたからだ」
「んっ?」
その一言で、私は一気に形勢が逆転したことを悟った。
「普段は行わない大規模な夜会に、皇太子殿下夫妻の外交予定を周旋。細かいものまで数えればキリがないが、あのお方は、勝負を仕掛ける時には状況を整える」
イングラハムが何かを企んでいたからではなく、ストレイフの企みを阻止するためにセオドアを潜入させた。真実かどうかはともかく、辻褄はあっている。
そもそも、イングラハムに目星をつけたのは、ストレイフが怪しいと進言したからだ。因果関係が逆となれば、仮説の根本が揺らぎ、根拠を失う。
「しかし悲しいものだ。お救いしたことに後悔はないが、良いことをしたと思っていたのに、それがあらぬ疑いを生んでいたとは」
まずい。これは傷ついたふりをして無理難題を吹っ掛けてくる流れだ。
「う、疑いだなんてそんな~。もちろんお礼をするためにこうして参上したのです。もし疑っているのなら、直接聞きにくるはずがないではありませんか。私を助けてくださった閣下なら、きっと知っていることを教えてくださると思ったものですから」
「それならいい方法がある。実はあなたにお願いしたいことがあったのだが、それを聞いてくだされば、私もデリオルの所業に腹を立てていると分かってもらえるはずだ」
ダメだ~!向こうの方が数枚上手だ。挽回できない!
「まあ……、何かしら。私にできることであればよいのですけれど……」
「私があなたに敵意がないことを証明し、あなたも私に礼をしにきたことが証明される。完璧な解決策だよ、素晴らしいな」
詰んでる……。これはもう『はい』以外の選択肢がない状況じゃないか。なんかこの構文最近も聞いた気がするんですけど、流行ってんのかなあ……。
これ以上渋っても、ますます立場が悪くなる一方なので、私は意地でにこやかに頷いた。
「私たちの信頼の証になるのですね。是非お聞かせください」
まあ、敵意がない証明になると言っているから、死ぬようなことは言われないはずよ。
「あなたには、アシュレイ殿下と見合いしていただきたい」
「アシュレイ殿下……というと、あのアシュレイ殿下ですか?リュカオン殿下のお兄様の?」
「いかにも。皇太子殿下の第一王子、アシュレイ王子殿下だ」
「……?察しが悪くて申し訳ないのですけれど、お見合いというのは、言葉通りの意味ですか?結婚相手を探す手段の一つであるお見合い?」
「もちろんそうだよ。これで私が、御身をあらゆる意味で脅かすはずがないと分かってもらえただろう」
どこが?むしろ殺意マシマシ、汁だく大盛りである。
したたかで賢いリュカオンですら、あの2人の間に割って入って修羅場になったら無事ではすまない。いわんや、私をや。遠回しに死ねと言われているようなものだ。
貞操のお礼に命を差し出すのは、さすがに割りが合わない。
「いくらお礼がわりの頼みと言っても、私には、婚約者がいらっしゃるお方とお見合いする野心も度胸もないのですが……。それにヴィクトリア様に敵うとも思えません」
「うむ、順を追って説明しよう。実は現婚約者のヴィクトリア殿下には、隣国との縁談が持ち上がっている。お相手はフロラントの王太子殿下で、時期王妃として是非という話だ」
ほおおー!なるほど!悪役令嬢モノで、相手役の王子がボンクラの場合、隣国の王子と結ばれるのはよくある展開だ。現実の世界では隣国王子は確固として存在しており、伏線やシナリオに登場しない場合でも、消えてなくなるわけではない。それがここにきて、顕在化してきたと。
「我が国でプリンセスの称号を持つケルン家のご息女が、将来フロラント王妃となれば、その影響力は絶大だ。ヴィクトリア殿下がアシュレイ殿下の婚約者であることは重々承知だが、引っ込み思案な次女のヴィオレッタ殿下では、苦労することは目に見えているためやはり……」
「うう~ん……」
そんなことはないと言いたいところだが、それならばと話が進んでしまっては困る。ヴィオレッタの駆け落ち相談を受けた今、追い詰められた彼女がどんな行動を取るのか手に取るようにわかってしまう。
「ヴィクトリア殿下の次に、妹のヴィオレッタ殿下が婚約者に座るのは外聞が悪い。王家の盟約があるため、おそらく順当に行けばヴィオレッタ殿下とリュカオン殿下が縁組される。そうなった時、肝心のアシュレイ殿下に妃候補がいなくては困るのだ」
そこで私の出番という訳か。
確かに、私を妃候補にしたいなら、リュカオンと既成事実を作られても困るし、他の男と既成事実を作らせようともしないわよね。
つまり、クロードをけしかけたのは、依頼を曲解したデリオルの暴走だったのか。
「閣下のお話はわかりましたが、私もさすがに命ばかりは惜しいので……、他にできることはありませんでしょうか?」
「他に頼みたいことはない」
だよね。私はヴィクトリアみたいに何でも役に立つというわけではないからな。
「見合いをするだけで、その先のことまで強制するわけではないよ。それほど身構えることとも思えないがな」
イングラハムは、こちらの焦りを生むような呆れ顔をする。
もしもの為の予備としてお見合いするくらい大丈夫だろうか?でも私は知っているんだ。少女向けコンテンツの恋愛は、些細な事でこじれにこじれるという事をな。
「仮に私がお引き受けしたとして、アシュレイ殿下がご納得なさるとは思えません」
「国益の話だよ。いざとなれば、ご決断なされないはずはない」
そうかなあ?
「ではこうしよう。あなたがお願いを聞くのは、殿下が円満に婚約解消された後で良い。ならばもはや懸念はあるまい」
「まあ……、確かに……」
私からすれば、たったそれだけのことと思うなら、なぜそんなに食い下がるのかと言いたい。
「お嬢さん、これは危機管理の問題だ。全ての女性がヴィクトリア殿下のように完璧だと勘違いしたアシュレイ殿下が、王妃にはなれない女性を連れてきた時、対抗勢力がまったくない状況は危険なのだよ」
もしもスパイが王妃になったら国が滅びますものね。
アシュレイがヴィクトリアと別れるところは想像できないし、万が一の保険なら別にいいか。断る方が難しそうな状況だ。
「分かりました。お引き受けいたします」
私は一体何をしに行ったんだろう?あわよくば、黒幕のしっぽを掴んでやろうと意気込んで敵陣に赴き、敵じゃないですよと言われてヘンなお見合いの約束をして帰ってきた。
不思議である。これだからイケオジは油断ならない。
ずっと黙ってついてきたケンドリックが、哀れみの目でようやく発言した。
「あんたの『美男子無罪』みたいなところ、俺は面白れえと思ってるけど、ほどほどにしないと身を亡ぼすぞ」
「無罪なんて思う訳ないでしょ!私はただ、危険な毒花でも愛するだけよ!」
と、まあ、これが昨日の出来事だ。
私は厳しい指導を受けるシャロンを眺めながら支度を終え、待ち合わせ場所に向かうため車に乗り込んだ。
プライストンとストレイフ、対立関係として出てくる二人のおじさんですが、名前がややこしいので、プライストンの姓を改名します。
頭文字が違うので行けるだろうと思ったのですが、いざ文字に起こしてみると、五文字中三文字かぶりは全然行けなかった。プライストンの姓はイングラハムに変更します。次回以降からしれっと出てくるであろうイングラハムはプライストンのことです。順次過去投稿を改訂しますが、忘れている箇所がありましたら誤字報告にてお知らせください。今後ともよろしくお願いいたします。




