蒼き月十字たる眷属の言い分
なんかもうワヤワヤなんだけど、私は何のために呼ばれてきたんだっけ?
詩を貶されて落ち込むマーガレットを前に、私はオロオロした。隣からイリアスがさらに追い打ちをかける。
「恰好ばかり付けて、主題がブレブレ、意味不明です。自分の感動を人に伝えたいのであれば、もっと単語を吟味して、丁寧に表現すべきです。技巧は二の次ですが、リズムに多少の気遣いが見られるくらいで、韻も全く踏んでおらず、意味が二重に掛かっている訳でもなく、どこにも優れた点はありません」
丹精込めた詩なのに可哀想だよぉ。こんなの充分罰になってる。
「そんなことないわ。むしろ文才はあるわよ。1056番目の迷える子羊的な、羽根をもがれた堕天使的な文才が」
「俺が指摘したいのは、大仰な単語選びではなく、主題に向き合っていない点です。だいたい、子羊がそんなに沢山路頭に迷っていたら、羊飼いも簡単に発見できますが」
「迷ってるのは路頭じゃないの」
広大なネットの海よ。
「場所がどこだろうと、俺が見つけて家に帰してやりますよ」
そのセリフ、意味は分からないけど何だか鬼畜っぽくてイイと思います。
「い、いいんです……。私の詩が意味不明だって言われるのは今日が初めてではありません」
「マーガレット・ミレークリフは、昨年入学後、すぐに詩の朗読会を行うサロンを開設。一時は人が集まるも、方向性の違いにより三か月程度で解散。しばらくは一人で地道に活動を続けた後、春先ぐらいから、当家に怪文書を送り始めた。今の話を聞くと、怪文書は一人で書き溜めた詩だったようだな。約半年間で100通弱送りつけて来ている」
思っていたより十倍多いなあ。
「一番近くにいらっしゃるローゼリカ様なら、王子殿下を称えた詩を理解してくださるのではないかと思ったんです。それに、殿下の素晴らしさを浴びられる今の状況を、もっともっと全身全霊で歓喜すべきだと……分かってもらいたくて……。でも、やはり思った通り詩を解読してくださったので、私の見立てに間違いはありませんでした!」
言ってること、地味に怖いね?
「さらに『手紙屋』なる課外活動で、他人の手紙を収集。直筆のおよそ6倍にも及ぶ文書も合わせて送付してきた」
「あ、その手紙は、誰か見知らぬ人が読んだ後に処分してくれると、きちんと了承を得て預かった物なのでご安心ください。何も違法性はありません。独り言を誰かに聞いてもらうような、不思議とそういうサービスをみんな求めていたみたいです」
気にするところはそこじゃない。あとうちの文書係を勝手にシステムに組み込んで、独り言受け止め係と兼任させないで。
「局留めや私書箱を駆使し、それら全てがバラバラに、国内中の郵便局から届くようにしてな」
「600通もの手紙が、全国各地から届いていたってこと?えっ、それって凄い事なんじゃない?」
「当然、類まれなる管理能力と並外れた執着心のなせる業だ。中には二、三か所、局を中継している文書もあった」
足がつかないように海外のサーバーを経由する凄腕ハッカーか?
本人には聞こえないように、ケンドリックはそっと耳打ちしてきた。
「ここだけの話、アカデミーの女生徒にアタリをつけて捜査しなかったら、見つかったかどうか怪しいほど巧妙だった」
「才能の無駄遣い」
「それな」
なんとなくだが、わかった。脅迫状ではなく、一人の少女の、数が多いだけの怪文書であっても、無罪放免にはできないと、ケンドリックが考えている理由が。
マーガレットのピンポイントな才能って、悪い事にとっても利用できそうよね?
私の脳みそはあまり悪だくみに向いていないけれど、それでもすでにいくつか思いついた。
例えば差出人を偽って危険物を送りつけたり、その罪を他人になすりつけたり。あるいは偽造文書を本物らしく演出した詐欺なんて小技も利く。そもそも、600通の怪文書が来たら単純に怖い。
「自分の詩ばっかり送りつけるのもなんか恥ずかしくて。沢山の中に紛れさせれば目立たないかと思ったんですけれど、同じところから届いていたら他人の手紙をカモフラージュに使う意味がありませんから」
当の本人は照れくさそうに笑った。その朗らかな様子が余計背筋を寒くする。自覚がないのがまた、利用されそう感、増し増しだ。
敵勢力に利用されて困る突出した才能は、封じてしまうか、先に味方へ取り込むか二つに一つ。もちろん、後者よ。
私は営業スマイルを浮かべた。
「マーガレット様、他には何が出来ますか?得意なことは何ですか?」
「まてまてまて。嫌がらせしてきた張本人だぞ。何考えてんだよ」
嫌な予感しかしないケンドリックが私とマーガレットの間に割り込んできた。
「才能は活用しないと勿体ないじゃない。彼女は私のことが嫌いなんじゃなくて、リュカオン様のことが好きなだけだから大丈夫よ」
「おお……俺の姫様の器がデカすぎる……」
シャロンのアレを甘えてると認識できるあなた程ではないわ。
「寛大な処置を取られるとしても、最低限、今後こんなことがないように約束してもらう必要があります」
というのはイリアスの言。それはそうね。
「お聞きのとおりです、マーガレット様。私にも、他の誰にも、今後は大量に手紙を送りつけたりしてはいけませんよ。やはり、手紙は交互に送り合うのが健全ではないかしら」
「はい。それはもう……。周りが見えなくなり、浅慮な行動でした。二度といたしません」
「悪気がなくとも、度を越した行動は相手に恐怖を与える。恐怖と物量で言う事を聞かせようとするのは脅迫だ。分かればこちらの誓約書にサインを」
「事実関係を認める旨と、約束を破った時、賠償金を支払う承諾書だ。同じ内容が二枚、両方にサインしてお互いに一枚ずつ保管する。異存はないな」
イリアスが机の上を示し、ケンドリックがすかさず書類とペンを差し出す。マーガレットは素直にサインを書き入れた。
よし。これで一件落着ね。
「雑事に時間を使うのではなく、もっと創作活動に注力されるのはいかがでしょう?」
「殿下の素晴らしさを広く知ってもらいたい一心でしたが、もともと詩作の素養はありません。才能のないことを続けていくのも辛いですから、この機会にゆっくり考えようかと」
「好きなことをするのに、才能なんて関係ありませんよ。リュカオン殿下の美を称えるのが目的ならば、形式を変えて、随筆など執筆されては?マーガレット様の着眼点や、独特な言葉選びは、散文で真価を発揮すると思います」
マーガレットは頬に朱がさして顔色が明るくなった。
女の子の表情が輝く瞬間を見るのは、ホントやめられないわね。
「本当ですか?」
「はい。きっと面白いものができますよ。ね、イリアス」
「そうですね。散文はかみ砕いて説明できます。わざと外した言葉遣いも味になるでしょう」
そうだ。この子に、リュカオンの広報誌を書いてもらってはどうだろう。アイドルに広報活動は付き物だし、公式の情報源があれば、噂に振り回されることはなくなる。
私は下心が隠し切れず、ますます笑顔になった。
「殿下にマーガレット様をご紹介します。近くで観察すれば、創作が捗る事と思います」
「俺は反対です。今回の件は、ミレークリフの、殿下への好意が発端です。悪い事をして褒美が得られるのは、彼女の精神衛生によくありません。不満がある時に、同様の方法で問題を解決しようとするようになります」
「そう?でもあんまり嬉しくはないみたい」
マーガレットはワサビが利きすぎて鼻に突き抜けているような表情をしていた。
「いやァ~……。私ごときと知り合いの王子殿下は、理想からかけ離れていると申しますか……」
「解釈違い。それを解釈違いと呼ぶのです。リピートアフターミー」
「なるほど、解釈違い。しっくりくる言葉ですね。私にとって第二王子殿下は、高貴な血筋と完璧な美貌を併せ持った天上人です。道端の草と顔見知りの天上人は解釈違いですので、ご紹介は遠慮いたします」
残念だわ。
と、なると思ったら大間違い!
「あなたの意思を尊重するとは言っていませんよ」
「えっ」
一貫してマーガレットを庇っていた私が引き下がらなかったので、彼女は怯んだ。
「私は、路傍の石と愛を語らう天上人も良いと思います。だって、本人が気づいていないだけで、宝石の原石かもしれません。解釈が他人と一致するとは限らないのです。むしろ、十人いれば十通りの解釈があるのが普通です。なので、私は私の解釈と希望に基づき、あなたを殿下に紹介します」
「しかし……。殿下を間近で拝見したら、正気を保てず最悪反逆罪で掴まるかもしれませんし……」
「努力しましょう。慣れれば大丈夫です」
「こ、こういったことはお互いに不干渉を貫き、押しつけ合わない方が良いのではと……」
「そうです。皆違って皆良いと、認め合う事だけが和平の道。しかしあなたはすでに、大量の詩を送り付け、分かってもらいたいと、歓ぶべきだと、解釈を押し付けてきましたよね?そんな時には、己の性癖を守るために戦うのも一つの作法。私、挑まれた勝負は受けて立つ方です!」
「あの、ローゼリカ様。ひょっとして実は怒っていらっしゃいますか?」
「いいえ。私は家の者に守られて、不快な思いはしていませんから。でもそれとこれとは話が別。近くに居なければ分からないこともあるのに、側に侍る僥倖に歓喜せよとは他人事も甚だしい。これまでその機会に恵まれなかったのはあなたのせいではありませんが、チャンスをふいにするのは可笑しな話です。妄想先行では話になりませんから、もっと私たちの状況を近づけて、その上でバトルです」
畳みかけると、マーガレットはついに謝りだした。
「私が悪かったです。私の負けですから、もうお許しください」
「ご安心ください。幸いにもこの戦いに敗者はおりません。相手の解釈に萌えても勝ち。自分の解釈に萌えさせても勝ち。必要なのは己の性癖ただ一つ!さあ、解釈と解釈で殴り合いましょう!」
「そこまで」
詰め寄る私をイリアスが押しとどめた。
「和解は成立しましたから、今日はここまでにして、解釈バトルは後日にしてください」
マーガレットは助かったとばかりに、帰って行った。
「せっかく盛り上がってきたのに~」
「ミレークリフが反省していなかったので、脅かす演技かと思いましたが、違ったのですか」
「彼女を脅すより、解釈バトルの方が面白いわ」
あわよくば、イリアスとリュカオンの友情をプレゼンして、学院にバディ旋風を巻き起こすつもりよ。野望は留まるところを知らないわ。
しかしイリアスが止めてくれなかったら話はまだまだ長引いていただろう。これでようやく帰れる。
窓の外はすっかり真っ暗だ。これから車で帰路につき、出迎えを受けて、着替えてから、食事となると、空腹を満たすのは何時になるのやら。
「はあ、お腹すいちゃった」
書類を確認して片づけているケンドリックが顔を上げた。
「そうだな、予定より時間が押してる」
「今度こちらの方へ来ることがあったら、来る途中に見たレストラン街で食事がしたいわ」
活気があって楽しそうな場所だった。お腹が空いているので、あの暖かそうな明かりが魅力的に脳内で甦る。
「いいよ。なんなら今日食べていくか?」
そりゃあ、そう出来たら嬉しいけど。
「でも、家で食事を用意しているでしょう?」
連絡もせずに外食して帰るなんて、作ってくれた人を悲しませる絶許案件よ。
「今日は遅くなると伝えてある。防犯上、店に連れていってはやれないが、買ってきたものをここに並べて皆で食べよう」
「楽しそう。皆で沢山の種類をシェアするのね」
「今日は大変な一日だったから、少しくらいは楽しいことがないとな」
も~!ケンドリック!こういう時のあなたは気が利くお兄ちゃんというか、スパダリというか。もてなし上手でとにかくスキ!
ケンドリックは立ち上がり、懐から財布を取り出して、部屋の外で待機していた従僕に渡した。
「シトリン横丁で食事の用意を頼む。ケンドリック・エースが食べると伝えて、姫様がこちらにいらっしゃることは絶対他言しないように」
「はい。勿論です」
「名物と旬のもの。今の時期は牡蠣なんかも揚がっているか?肉・魚・野菜・穀物をバランス良く、デザートも忘れずに。念のためナマモノだけは避けて……」
ケンドリックは昨年度、必要な単位を取得し、学院を卒業したが、より専門的で狭き門である研究科の試験に通り、今年新たに研究生として制服に袖を通している。
成長と共に家業の分担も増え、自分の会社を持ち、さらに私のブレインまで務める彼が、明らかにオーバーワークである学業まで抱える決断をしたのは、私の周辺が不穏に波立っているせいだろう。それを思うと申し訳なくて頭が上がらない。多少言う事が細かくても、それで負担や心配が減るのなら、言う通りにしてあげたい。
「肉の串焼きや魚の姿焼きはお喜び頂けるだろう。目を楽しませる南国のフルーツがあればそれも。珍しいからと言ってゲテモノは買わないように。食べ物を無駄にするのはお厭いだからな。店が勧めるものは全て5、6人前だ。代金は要らないと言われても、絶対に払うんだ。少ないよりは多めに払え」
いや、本当に細かいな。
「かしこまりました。直ちに」
細かすぎる指示を出し終えてから、ケンドリックは振り返った。
「テーブルのある部屋へ移動して待とう」
20分後、商館の広いダイニングテーブルに、所せましと料理が並べられた。




