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テンプレートで甘美なロマンス

 監督生として相談を受ける名目の時間であったが、抱えている仕事も片付き、根本の目的であるヒロインの動向も知ることが出来て、予想外の大収穫だった。成果にホクホクしていると、クロードとシャロンもつられてニコニコしている。それを見て、私はまた頬が緩んだ。

「クロード、お出かけの事、ケンドリックに確認してくれる?私もきちんと警戒して協力するし、警備を配置しても、どうしても行きたいの」

「かしこまりました。ケンドリックと計画を練ります」

「ありがとう」

 今年の誕生日以降、私宛の脅迫状が届き始め、警戒したケンドリックとクロードの判断により、友人との外出もお預けになっている。加えて夏にトラブルに巻き込まれてしまい、私の周辺は引き続き厳戒態勢だ。

 しかし日程を調整して警備を付ければ、一日外出するくらいなんとかなるだろう。中途半端なゴロツキよりも、ウチの警備の方が腕がいいに決まっているのだから。

「次のご相談者様はヴィオレッタ・ケルン様です」

 今日は大物続きね。


 ヴィオレッタは昨年一度相談しに来てくれて、それきりだ。

 その時は人見知りで顔が引きつってしまう、人に誤解されてしまうという内容だったが、私が少し間を取り持つと、みな彼女の親切さ、繊細さにすぐ気付いた。今では位の高さもあって、学院における一つの派閥の代表である。

 今日はどんな相談だろうか。ダンスの授業が同じになったよしみで、挨拶しに来てくれたのだろうか。

 それともリリィ・アン同様、私に大収穫させてくれるのだろうか。

 

 なんて思っていた十数分前の自分をビンタしたい。


 ヴィオレッタは短く挨拶して入室し、扇で顔の下半分を隠しながら、長く黙っていた。しかし前回もそうであったので、口下手な彼女は伝えるべきことを心の内で入念にシミュレーションしているのだろうと、私は気楽に待った。

 ところが、星を称えた瞳がより一層潤みはじめ、次第に涙が溜まり、ついには静かに泣き始めてしまった。

 あわわわ……。

 過去にヴィクトリアを泣かせた、めくるめく思い出が甦る。

 そう、私はケルン家のご令嬢を泣かせる運命さだめに生まれついた女……。

 儚く可憐な花の雫を搾り取る、業を背負って生きよと産まれた。

 薔薇は気高く咲いて美しく散る……。

 白目を剥いて現実逃避していると、付いてきた近侍が素早く寄り添って、ヴィオレッタの細い肩を抱き寄せた。

「泣かないでください、お嬢様。あなたの涙を見るのは身を切られるより辛い」

 二人は場所もギャラリーの存在も忘れ、まるで舞台に上がった引き裂かれる恋人たちを演じる俳優のように、かたく身を寄せ合った。

 おまえら家でやれ。

 

 この近侍、私のことを「推しを全国区で一躍有名にした敏腕P」だと思って敵対視してくる同担拒否男どうたんきょひおは、名をセバスチャンという。

 古式ゆかしい名前だ。

 執事といえばセバスチャン。セバスチャンと言えば執事。古い名作に採用されており、その名はオマージュとして、有名作品のキャラクターとして多数登場する。執事の名前に迷ったら、セバスチャンとしておけば間違いはない。なにせ、きちんとキャラクター描写が出来なくても、名前が出てくるだけで、その立場が推測できる。

 まあ、彼は近侍なんだけれども、お嬢様に付随して出てくるなら、一族郎党死に絶えていない限り、役職名は近侍になるわけで、そのあたりはフレキシブルに納得してもらいたい。

 セバスチャンは黒目黒髪、背丈はクロードほどの長身ではなく、リュカオンやイリアスと同じくらい。一般的に背が高い部類の男性で、線が細くスラリとしている。今は学院アカデミーの制服姿だが、近侍のお仕着せであるテイルコートを着ていたら、さぞかし全身黒づくめであろう。

 セバスチャンとクロードは、お嬢様に付き従ってアカデミーに在籍している黒っぽい近侍という点で類似しているが、系統や方向性はまるで違う。クロードが派手で豊満・妖艶なのに比べ、セバスチャンは清廉でストイックな印象がある。性格も、叱られれば目を逸らして肩を落とし、褒められれば振っているしっぽが見えるようなワンコ系のクロードとは違い、主人にも物怖じせず、ふてぶてしく隙が無い。優秀な代わりに慇懃無礼で毒舌を持ち、典型的な、という表現が正しいかどうかは分からないが、人気があるタイプの男性上級使用人だ。

 ヴィオレッタは周囲の人間をたしなめたり叱ったりする人間ではないので、その影響だろう。


 姉妹揃って泣く姿も麗しいヴィオレッタは、直系の王統の、次に尊いケルン公爵家の次女で、今現在この国でプリンセスの称号を持つのはここの三姉妹だけという、極めて希少で高貴な女性である。

 勝気そうなまなじりに豪華な巻き毛の美貌が瓜二つの姉妹だが、姉のヴィクトリアが、本来儚げな外見を化粧と入念なヘアセットで作り変えていたのに対し、ヴィオレッタの方はこれが素の姿らしい。性格も真面目で規律正しく、高貴なるものの義務を果たそうとする使命感はよく似ている。ただし、何でも過剰に優秀な姉にコンプレックスを抱いており、不安定な一面がある。その一面こそがツンデレだ。

 私に言わせれば、姉君は婚約者の第一王子が好きすぎて、覚悟がガンギマリ、血のにじむような努力も厭わないだけで、決して妹が劣っているというわけではないと思うのだけど。人間、大切な人の為ならば、より一層頑張れるのだもの。


 さてこのヴィオレッタ。リリィ・アンやアンジェラとはベクトルの違うヒロインらしさを持っている。

 リリィ・アンたち光のヒロインは、心が強く大きい。強さと度量の大きさは余裕を生み、さらに柔軟さに繋がり、その柔軟さは複数の攻略対象たちと交流を深める、乙女ゲームのヒロインには重要な資質である。

 しかしその強靭すぎるメタルハートに共感できないこともある。いつでもどこでも勇気を出して、言いたいことを言い、正しく行動できる訳ではない。しがらみに囚われながら後悔したり、もどかしい思いをするのが人間というもの。正しくあることの難しさを知る時、そっと寄り添ってくれるのが、ヴィオレッタのような影のヒロインだ。

 欠点も弱点もある等身大の女の子だから、性格の相性が重要で、色んなタイプを取り揃えている攻略型乙女ゲームにはあまり向かないが、一途に真摯に愛される少女小説・漫画では、時代を超えて大・活・躍!第三者が入り込む余地のない、二人だけの甘美な世界は、ロマンス界の大本命よ。

 もしかしたら、あまりにあざといツンデレぶりに火がついて、コミカライズのヒロインとして、スピンオフしちゃったのかもしれない。

 光のヒロインたちが希望や理想を与えてくれるのに対し、影のヒロインたちは安らぎと許しを与えてくれる。どちらも等しく必要で尊い。


 そしてご想像に難くはないないと思うが、ヴィオレッタとセバスチャンは両想いである。ただし、恋人同士の『ように』寄り添っていても、すでに付き合っているか、もうじき付き合うかの判断はつきかねる。

 『好きです、付き合ってください』『はい、喜んで』から始まるのがティーンエイジャーの恋で、若人の間でこの儀礼を無視するのは、言語道断の不調法者とされている。ゆえに、たぶん彼女、とか、何となく付き合っている感じ、という曖昧な関係性は成立しない。けれど愛の一線を超えたかどうかならともかく、一連の挨拶を済ませたかどうかを傍から見分けるのは不可能であろう。

 たぶん私がしくしく泣いてたら、クロードだって状況によっては守るように抱きしめてくれるでしょうから。シクシク泣いたことがないので判らんけれども。 


 そんな訳でもどんな訳でも、ヴィオレッタはツンデレでラブコメ要素も持ちつつ、シリアス路線のラブロマンス系ヒロインで、ちょいSで下剋上して来そうな近侍と恋するお嬢様、という一粒で何度もおいしい、女の子なのである。

 あとね。やっぱり姉上同様、鼻の下が伸びそうになるほどの、すっごいいい匂いがするよ。

 神妙な表情をしていたはずなのだが、脳内を見透かしたように、セバスチャンが氷点下の眼差しでこちらを見ていた。

「レディ・バーレイウォール。ヴィオレッタお嬢様の魅力について考察するにも、相応しい時と場所があります。話を聞くという選択肢はお持ちでないのですか」

 何故バレたんだし。


 妖精の泉に佇んでいるような心地にさせてくれるヴィオレッタのいい匂いを可能な限り吸い込んで肺に貯め、その変態的な行動とは反対に精一杯キリリと表情を引き締めて、私は居住まいを正した。

「お嬢様を吸わないでください」

 セバスチャンが小声で何か言ってるけどスルー!

「ヴィオレッタ様が泣いていらっしゃる理由を知りたいと思いますし、その原因を他でもない私が取り除いて差し上げられたらとも思います」

 何があんたを悲しませるんだい。そんなもん俺がぶっ潰してやる。だから泣くのはおよし、ヴィオレッタ。

「けれど興味本位で聞き出すことは致しません。ヴィオレッタ様自身の決心がつくまで、私はお待ちします」

「ローゼリカ様、ありがとうございます。あなたの真心に、いつも救われる思いです。年甲斐もなく泣いたりして、恥ずかしいけれど、情けないと思うと余計に涙が……」

 大丈夫。目元を擦らずにはらはらと涙をこぼす姿、非常に美しいので眼福です。

 そう思っていると、セバスチャンが胸元に抱きかかえるようにして、ヴィオレッタの花のかんばせを隠した。

 なによ~。何で隠すのよ~。

 私は二人を引き剝がしたい気持ちをぐっとこらえて微笑んだ。

「この後は予定もありません。ゆっくり時間をかけて落ち着いたらお話を聞かせてください」

「忙しいあなたをお待たせするなんて、自分が許せなくなります。セバスチャン、あなたから事情を話してちょうだい」

「構いませんのに」

「かしこまりました」

 返事のタイミングがかぶってしまい、私とセバスチャンは再び冷ややかな目線で顔を見合わせた。

 事情は悩んでいるヴィオレッタ本人の口から聴きたかったけど、それが彼女の希望ならば仕方あるまい。


「事の発端は先週末、先代公爵である大旦那様が、邸を訪ねて来られた事から始まります。なんでも、姉上のヴィクトリア様のご婚約の雲行きが怪しいとかで、報告と相談のためにいらしたのです。晩餐前の応接室ドローイングルームでのお話でしたから、私は同席しておらず、詳しい経緯は分からないのですが」

 ケルン公爵家の娘は、上から順にヴィクトリア・ヴィオレッタ・ヴィヴィアンの三姉妹だ。長女のヴィクトリアはリュカオンの兄であるアシュレイとすでに婚約が成っている。現国王の一人息子の王太子アルフォンス、その第一王子であるアシュレイは、王位継承権第二位で、将来国王の座に就くであろうと、国中のほとんどの人間が考えている人物である。つまり、ヴィクトリアもまた、未来の国母と期待されているのだ。

 二人は政略的な婚約関係だが、性格の相性もよく、国を率いるに相応しい人格者であり、何よりお互いに強く想い合っていて結婚を望んでいる。どこにも瑕疵のない婚約を白紙に戻すことは、国王陛下にすら難しいことだろう。

 それなのに雲行きが怪しいとはただ事ではない。その理由を我がバーレイウォール家の外交的情報網をもって調べてほしいという相談だろうか。

「そうは言っても、ご当人様方の意思に変わりがない限り、第三者のどんな妨害があったところで、この婚姻は順当に履行されるでしょう」

 ほな違うか~。

「問題はそこではなく、状況が変化したと言う事は、勢力図に変化があったということです。それにより、お嬢様の結婚事情にも影響が出てしまい、縁談や見合い話がいくつも……」

 なるほど!勢力図の変化によって、新しい政略結婚の必要性が出てきたのだ。次は当然ヴィオレッタの番であり、家柄だけは良いがとんでもない政略結婚相手を前に、引き裂かれることを悲観した恋人たちは、助けを求めに私のもとへ。

「いくつも、持ち上がったのですが、旦那様はヴィオレッタ様の意思を尊重して断ってくださいました」

 ほな違うか~……。なんだか前置きの長いクイズみたいになってきたな。


「しかし、縁談を断り続けるにも限界があります。根本的な事情を話さないままでは、いつまで経っても問題の解決には至りません」

「ごめんなさい、セバスチャン。わたくしが不甲斐ないばかりに」

「いいえ、不甲斐ないのは私の方です、ヴィオレッタ様。私が誰からも認められる男であれば、このような悩みは始めからありませんでした」

 どうやらすでに二人の交際はスタートしているようだ。しかも付き合い立てで盛り上がっている時期だ。二人きりの世界に浸った会話はエモいが、さっぱり要領を得ない。私はこらえきれずに口を挟んだ。

「要するに、お二人の交際をいつご家族に話すか悩んでいるということですか?」

「何故それを……!?二人だけの秘密でしたのに。ローゼリカ様の情報網はそのようなことまで調査済みなのですね」

「こんなプライベートなことまで調べ尽くしているなんて、やはりレディ・バーレイウォールはヴィオレッタ様に特別な執着をお持ちなのでは」

 舐めとんのか。情報通は関係なく、目前の事実から容易に推測できることですが!?


「恐れ多くも私がお嬢様のお心を勝ち取った……、いえ、そのような言い方はおこがましいですね。愛の許しを与えていただいたという事実を、誰にも認めてもらえないというか……、にわかに信じがたい奇跡で信憑性がないとしても仕方なく、二人だけでの相談は行き詰ってしまいました。それでヴィオレッタ様がレディ・バーレイウォールにお話しすることを思いつかれたのです」

 もともと持って回った話し方をするセバスチャンだが、今日はさらに歯切れが悪い。

「私は最後まで反対したのですが」

 それでも小声で私への敵意はしっかり付け加えてくる。


 お付きのお嬢様に手を出したとなると、堂々と報告はしづらいのだろう。

 双方に合意があるなら、『手を出した』なんて表現は本来好きではないが、世間一般ではそのように認識されることがままある。男から身分の高い女性へのアプローチは特に邪推の的になりやすい。

 世間知らずのお姫様を地位や資産目当てで騙そうとする悪い男は、物語によく登場する、汎用性が高いテンプレートな悲劇の元凶だ。そうした有象無象が、時には間接的に本当の愛の障害となるのである。

 ふむふむ、分かりましたよ。つまり、二人の仲を認めてもらえるよう、ご両親や一族の説得を手伝ってほしいのね。

「それでつまり……」

 この期に及んでセバスチャンがさらにモゴモゴしだした。替わりにヴィオレッタが言葉の続きを引き受ける。

「つまり、ローゼリカ様にお願いしたいのは……」

 これは中々難しい仕事だぞ。相手の性格や思想を下調べし、納得させるような材料を揃えなければ。期限はいつだろう。時間があまりないのなら、総動員でとりかからなくてはいけない。今すぐではなくて、二人に猶予を欲しいという方向性なら勝算も上がるかもしれないな。さてどう立ち回るのが得策か。

 私は策を巡らせながら、ヴィオレッタの言葉を待った。

「駆け落ちの仕方を教えて欲しいのです」

 ここのサロンの相談は、出オチが多いですね!


自分の設定・描写とは辻褄があわないシーンを見つけてしまった~。まずい~。ちょっとの修正で直るかなあ…


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