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目と目が合ったら5秒で断罪

 秋も深まり、日の落ちる時間が早くなってきた。

 暗くなり始めた街並みに、温かみのある明かりが少しずつ灯る。

 この国の人々は、一次産業の人間でなくとも日が沈めば家路に着き、一部の繁華街や飲食街を除いて、街灯はなく閑散とする。この辺りは夜でも人出の多い場所のようだ。

 目抜き通りを外れても行き交う人々の数が多いため、車は速度を落として走った。

「その話をするために場所を移したの?」

 わざわざこんな離れたところまで?

 この2人が無駄なことをする訳がない。なんかヤな予感がするんだけど。

 イリアスは僅かにため息をついた。

「いつもと違う場所にご案内したのは、捕まえた下手人をシャロンから隠すためです。怒り狂って勝手に罰を与えては困りますから」

 それってシャロンが相手を震え上がらせて、文字通り死ぬほど後悔させるっていういつものやつ?確かに困る。

「それで今日は別行動なのね」

「はい。事件の概要説明と、今後の方針についてご相談したいと思います」

 言われてみれば不自然だったもの。引き離すために研修という名目でわざわざ予定を入れたんだ。


「ここはどのあたり?」

 単調なランタンの光でも、数の力で昼のように煌々と照る様は、街の活気そのものできらびやかだ。

 屈強な男たちが大勢闊歩する一方で、飲食店らしき店が並び、妖艶な女性も表に出ている。

「王都の南部郊外にある、エース商会所有の倉庫街だ」

 エース商会の倉庫ではなく『倉庫街』。区画ごと所有してるのか。ワードのパワーがすごい。

 王都アルビオンは内陸部にあり、海路には面していない。そのかわり、すぐ南にまで運河が通っており、大量の物流がそこで賄われていた。

 言われてみると、機能重視の無骨な倉庫が立ち並ぶ景色は港町に似ている。

「暗くなっても賑やかね」

「港湾業務従事者にとっては、船の着いた時間が始業時間です。街がいつでも明るいのも、自然相手のことは、人間にタイミングを合わせていられませんから」

「それに彼らは金まわりがいいんだ。技術者は当然高給で、運搬業者も身体が丈夫であればたくさん働いて稼げる。船乗りは下船した時に貯めている金を使うしな。交代で働くから人も多く、需要に応じて資本も増える。活気があるのはそのおかげだ」

 経済活動が拡がる分かりやすい見本市だ。

「万が一捕まって海路で売られそうになったら、ここへ逃げてこい。東側の13番街だぞ」

 有益情報ね。

 警備に自信のあるケンドリックは冗談半分だったようだが、私は力強く頷いた。


 飲食店通りを過ぎて、今現在、船が着いていない係船ドックの方へ来ると、一気に活気がなくなり、今度は人っ子一人歩いていない。

 その一角にある、明らかに倉庫とは一線を画す瀟洒な建物の中に車ごと入っていく。取引先と商談を行う場所なのだろう。見栄えの良い内装ながら、商品の見本を並べられるような広い空間と部屋がいくつもあった。

 ケンドリックが停まった車から降りて、私の降車をエスコートしながら話し始めた。

「主家の皆様への手紙は、一部の親密なお方、しかも筆跡の確認が可能な場合を除いて、全て検閲にかけられる。姫サマの場合、検閲を受けないのはリュカオン殿下やダルトンデール嬢あたりのご友人のみだ」

「だから事前に脅迫状を把握できたのね」

「手紙はたくさん届く。しょうもないセールスやラブレターまで届けてたら、本当に大切な手紙が埋もれてしまうだろ」

「ラブレター!届いているの?」

「本当のラブかどうかは保証しかねますが」

 風船のように一瞬で膨れ上がった私の期待は、イリアスの一言で破裂した。

「なんだ、政略結婚の打診か……」


「そういう手紙を無視されて、逆恨みのような文書が届くことはある。バレないと思ってやるんだろうな。きっちり特定して賠償請求すると大抵かたがつくんだが、今回、不特定多数からの怪文書が大量に、しかも継続的に届いていつもとは様子が違ったんだ」

 ケンドリックは先導しながらよどみなく話し、建物の奥へ歩いていく。突き当りの部屋の前で立っていた従僕が移動に合わせたタイミングで扉を開け、会釈した。

「内容が恨み事から愛の囁きまで幅広く、筆跡も輸送経路もバラバラの手紙を追跡するのは苦労したよ。それで時間がかかってしまったが、一連の騒動を仕組んだ犯人をようやく捕まえた。マーガレット・ミレークリフ伯爵令嬢だ」

 導かれるままに入った室内には、私と同じ制服を着た女生徒が一人座っていて、その怯えた瞳と言い逃れできないほどバシっと目が合ってしまった。

「沙汰をどうぞ」

 いつも柔らかい物腰のイリアス、その冷徹な声が部屋に響いた。


 私は大きく息を吸い込んだ。勿論、心を落ち着け動揺を鎮めるためだ。

 後ろに控えるケンドリックに、すっと手のひらを差し出すと、彼はすかさず懐から扇を取り出して渡した。私は女生徒を高圧的に見下ろしながら、開いた扇で口元を隠す。左右のケンドリックとイリアスが囁きを聞き取るため耳を寄せた。

「こんなの聞いてないんですけど!?しかも沙汰って何?」

 今から私にこの子を、ぶっつけ本番で断罪しろと!?ハチャメチャ難易度高い!無理ゲーよ!

 なんか今日こんなのばっかりじゃない?ぎゃふんと言わされてばかりじゃない??

 概要を説明するって!今後のことを相談するって言ったじゃない!!これは報・連・相じゃなくて不意打ちっていうのよ!

「はい。ちょうど良い機会ですので、ローゼリカの裁量について把握しておこう思い、黙っていました。事前に知らせると、あなたは何やかんや巧く調べて無難なことを言いそうなので」

 無難の何がいけないの?それって間違いないってことでしょ。間違いじゃなければ正解なのよ。

「わ、私はあなたたちが守ってくれて、少しも嫌な思いをしていないわ。反省してくれれば別にそれで……」

「ごめんで済んだら脅迫罪なんて罪は要らないな。我が主は法改正をお望みか?」

 なんでいつも過保護なスパダリなのに、こういう時だけスパルタなの?字面はニアミスだけど、意味は正反対だよ?

「じゃあよくわからずに修道院に押し込めてと言ったらどうするつもり!?そんなの困るでしょ?」


「殺せ」

 内容までは聞き取れない、ヒソヒソ声とは一味違う低音が、イリアスから発されてソファに吸い込まれた。座っている令嬢が怯えて身体を震わせる。

「と言われたら、さすがに代案を勧めますが」

「言う訳ないでしょ……。引くわ……」

 あなたの声帯はいつの間にそんな地を這うような低音を獲得したの……。

「そういうあんただから心配はしてないってことだよ」

「修道院幽閉だって充分過量刑よ」

「その程度なら手を尽くしましょう」

「いい加減なこと言わないで。そんなのどうやって」

 法律を超えて過量刑を与えるなんて不正だわ。ウチはそういうのやってないと思いますけど!

「まず相手の事業に圧力をかけて、業績悪化からの借金。その膨れ上がった借金を盾に条件を出すんだ」

「絶対にやめて」

 潤沢な資本が可能とする、お手本のようなマッチポンプ脅迫。

「ちなみになんだけど……、あなたたちだったらどうするのかな~……?」

 こういう時、甘いのは……ケンドリックの方!

 私は狙いを定めてケンドリックを見上げた。

「海路で売る」

 人攫い~ッッ!そんな伏線回収は求めてなかった!

「しませんよ。賞罰は支配者の権限です」

「今ならまだ民事の範疇だ」

「さあ、駄々をこねないで。義務を果たしましょう」

「司法にゆだねたら、あんたの想像以上の大事になるぞ」

 左右の天使と悪魔ならぬ、両サイドの鬼畜が、畳みかけるように交互に囁く。

「じゃあ、あの……。もうちょっと話を聞いてから……」

 こうなったら、少しでも情状酌量の余地を引き出そう。

 私は抵抗を諦め、向かいのソファに腰を落ち着けた。

「あなたたちも隣に座りなさい」


 座ってから、改めて連れて来られた脅迫犯をよく観察すると、真面目で大人しそうな女生徒だ。長い黒髪をゆるく編んで垂らしている。前髪が重く、大きな分厚い眼鏡をかけていて、飾り気もなく地味だ。

 いやいや、その眼鏡を外したら美少女なんでしょ?光り輝く原石なんでしょ?とにかく脅迫状を送りつけるような人物には見えない。

 まあしかし、見た目で決めつけるのはダメよね。ケンドリックが無罪放免は出来ないというだけの理由がきっとあるのだ。その上で善性を見出し、罰の軽減を歎願しなければ。

「どうして脅迫状を送ったりなんかしたのですか?」

「手紙をたくさん送った自覚はあります。あまりに数が多いので、気持ち悪かったと言われるなら納得します。でも脅迫するつもりで送ったことは一度もありません」

 予想に違わぬか細い小さな声だ。マーガレットは俯いたまま、恐る恐る、しかしきっぱりと言い切った。

 それを聞き、ケンドリックが封筒から出された便箋を差し出す。

「こちらが、彼女の筆跡確認が取れている手紙の一部だ」

 

 薔薇よ あなたは残酷な月

 銀のナイフの光に照らされ、細きうなじを紅に染めるべし


 ……不穏な単語があるにはあるけど、脅迫状というより、なんだか……。第一印象は邪気眼と暗黒竜をその身に封印した闇の眷属のポエムなんだけど。

「うん……ナイフで首を切る……という意味に取れないこともない……かな?」

 結局、薔薇なんだか月なんだかどっちなのだろう。

「これは、王子殿下の殺人的に麗しい笑顔を向けられたなら、首まで赤くなるべきだという意味を込めた詩です!」

 途端にマーガレットは溌剌とした大声を出した。

「文才ゼロ……」

 イリアスが思わず呻く。

「わ、私はシンプルで結構いいと思うわよ」

「確かにそれはちょっと危険な単語が使われていて紛らわしかったかもしれませんけど、これならどうですか!?新作です!」

 マーガレットはカバンから素早く手紙を取り出し、さっと私の目の前に差し出した。

「あ、はい。読ませていただきます」

 私が受け取る前に、ケンドリックが横から奪う。封を開け、中を検めて、危険がないことを確認してから私に回した。


 青の夜 銀の戸張降りる時 龍は目覚める

 暴風巻き起こり スカートはめくれあがり 原野に花は咲き乱れる

 五色の花びら雨のごとく降り注ぎ 乙女とスカートは踊る

 極彩色のオーロラよ 歓びに照り映え祝福せよ

 そは二本の虹の福音なり


 ケンドリックは興味なさそうにしているが、イリアスは横から一緒に覗き込んできた。

 やはり厨二感は残るものの、今度はとてもメルヘンな情景を詠った詩のように思える。

「…………」

「まあ、脅迫状とは言えません」

「じゃあ怪文書だ。怪文書が大量に来たら怖いから有罪」

 青、銀の戸張、暴風……。これ、リュカオンの事を詠んだ詩なのよね?

 なにか、こう、連想するものが喉の奥か、眉間の裏にまで来てる気が……。

「待って、分かった!これはリュカオン様がまばたきしたら、あのすごい睫毛から風が起こるってことを表現した詩!!」

「そうです!すごい!!ローゼリカ様ならきっと分かってくださると思っていました!」

 そんなに褒められても、私にだって竜やらスカートのくだりは意味不明だよ。

 マーガレットは続けて早口でまくし立てる。その表情は、最初の怯えた瞳など見る影もなく、ギラギラと輝いている。

「この新作はですね、王子殿下の睫毛が伏せられたら、その風圧で竜が目覚めたような暴風が巻き起こって、草原が花吹雪に包まれるんです。そこにいる美しい乙女のスカートがめくれあがってしまって、脚フェチの王子殿下が照れながら歓んじゃって、その色々変わる表情もオーロラみたいに美しいという意味です!」

「この子とっても情報通だわ!」

「うぅん……文才ゼロ」

 大事なことなので、イリアスは二回言う事にしたようだ。

「うわああああん」

 マーガレットはソファに突っ伏して打ちひしがれた。


お待たせしております。おそらく4週ほど投稿できます。

マーガレットの姓をミレークリフかソヤクリフにするか迷っていたので、見落としで直っていないところがあったらごめんなさい。

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