下げて、上げて、最後は落とす
陰謀を勝手に作り上げ、暗い気持ちになってしまった。
まだ見ぬ敵を自分の中で強大なものにしてしまうのは、ポジティブ道に反する。
よし!楽しい話をしよう!
今日リリィ・アンから提案された、業務提携の話をする。
茶菓子のコーディネートと、デートコースのプランニング、それから一緒に下見に出かけたいというところまで。
前回、脅迫状の差出人がわからないからと、友人とのお出かけをキャンセルした過保護なケンドリックのことだ。きっと外出には激しく反対するに違いない。
しかし今回は私も簡単には引き下がらない。何故なら遊びではないのだ。
ヒロインをサポートすることこそ、私の存在理由。転生した意義。普段の情報収集活動も、資産の運用も、全てはこの使命のために。
犬も歩けば棒に当たるように絶体絶命の危機に直面するヒロインは、試練の連続で運命を切り開く隙もあったものではない。ドラマチックな演出のために定められたハイリスクハイリターンな運命には、相応に劇的な助力があって然るべきだ。
この世界の行く末が、バッドエンドによる滅亡の可能性だってある。まあ、滅亡はあまり世界観にそぐわないけれど、国情の乱れは充分にあり得る。あおりを受けて、私を含めた登場人物たちが不幸にならないためには、ヒロインの攻略が順調に進まなければならない。
ゲームの難易度もわからないのだから、少しの判断ミスでバッドエンドの憂き目にあわないよう、コネでもカネでも持てるものは何でも使って全力を尽くすわ。
イベントの手助けはその最たるものよ。
陰謀を暴くぐらい慎重に、魔王討伐に旅立つぐらい深刻に、今回のお出かけ計画を遂行してみせる!
「ケンドリック!これは業務命令よ!私も細心の注意を払います。警備もバンバン入れて、お金もガンガン使っていいから、安全な下見ができるように計画してちょうだい!」
ヒロインの進退が関わったときの私は強いわよ!恥も外聞もなく、地団駄すら辞さない構えなんだから!
「わかった。一週間ほど準備の時間があればいつでもいい。殿下の予定を聞いて日を決めてくれ」
「あら……。いいの?」
私のほとばしる情熱は軽い音を立てて勢いよく空回っている。
「いいよ?本人も危険を自覚し、護衛も付けるなら文句はない。来店予定の店がわかればもっといいかな」
すんなり許可が下りて、喜ぶべきところだ。しかし、それはそれで釈然としない。警備を付けさえすれば良いのなら、夏季休暇直前に、ケイトリン、セレーナと買い物に出かける時も、行かせてくれればよかったのに……。一芝居打ったりしないでさ……。
「だって前は……。まあ、行けるならそれでいいけど……」
「日頃の行い」
少ない言葉から、ケンドリックは私の不満を正確に読み取って言った。
「気をつけろって言っても、納得いく説明がなかったら、絶対言う事聞かないだろ」
「そんなッ……!」
ことあるなぁ。
「何も考えず従順に言う事を聞いてほしいとは思っていない。ただ防犯面では信用に値しなかった。トラブルが起こってから、このぐらい大したことないと思ったとか言うタイプだ」
ぐうの音も出ないほど正論!しかもマリウス砦で似たようなことがあった!
「納得した後の行動は信用できると思ってるから、今回の外出は行っていい。ご友人との買い物も、理由を説明したくなかったのはこちらの事情だったし、近いうちに埋め合わせするよ」
「本当?ありがとう!」
「位置関係で今回の下見ルートから外れた、王都圏の観光地に遊びに行けばいいんじゃないか。女子受けする場所に三人で行けば楽しいだろう」
そうか、デートコースには、雰囲気のあるお店だけじゃなくて、日帰りできる景色のいいところも必要よね。プランの充実は、エスコートで成功体験が増え、思い出が美しくなる、三鳥も四鳥も仕留める素晴らしい一石よ。それに人が集まるところにはカネも集まる。もう一儲けできそうな気配だ。
「あなたは天才ね、ケンドリック!リリィ・アン様に提案してもらうわ」
「どういたしまして」
我ながらチョロいと思うが、望みが叶ってホクホクしていると、今度は大見得を切ったことが心配になってきた。
「あのー、お金をガンガン使いなさいとか言っちゃったけど、大丈夫かな……。その予算はどこから出るの?」
「はあ?あんたには専門の警護予算が付いている。足りなくなることはあり得ない。そうでなくても、俺と一緒に居て金の心配なんかするな」
「な、何そのカッコいいセリフ!私も使っていい?」
『ここからここまで、商品全部いただくわ』
いや、なんか違うな。
『私といる時は、お金の心配なんかしないで、ただ楽しめばいいのよ?』なんてな!
お金を持っているだけじゃなく、使い方を知っている人は格好いい。私もそうなりたい。
「アホかやめとけ。それよりこの菓子の件だが」
私のくだらない憧れを一蹴し、ケンドリックはリリィ・アンの企画書を覗き込んだ。
「これまで通り物品の手配はこちらでやる。月単位で計画表を提出してもらえ」
「あ……、もしかして、食べ物は人に任せられない問題だったかな。あなたの仕事を減らせればと思ったのだけど」
「いや、菓子選びは助かるよ。気の利くお使いができるやつには他にも仕事が沢山あるし、プロに意見を聞くと、それより自分が作ったものを食べてもらいたいと言い出す始末だ。シェフのデザートを食べ飽きたお嬢様方に、話題の市販品を食べてもらうのが趣旨なのに、困ったもんだろ」
ケンドリックは同意を求めて苦笑するが。
……そうだったの?私は恋バナに花を添えるお菓子だったら何でも良かったし、ウチのシェフのデザートを皆に食べさせてあげたいけど。ん~、今これ言うとリリィ・アンの話が流れる。黙っておこう。
「ただ、いくつも人手を介して、責任を分散させたくない。トラブルがあった時の原因究明に時間がかかる。途中で変なもの混ぜられても困るからな。外部に委託すると、その辺りを管理できない」
私の安全は、付け入る隙を与えない、厳密なリスク管理の上に成り立っているのだ。
「まだ検討すると言っただけだから、断ってもいいわ。あなたの負担が増えないようにして」
「気持ちは十分伝わってるよ、ありがとう。後は巧くやっとくから心配するな」
憎まれ口も聞く割に、こう言う時は本当に優しくてつい甘えてしまう。スパダリってやつね。あなたのその才能が、いつかあなただけのヒロインに発揮されるよう祈るわ。
「本当に良いものが提案されて、ウチの姫サマのサロンからトレンドが発信される流れは、今後社交の下地作りに有利だ。断る手はない」
さすが抜け目がない。商魂逞しくて何よりだ。リリィ・アンと馬が合いそう。
「エース商会のお菓子を何割採用するか決めて、計画することもできると言ってたの。その辺りの返事も任せていいかしら」
「リズガレット本人がそう言ったのか?」
「ええ、何か気にかかる?」
「しっかり勉強してるんだなと思って。エース商会がバーレイウォールの傘下であることは、隠しているわけじゃないが、どこにも公表されていない。取引相手についてちゃんと調べたんだろう」
「仕事熱心だと思うわ。需要と価値のバランスを気にする堅実なお人柄よ。あなたと気が合うのかも」
「ならお手並み拝見と行くか。エース商会の系列から品を選ばなくていい。ウチはそういう規模で商売してないんでな。でも選ばれた商品の中にうちの商品が含まれていることには意味がある。今の女子ウケと今後のトレンドを分析させてもらおう。くれぐれも忖度のないように伝えてくれ」
ケンドリックは何も悪い事はしていないのに、悪代官のようにずる賢い瞳を輝かせ、唇の端を吊り上げた。
車内が温まったところで、最後にヴィオレッタの駆け落ち依頼を話した。
途端にイリアスとケンドリックは二人揃って頭を抱えてしまった。
「軽率、だったかもしれません」
イリアスが言葉を選びに選び、ようやく絞り出した発言がコレだ。
「ケルン公爵の評判を聞いた時に、私もちょっとはそう思ったわよ」
「ちょっとだけですか」
ちょっとと言ったらちょっとよ!
娘の駆け落ちを認める親はいない。認めてもらえるなら駆け落ちる必要がない。つまり私はこの国の重鎮にケンカを売ろうとしている。
だけど、相手が強いからって最初からしっぽを巻いて降参されたら、相談に来た甲斐がないじゃない。
「ヴィオレッタ様も駆け落ちが一番いい方法だとは考えていないわ。それでもその解決法を選んだのは、追い詰められて視野が狭くなっているからよ。頼みの綱と相談しに来た私が取り合わなかったら、二人はもっと極端な考えに走ったかもしれないでしょう」
「悲恋物語の主人公のように、死を選ぶと?極端すぎるとは思いますが……、それならば、建設的な話で道を開いたのは正解でしたね」
「そう!そう言う事なの!煽って駆け落ちさせたいわけじゃなくてね、方法なんていくらでもあると分かってもらって、現実的な問題に直面してもブレない二人の覚悟を見せて、バーンッ!と親を説得……」
「ケルン公爵は話の分からないお方ではありませんが、力押しは向こうの方が上です」
「絶望的ね」
「相性最悪です。ローゼリカの得意技はゴリ押しなので」
「うぅ……負け戦……」
勢い重視の脳筋ゴリラ戦法が通用しないとなると、利を説いた交渉だ。
「じゃあやっぱり、二人には駆け落ちという切り札が必要よ。カードのない交渉で、要求が通るはずはないもの。それから、二人の結婚で何が問題視されるのかキチンと調べて、対策して、メリットも作って理論武装しなきゃでしょ。えーっと、駆け落ちの準備と予行をしつつ、交渉の練習をして……責任問題にならないよう予防線も張った方が……?」
キャパオーバーである。
「駆け落ちの手引きではなく、詐欺や強盗被害を受けないための警護であれば名目が立つでしょう」
「それよ!流石賢いわね、イリアス。自立したところを見せて、なんとかならないかな?親は子供の決意や覚悟には弱いと思うのだけど、見通しが甘いかしら……」
「大公殿下を説得するよりも、娘の方を思いとどまらせた方が早いと思いますが」
「えっ?イリアスは駆け落ちに反対?」
「あなたは引き受けた仕事を中途半端に放り出したりはしないだろうから、単純に落としどころの難易度の問題です」
若い人は敷かれたレールや言いなりに反発を覚えるものだと思っていたが、イリアスは淡々としている。特に、生活力が高い彼なら、駆け落ちくらい大したことないと考えるはずなのに意外だ。
「やめろと言って止める程度なら、始めから言い出さないわよ。逆効果じゃない?」
「頭ごなしに言えばそうでしょうね。しかし厳しい現実を突きつけて、心をくじくのは難しい事ではありません。駆け落ちの予行練習はそのために最適ですから、てっきり」
お、おおぅ……。なんてこと……。大人顔負けの狡猾な手口。
イリアスを説得出来ずしてケルン公爵を説得出来るはずはない。それに駆け落ち準備には世間慣れした彼の協力が必要だ。
理屈に合わなくても感情の問題は話が別、とさっきイリアス本人も言っていた。気持ちで攻める!
「わ、私は2人を応援したいかな〜。苦労した先に幸せがあれば全て報われると思うわ」
イリアスは何かに気づいて思案顔になった。
「ああ、なるほど。前提が違うのですね。俺もお二人には幸せになってほしいです。報われない愛を不幸だとは思わないだけで」
「報われないのに幸福ってどういう状況?」
そんなはずないじゃない。
「大恋愛が成就すれば必ず幸福ですか?一番愛した人と結婚できなければ、人生は不幸でしょうか。生き方が変わる運命の恋が、絶対に最後の恋ですか?」
「ち、違う……」
一息に論破されて返す言葉が無くなった。
ドラマチックな恋愛が長続きするとは限らないし、愛した人との美しい思い出があれば人生は幸福で、運命の恋は上書きできる。
「死別は悲劇でしょうけど、相手の幸福を願って身を引く別れは一つの愛の形です。随身のセバスチャンでしたか。あちらをつつけば脆い」
「言い方」
「生活は美しい瞬間の連続ではありません。一番大切な思い出を、手垢のつかないまま残して置けるなら、それも幸福な愛です。ヴィオレッタ殿下ほど高貴な女性を想うのであれば尚更、苦労を掛けてやつれた姿を見るのはやるせないでしょうから」
イリアスって大人びた考えを持っているんだな。そういった物語に胸を震わせることはあったとしても、現実にはそこまで達観できないものだ。
確かに、一瞬の煌めく思い出を、後生大事に抱えて生きる切ない恋物語も素敵だ。
自分の望みより、相手の輝きを第一に考えて手を放す行為は紛れもなく真実の愛。
だけどね。それらの尊さは、正しい理解の上に基づくものよ。
どんな自己犠牲でも、独りよがりだったら、ただのナルシシズムでサムいわ。
そして、お互いの気持ちと幸せを正しく理解する方法は、全力でぶつかり合う事のみ!!どすこい!!理想を真摯に追いかけて、初めて見えてくるものよ!
「いつか別れるかもしれないことは、最も良い道を模索しない言い訳にならない。出来る努力をやらずに、宝物のような思い出が手に入るものですか!彼らが道半ばで志し朽ちる時、私もその結果を受け入れます」
イリアスは神妙な表情をしていたが、にこりと穏やかに笑った。
「ま、そうですね。どうなるにせよ、悔いを残しては手助けする甲斐がありません」
「あら……、もしかして私を試したの?」
駆け落ちともなれば、手伝う方も生半可な気持ちじゃ迷惑よね。私も覚悟を決めなきゃ。
「いいえ、俺の本心です。さあ、じきに着きますから話はこのくらいに。それより、手伝ってほしくて、相談されたのですよね?ケルン公爵のお考えについてはこちらで調査します」
「ありがとう、助かるわ」
「あとは市民生活を体験できる、手ごろな家屋と働き口ですか?目星をつけておきます。一度打合せましょう」
それまで黙って話を聞いていたケンドリックが口を挟んだ。
「折れるのが早いんじゃありませんか?」
「実際に動くのはお前だよ、ケンドリック。ギリギリに仕事が回ってくるのは嫌だろう」
「ご下命があるなら構いませんよ。責任の伴わない労働は気楽なものです」
話が一段落してふと窓の外を見ると、見慣れない街並みだ。ケンドリックのエース邸に向かっているにしては、時間がかかっていると思っていた。
「そういえば、あなたたちも報告があると言っていたわね」
「はい、かねてからの懸案であった事件の犯人が見つかりました」
あとちょっとと言っていたのに終わらずすみません。
買った本を隣に積んで、終わらなきゃ読めないとプレッシャーをかけてみたけどダメでした。
ケンドリックはいちいち細かいし、イリアスは最後の方で小難しい事言い出すし、大変でした。短く削ろうとすると、会話の流れが合わなくなって逆に時間がかかったりする。
次から新展開でしばらく書き溜めます。




