よくわかる!良い子のためのユグドラ情勢
部屋を出るヴィオレッタを笑顔で見送って、扉が閉まった後、10秒程口角をキープしてから思わず長いため息が出た。
内容の濃いお茶会だった。
あー、たくさん喋って喉が渇いた。
シャロンが差し出した、一気飲み出来るように覚ましたお茶を受け取って、行儀が悪いが立ったまま飲み干す。
ソファに座ると、今度は持っていたカップと淹れたてのベルガモットティーをクロードが交換してくれた。
「お疲れさまでした」
「ありがとう。二人もお疲れ様、一緒に飲みましょう」
香り高く濃いめに、砂糖もたくさん入れた甘いお茶が、疲れた心身に染み渡る。
「はあ、いい香り。おいし~……」
今日もクロードの入れたお茶は寸分の狂いなく、私の好み通り気分通りだ。この茶はいわゆるアールグレイというものだが、グレイなる伯爵がいないこの世界線に、その名を冠する銘柄はない。
さて、忙しくなる。
立ち上る湯気を見ながら考える。
大変な仕事を引き受けてしまったけど、ヴィオレッタとアシュレイの婚約に異変があったという内内の情報は大きな収穫よね。
夏に避暑地でメルヴィン・ストレイフ子爵とひと悶着あった時、第一王子派のイングラハム子爵の動向がおかしいのだと言っていた。今回、アシュレイとヴィオレッタの婚約が雲行き怪しい件にも恐らく関連しているだろう。
兄弟で、婚約にまつわるトラブルは、どんなシチュエーションがあったかな?
悪役令嬢モノでよく見かけるのは、ボンクラで心変わりした兄や正腹の代わりに、別の兄弟が王位継承者になり、結局主人公の悪役令嬢が王太子妃になるストーリー。何らかの陰謀でアシュレイが廃嫡され、リュカオンとヴィクトリアが結婚することになったら、似たような展開だ。しかしヴィクトリアの髪型一つにも一喜一憂する、変態粘着王子アシュレイが到底黙ってはいないだろう。
ヴィオレッタは、美しい王子二人に奪い合われるに相応しい、ドラマチックで特別な存在だけれど……。展開に沿うように三人の行動を頭の中で動かしてみると、血を血で洗う惨劇に辿り着いた。
修羅場よ、超修羅場!!
二人の王子を守りたいというストレイフ卿の独白は、このことだったのかしら!?
何が起こるにせよ、私ではこれ以上のことは思いつかないから、ケンドリックとイリアスにもしっかり報告して、代わりに考えてもらおう。
修羅場と言えば、慇懃無礼なセバスチャンに対して、シャロンが特に苛立った様子も見せなかったのは意外だった。
正面切って、あそこまで悪口に近い嫌味を言われたことは生まれて初めてだったので、シャロンが怒り狂って、相手の腕を捻り上げるのではないかとヒヤヒヤした。
「シャロンはセバスチャンの言うこと気にならなかった?いつも心配性だから、怒り出すかもしれないと思ったの。もちろん、我慢できて偉いなって褒めているのよ」
「おっしゃっている意図が今一つ……正確に図りかねますが……。例えばフワフワした子犬が敵意剥き出しでキャンキャン吠えていた時、姫様がそれを微笑ましくご覧になっていたとしても、シャロンが躍起になって子犬を痛い目に合わせると、お考えなのでしょうか」
「フワフワした子犬」
あらゆる意味でアレな例え話だけど、うん、まあ、たぶんそう。
「だとすれば心外ですね。子犬ごときに動じるお方ではないと、姫様の風格を疑うシャロンではありませんし、お側におりながら、やはり子犬ごときに姫様を傷つけさせることは決してないと自負しております」
いや改めて言語化されると相当ひどいな。
「いや~。シャロンが子犬を痛めつけそうとは思ってないのだけど……、そもそも大きさ的に子犬ではないかな~って……」
「確かにガワだけは大きいですね。その大きさに不快感を覚えておいでなら、次からは決して姫様の肩より頭が高くならないようにさせましょう」
怖い怖い。何する気?
「やっぱり子犬のような気がしてきた。黒いフワフワのね!シャロンがいれば安心だもんネ!」
「無論です」
シャロンはしたり顔で頷いた。
んも~。シャロンのしたり顔大好きだから、私が意見を合わせちゃう!
目を見て話すと首が痛くなるほど長身のクロードでも、ワンコだったり幼女だったりするわけだから、セバスチャンを子犬だと思い込むくらい訳ないわ!
強者と強者は分かり合うと言うが、側近のウィリアムとパーシヴァルがシャロンに一目置いているのも、彼女が相当腕に覚えがあることに一因があるようだ。
やはりパワー。パワーこそが全てを解決する万能の力。私もいざという時に備えて、自分なりにより高みを目指すわ。
そこからいくとセバスチャンには武道の心得はないようだ。駆け落ちの予行練習をするならしっかり護衛を手配しないといけないな。
私たちは帰り支度を済ませて談話室を出た。
車止めへ着くと、迎えに来ている私の車の隣から、どやどやとイリアス・ケンドリック・フィリップが降りてきた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま……。今日は何か約束してたかしら?」
「いいえ。ただご報告したいことができましたので」
「そう。ちょうど良かった。私も聞いてもらいたい話があるの」
ケンドリックが隣の方の車の扉を開けてくれたので、条件反射でそちらに乗り込み、続いてイリアスが隣に座る。
いつもの順で、イリアスの次に乗ろうとしたシャロンがクロードに引き止められた。
「シャロン、君はこちらに」
「わかりました。二台に分かれるのですか?」
「いや、僕たちは先に家へ帰るんだ。今日は兄さんの補習があったよね?」
「あぁ……、ハーマイオ二さんの補習……。確かにそうでした」
いつも無敵のシャロンが弱った表情だ。よほどハワードの補習が苦手らしい。それにしても、ハワードのことちゃんとハーマイオニって呼んでるんだ。
「シャロンはいつも姫様に付きっ切りで研修に参加できないことも多いだろう?今日こそは逃がさないって兄さんも言ってたよ」
「でも……、お屋敷ならともかく、出かけるのにお側を離れるなんて」
「フィリップもいるから大丈夫だよ」
「それはまあ、確かに。いざという時は、ケンドリックが死んで姫様が逃げる時間を稼ぎますからね」
「死なねーよ」
おつまみ感覚で罵倒され、ケンドリックが律儀に突っ込んだ。
「死なんでも時間ぐらい稼ぐわ」
しかし華麗にスルーされた。
「今日みたいに、姫様に別のご用事ある時の方が、集中できると思うよ。だからチャンスだと思って」
用事がなくなっても、私がお喋りしましょうとか、一緒におやつを食べましょうとか引き止めるせいで、シャロンは他の人より研修を受けられる時間が少ないんだ。知らなかった。
つらいけど、もっと傍に居る時間を減らしてあげた方がいいのかな。
だって、シャロンの天才過ぎる顔面を見ていると、気分爽快、ストレス軽減。疲労回復、冷え性改善、となると当然美肌にだっていいし、肩こり腰痛にも効くわ。根拠もちゃんとある。ドーパミンやアドレナリン、セレトニンやらが大量噴出されることによって、血行も代謝も促進され……。
……本人である私が出てるって言ってるんだから絶対に出ているのよ!
シャロンが名残惜しそうに、私の方へ視線を向けた。
私より身分の高い男、つまりリュカオンの元へ嫁がない以上、シャロンを一生手放す気はない為、再就職のための技能は必要ない。そして私にとって、シャロンはどこにも足りないところなどない。よって、ちゃんと研修を受けるべきだなんて思わないけど……。
ヒロインのパラメータをアップさせないプレイヤーはいない。もとい、推しのスキルアップを応援しない担当もいない!
「頑張って!シャロンなら出来るわ!」
「わ、わかりました!シャロンは必ずやり遂げます!」
「その意気よ!あなたのこと信じているわ……!」
なんか熱いノリのまま、シャロンとクロードに見送られ、私を乗せた車は出発した。
「シャロンが頑張ってると思うと、私も頑張れる」
「美しい主従愛だな」
ケンドリックは皮肉半分といった口調だったが、それでも私は嬉しくなってニコニコした。
「そうよ。私たちは相思相愛なの。だけど私はケンドリックのことも大切なのに、シャロンはどうしてあなたにだけ辛辣なのかしら」
他の人にも冷淡ではあるが、ケンドリックには度を越している。
「うん……。甘やかしすぎだとはよく言われるけど……」
あの状態を甘えだと認識できるなんて、ケンドリックは度量が大きすぎる。
あなた本当に人生一回目の18歳?
走り出した車の中で、今日聞いた話をイリアスとケンドリックの二人に説明した。
まずは一番大切な、アシュレイとヴィオレッタの婚約に関する第一王子派の怪しい行動。
それを聞くと、ケンドリックはとても歓び、よくやったと私を褒めた。
「でかした!知っている人間が少ない情報は、それだけで価値がある。地道な諜報活動は、たまにこういう拾い物があってやめられないな!」
やっぱり?私お手柄だったよね?
「こういう話では普通、代わりになる候補が挙げられます。しかし現状、妃としてヴィクトリア・ケルン以上に強力な後ろ盾は存在しません。それで公爵家でも問題視していないのでしょう。行動が意味不明で不気味ではありますが」
「単純に、自分の娘を妃に……ってことじゃないの?」
権力を握るために、よく用いられる手法よ。
ケンドリックとイリアスが代わる代わるに説明する。
「件のイングラハム子爵にも、アシュレイ殿下より少し年上で、年回りのいい娘はいる。しかし娘を妃にしたくらいで、ケルン公爵に太刀打ち出来るはずもないのに、喧嘩は売らないだろう」
「なる……ほど……?」
「当代のケルン公爵は、王太子殿下が順調にお育ちになるまでは、確度の高い継承候補として厳しく育てられた俊才です。血筋も頭も良くて、実績があり、発言力が強く、貴族が束になっても敵わない。そういう存在ですね」
「王太子殿下の生まれがあと2,3年遅ければ、お二人の立場はそっくり入れ替わっていたかもしれないと言われてるぜ」
ほあ~……!私の頭脳たち、便利すぎ……?
サポートキャラの情報網も、こうした頭脳明晰な側近によって支えられているのね。
「その強くて怖いおじさんが、三姉妹の立場を保障するために、直系王室と姻戚関係になることを希望している。長年、王統を守るためだけに、報われない努力をし続けた対価としては、ささやかすぎる要求だ。加えて、娘を王妃に相応しい人物に、責任をもって育て上げた。ここまでして約束が守られないなんて、そんな非道な話があるか?」
「お互いの名誉のために、この盟約は是が非でも履行されます。アシュレイ殿下との結婚にケチが付いたとしても、それぞれ姉弟が三人ずついますからね。次に確率が高いのは、ヴィクトリア殿下とリュカオン殿下の縁組ではないでしょうか」
それよ!ドラマチックな展開!血の雨が降るやつ!
「でもそうなったらもっと困るって、どんな馬鹿でもわかるぜ。第二王子がケルン公爵の女婿になれば、その後ろ盾も第二王子のものだ。第一王子の権力が弱まるどころか、最悪、継承順位が入れ替わる可能性がある。第一王子派にとっては本末転倒もいいところだ。順当にアシュレイ殿下が国王に即位したとしても、王弟の方が強いねじれ政治は気苦労が多いだろうな」
解説ありがとう。分かりやすかったわ。
「じゃあ、ほとんどないってことなのね」
「ええ。みんな必死になって止めます」
「だけど、もし二人の王子を仲違いさせて、ねじれ政治を起こし、国を混乱させることが目的だったら効果的よね?ストレイフ子爵が、私とリュカオン様を強引に縁組しようとしたこととも、第三者がそれを阻止しようとしたこととも辻褄があうわ」
「そうだな。だから知っていることが大事なんだよ。最悪の結果に繋がる判断を避けられるようにな」
「理屈では有り得ないことでも、感情の問題は話が別ですから」
国の政治を巻き込むような大きな話ならば、私より偉くて賢い人が、きっと企みを阻止してくれる。
だが油断はしないでおこう。
どんなに天文学的な確率の偶然の連鎖でも、起こってしまえば単なる事実だ。そして起こり得るのが物語の世界である。いや、実際は因果関係が逆なのだ。普通ではないことが起こった時、それが語るにふさわしい話となるにすぎないのである。
次回からの新展開に向けて書き溜めに入ります!と思っていましたが、全部入りきらなかったのでもうちょっと続きます。来週またお会いできるように尻を叩いて頑張ります。




